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モノの値段が上がる社会~一消費者の目に映るアメリカのインフレ~

米州開発銀行 城田 郁子

本文中の意見、感想等についてはすべて筆者の個人的意見であり、誤りがある場合も執筆者個人に責任があります。

1.はじめに
2019年の夏に米国ワシントンの国際機関に赴任して2年半が経ちました。この間、ワシントンではCOVID-19に伴うロックダウン、一斉在宅勤務、大統領選挙、昨年1月6日の議会襲撃とその後の戒厳令発布など、様々な出来事がありました。
今回、海外ウォッチャー執筆のお話をいただいて何を書こうかと考えた際に、こうした世の中の動きとも時に連動する身近なモノの物価上昇について書いてみたいと思いました。
米国では最近、2021年12月10日に公表された11月のCPI(総合・都市部)が前年同月比で6.8%、1月12日に公表された12月分が7.0%と、いずれも1982年以来の高さであることなどから政策担当者も警戒感を示すなど、何かと話題となっています。ただ、アメリカではこれまでもずっと2~3%のインフレが続いています。今、足元で進んでいるインフレというのは、水準以外に何か従来のインフレと異なるところがあるのでしょうか?また、そもそも2~3%のインフレがずっと続く社会というのはどんな感じなのでしょうか?
本稿では、長年低インフレに見舞われている日本から米国にやってきて、現地で生活して気づくこちらの物価の動きについて、足元の7%にもなる物価上昇、この2~3年の動き、そしてもっと長期で見たときに感じることなどを、首都圏に住む一外国人消費者の視点でしかありませんが、徒然にお届けしたいと思います。


2.久しぶりの米国生活で感じるモノの割高感
米国で生活するのは、2006年までの留学以来です。2019年に渡米した頃の米国の景気は明らかに良く、ワシントンのすぐ横にあるバージニア州にAmazonの東海岸本部ができるということで沸き立っていました。首都ワシントンでも開発が進み、高級ブランドの入るショッピング区画ができたり、高層マンションが順次建設されたりしていました。
このような中で、久しぶりの米国生活で気になったのは、モノが高い、特に外食コストが高いということでした。職場の食堂で食べても、外で軽食をテイクアウトしても、日本の調子でサンドイッチとサラダでも手にしようものなら税やチップを含めると15~20ドルくらいは簡単に行ってしまいます。感覚的には、日本の1.5倍から2倍くらいの金額は何事にも覚悟しなければいけない感じです。
日本からアメリカに学生などとしてやってくると、今の米国での生活は金銭的にもかなり厳しいものがあるのではないか、日本の若い人たちには外に出づらい環境になっているのではないかということが気になりました。私の留学時代にも、思い出してみると確かに外食費は手痛い出費でしたが、今ほど極端に高いと思った記憶はありません*1。
ただ、日米のこの間(約15年)のインフレ率の違いを考えると、これくらいの物価の違いは出ていてもおかしくありません。日本のインフレ率が0%前後を推移していた間、米国は約2%のインフレが続いていました(表1 日米CPIの推移を見ると、日本で0%近傍のインフレが続いていた間アメリカでは2~3%の物価上昇があり、足元ではさらに急激にインフレが進んでいることが分かる。参照)。
大学時代の恩師がよく、「毎年3%の伸びでも15年経つと1.5倍になる」と言っていましたが、まさにそれを物価において実現しているのがアメリカ、ということでしょう(表2 2000年の日米の物価及び一人当たり実質GDPを100とすると、米国では物価の伸びがGDPの伸びを上回っているのに対して、日本ではGDPが伸びていても物価がほとんど上がっていない状況が見て取れる。参照)。
日本はどうかというと、その間とても低いインフレ率が続いていました。そして、その間、(賃金が上がらない中で)「値段を上げる」というのは消費者のことを考えていない、がめつい、あるいは企業努力が足りないといった負のニュアンスでとらえられることが多かったように思います。
他方で、こちらで生活してみると、あとで詳しく記しますが、値段が変わるのは当たり前です。そんなに値上げがされると生活面でも大変なのではないかという心配が出てきそうですが、年2~3%程度の物価上昇は社会の一般感覚としても当然のものとして受け止められていて、周囲と話していても「まぁ、仕方ないよね」。この社会では、物価が上がるのに賃金を上げないと良い人材は獲れないとの理屈で景気の良い企業は給与水準もどんどんと上げていくし、所得税の毎年の控除額もインフレ調整されるし、それ以外にも社会のいろいろなところにインフレが当たり前のものとして入り込んでいます。
例えば、住居。以下、少し具体的にどのようなインフレに対応した対応がなされているのか記してみたいと思います。

