ファイナンス 2017年12月号 Vol.53 No.9
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連 載|日本経済を考えるシリーズ日本経済を考える過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html1.はじめに2013年以降、大規模な量的・質的金融緩和政策が行われてきたにもかかわらず、政策目標である「物価上昇率2%の安定的な持続」が達成されない中*2、「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level:FTPL)」と呼ばれる物価理論が注目を集めている。FTPLとは、物価の安定を目的として中央銀行が行う金融政策が物価を決定するという標準的な考え方に対して、物価水準の決定メカニズムにおける金融政策ルールと財政政策ルール双方の関係性に注目する理論である。直近の日本においてFTPLが注目されるようになった直接のきっかけは、理論の提唱者の一人であるクリストファー・シムズ米プリンストン大学教授が2016年8月にジャクソンホール会合で行った講演(Sims, 2016)である。その中でシムズ教授はFTPLに基づく日本への提言として、消費税率の引き上げ時期をインフレ目標の達成と維持に明示的に結び付ける政策について言及し、この講演に対してアベノミクスの遂行に主導的な役割を果たしてきた浜田宏一内閣官房参与(米イェール大学名誉教授)が「目からウロコが落ちた」と評する*3など多くの新聞・経済誌においてFTPLがとりあげられ、国内での関心が高まっていった。一方、FTPLは学術的にはLeeper(1991)やSims(1994)等を嚆矢として20年以上の歴史を持つ理論であり、日本の政策議論の場においてもゼロ金利政策が採用された2000年代初頭に紹介され、その政策的インプリケーションや日本への適用可能性について議論や検証が行われた(例えば、木村(2002)、河越・広瀬(2003)、渡辺・岩村(2004)を参照)*4。それから15年以上を経て再びFTPLが関心を集めているのは、いまだインフレ目標が達成されないことに加え、高齢化に伴う社会保障支出の増大によって公的債務が累積し、財政の維持可能性が政治的にも政策的にも重大な論点となっている現在の日本において、シムズ教授の提言が物価と財政再建の双方に密接に関連するものであったためと考えられる。そこで本稿では、FTPLの理論的な概要について解説し、関連する実証研究や最近のFTPLに基づく政策提言に対する国内の経済学者の見解を紹介する。本稿の構成は以下のとおりである。次節では72物価水準の財政理論と 政策に関する諸議論財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室 研究官小寺 剛*1財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室 研究員出水 友貴*1*1)本稿の執筆にあたって、財務総合政策研究所の小平武史総務課長、別所俊一郎総括主任研究官、山崎丈史主任研究官、石田良客員研究員、総合政策課の染川貴志課長補佐、主計局の矢原雅文課長補佐、主税局の和田弘之課長補佐より有益な助言や示唆をいただいた。ここに記して感謝の意を表する。なお、本稿の内容や意見は全て筆者らの個人的な見解であり、財務省および財務総合政策研究所の見解を示すものではない。*2)日本銀行は2013年1月より、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率で2%とし、2016年9月より消費者物価上昇率の実績値が安定的に2%の「物価安定目標」を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」を採用している。*3)日本経済新聞平成28年11月15日朝刊。*4)FTPLに関する包括的なサーベイとしてはCanzoneri et al.(2011)がある。42ファイナンス 2017.12

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