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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~3

・財務省のシンクタンク、財務総合政策研究所とは? ~栗原毅所長に聞く~
財務総合政策研究所 総務研究部 研究員 豊高  裕夢/研究員 三箇山  正浩
・Tokyo Fiscal Forum Seminar―Towards Post COVID-19 Fiscal Policy and Digitalization in Asia―
財務省総合政策研究所 総務研究部 主任研究官 曽我  奈津子/研究員 網谷  理沙/研究員 椛田  大介/研究員 玄馬  宏祐
財務省のシンクタンク、財務総合政策研究所とは?~栗原毅所長に聞く~
財務総合政策研究所(以下、財務総研)は、1985年に財政金融研究所として設立され、2000年に財務省の発足に伴い現在の名称に変更されました。財務省のシンクタンクとして、財政経済に関する調査・研究のほか、海外の研究機関との研究交流、開発途上国に対する知的支援、法人企業統計等の統計調査、財政史の編纂、財務省職員の研修等を行っています。
今回は2021年7月に財務総研所長に就任され、財務総研の前身である財政金融研究所での勤務経験もお持ちの栗原所長に、財務総研の特徴・目指すべき姿やこれまでのご経験などについてお聞きしました。(2021年11月25日収録)

1.はじめに
豊高:栗原所長は係長時代に財政金融研究所(財務総研の前身)にいらっしゃいましたが、約30年ぶりに財務総研に戻ってこられてどのような印象をお持ちになりましたか。
栗原所長(以下、栗原):私は1990年から1992年にかけて財政金融研究所に在籍していたのですが、業務内容が当時と変化していない部分と変化した部分があるという印象です。変化していない業務としては、財政史の編纂や財務省図書館の運営、法人企業統計調査等の統計調査、財務省職員の研修などの業務があり、一方で内容が変化した業務としては、開発途上国に対する知的支援や財政経済に関する調査・研究があります。
豊高:開発途上国に対する知的支援の業務と財政経済に関する調査・研究の業務内容の変わった点をそれぞれ教えていただけますか。
栗原:まず、開発途上国に対する知的支援の業務についてですが、私が財金研にいた頃に丁度この業務が始まり、体制強化のために私自身も(国際交流課の前身である)国際交流室の設置要求に携わった時期でした。当時は、ソ連が崩壊し、東西冷戦が終結するとともに、アジアNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)が経済発展を始めている状況であり、当時世界的に注目されていた日本経済の成功を背景に、財政経済分野においても日本の財務省に対する技術的支援の要請が強まっていたことが国際交流室設立の背景となっています。その一環として、途上国の財務省・中央銀行からの研修生受入セミナーの実施や途上国からの調査・研修ミッションの受入れが始まり、私自身それらを担当していました*1。当時の途上国は運輸通信インフラも未整備で、例えばミッションを日本に派遣したモンゴルとの直通電話は2回線ほどで使えず、テレックスで連絡が来るとか、ウランバートルと日本との直行便もない状況でした。
今回着任して、当時始めた受入研修が継続するだけではなく、後述の通り、ASEAN諸国とのかかわりも進化し、中国・インドとの共同研究も進展するなど30年の間の業務内容の深化を感じました。
次に財政経済に関する調査・研究の業務内容の変化です。1点目は、30年前は研究所ができて間もないこともあり、研究活動はなお所長以下の個人的なリソースに依存する部分が大きかったのに対し、研究会や国際コンファレンス、ディスカッション・ペーパーなどの各種ペーパー類という標準的な研究活動のツールが整備されているという印象を持ちました。こうしたツールは30年の間に関係者が議論を重ねた結果、財務総研にふさわしいツールとして整備されてきた結果だと思います。
2点目は、財務総研の海外の研究交流の力点が、当時の欧米諸国からアジア諸国へと変化していることです。1990年頃は、日本全体として、海外留学に行く人も少なく、民間研究機関もでき始めていた頃だったということもあり、財務総研として、NBER(全米経済研究所)やウォートン・スクール、チャタムハウスやLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)といった欧米の著名な研究機関との共同コンファレンスの開催などに比重がありました。しかし、今では民間研究機関も海外研究機関との交流を深めてきており、財務総研が自ら海外機関との関係構築に配意しないといけない段階は終わったのだと思います。
その一方で、財務総研は、アジア経済に注目が集まる前の1990年以前からアジアへの視点を持っていて、当時からアジア経済についての研究会やミッションの派遣も行っていました。例えば、「アジア・太平洋金融・資本市場発展研究会」*2があり、各国毎に金融市場の研究を行っていました。自分が担当して同研究会のASEAN諸国への調査出張ミッション派遣を1991年2月に行ったのですが、東京を出発する前日の夕方に最初の到着目的地のタイでクーデターが起きたというニュースが流れてきて、大変緊張したことは今でもよく記憶に残っています。財務総研の海外交流の力点が、欧米からASEANや中国インドにシフトしてきているのも、30年間のアジア諸国の民主化・経済成長を背景に日本との関係の深化を踏まえた自然な流れという印象です。
豊高:財務総研が、この事務年度で取り組もうとしている研究・交流活動について、簡単にご紹介いただけますか。
栗原:研究活動としては、設立時の問題意識である中長期的な経済財政に関わる研究という大枠の下、財務省内の他の部局ではなかなか取り組めない「一歩先の経済社会」の変化を見据えた研究を行ってきています。研究テーマについては、毎年大きく変えていくよりも、ある程度の継続性を持たせるように心がけています。近年では、人口動態やそれを受けた働き方の変化について研究会を開催しています。
研究交流活動としては、中国やインド、ASEAN諸国の研究機関と連携して、ワークショップや研究交流活動を行っています。海外との交流においては、前述した財務総研の持っている様々な研究ツールを交流の手段として最大限有効に活用していくことを意識しています。組織のトップ同士が年に1回話をするだけといった「点」の付き合いでは、交流の幅が広がらないので、スタッフレベルの交流や交流の頻度を増やし、「面」での付き合いにしていくことが重要と考えています。その際には、コロナ禍で直接的な交流に制限がある中で、オンラインを上手く活用することがますます重要になると思います。実際、オンラインの活用により、例えば、これまでは不可能だった日本と現地にいる有識者・実務家をすべてつないだ参加者100名程度の研究会の開催もできるようになりました。