3.インフレが前提に組まれた社会
(上がるのが当然の家賃)
こちらに来て最初にしたことの一つが家探し。任期が3年で途中での引っ越しはできるならば避けたかったので、3年契約ができる家を探しました。こちらでは1~2年の契約が一般的と聞いたものの、家主も新しい貸借人を探す手間がかからないので3年程度の契約を望む人は多いのでないかと思っていたのですが、、、どっこい。
一般の家屋(一軒家)については、ワシントンDCという地域柄、政府や国際機関の関係者が、自分達が海外勤務になって不在の間に自分の住まいを貸し出すケースが多く、「たぶん3年貸し出せるけれども、もしも自分達(家主)が早めに帰任することになったら家の賃貸期間は短くしたい」などと言われ、なかなか条件が合いません。何十軒も見てようやく見つかった3年契約可能という家は、「毎年家賃が上がります(なぜならこの地域は毎年物価も地価も上がるのが当然だから)」というもの。しかも、かなりの割合で。
アメリカでは、物価上昇に見合う割合で家賃を上げるのは正当なことと考えられていて、ただ上昇率があまりにも苛酷にならないように住居家屋についてはインフレ率以上に上げてはいけない(ただし例外を許容する場合は除く)というのがルールとなっています。周りに聞けば、これは一般的な慣行で、インフレ率以上に上げるケースもままあるとのこと。このような取引慣行のため、特に商業ビルなどでは、入居して数年経つと既存で入っているテナントの支払う賃貸料は、周辺の新規賃貸料金よりもはるかに高くなるようです。このような事情から、当地の日本企業からは「数年経って家賃が近隣より不相応に高くなったので転居する」という話を何度か耳にしました。
物価が上がれば給与もその分上がることがアメリカ社会ではある程度(うっすら)期待できるものの、それが実際にどうなるのか分からない中で、数年後のインフレを織り込んで家賃を約束するのはリスクが高く、なるほど米国では1~2年の短期賃貸契約が一般的なのは自然なことだと思った次第でした。また、賃貸に住む人で短期間でどんどん住まいを引っ越す人が多いのも、できるだけ早く自宅を購入しようと努力する人が多いのも、こうした慣行と家賃が上がることを前提にした考えが背景にあるのかなと思いました。
住宅のような、物価上昇を前提にした価格設定を前もってどんどんしていく(言ってみれば消費者・借り手に厳しい)慣行に対して、インフレに対する消費者保護に努めているなと思ったのは郵便料金です。
(将来のサービスを保証する郵便料金)
こちらでの生活にも慣れてきて、日本に郵便を出したいと思った時のことでした。留学時代に買ってまだ持っていた70セントのアジア向け郵便切手が今も使えるだろうかと疑問に思って新しい郵便料金を調べたところ、世界各地向け郵便は2019年では1.20ドル。1.7倍です。
仕方がないので郵便局に行って新たに切手を買うべく1.20ドル払ったところ、渡された切手の表面には額面がなく、代わりに“forever”と記されていました。これはglobal Forever stampといういわゆる無額面切手で、将来的に郵便料金が上がっても、今1.20ドルの国際郵便料金を出して買った切手の価値は変わりませんよ、という切手だとのこと。実際、2021年に国際郵便料金は1.30ドルに上がりましたが、以前1.20ドルで買ったglobal Forever stampは10セントの差額を支払うことなくそのまま使えます。言ってみれば、インフレリスクに対して消費者保護を施した切手と言えるかと思います*2。同様に、国内向けの切手も現在ではForever stampが一般的となっています。(国内向けのfirst class郵便は、昔は37セントだったのが、2019年で55セント、2022年現在は58セントとなっていますが、2019年に55セント出して買ったForever stampが今も問題なく使えるわけです。)
以前から、インフレ連動債(いわゆるTIPS:Treasury Inflation-Protected Securities)といった金融商品でインフレリスクを念頭に置いたものがあることは知っていましたが、気を付けてみると、切手の他にも旅行に使えるポイントなど、官民問わずインフレリスクを念頭に置いた商品を出していることに気づきました。


