ファイナンス 2017年7月号 Vol.53 No.4
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•はじめにいま、OECDを突き動かしているのは、自らの存在意義を巡る強い危機感だ。以前と比べてOECDの「有難味」が薄く感じられるのは、何も日本ばかりではない。国際政治経済の運営(グローバル・ガバナンス)における「有用性」、各国の政策決定への「影響力」、OECDが世に送り出す各種ルールの「正統性」の三点セットを高めることは、OECDの至上命題となっている。これには三重苦があって、2000年に世界全体のGDPの6割まであった加盟国全体の経済規模は、2015年に5割、2030年には4割となるというように、OECDの地盤沈下という趨勢的な逆境がひとつ。また、親戚のおじさんに「OECDって、一体何をしているんだい?」と聞かれて上手く答えられなかった経験は筆者ばかりではないようだが、公共政策の森羅万象を守備範囲とするがゆえに、自分の比較優位が何か、「自画像」を描き切れていないという苦悩がふたつ。さらに、昨年来の欧米各国の主要選挙で噴出した反グローバリズム、反統合、反知性主義の潮流は、1961年の創設以来一貫して、経済自由化と国際協調、それを支える徹底した実証主義を旗印としてきたOECDに試練を課している。奇しくも、OECDの前身機関がその実施を担ったマーシャル・プランが公表されて70周年を迎えた本年ほど、OECDの存在意義が問われた時はないだろう。本年の閣僚理事会は、「グローバル化を機能させるために―すべての人々により良い生活を(Making Globalization Work(Better Lives For All)」をテーマに掲げ、6月7日と8日、パリの本部で開催された。日本からは、薗浦健太郎外務副大臣及び松村祥史経済産業副大臣が出席し、喫緊の政策課題を巡る議論とOECDの将来像を巡る意思決定に大きく貢献した。会合の成果は、大きく言えば三つの柱からなる。第一に、グローバル化の功罪についての基本的論理(ナラティブ)を提示した。グローバル化という現象と、各国で観察される経済成長の低迷や「格差」拡大との関係を、幅広い専門分野における豊富な統計データに基づき実証的に分析し、負の側面を緩和ないし克服するための政策提言に真正面から取り組んだ。この点、「世界最大のシンクタンク」は健在だ。第二に、国際社会が遵守すべき規範や基準(グローバル・スタンダード)を設定し、効果的な実施につなげる機能を強化した。税源浸食及び利益移転(BEPS)防止措置実施条約の署名、鉄鋼等の過剰生産能力問題への取組、「質の高いインフラ」に関する基準作りに向けた指示などは、日本が主導した成果の好例である。第三の柱は、将来の加盟拡大に向けた枠組の整備である。この背景には、近年続いた小国ではなく、より力量のある国を加盟させることが上記三点セットに応える近道であるとの戦略性に富む判断がある。これらの成果はいずれも、戦略的岐路にあるOECDの消長を決しかねないものばかりだ。これを、日本政府代表部の一員として会合に参画した立場から、本誌の読者の方々に報告させていただくことは、米国に次ぐ第二の拠出国である日本が今後OECDをより良く活用していくために意味のあることと考える。本稿では、本年の閣僚理事会の概要と意義を、近年OECDが自己定義に掲げるいくつかの標語(モットー)を小見出しに引きながら、成果の三本柱に沿って説明したい。なお、本稿で述べられた意見や見解は全て筆者個人によるものであり、筆者が所属する組織の立場〈戦略的岐路に立つOECD、グローバリズムの苦悩と挑戦〉2017年閣僚理事会の概要と意義 (前編)OECD日本政府代表部参事官  安部 憲明Spot0424ファイナンス 2017.7SPOT

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