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講師 高村  ゆかり 氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授)
演題 2050年カーボンニュートラルに向かう世界 令和3年8月27日(金)開催

1.「今そこにある危機」-現実化・深刻化する気候変動のリスク

1.近年の日本の気象災害
みなさんも感じていらっしゃると思いますが、近年、日本では大きな自然災害に連続して見舞われています。
2018年7月の西日本豪雨では、岡山県、広島県、岐阜県などで大きな被害が生じ、200名を超える方の命が失われました。その後の夏は記録的な高温となり、ピーク時には「災害級」と言われるほどの暑さでした。9月には台風21号、台風24号が関西地方などを襲い、関西国際空港の水没や、電力インフラへの影響など非常に大きな被害が発生しました。
2019年も9月に台風15号が房総半島を襲い、電力インフラに大きなダメージを与えました。10月には台風19号が襲来して、東日本に大きな被害をもたらしました。浸水などにより工場の操業が停止し、サプライチェーンを通じて、被害を受けた地域外の経済活動にも影響が及びました。

2.気象災害による経済損失
2018年の台風21号と西日本豪雨による経済損失は推計230億米ドルで、この年の日本における損害保険金支払額は1兆円を超えています。地震保険と単純には比較できませんが、これは東日本大震災時に損害保険会社が支払った金額を超える水準です。
2019年には台風19号と台風15号の経済損失が世界1位と3位を占め、合計で2兆7千億円超の経済損失となりました。この年も損害保険会社の保険金支払額は1兆円を超えています。
比較的被害額が小さかった2020年においても、九州の球磨川の氾濫を引き起こした7月の豪雨は85億米ドルの経済損失と推計されています。
こうした災害がすべて気候変動の影響によるものということではありませんが、例えば、雨に関して言えば、人間活動からのCO2排出により雨の量が6%~7%程度押し上げられていると評価されています。想定を超えるような雨の降り方をもたらしうる、そういう押上げ効果を気候変動がつくりだしていると言えると思います。
気象災害の経済損失額は世界的にも増加し、2020年は2,680億米ドルで、今世紀の年平均損失額を約8%上回っています。

3.IPCC第6次評価報告書
2021年8月に発表されたIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書によると、IPCCは活動を始めて30年経ちますが、はじめて「人間活動が大気、海洋、陸域の温暖化を引き起こしていることに疑いはない」と断定しています。実際に世界の平均気温は、19世紀後半と比較して既に約1.1℃上昇していて、陸域では1.6℃上昇しています。気温の上昇に伴って異常気象の頻度や強度が大きくなるという予測も示されています。
この報告書では、将来の社会経済の在り方によって、5つの排出経路、シナリオを想定して、気温上昇などの将来予測が示されています。
今から徐々に、あるいはかなり急速に世界の排出量が減るシナリオが2つ、そして、2050年頃まではあまり変わらず、2050年頃以降、排出量が減るシナリオが1つ、今以上に排出量が増えるシナリオが2つ、という計5つの排出経路を想定しています。
今後急速に排出量を減らしていった場合、2080年~2100年の平均で、値に幅がありますが、中間値で1.5℃、また徐々に減らしていった場合では2℃を下回る水準に、それぞれ気温上昇を抑えることができる、という見通しです。
一方、2050年頃まで排出量は減らずに、それ以降減っていくシナリオでは、2℃を優に超える気温上昇となります。排出量が増えていく残り2つのシナリオでは気温上昇はさらに高くなります。

4.IPCC「1.5℃特別報告書」が示すもの
IPCCが2018年に公表した「1.5℃特別報告書」では、気温上昇が1.5℃の場合と2℃の場合とで影響にどのような違いが出るかについて知見をまとめています。
この報告書によれば、「少なくとも5年に一回深刻な熱波を被る世界人口」は、1.5℃上昇の場合で14%、2℃上昇の場合では37%となり、0.5℃の違いによるインパクトは2.6倍です。
また、生態系が提供する様々なサービス、特に食糧生産や漁業資源の漁獲に対する影響が大きいこともこの報告書の中で示されています。
近年の様々な異常な気象、例えば、異常な降雨が、気温上昇を伴ってさらに大きくなる可能性を孕んでいますので、それに対応した防災・減災対策が必要となりますし、野放図な気温上昇を回避する方策を講じないと対応もできなくなります。
そこで、気温上昇をできるだけ低い水準に抑えることが必要だという認識が、2018年頃からこうした科学の知見を踏まえて、社会的に、諸国家の間でも共有されるようになりました。
1.5℃に気温上昇を抑えるためには、2050年頃にCO2排出を実質ゼロ、カーボンニュートラル(ネットゼロ)にするような水準で削減しなければならない、そういう規模とスピードの削減が必要だという科学的知見が示されたことが「1.5℃までに気温上昇を抑えよう、2050年までにカーボンニュートラルを実現しよう」とする社会の動きにつながっています。
そのためには、温室効果ガスを排出する社会基盤を変えていくことが必要になります。エネルギー、建築物、交通を含むインフラ、産業など、あらゆる分野において、急速で広範囲な、かつてない規模での脱炭素、低排出に向けたトランスフォーメーションが必要となります。そのための政策も、それを実現するための投資・資金も必要であることを「1.5℃特別報告書」は示しています。