写真:図1 左の2枚が15年前の切手(左上が国内郵便用、左下が国際郵便用)、右の2枚が現在販売されているForever stamp(右上が国内first class郵便用、右下が国際郵便用)。余談だが、写真右下の2020年版global Forever stampのデザインは図らずしもコロナをほうふつさせるということで、私の周りではあまり評判が良くない。


4.食品の値動き
では、このような対応のない日常買うもの、典型的には食品などはどうなのでしょうか。

(価格の振り返り方法)
食品の価格の動きについては、もちろん政府が出しているCPIデータ等もあるのですが、日々の買い物についてやれ前年比で生鮮食品の価格が○%上がった等と言われてもちょっとピンとこない気がします。何か良いものがないかと思って考えてみると、ふと、いつも買い物の後にレシートを読み込んでいるアプリが使えることに気づきました。
アメリカでは、昔から買い物にはクーポンを使ったりメンバーカードを作ったりするのが一般的でしたが、最近では、日常の買い物をした後にレシートを専用アプリで読み込むと、レシートの写真を保存するだけでなく、OCR(optical character recognition;光学文字認識)で商品、値段、店舗、日時等が解析・データ化され、割引対象となる商品を購入しているとポイントがもらえるアプリがあります。それを私も渡米後間もなくから使っていたのでした。(個人的には、ポイントがもらえること以上に、スマホでスキャンすればすぐにレシートを捨てられるようになって、古いレシートで膨らみがちな財布がすっきりするようになったのが嬉しい副次効果で、継続的に活用するモチベーションになりました。)
このアプリの過去のデータとインターネットでの購入履歴を見てみると、2019年夏頃から同じスーパーで日頃、継続的に購入していた商品(同一ブランド、同一サイズ)の値段を振り返ることができたので、ご参考までに下に記録します(表3 筆者が日頃購入している食品の単価の価格推移。同一ブランド・同一品の推移であり、前期に比べて値上げが確認できるタイミングに濃い網掛けをしている。これを見ると2021年下旬から幅広い商品の価格が上がっているのが見て取れる。参照)。
なお、表3で空欄になっているのは、同一商品の購入記録がなかった時期です。これには、単に私が(必要なくて)購入していない場合のほかに、欠品により同じ商品が手に入らず、継続的な値段が取れなくなっている場合があります。
また、2019年第4四半期で空欄が多いのは、私のアプリ利用が定着しておらず記録に欠けているためです。ご容赦頂ければ幸いです。

(2年半の間の物価変動)
表3で濃い網掛けにしたのが値段が上がっていることが手元のレシートで確認できる時期で、これを見ると、特にインフレが加速していると言われている2021年後半からは、実際に多くの商品の価格の上昇があったことが分かります。ただ、この時期に限らず、その前から値段は時折上がっていたことも分かります。
一方で、2020年に一度値上げした牛乳は2021年末になって値下げしていますし、トマトの値段はずっと変わっていません。ほかにもじゃがいもも2021年第3四半期まで価格が維持されており、特に基礎的な野菜については価格を据え置こうというスーパー側の努力があったらしきことにも気づきます。
普段はそれほど真剣に一つ一つの商品の値札を見てはいないのですが、それでもやはり時折値段が上がっているなと気づくことはあったので、そうした感覚ともこちらのデータは比較的整合的です。
他方で、食品のCPI伸び率とこのデータを見比べると、必ずしも同じような動きをしているわけでもないことにも気づきます。例えば2020年第2四半期、食品のCPIが前期比で2.4%も上がっているにもかかわらず、いつも買っている商品の値段には変化が見られません。その頃は、コロナのロックダウンが始まり、皆が商品の買い占めに走り、またインターネットでの買い物を一斉に始めた時期でした。
ご参考までに、どのようなことが起きていたのか、少しご紹介します。

