ファイナンス2017年11月号 Vol.53 No.8
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連 載|日本経済を考えるシリーズ日本経済を考える過去の「シリーズ日本経済を考える」については、財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html1.日本における所得格差に関する議論の整理『日本の経済格差』(1998)で橘木がジニ係数の国際比較を行い、日本のジニ係数の上昇を根拠に、日本社会は不平等度の高い社会であり、日本は世界一不平等な国になりつつあると指摘した。これが日本において不平等度や格差に対する関心が非常に高まる契機となった*2。また、これを契機にバブル崩壊以降の失われた10年で一億総中流社会が崩壊し、格差社会に変わったというような主張が一般に行われるようになった。橘木の主張に対しては、大竹がいわゆる橘木-大竹論争において、高齢化及び単身世帯・二人世帯の増加による影響が大きく「みせかけ」上の拡大であり、不平等度の実質的な拡大を示すものではないとの指摘を行った。この大竹の指摘に対して橘木は、ジニ係数の解釈に問題があったとし、高齢貧困層の増加が格差拡大の主因であると後に述べている。この橘木・大竹論争からも分かるように、所得格差の分析においては、年度毎に、どの年齢階層ないし所得要素が影響を与えているのかを正確に理解し、その推移を把握することが重要である。大竹(2005)は、日本の所得格差に関する議論において代表的な文献であり、1980年代から1990年代にかけては年齢別で見た所得格差の拡大は生じていないため、この間の所得格差の拡大は所得格差の大きい高齢者層が人口に占める割合が増えたこと、すなわち人口の高齢化によることをその中で改めて明らかにしている。大竹(2005)は日本の所得格差に関する議論のベースとなっており、1999年までの日本の所得格差の拡大は人口の高齢化に起因するもので、実質的な格差の拡大ではなく、あくまでも「みせかけ」上での所得格差の拡大であるというのが定説となっている。ただし、大竹(2005)は1980年代から1999年までの分析であり、2000年代以降の近年の状況は大竹(2005)で述べられている内容から変わってきている。小塩(2012)では、所得再分配調査を用いて分析を行っており、1980年~2010年までの等価可処分所得のジニ係数は概ね横ばいであるが1998年以降は若干下がっており、所得分布で見ると低所得者の割合が増え、諸外国に見られるように低所得者と高所得者への所得分布の二極化は特に見られず、押し並べて日本が全体的に貧乏になったとしている。図1のように、本稿で主に用いた国民生活基礎調査で、小塩(2012)と同様に1986年から2010年の等価可処分所得のジニ係数の推移について期間を広げて見てみると、ジニ係数は1986年から2004年までは上がっているが、2004年以降を見71日本の所得格差に関する議論と所得要素による所得格差の寄与度分解財務省財務総合政策研究所前研究員 日本通運株式会社事業開発部主任小笠原 渉*1*1)本稿の作成にあたり、三好向洋氏(愛知学院大学専任講師)に御指導を頂いて、国民生活基礎調査の個票データを利用した。また、宇南山卓氏(一橋大学経済研究所准教授)、大野太郎氏(信州大学准教授)から貴重なコメントを頂戴した。ここに記して関係各位に感謝の意を表したい。なお、本稿の内容すべて筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではなく、また、本論文における誤りはすべて筆者個人に属する。*2)橘木(1998)『日本の経済格差』と佐藤(2000) 『不平等日本』により、日本の不平等への関心が高まった。大竹(2005)『日本の不平等』と共に近年の日本の不平等の論点を網羅している。50ファイナンス 2017.11

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