2.2050年カーボンニュートラルに向かう世界

1.カーボンニュートラルに向かう世界
パリ協定(2015年)はその2条1において、その目的の一つに「工業化前と比して、世界の平均気温の上昇を2℃を十分下回る水準に抑制し(=2℃目標)、1.5℃までに抑制するよう努力する(=1.5℃の努力目標)」と定めています。現在、この1.5℃目標が事実上、世界の共通目標に格上げされた、と言ってよいかと思います。
2020年10月の菅総理大臣の所信表明演説(「我が国は、2050年に、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」)は、世界の気候変動に対する危機感、そして科学に裏打ちされたものであると思います。前述のIPCCの知見は、1.5℃までに抑えるには2050年頃に「CO2」排出実質ゼロであるのに対して、日本の目標は「温室効果ガス」排出実質ゼロで厳密には違いますが、温室効果ガスの中でCO2が一番多く、ほぼ同義と考えてよいと思います。
米国を含むG7先進主要国も2050年カーボンニュートラルの目標を共有しています。中国では、2020年9月に習近平国家主席が「遅くとも2060年までのカーボンニュートラル」を表明しました。
すでに120か国を超える国とEUがこの目標を共有し、国もさることながら、企業もこうした方向に大きく動いています。
パリ協定の目標が合意された時もそうでしたが、この目標は、これまでの行政や企業、特に日本の行政や企業のこれまでの考え方とは少し違う考え方での目標の設定だと思います。
パリ協定の長期目標が合意された時も、菅総理が所信表明された時も、「これは実現可能な目標なのか?」という質問をよく受けました。答えはシンプルで、「今の気候変動対策の積み上げの先には、あるいは現在の社会の仕組みを大きく変えないままでは、決してたどり着かない目標」ということです。

2.パリ協定の長期目標から見えるもの
国際エネルギー機関(IEA)は、各国が予定する対策が実施された場合、2050年に世界の排出量は大きく増えることはなく、あまり減りもしない、という見通しを示しています。パリ協定の長期目標である2℃目標を十分下回る目標、だいたい1.7℃ぐらいで計算していますが、これを達成する想定の排出量の見通しとは、非常に大きなギャップがあります。
1.5℃の場合では、さらに早く大きく減らすことになりますので、ギャップはより大きくなります。つまり、パリ協定の長期目標や2050年カーボンニュートラルという長期の目標は「達成が見込めるから立てた目標」ではありません。むしろ、現状の対策の積み上げのままでは達成できないので、「ありたい未来社会像」「社会のかたち」を先に描いたうえで、そこに向かって今の私たちの社会を近づけていくためのものです。どこに課題があるのか、どこにイノベーションが必要か、何をしなければいけないのか、ということを社会で共有して、そこに向けて政策を導入していくためのゴールでありビジョンです。
多くのモデル分析が、今利用可能な技術だけではどうしても2050年カーボンニュートラルを実現する排出削減ができない、としています。モデルの想定によっても違いますが、何らかの新しい技術が必要で、そういう意味では、100%実現できる保証はありません。しかし、目標を明確に示すことで、イノベーションを含めて社会を変革していく、そのためのあらゆる政策を導入していく、そのためのゴールであると考えることが適切だと思います。