(1)コロナとロックダウン
2020年3月、アメリカではコロナ禍が本格的に始まり、多くの企業が勤務形態を在宅勤務に切り替え、外出抑制を進めました。日常面では、まずは消毒液等が薬局・スーパーから消え、そしてパスタ、小麦粉、水、缶詰といった保存可能な食品が、更には日持ちする野菜や卵といった生鮮食品までもが手に入りづらくなっていきました。スーパーの棚には普段は買うことのない高級ブランドのものであれば残っていることもあったため、どうしても欲しければそういったものを高い値段を出して買うことになります。当時のレシートを見直すと、例えば2020年4月には、卵を1ダース5.59ドルで買ったりもしています。(通常私が購入しているものと比べると1.8倍!)
また、ロックダウン後には、基本的に家から出ないように、スーパーへの買い出しも可能な限り回数を減らすようにと行政から指示され、日常の買い物はインターネットで済ませることが多くなりました。こちらでは、特にネット販売しているものはアルゴリズムで自動的に価格変動するようにしていることもあってか、値段は需給に応じてしょっちゅう動きます。上がることもあれば下がることもあり、インターネット上では適正価格というのがとても掴みづらいという印象があります。そうした中で、2020年3月中旬頃から一気に皆がありとあらゆるものをインターネットで買うようになったからか、小麦粉やイーストなどは通常価格では品切れ、通常の2倍、3倍は当たり前、業者によっては私が見たものでも7~8倍もの価格を付けていました。
さらに、買った物を各戸に配達してくれる配達員が社会全体として足りていないために、ネット上で商品はあっても、ネットスーパーの配達枠の空きがない、という状況に陥っていました。この時期は、配達枠をなんとか確保するために、深夜・早朝問わず何度もウェブにアクセスして枠の確保に努めるのが常でした。そうした中では、配達枠をようやく確保できたタイミングで買えるものを多少割高だったとしても買う(そうしないと次にいつ買えるか分からず、手に入らないよりはよほど良い)、という選択をするしかない状況でした。そのため、2020年第2四半期の通常購入している商品の値段には変化が見られませんが、それらが往々にして手に入らないため実際の支出は増えるのが常でした。

写真:図2 米国で本格的にコロナ禍が始まった頃の近隣スーパーの様子。写真左上から時計回りにそれぞれ、卵、トイレットペーパー、じゃがいも・かぼちゃ等の生鮮野菜、パスタを売っている棚(2020年3月14日、筆者撮影)

(2)2021年1月 米国議会襲撃
コロナ禍突入から数か月経つと、商品の流通の問題や配達枠の問題なども減少し、インターネットでの日用品の購入も落ち着いてきました。スーパーに出かけて買い物をするのはコロナ拡大防止の観点から控える状況がまだ続いていましたが、インターネットでの日用品の購入と時折アジア系スーパーの実店舗に訪れることで、大体の買い物を済ませられるようになっていました。
そうした頃の2021年1月6日に起きた米国議会襲撃事件。コロナ禍の始まり頃ほどではないものの、舞台となった首都ワシントン界隈では再び消費者の買いだめ行動が広がり、外出禁止令や道路封鎖といったこともあって物流が止まり、モノがないため・流通がふさがっているために選択肢が減り、結果として「あるものを買う」生活が再びしばらく続きました。

写真:図3 議会襲撃後、外出禁止令が発布され、州兵によって封鎖される道路(2021年1月15日、筆者撮影)