2.財務総研の「強み」と役割
豊高:財務総研の「強み」はどこにあるとお考えですか。
栗原:財務総研の研究活動は、財務総研のみで行っているものではなく、研究会やフィナンシャル・レビューの編纂などを通じて、数多くの外部の研究者・有識者の力をお借りして進めています。今までに財務省の様々な部局を経験しましたが、こうした外部の研究者・有識者との幅広いネットワークは他の部局にはない「強み」と言えると思います。
豊高:「研究所」という名前ですが、大学などの研究機関や民間のシンクタンクとの違いはどのような点でしょうか。
栗原:研究に主眼を置くという点では共通するものの、財務総研は「政策当局の中」にあるということが一番の違いですね。財務省という政策当局の中で、それぞれの内部部局と関わりを持ちつつ、かつ数多くの外部の研究者も交えて研究活動を行っているという点だと思います。
豊高:財務総研の財務省内・社会での役割はどのようなもので、今後、どのような方向を目指していくべきとお考えですか。
栗原:1つ目は、先ほどの「強み」とも関わってくる部分になりますが、自らも属する政策当局と、幅広い研究者とのネットワークを生かして、政策当局とアカデミアの架け橋の役割を果たすことが、財務総研の強みを活かすことができる大切な役割と考えています。様々な研究活動も、こうした視点を横断的に持って進めていければと考えています。
2つ目は、行政データを用いた研究を進めていくことです。2021年秋には、財務総研と共同して税関が保有する輸出入申告の個票データを用いた統計的研究を実施する研究者の公募が行われましたが、2022年春を予定している共同研究開始に向けて、部内の体制を整えています。近年、ビックデータの活用によるデータ分析があらゆる分野で進展していますが、我々もその流れに取り残されず、EBPMにも積極的に取り組む必要があると思います。
3つ目は、財務省職員の成長機会をできるだけ多く提供することです。各種研修や、ランチミーティング等のセミナー、ディスカッション・ペーパー等のペーパーの執筆などにより、財務総研には、財務省職員の成長に利用して頂けるツールが多々存在しています。また、財務総研には、前述のとおり、外部の研究者の方も多数往来されており、部内の職員にアカデミアの世界に触れてもらうことによって、自己研鑽に励んでもらうことも可能だと思います。これは同時に、アカデミアの人たちに政策への興味を持ってもらう機会にもなると思います。
4つ目は、英語による情報発信を強化することです。例えば、財務総研が年4回程度発行しているフィナンシャル・レビューの英語版として「Public Policy Review」がありますが、同誌は財務総研のホームページのアクセス数でも常に上位に位置しています。日本の財政について制度と最近の議論の状況について、5本前後のまとまった論文が読める雑誌として、海外からの関心も高い雑誌です。私自身も、海外の方と機会があるごとに、本誌についてPRするように努めています。先日のTokyo Fiscal Forum Seminarでも、最新号が財務総研のホームページに掲載されている旨紹介させて頂きました。
最後に、過去にとらわれずに絶えず時代の動きをにらんで自ら変化していくことです。財務総研が誕生してから約35年になりますが、この30年で日本経済・世界経済も大きく変動しました。アジア経済も30年前とは全く様相を変えています。組織としての立ち位置を時代に合わせてよく考えたうえで、持っているツールを最大限活用していくことが必要だと思います。
三箇山:所長が過去に経験された他の部局と異なる財務総研の特徴があれば教えてください。
栗原:一番違うのは「時間軸」ですね。財務省の他の部局のように法令や予算を所管していたり、個別の行政を司っていたりするのであれば、自分の担当所管分野で何か対応すべきことが起こると、場合により即対応が必要ということになります。一方で財務総研の扱っている業務は「研究」がメインなので、今日明日で答えが導けるものでもないため、より長い時間軸、数か月から一年位の時間軸で業務を行うことになります。
逆に、所管行政分野があると業務はその分野が中心ということになりますが、研究活動主体の財務総研ではその時々の経済財政の課題を幅広く扱えるという、業務内容の自由度が高いということが言えると思います。
三箇山:財務総研の活動には、大学、国際機関での研究経験を持つ方や民間企業からの研究員が参加していますが、異なるバックグラウンドの人たちが参加することで、どのような効果を期待していますか。
栗原:財務総研には、国家公務員である職員のみならず、研究者としてのバックグラウンドを持つ任期付き国家公務員の方や、民間企業でのバックグラウンドを持つ研究員の方々が数多く参加しており、霞が関の中央省庁においても、その職員の多様性が非常に大きい組織の一つだと思います。
こうした多様な背景・職歴を持つ人たちがお互いの知見・経験を共有することでお互いの成長機会につながることを一番期待しています。異なるバックグラウンドの人と交流することは、自分のこれまでの「無意識な常識」を意識化し、固定観念を取り払うことで物の見方や考え方を広げる非常に良いチャンスだと思います。それは民間企業出身の研究員の方々にとっても財務省職員にとっても有意義だと思います。私自身も株式会社産業革新機構という官民ファンドで大勢の異なるバックグラウンドを持つ100名以上の若い人々と仕事をしたり、アジア開発銀行で60を超える国籍を持つ人たちと働いたりしたことが非常に刺激になりました。今はオンラインのツールも導入されたので、皆さんにはそのツールも利用して積極的に交流してほしいと思っています。