3.各国の2030年目標の引き上げ
菅総理が2021年4月に表明した2030年の目標は、温室効果ガス排出量を2013年度から46%削減し、さらに50%の高みに向けて挑戦を続けていく、というものです。
これを受けて第6次エネルギー基本計画案、地球温暖化対策計画案をはじめ、様々な省庁の脱炭素、カーボンニュートラルに向けた政策の検討が同時並行的に進んでいます。
2050年カーボンニュートラルは、先進主要国の共通した目標になっていますが、大きな焦点は、これを可能にする2030年の世界の削減の水準をいかに実現するかです。2030年の目標は2050年の目標に整合的なものにするため、いずれの主要先進国も、基準年は違いますが、ほぼ同じような水準の削減を目指しています。
中国も2020年12月に2030年の目標引き上げを行っています。中国、インドは先進国とは異なり、経済活動あたりの排出の効率化や、一次エネルギー消費に占める非化石燃料の割合の拡大などを目標にしています。将来に向けてまだ排出が増える見通しの国は、絶対排出量の削減を目標にしにくい、という事情もあります。

4.主要国の気候変動政策
主要先進国に共通しているのは、コロナで傷んだ経済社会の復興策の中に気候変動や環境政策を盛り込んでいるということです。復興する過程の中で、より持続可能な脱炭素社会を構築するという考え方が共通しています。
日本の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリ-ン成長戦略」もそうした側面を有していると思いますが、EUの「グリーン・リカバリー」が典型的なものとしてよく紹介されています。EUから離脱した英国を含めて、インフラの脱炭素化・低炭素化に非常に大きな財政支出をしていることが共通しています。既存建築物の改築も含めた建築物対策、そして、交通システム、モビリティのゼロエミッション化やエネルギーの脱炭素化のためのインフラ整備です。
企業が事業への気候変動リスクについてしっかり分析して情報開示するための指針、これを作成した作業部会の名をとってTCFD(Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)とも呼ばれていますが、このTCFDに沿った情報開示の義務化の動きがあります。
日本においては、コーポレートガバナンス・コードが改訂され、TCFDに準拠して気候変動リスクを分析し情報を開示することが来年4月に立ち上がる東京証券取引所のプライム市場への上場要件となります。英国では法律上の義務化に向けて動いています。
EUも今年4月に、企業の気候変動関連の情報、正確に言うと、持続可能性関連の情報を開示する法令案を出しています。今まで1万1千社が開示してきた持続可能性に関する情報開示に関して、5万社まで拡大することと、特に気候変動に関してはTCFDに準拠することを盛り込むのが柱です。
EUは、2030年の目標である「1990年比で少なくとも55%削減」を達成するための手段として、炭素国境調整メカニズム(CBAM)を導入するという提案を今年の7月14日に行いました。
CBAMは、EU域外から輸入される産品の輸入者に対して、域外で産品が製造される過程で排出されたCO2など温室効果ガスの排出量に応じて、EU域内の同じ産品の製造者が支払うのと同じ水準の支払を行うことを求めるものです。2023年から、鉄鋼、アルミニウム、セメント、化学肥料、電力の5品目について、製造過程での排出量の報告制度を始め、2026年1月1日からは実際に支払いを求めることが提案されています。
これら5品目の日本からEUへの輸出量は相対的に小さく、当面、日本への大きな影響はないと思いますが、2026年に本格始動する前に、ほかの品目にも広げていくかどうか検討されることになっています。これまでの欧州議会の議論は「できるだけ多くの産品、できればすべての産品に適用したい」となっており、日本に対する影響を注視していく必要があると思います。

5.日本企業によるカーボンニュートラル目標
先行してパリ協定と整合的な目標を掲げる日本企業は、日々増えています。現在、国際的なSBTイニシアチブ(SBTi:Science Based Targets Initiative)で、日本企業128社がパリ協定と整合的な目標を設定していると認定され、1.5℃目標を掲げる企業も53社あります。日本を代表する企業が多いのですが、最近では中小企業も増えています。
排出削減の一つの方法は再生可能エネルギーの導入ですが、自社使用の電気を100%再生エネルギーにする企業のイニシアチブ(RE100)に参加する日本企業は約60社に増えています。
大手ガス会社、電力会社は2050年カーボンニュートラル目標を掲げています。鉄道や航空会社といった多くのエネルギーを使う交通系の企業、化石燃料を採掘・供給してきたエネルギー企業も同様で、中長期的にビジネスポートフォリオを変える戦略と併せて目標表明しています。
2050年カーボンニュートラルは、菅総理の表明以降、ほぼデフォルトの目標であり、企業はそれを前提に、相応する2030年の目標をどう設定するかに大きな関心があります。
2021年4月の菅総理の2030年目標の表明以降、様々な企業が目標表明を行っています。大手金融グループ、生命保険会社などに共通しているのは「投融資先の排出削減目標」を決め、その2050年実質ゼロをめざしていることです。
トヨタ自動車は既に2015年の時点で、2050年までの自社のカーボンニュートラルという目標を掲げていましたが、今年、2035年に目標を前倒しして、取引先である下請け企業に具体的な数値目標を持って排出量の削減をするよう要請しています。

