ファイナンス 2017年10月号 Vol.53 No.7
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府間パネル)の2013年の試算*3によれば、少なくとも50%の確率で2度目標を達成するためには、累積炭素排出量を二酸化炭素換算で3010ギガトン未満に抑える必要があるが、2011年までに既に1890ギガトンが排出されており、残された排出可能量は1120ギガトン、すなわち全体の炭素予算の3分の2程度が既に費消されてしまったことになる。2011年以降今日までにさらに炭素予算は減少しているはずだ。これに対して、埋蔵された化石燃料(石炭、石油、天然ガス)に含まれる炭素は2860ギガトンに相当するとされる*4。炭素予算の制約を前提とすれば、その大半は使用できないことになる 。使用できない埋蔵資源は、経済的には無価値だ。このように、気候変動や、それに伴う政策・規制の変化に伴って価値が消滅ないし減少する資産を、座礁資産(stranded asset)と呼んでいる。その最たるものは化石燃料及びその関連施設であるが、こうした資産を所有するエネルギー企業の株価も下落する。すると、そうした株式に投資していた企業やファンドの財務状況も悪化することとなる。これが、気候変動に伴う財務的なリスクだ。•投資の脱炭素化・ダイベストメント(divestment)気候変動に伴う資産の「座礁」による財務リスクを軽減する観点から、欧米を中心に、多くの金融機関や機関投資家が、炭素集約型投資の抑制(ダイベストメント)を始めている。ダイベストメントの一般的な方法は、例えば、収入の一定割合以上を石炭の採掘から得ている企業の株式への新規投資を行わない、さらには既存の投資を引き揚げるといったものだ。その方法、程度は様々だが、2017年8月末時点において、世界で700を超える機関が何らかのダイベストメントの方針を表明しており、それらの機関が運用する資産の総額は5兆ドル近くにも上るとの集計がある*5。この中には、CalPERSのような著名な年金基金や、アクサ、アリアンツといった大手保険会社の運用機関も含まれている。重要なのは、これらの投資家の多くは、単に倫理的観点のみから石炭関連企業を忌避しているのではなく、将来の財務リスクを軽減するという、ビジネス上の戦略として、ダイベストメントを行っているということである。一定の企業を明示的に投資先から除外するといった対応は、日本ではなかなか受け入れられにくいかもしれない。また、欧米でも、ダイベストメントの有効性については賛否両論あり、環境にとって好ましくない投資先企業の株式を売却するのではなく、むしろ株主として経営に影響を及ぼし、より好ましい方向へ促すべきであるとの議論もある。いずれにせよ、世界でこうした動きが起きていることは、日本の経済・金融関係者も認識しておくべきだろう。•気候変動に関連する財務情報開示投資家が、投資先企業の直面する気候変動リスクを考慮するためには、前提として、企業の気候変動リスクに関する情報が的確に開示されていなければならない。また、そうした情報を把握・開示することは、その企業自身が気候変動リスクに適切に対応するためにも不可欠だ。こうした観点から、FSBが2015年12月、「気候関連財務ディスクロージャータスクフォース」(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD*6)を設置した。TCFDは、金融情報会社ブルームバーグの創業者かつ元ニューヨーク市長であるマイケル・ブルームバーグ氏を議長とする、民間主導の会議であり、財務情報の提供者(業界)、利用者(投資家)、その他の専門家のそ*4)Carbon Tracker Initiative (2013) “Unburnable Carbon 2013:Wasted capital and stranded assets”, http://www.carbontracker.org/report/unburnable-carbon-wasted-capital-and-stranded-assets*5)https://gofossilfree.org/commitments*6)https://www.fsb-tcfd.orgファイナンス 2017.1011グリーン・ファイナンスの最前線(第3回)SPOT

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