3.栗原所長のご経験について
三箇山:所長が財務総研で仕事をするうえで心掛けていることを教えてください。
栗原:財務総研の業務に限りませんが、常に職場で行っている業務において、時代の変化に応じて見直すべきものはないかとの点に心掛けています。今行っている業務は、その開始当時の状況下で、皆が衆知を集めて議論し、合理的な意義・目的があったからこそ、その業務があるということだと思います。しかし、時代環境は常に変化していくので、現時点でも当時意識した業務の意義・目的は有効なのか、新しいポジションに就くたびに自問自答するようにしています。
また、その業務の意義・目的が現在も有効である場合でも、今のやり方が、テクノロジーの進展などの時代の変化に応じて、最も効率的効果的なのか、を考えるようにしています。例えば、財務総研においても、ランチミーティングや研究会などは、以前は物理的に会議を行っていたため、参加人数に会議室の大きさという物理的な縛りがあり、30人位までが限界でありましたが、コロナ禍を受けてオンライン化したことで、開催の事務負担の削減だけでなく人数についても物理的な制約がなくなったことから、非常に多くの人に参加してもらえるようになりました。これは、同じ活動をしても、やり方の変化により、財務総研の強みである研究者・有識者とのネットワークがより発揮できるという一つの証左だと思います。
三箇山:財政金融研究所で、過去勤務されていた際に、印象に残っており、その後の仕事に役に立ったと考えていることがありましたら教えてください。
栗原:1点目は、海外の研修生の受入れセミナーである「アジア開発銀行・大蔵省財政金融研究所トレーニング・セミナー」や、LSEやウォートン・スクールとの国際コンファレンスなど国際的な業務に携われたことです。
「アジア開発銀行・大蔵省財政金融研究所トレーニング・セミナー」については、その2回目を担当(その後、財務総研独自の今の開催方式に変更)したのですが、20代半ばで初めて英語を使って国際機関と仕事をする機会で非常に印象深い経験です。また、国際コンファレンスとしては、アメリカのウォートン・スクールやイギリスのLSEとの開催を担当しました。先方の大学・研究機関の研究者の方々との調整が必要で苦労しましたが、今振り返ると非常に貴重な体験ができたと思います。
2点目は、当時の財務総研内外で知合いが増え、その後も含め、種々教えを乞うことができる方に出会えたことです。財務総研には、当時も民間企業からの研究員の参加が多かったですし、外部の研究者の方との研究交流の機会も多かったので、それらの方々と、その後の様々な場面で話を聞いたりアドバイスをもらったりすることができました。
3点目は、アジア諸国を訪問することができたことです。当時のアジア諸国の多くは、民主化途上・直後の段階で、経済発展段階もシンガポール・香港でも一人当たりGDPがようやく一万ドルに達した位で、なお貧困が根強くありました。この昔の状況を知っているからこそ、アジア諸国がこの30年で急激に成長したことを肌で感じ取ることができていると思います。今日現在、「普通」と思われることが、30年後は普通でなくなるということは、皆さんにも覚えていてほしいと思います。
三箇山:財務総研の研究員となってまだ日が浅くよくわかっていなかった部分も多かったので、これから働いていくうえで非常に有意義なお話でした。
所長、本日は貴重なお話を大変ありがとうございました。