6.企業がカーボンニュートラルに動く理由
なぜ企業はカーボンニュートラルに動くのかというと、ひとつは、これからさらに大きくなることが予測される気候変動の悪影響とリスクへの対応です。
共通して一般的な理由が、2つあります。1つ目は企業がサプライチェーンの脱炭素化に注力するようになってきたこと、その結果、取引先は対応せざるを得なくなり、連鎖的に広がっていくという構図です。
もう1つは金融市場、特に資本市場だと思いますが、どれだけ気候変動対策ができているかが、企業の評価の軸になってきています。したがって、企業は、気候変動問題という社会課題にどう対応していくのかはもちろんのこと、金融市場や取引先からの評価を左右する問題にもなっており、まさに本業の問題になっています。ここにうまく対応できないと日本の産業競争力の問題にもなるということです。

7.マイクロソフト社、アップル社の取り組み
マイクロソフト社は2030年までにカーボンネガティブを実現する目標を掲げていますが、焦点はScope3(サプライチェーン、バリューチェーンからの排出量)の排出量です。既に自社の排出量は2025年頃までにゼロにできる見通しです。同社は今年から自社の取引企業選定プロセスにおいて、その候補となる企業にScope1、Scope2(自社事業からの排出量)に加えて、Scope3の排出量の提示を求め、それを基に取引先を決定するとしています。
またアップル社は、2030年までに自社の事業はもちろん、製品のサプライチェーン、製品のライフサイクルからの排出量を正味ゼロにする目標と計画を昨年発表しました。
同社は2015年から既に、2030年までに自社製品をすべて再生可能エネルギーで製造するようサプライヤーに対して要請しており、日本企業を含め、それに応える企業が増えています。

8.日本のエネルギー政策に対する企業の危機感
こうした動きがある中、昨年秋あたりから日本のエネルギー政策に対し、ものづくり企業からの危機感をもった声が聞かれるようになりました。
2020年の「モビリティの構造変化と2030年以降に向けた自動車政策の方向性に関する検討会」(経済産業省)においては、モビィリティの電動化が世界的に進む中で、電動化によって走行時の排出量は減っても、自動車の製造時の排出量、ライフサイクルのCO2排出量は増える可能性がある。そのため、日本のエネルギーシステムが、より脱炭素、低炭素になり、再生可能エネルギーがコスト面で入手しやすいものにならないと、日本の産業競争力に大きな影響がある、という報告が日本企業からなされました。
日本は、再生可能エネルギーが調達できないことで失われる恐れがある事業収益額が米国に次いで大きく、8兆円と推計されています。日本の場合、電力1kWhあたりのCO2排出量が先進国の中で最も高い国の一つであり、省エネ等でCO2を削減する努力をしても、その効果がなかなか出にくい電力システムになっています。

9.金融が変わる、金融が変える
企業の行動変化のひとつのドライバーが金融からの評価です。ESG投資額が大きくなり、そのためにも企業が気候変動リスクをしっかり分析して情報を開示するTCFD対応を求める動きが強くなっています。こうした情報を基に、金融機関・投資家から企業に対して「建設的対話」と言われる働きかけ=「エンゲージーメント」が行われます。さらには、気候変動関連の株主提案が株主総会に出され、機関投資家から相当の支持を得るようにもなっています。
機関投資家や金融機関による国際的なイニシアチブである「Climate Action 100+」には日本の主だったアセットマネジメント会社も参加しています。特に、投資先として重要な世界の167の大排出企業(そのうち日本企業は10社)を対象に、TCFD勧告に沿った企業の情報開示や、経営陣のガバナンス、バリューチェーン全体に対する排出削減について集中的に働きかけています。
それでは、なぜ金融が動くのか。それは、気候変動が、システミック・リスクとして金融市場そのものの安定性を脅かすものとして認識されたことによるものと理解しています。深刻化する気候変動の影響に加えて、本当にカーボンニュートラルに向かっていくとすれば、社会の大規模な構造転換が求められることとなり、この変化に企業がうまく対応できない場合には金融市場の安定性に対する懸念が生じます。
現在、金融はネットゼロ、カーボンニュートラルに向かう動きを大きく加速しています。Net-Zero Banking Allianceという銀行のアライアンスが発足するなど、金融・投資家が2050年までに投融資ポートフォリオをネットゼロにする大きな動きが生まれています。
2021年10月から英国でCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催されますが、その注目点のひとつが金融・投資で、多くの投資家が注目する会議になるのではないかと思います。