(3)2021年夏頃から
そしてようやくコロナ禍に入って1年が経った2021年初夏頃からは、街に人が戻ってくるとともに、実店舗での買い物を再開する人も増えてきました。
実際の店舗で再び買い物をするようになると、値札が張り替えられているのを目にしたり(アメリカではわざわざ過去の札をはがすなどと言うことはせずに、単に新しい値札を古い値札の脇に置いているだけのことも多い)、色々と気づくことがありました。例えば、2021年初夏頃から私の目に留まったところでは:
●毎朝食べているシリアル、割安な値段で提供していた大袋入りのパッケージがなくなった。
●セールの対象品が減った。
●同一のモノの値段が実際に着実に上がっている。(特に2022年1月に至っては、パスタが2度も順次値上がりした。$1.49→$1.59→$1.69)
●店頭に並んでいる商品(例えばアスパラガス)の価格は一緒だが、よく見るとオーガニックから通常のものに変わっていた。
●ずっと$4.99で販売していたサラダパックが$5.49に値上がりしたかと思いきや販売がなくなり、しばらくすると$4.99で他のブランドのサラダパックを売り始めた。
●バターやヨーグルトなど、普段買っている商品が売り切れの事が多くなっている。
ロックダウン当初の、いつも買っているモノがないために高いものに手を出さざるを得なかった状況と比べて、本格的にモノの値段が上がっている、それに伴って提供されるモノが変わっている、と感じるのが今回です。
足元、インフレが加速する中、新聞や雑誌などでも「物が安いうちに買いだめをできるものは買いだめを」といった記事が散見されるようになっており、そうした消費者の行動も商品不足と価格上昇を加速させているように感じます。

(食品の価格推移について気づいたことまとめ)
このように、過去の2年半のレシートを見返してみると、やはり2~3%のインフレがゆるやかに続いている国なので、食品・日用品の値段も基本的に時折、少しずつ上がっていっている、ということを改めて実感します。ただ、細かく見ると、一本調子で上がるだけではなく下がることもあって、また商品の価格が上がるとその分他のブランドを調達してくるなど、何とか価格を維持しようという小売店の努力のようなものも感じられる、というのは今回新たに気づいた点です。しかし、その努力もむなしく多くの商品の値が上がり、店頭から一部商品が消えて行っている、というのが2021年半ば以降の現状のように見て取れます。
また、ある特定の商品がいくら値上げされるのかというのももちろん支出に影響するので気になるのですが、社会の動向が不安定になるなどして通常購入するものが手に入らず、より高価な代替品を買うしかなくなることで家計負担が大きくなり得るということも改めて実感しました。
こうしてみると、一口でインフレと言っても消費者の目から見ると「時折、一部商品の単価が上がる状況」、「モノや流通が滞って生じる支出増」、「様々な商品価格の一斉値上がり」は異なる事象で、それらが2年半の間に折々起こっていたことに気づきます。