Tokyo Fiscal Forum Seminar
―Towards Post COVID-19 Fiscal Policy and Digitalization in Asia―
財務省総合政策研究所 主任研究官 曽我奈津子/研究員 網谷理沙/研究員 椛田大介/研究員 玄馬宏祐
財務総合政策研究所は、IMF財政局、アジア開発銀行研究所(ADBI)とともに、「Tokyo Fiscal Forum」(TFF)というイベントを、2015年以降、毎年東京で開催しています。TFFは、アジア諸国の財政に関する制度や運営を支援するIMFの技術協力を土台としつつ、アジア各国のハイレベルな政策担当者の間で現状や課題を共有し、アジア域外からの有識者とも意見交換できる場を、日本のイニシャティブの下に提供しています。これまで5回のイベントを開催し、コロナ禍の下で、第6回目は2020年12月にオンラインで開催しました。
今般、2021年12月7日に、TFF関連イベントとして「Tokyo Fiscal Forum Seminar―Towards Post COVID-19 Fiscal Policy and Digitalization in Asia―」と題したオンラインセミナーを開催しました。「財政運営の信認強化」と、「政府活動のデジタル化」の二つを大きなテーマとして、16か国からゲストやパネリストを招き、在京大使館や国内の研究者等も含め、全体で140名超が参加するイベントとなりました。セミナーにご貢献をいただいた発表者、参加者、IMF及びADBIその他関係者の皆様に厚く御礼を申し上げるとともに、セミナーで発表された内容について、読者の皆様に紹介させていただきます。
Tokyo Fiscal Forum Seminar議事次第
・歓迎挨拶
Juan Toro IMF財政局副局長、園部哲史 ADBI所長
・オープニング・プレゼンテーション
Odd-Per Brekk IMFアジア太平洋局副局長
・セッション1:Strengthening the Credibility of Public Finances
議長:河内祐典 財務総合政策研究所副所長
発表者:
Paolo Mauro IMF財政局副局長
John Beirne ADBIリサーチ・フェロー
・セッション2:Digitalization of Government Operations
議長:片山健太郎 IMF財政局審議役
発表者:
Ruud De Mooij
IMF財政局アシスタント・ディレクター
Dharitri Panda
インド財務省Controller General of Accounts
Sangwook Nam
韓国企画財政部 KPFIS シニアマネージャー
・閉会挨拶 栗原毅 財務総合政策研究所所長
オープニング・プレゼンテーション
Odd-Per Brekk IMFアジア太平洋局副局長から、アジア諸国のマクロ経済と財政の課題について、IMFが2021年10月に公表したWorld Economic Outlookに基づいて説明が行われた。アジアは引き続き世界で最も成長率の高い地域である一方、ワクチンの接種率が低い新興国や低所得国の経済成長率の見通しが引き下げられており、新たな変異株の出現など下方へのリスクがあることが指摘された。また持続可能な発展に向けた目標(SDGs)の実現に向けた政府の追加的な支出のニーズが高い中で、アジア地域では、他の地域の平均値よりも、経済規模に対する課税収入が低く、潜在的な租税調達能力(Tax Capacity)との差がGDP比で4.5%~14%程度であるとの分析が紹介された。また、アジア諸国は世界の炭素排出量の大部分を占める一方で、気候変動によって大きな影響を受ける可能性がある国も多く、グリーン化に向けた投資や、気候変動に適応したインフラ整備の必要性が指摘された。デジタル化に関しては、アジア諸国ではネットを介した取引や消費の拡大が急速に進んでおり、経済成長のエンジンとなっているため、VAT(付加価値税)や法人税をデジタルに提供されるサービスに適用していくとともに、構造的な失業やプライバシーの問題に適切に対処していく必要性が指摘された。
セッション1:Strengthening the Credibility of Public Finances
1.財政の信頼性の強化について