10.パリ協定後の気候変動政策の変化
これまでの話を通じて、京都議定書の頃と比べてパリ協定採択後の気候変動政策がかなり変わってきたということをお感じになっているのではないでしょうか。気候変動政策の焦点は、ビジネス、つまり経済社会の担い手である企業の戦略と意思決定に気候変動リスクを統合して主流化する仕組みを上手く作っていく点にあります。
さらに、気候変動対策のための費用はもちろんコストですが、それがもたらす便益にも着目して政策を立てる、その必要があるという認識の広がりが大きな変化ではないかと思います。
例えば、環境省、経済産業省の補助金を活用して天然ガスコージェネレーション(熱電併給)と再生可能エネルギーを組み合わせ、道の駅と周辺の住宅へのエネルギー供給を開始した千葉県睦沢町の事例を紹介します。供給開始後間もなく、台風15号の影響で停電になりましたが、防災拠点である道の駅を住民に開放し、電気と温水を供給し住民の生活を支えました。道の駅では電気や日常に必要なシャワーやトイレを使用することができ、800人以上の住民が道の駅を訪れたということです。
これは温暖化対策として整備されたものですが、上手くほかの政策目的を実現する広範な効果を生んでいます。こういう政策が必要になると思いますし、評価されてきていると思います。

11.脱炭素に向かう根本的なインフラの入れ替え、社会基盤の転換
私たちは、今かつてない「変化」の中にあります。企業の気候変動問題への認識や気候変動対応が持つ意味合いもそうです。言い方を変えると、気候変動政策の位置付けが、単なる環境政策、エネルギー政策ではなく、産業政策としての意味合いも持ってきていると思います。
社会や企業にとって最悪のシナリオは、想定していない変化に対応できず、社会が混乱すること、事業継続ができなくなってしまうということですので、先を見越して意志を持ち、戦略を持って変化に対応していただきたい、と企業には申し上げています。これは政策の側も同じで、脱炭素に向かう根本的なインフラの入れ替え、社会基盤の転換が必要です。中長期的な視点をもって、計画的に、スムーズな変革と移行を政策に期待しています。
とりわけ、企業は足元で排出量の削減を求められるとともに、2050年カーボンニュートラルに整合するような中長期的なビジネスポートフォリオへの転換が求められています。先程、先進国はコロナからのグリーン・リカバリー政策で共通していると言いましたが、今、構築する、改修するインフラが2050年にも残るとすれば、しっかり2050年カーボンニュートラルと整合的なインフラとするための政策が必要です。

12.日本にとっての2つの政策課題
最後になりますが、横断的な日本の政策課題が2つあると思います。
一つは、日本の技術力をいかに市場化するかという点です。日本は、太陽電池も含めてクリーンエネルギー技術の特許数は多いのですが、商業化となると、諸外国に比べてずっと数が少なくなっています。太陽光発電がまさにそうだったと思いますが、非常に高い技術力を持っていながら、その市場化に残念ながら成功しなかった例だと思います。
もう一つの課題は、排出量を徐々に減らしながら、新しい技術開発にしっかり投資していただくためにどういう資金支援が可能か、トランジション・ファイナンスという政策課題です。
これは非常に難しい課題で、新しい技術が開発できるかわからないにもかかわらず投資することは、企業にとって高いリスクの投資となります。排出量を徐々に減らしながら、新しい技術開発に投資する企業をどうやって支援していくか、金融機関に単にリスクを取ってくれ、というだけでは恐らく解決しない問題ではないかと思います。財政の支出だけではないと思いますが、そのリスクを分配する何らかの政策が必要だと思います。

講師略歴
高村  ゆかり(たかむら  ゆかり)
東京大学未来ビジョン研究センター教授
1989年京都大学法学部卒業。1997年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。静岡大学助教授、龍谷大学教授、名古屋大学大学院教授、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)教授などを経て現職。国際環境条約に関する法的問題、気候変動とエネルギーに関する法政策などを主な研究テーマとする。
日本学術会議会員、再生可能エネルギー固定価格買取制度調達価格等算定委員会委員長、中央環境審議会会長、東京都環境審議会会長なども務める。官邸に設置された日本のパリ協定長期成長戦略を策定する懇談会や気候変動対策推進のための有識者会議の委員も務めた。
『環境規制の現代的展開』(法律文化社)『気候変動政策のダイナミズム』(岩波書店)『気候変動と国際協調』(慈学社出版)など編著書多数。