このページの本文へ移動

ファイナンスライブラリー

評者 渡部 晶

田中 秀明 監修/ループスプロダクション 編集 破たんする?まだいける? ニッポンの財政(元財務官僚が本当のことわかりやすく教えます)/スタンダーズ株式会社 2021年8月 定価 本体1,600円+税

副題にあるとおり、本書の監修解説を担当する田中秀明氏は、1985年4月に旧大蔵省に入省、アカデミズムに転じ、現在、明治大学ガバナンス研究科専任教授である。財政やガバナンスをテーマとした研究を行う。
単著『日本の財政』(中央公論新社 2013年8月)を本誌2013年10月号ライブラリーにて紹介し、2021年7月号ライブラリ―にて紹介した「人口動態変化と財政・社会保障の制度設計」(小黒一正編著 日本評論社 2021年3月)の中では「第1章民主主義とガバナンス」を担当・執筆している。最近の単著には、「官僚劣化の深層」を探った『官僚たちの冬 霞が関復活の処方箋』(小学館 2019)がある。
財政や税制は私たちの生活に密接に関係するが、複雑でわかりにくい。専門家は知っていても、多くの国民は実態を知らないことが多い。例えば、ふるさと納税の返礼品で得したと思っている人が多いが、その費用を誰が負担しているか、知っている人は少ないだろう。本書は、そうした財政の実態を一般読者にわかりやすく説明している。
一般読者の代表の30代会社員の「兼本希美さん」が、テーマごとに「田中先生」に疑問をぶつけ、「田中先生」がそれに答えるという応答形式で記述がなされる。それぞれのテーマについての問答の最後に、「財政のポイント」または「A(アンサー)」で設問に対する端的な回答がなされる。
本書の構成は、PART1 財政の基本―国はどれだけ集めてどこに使っている?(10テーマ)、PART2 収入の疑問―税の徴収は本当に公平?(15テーマ)、PART3 支出の疑問―財布の紐は誰が握っているの?(17テーマ)、PART4 借金の疑問―赤字で大丈夫なの?(6テーマ)、EXTRA 地方の財政―自治体間の格差はなくしたほうがいい?(7テーマ)、となっている。
まず、PART1では、例えば、「02 日本国の年間の予算は296兆円!」というテーマでは、国の予算には一般会計と特別会計という2つの種類があること、予算には総計と純計の2種類があることが解説される。そして、「財政のポイント」では「純計ベースで予算を見ると実質的な規模がわかる」とする。また、「08 実は税金同然!? 社会保険料には逆進性がある」では、社会保険料の収入が所得税の倍であることが指摘され、「財政のポイント」で「保険制度は中高所得者にとっては優れていても、低所得者には負担が大きい」とする。さらに、「そもそも国債は本当に借金なの?」とのテーマ(09-10)では、「財政のポイント」で「日本銀行が国債を買いきれば国の借金がなくなるという魔法はない」としている。PART2では、「06 法人税を上げて税収を増やせないの?」で、法人税について「実際に税を負担するのはその株主や従業員、あるいは取引先です。つまり、増税は法人活動に関わる人々の負担を大きくすることにもつながるのです」とし、税制の難しさを説明する。PART3では、「12 これからも安心して医療を受けられるの?」で、「諸外国では費用と質のバランスを図るため、フリーアクセスを制限することが多いです」とし、保険料負担の逆進性にも触れたうえで、「A」で「医療の費用対効果を高めないと負担に耐えられない可能性がある」とする。PART4では、「06 どうしたら財政再建ができるの?」で、「財政赤字が拡大する根本的理由は、政府部門には出と入を均衡させるインセンティブ(誘因)が働きにくいことです」と喝破する。そして、スウェーデンが予算制度を抜本的に改革して財政再建に成功したことに触れ、「財政規律を守らないと、福祉国家が崩壊することを国民が学んだのです」とし、「A」では「国民が危機感を持つことと予算制度改革が財政再建へのカギ」とする。EXTRAでは、「02 東京と地方では格差があるって本当?」の「財政のポイント」で「地方の一人あたりの一般財源が都市部より多い『逆格差』がおきている」とする。その理由は「人口規模以外の要素も勘案されるため、一部の自治体で手厚くなるのです。特に山陰、四国、九州に手厚く、過剰な再配分とも指摘されています」という。
本書は全体を通じて、「タダのランチはない」と訴えている。当たり前のことであるが、今の日本ではこのことが忘れられているのではないかという強い危機感が伝わってくる。財務省関係者には耳の痛い指摘も散見されるが、国民各層に財政の問題を考えて頂く材料を種種提供する必要性を痛感した。財政は国民生活に直結する。それゆえ、国民がその問題を理解しないと改革も難しい。財政に関する広報においても参考になると思う。一読をお勧めしたい。