Paolo Mauro IMF財政局副局長は、IMFが2021年10月に発表したFiscal Monitorの第2章に基づき、コロナのショックによって政府債務が増大した下で、財政運営の信認をどのように強化すべきかを説明した。多くの国で政府債務が大きく増加し、経済の回復とともに時間をかけて低下させていく必要があるが、その際には強固な財政運営の枠組みやルール(Fiscal Framework)を設けることが、信認を高め、資金調達を容易にすることが強調された。一方で、(1)財政の持続可能性確保(sustainability)、(2)簡素でわかりやすいルール(simplicity)、(3)経済安定のための柔軟な対応(stabilization)の3つを同時に実現するのは難しく、国やおかれている状況や文脈によってとるべきルールが異なり、柔軟性を持った対応が必要であること、政治的コンセンサスを得ることのできるコミュニケーションの重要性、財政の透明性が重要であることが指摘された。
2.アジアにおける財政リスクと強靭な財政枠組み
John Beirne ADBIリサーチ・フェローは、アジア諸国の財政リスクと財政ルールについて、コロナ後に向けてどのような取組みが必要とされるかを、具体例を紹介しつつ説明した。発表では、コロナショックの下で政府債務が増加するとともに、気候変動による災害や海面上昇などへの脆弱性が高いことが、財政リスクを高めることが強調された。今後、「強靭な財政」(fiscal resilience)を実現するためには、長期的に健全な財政状況を維持しつつ短期的な財政ニーズとのバランスをうまくとること、国内での税収を確保すること、中期の財政枠組み(fiscal framework)を注意深く設計していくことなどが重要であることが指摘された。
セッション2:Digitalization of Government Operations
1.政府の運営と政策のデジタル化(GovTech)
Ruud De Mooji IMF財政局アシスタント・ディレクターは、デジタル化が政府の業務運営や政策にどのような影響を与えることになるのかを俯瞰して説明した。IMFが2018年に刊行した本(Digital Revolutions in Public Finance)を紹介しつつ、徴税や支出管理などがデジタル化によって大きく効率性が高まる「政策の改善」、デジタル化によって新たに可能となる税制などの「政策のイノベーション」、プライバシーやセキュリティー、デジタル化がもたらす分断などの「政策の課題」の3つの側面があることを強調した。
また、IMFでは、各国政府のデジタル化に向けた能力開発支援を行っており、途上国や新興国におけるデジタル化の成功事例を相互に共有することの重要性を指摘した。
2.インドにおけるデジタル化による財政運営改革
インド財務省のDharitri Panda Controller General of Accounts(CGA)は、インド政府による財政運営システムについて説明した。インドでは、PFMS(Public Financial Management System)の活用によって、年間約2,500~3,000億米ドル(約1,300億件の取引)の政府からの支出が処理されており、コロナウイルスのショックの下においても、政府による景気刺激策やワクチン調達、国民IDを活用した現金給付等がPFMSを通じて行われた。PFMSでは、RBI(中央銀行)と31の州政府がウェブポータル上で情報共有ができるようになっているため、シームレスなサービスや情報の提供が可能となっている。現在は、PFMSに人工知能や機械学習等の技術を取り入れる開発を現地コンサル企業と協力しながら進めているとの説明があった。
3.COVID-19に対するKPFISの対応
韓国の企画財政部に、2016年に超党派の支持の下で設立された財政管理機関であるKPFIS(Korean Public Finance Information Services)のシニアマネージャーであるSangwook Nam氏は、コロナ禍の下で、韓国の公共支出管理のための統合されたシステムであるdBrainがどのように機能したかを説明した。KPFISが実施した財政持続計画の成果として、非接触・緊急の財政管理情報システム(FMIS)の確立や安全な職場環境の確保といった「K-防疫」、安定した補正予算のサポートや早期予算執行といった財政執行があげられ、それらの効果によって、先進国の中でGDP成長率を比較的緩やかな落ち込みにとどめることができたことを強調した。さらに、ポストコロナに向けて、FMIS事業継続計画の再定義、非対面の公共サービスシステムやデータに基づいた政策決定を支援する次世代dBrainシステムの構築等を見据えているとの説明があった。
今回のTFFセミナーのアジェンダおよび発表資料は、財務総研のウェブサイト(https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/tff2021.html)に掲載されていますので、ご参照ください。

