ファイナンス 2017年9月号 Vol.53 No.6
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は、役所の決まりで、自宅住所は知らせてはならないことになっているということだった。ちょっとがっかりしたが、社会主義国だからやむをえないことと思い、だったら財務省の方に手紙を送るよと言って別れの日を迎えたのであった。•東西冷戦の終結とルーマニア政変の衝撃それから毎年、私は財務省気付でアレックスにクリスマスカードを送った。しかし、彼からの返事はなかった。それでも、私はカードにメッセージを書き、送り続けた。そして、私自身の結婚も知らせた。日本では時代が昭和から平成となった1989年も年末となった12月、折からの東西冷戦終結という時代の荒波の中で、アレックスのいるルーマニアでは流血の政変という事態が起きていた。市民の犠牲、そしてチャウシェスク大統領夫妻の「処刑」という衝撃のニュースが伝えられた。私は、財務省の官僚であるアレックス、そして彼の家族の安否が何よりも気にかかった。もちろんこの年のクリスマスカードにも返事はない。心配は募るばかりであった。•ルーマニア政府からのミッション何らなす術もないまま政変から約2年が経過した1991年秋のある日、経済企画庁で課長補佐を務めていた私は、市場経済への移行を目指すルーマニア政府からミッションがやってくるという回覧文書に目が留まった。私は志願してミッションとのミーティングに加わることにした。面談の後、ミッションにルーマニア財務省の若手官僚が一人いるのを見つけ、彼に恐る恐るアレックス・タナセ氏を知っているか? 彼の消息は? と矢継ぎ早に聞いてみた。そして、彼の即答に私は驚喜したのだった。「タナセなら知っているよ。彼は今IMFにいる。理事補をしているよ。」アレックスは、市民とともに政変を生き延びたのだ! しかも、まさに私たちの出会いの場となったIMFにいたのだ!(次号に続く)Before (New York 1983)After (London 2017)プロフィール百嶋 計(ひゃくしま はかる)1981年大蔵省入省。理財局計画官、国税庁人事課長、同審議官、名古屋国税局長、大臣官房参事官等を経て、2015年4月より現職。ファイナンス 2017.939あるルーマニア官僚との友情――政変を越えて(上) SPOT

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