5.おわりに
本稿では、物価上昇という切り口で、この2年半ほどの米国生活と、15年ほど前に住んでいた頃との違いから気づくことなどを消費者の目線で取り上げてみました。
日本で身近に感じやすい食品の支出についてやや詳しく記しましたが、CPI計算上の支出に占める食品の割合が日本では23%(2020年平均)と一大項目なのに対して、米国は8%に過ぎません。外食費を加えても、日本の27%に対して米国は13%です(表4 日米のCPIの構成品目のウエイトを比較すると、両国の「食費(食品と外食費)」と「住居」を合わせたウエイトはほぼ同じ(半分弱)なのだが、日本では消費支出に占める食品の割合が大きい。参照)*3。
その一方で、米国では住居費の割合が33%と日本(22%)に比べてずっと大きいです。住居費については、地価は上がって当然という意識があることに加え、米国の慣行が、先に述べたように家主に有利に働きがちで、家賃価格を上げやすい環境であるというのは特徴的かと思います。
最近、良いインフレ・悪いインフレといった議論をよく見聞きしますが、(足元の7%超というインフレ率が良いのかどうかは別として)アメリカは経済成長と物価上昇を両輪のようにして走らせることにある程度成功してきた国で、それに合わせて国民の感覚が培われ、インフレを前提にした社会の仕組みづくりをしてきた国なのだ、と言えるでしょう。
インフレがあって当然とされる国の中では、住宅市場や郵便行政などそれぞれの分野で物価上昇に対応した仕組みを作っています。消費者には基本的にモノは早い(安い)うちに買おうという意識が染みついていて、それが消費や投資を行う推進力になっています。日用品を売るスーパーでは、価格をできるだけ保とうと努力していますが、それでも少しずつ個々の商品の値段は上がる、というのが日常的な光景です。
ただ、足元で進行しているインフレは、多岐にわたる商品の短期間での価格上昇を伴っているという点で、これまでのものとはやや違うようです。最近では、「給与の伸びがインフレのスピードに追い付いていない」、「一部企業が人手不足も相まってインフレに先行して給与を上げていることも物価上昇圧力となっているようだ」、「家賃も食費も上がる中で低所得者の生活が特に圧迫されている」等のニュースを聞かない日がありません。
また、日本ほど流通がスムーズでないこの国では、商品価格の上昇だけでなく、店頭での欠品や流通の滞りも消費者の支出増要因となりえます。更に、一たび需給が崩れると、特にインターネット上では食品であっても市場原理に基づいてとても高額になることを目の当たりにしました。こうした点もなんともアメリカらしいな、というのが2年半ほど過ごして実感したことです。
日本については、2019年夏以来帰国のチャンスがなかったのでコロナ禍になってからの状況というのは身をもっては知らないですし、ましてや今話題となっているインフレについて語る術は持たないのですが、少なくとも2019年夏までの日本では、買い物の選択肢があり、自分が欲しいものが災害直後などを除けば安定して、安価で供給されていたと思います。それを、私も含めて消費者は当然と受け止めていたというのは実はすごいことだったのではないかと思います。消費者の目には見えづらいところにある物流や商品供給の底力を感じます。
ただ、他国でインフレが長く続いている中で、日本のみほとんどインフレがないといった状況が長期的に続くことをどうとらえたらよいのだろうか、ということもこの2年半を通じて何度も気になったところです。国力について物価から直接言えることは多くないのかもしれません。それでもこのまま他国との間で物価差が開いていくような状況が続いた場合に、例えばiPhoneなどの人気アメリカ製品を日本で働く人はいつまで購入しつづけられるでしょうか?若い人が海外留学を検討する際に、今でも高い学費や生活費がさらに上がったらどうなるでしょうか。このような形で、じわじわと人の生活や可能性に与える影響というのも見過ごせないのではないかと思います。
物価上昇があることを前提とする国・ないことを前提とする国では社会の仕組みも、そこに生きる消費者のセンチメントと行動も変わってきます。
桜は、冬に一定期間の低温を経験することが刺激となって休眠打破し、春に花咲くと言われます。同じように、長い低インフレ時代が次に日本が世界で花を咲かせる際の何らかの刺激、日本らしい形での社会形成の時間となっているのであれば、と願うばかりです。
もう少しで110年前(1912年)に日本から贈られた桜が今年も咲き誇るはずのワシントンにて。

写真は2021年3月、筆者

*1)この点についてThe Economistの出している著名なビックマック指数(The Big Mac Index)を見てみると、直近の2021年6月のビックマックの価格は日本で360円、米国で5.65ドル(為替レート109.94円/ドルを加味すると620円位)で、日本から見るとアメリカの値段は約1.7倍になります。ちなみに留学中だった2005年5月のデータを見ると、日本で250円、アメリカで3.06ドル(当時の為替レート106.72円/ドルで327円位)、で約1.3倍でした。
*2)もっとも、こうした切手が出てきた背景を少し調べてみると、インフレが続く中で値段を引き上げるたびに額面やデザインを変えて刷り直すと印刷コストがかさむ、という当局側の都合も大きかったようです。これも納得の理由です。
*3)日米の食品に対する支出割合がこんなに違うものかと気になり、念のため総務省家計調査報告などで日本の直近(2021年12月分)の消費支出の内訳等も見てみたのですが、二人以上の世帯の消費に占める食料の割合が31.4%、交際費等を除いて算出されるエンゲル係数が28.9%なので、持ち家の帰属家賃などを加味すると整合的なのかと思われました。