プロフィール
栗原  毅 所長(写真中央)
1986年に大蔵省に入省し、外務省在フランス日本国大使館一等書記官・参事官、国際局開発政策課長、関東信越国税局長などを経て、2021年7月より財務総研所長を務めています。
[聞き手]
豊高  裕夢 研究員(写真右)
2019年に明治安田生命保険相互会社に入社し、島根県での勤務や明治安田総合研究所を経て、2021年10月から財務総研の研究員を務めています。
三箇山  正浩 研究員(写真左)
2016年3月に一橋大学経済学部経済学科を卒業し、同年4月に株式会社横浜銀行に入行、同行では異動により神奈川県から東京都にフィールドは変えながらも一貫して法人営業に従事してきました。2021年10月より財務総研の研究員を務めています。

主任研究官
曽我  奈津子
2009年4月に東京税関に入関。これまで主に財務省関税局で国際交渉や税関行政の企画立案等の業務に従事してきました。2020年7月より財務総研に勤務しています。

研究員
網谷  理沙
2017年3月に上智大学総合人間科学部社会学科を卒業し、同年4月に第一生命保険株式会社に入社。京都での支社経験、人事部での新卒採用担当を経て2020年7月より財務総研の研究員を務めています。

研究員
椛田  大介
2015年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業し、同年4月に野村證券株式会社に入社。経営企画部、アジア戦略部、野村資本市場研究所等を経て2020年10月から財務総研の研究員を務めています。

研究員
玄馬  宏祐
2021年6月より西日本旅客鉄道株式会社から財務総合政策研究所の研究員を務め、財政経済に関する基礎的、総合的な調査研究に携わっています。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN
過去の「PRI Open Campus」については、
財務総合政策研究所ホームページに掲載しています。
https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html

*1)    当時の財務省の技術的支援の黎明期について詳しく知りたい方は、栗原毅「技術的支援裏方の記―大蔵省における技術的支援の試み―」(『ファイナンス』1992年5月号p.28-39)をご参照ください。
*2)    「アジア・太平洋金融・資本市場発展研究会」の活動は、大蔵省財政金融研究所内金融・資本市場研究会編『アジアの金融・資本市場 21世紀へのビジョン』(1991年、きんざい)にまとめられています。