ファイナンス2017年11月号 Vol.53 No.8
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本書の帯には、「先が読めないのがトランプ流。アメリカ民主主義のチェック・アンド・バランス機能が働くか、それとも果てしない混乱の始まりか?」とある。2017年2月に出た、朝日新聞の2016年米国大統領選の一連の報道をまとめた「トランプのアメリカ」(朝日新聞アメリカ大統領選取材班著)の副題も、「漂流する大国の行方」とある。「おわりに」を執筆した山脇岳志アメリカ総局長(現・編集委員)の文で吐露される、トランプ新大統領の不確実性への「不安」は、日本の多くの人々に共有されている。本書の著者の中林美恵子氏は、米国在住14年間のうち、永住権を得て1992年にアメリカ連邦議会・上院予算委員会の共和党スタッフとして正規採用され、約10年間にわたり米国国家予算編成に携わったという貴重な経験を持つ。2009年から2012年まで衆議院議員を一期務めたのち、現在は、早稲田大学社会科学総合学術院社会学部教授で、テレビ出演で、平易な解説を行っているので、なじみの方も多いのではないかと思う。本書の構成は、「第1章 なぜトランプ氏は大統領に選ばれたのか」、「第2章 大統領権限とアメリカにおける三権分立」、「第3章 トランプ大統領と議会の攻防」、「第4章 トランプ大統領の人事と政策」、「エピローグ ロシアゲート疑惑の行方」となっている。第1章では、共和党の事情に通じた中林氏らしい見方を開陳する。「オバマ政権の政策として結果的に多くの国民に負担増となった医療保険制度改革や規制強化、またリベラルな価値観に基づく政策の数々が、アメリカの停滞の象徴のようにさえ語られ、マグマは溜まるばかりであった」(P7)、オバマは、「マスコミ・コントロールに関しては、史上最も陰湿、巧妙な大統領であったともいわれ、ジャーナリストからは静かな反発を買っていた」(P8)、共和党保守派にとって「8年間のオバマ大統領に象徴される「ポリティカルコレクトネス」の偽善にひどく疲れていた節もある」(p20)などの指摘にははっとさせられる。この点は、気鋭の政治学者待鳥聡史氏(京都大学大学院法科研究科教授)の好著「アメリカ大統領制の現在~権限の弱さをどう乗り越えるか」(NHKブックスNo.1241 2016年9月)で、「党派的であることを厭わず、民主党のみをまとめることでリーダーシップを発揮しようとしたオバマのスタイルは、…(評者注 大統領の主導的役割のみに期待できなくなった状況で、課題を解決する政策過程のあり方を導くための)…1つの挑戦であったが、成功したとは言い難い」と怜悧に指摘していたところと符合する。第2章は、アメリカの三権分立について概観する。オバマも頻発した「大統領令」についての詳細で的確な紹介が参考になる。第3章の副題は、「予算を決めるのはあくまで議会。大統領の意志はどこまで予算に反映されるか」である。議会運営を含め、中林氏の議会スタッフでの経験・知識が随所に活かされている。第4章の副題は、「連発される大統領令。トランプ大統領の政策は実行されるか、葬りさられるのか」である。現在、上下院の多数党は共和党であり、米国政治上「統合政府」といわれる大統領の有利な環境を、トランプ大統領がいかに活かせるのか、2018年中間選挙までの内政上の成果が注目されるという。本書で紹介・分析された、厳然としてあるアメリカの統治構造と、アメリカ国民の政治・政策の志向性を踏まえれば、この国への見通しがかなりよくなると思う。一読をぜひお勧めする。評者渡部 晶中林 美恵子 著日本評論社 2017年6月 定価1,700円(税抜)『トランプ大統領とアメリカ議会』38ファイナンス 2017.11ファイナンスライブラリーFINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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