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ファイナンスライブラリー

評者 渡部  晶

西條  辰義/宮田  晃硯/松葉  類 編著 フューチャー・デザインと哲学 勁草書房 2021年10月 定価 本体3,000円+税

「フューチャー・デザイン」(FD)とは、西條辰義氏(現・総合地球環境学研究所(地球研)特任教授、高知工科大学フューチャー・デザイン研究所長、東京財団政策研究所主席研究員)が2012年に着想したもので、仮想の未来人を世代間の利害対立をはらむ現在の意思決定に参加させることを提案する。多数の自治体でFDを用いたワークショップが開催されるなどの動きが続く中、改めてFDの土台の再確認の必要性を認めることとなった。
そこで、2020年9月19日にそのためのワークショップ「フューチャー・デザイン×哲学」がコロナ禍の中オンラインで開催された。12名の発表者を迎え、具体的な方法論や存在しない将来世代との「共感」の可能性について議論が活発になされ、西條氏らの取りまとめのもとで、12名の著者・11章からなる、本書が刊行される運びとなったものである(本書303頁以下)。
FDとは、「『長期的なインセンティブの構築』のために『人々の考え方やあり方そのものを変える社会システムの設計』を課題として『実験による検証』を行うことを旨とする」新たな社会科学である(本書301頁)。
本書の構成は、はじめに、第一部〈未来を予測する〉、第二部〈未来とつながる〉、第三部〈未来と対話する〉、おわりに、となっている。FDが抱える三つの根本的な問題に正面から取り組むことを目指したという。
「第1章 フューチャー・デザイン×哲学」では、FDのこれまでの実践からの成果を確認している。また、ヒトの根源的な特質(相対性(contrast)、衝動性(impulse)・近視性(myo-pia)、社会性(sociality)、楽観性(optimism))が社会制度(自由な「市場」、「民主制」)で強めあうことにより、地球規模での環境問題、巨額の債務残高の積み上げなどが生じているとし、人間の考え方を変革するような社会の仕組みのデザインの必要性を提起している。
ここでは、上述のようにワークショップで特に活発な議論を呼んだ、現在と未来とが連続性、共同性を持つための道を探った第二部の中の「第7章 対話篇 住む時代の異なる人たちの間の関係とはどのようなものか、どうすれば上手くやっていけるか」(執筆:廣光俊昭・財務総合政策研究所客員研究員)と「第8章 将来世代への同感―ヒューム、スミス、その先へ」(執筆:宇佐美誠・京都大学大学院地球環境学堂教授、服部久美恵・京都大学大学院地球環境学舎博士課程生)に絞って紹介したい。
第7章は、哲学を専攻する哲夫、経済学専攻の経子、シュバルツという名の黒犬が登場し、気候変動で大水害などが生じている22世紀の夏から秋における三幕ものの対話篇(「先行世代は後続世代に責務を負っている」、「異なる各世代は共通の利害を持っている」、「では、どうしたらよかったのか」)で、筆者の卓越した構想力により遠い未来の将来世代の対話を生き生きと紡ぎだす。彼らは異なる世代が人類の存続という利害を共有しているという認識に至る。そして、仮想の未来人との対話が現在の人々に「道徳的感化」を与える道すじを提示する。
第8章では、英米哲学史におけるヒュームの「共感論」とアダム・スミスの「同感論」を紹介しつつ、FDのワークショップに見られる将来世代の同感を推奨し方向づけるような道徳哲学を構想する。そこでは、彼らが理性偏重の道徳哲学の伝統では見落とされてきた感情や共感・同感の構造に光を当てた意義を踏まえつつ、将来世代への同感を扱える道徳哲学理論に必要な感情の媒体としての言語と理性の再評価の論点を提起している。
東北財務局盛岡財務事務所では、令和3年10月、岩手県矢巾町が実施しているFDのワークショップとコラボレーションした、財政教育プログラムを実施している。このような実践活動の貴重な経験を財務省においても積み重ねていく必要がある。財務省の組織理念にある「希望ある社会を次世代に引き継ぐ」、評者の表現では「社稷を継ぐ」ためには、FDや「仮想将来世代」の視点を組織内に持つことが不可欠だ。新年にあたり、本書の議論に真摯に向き合うことは財務省関係者にとって極めて有意義だと考える。ぜひ、一読をお勧めしたい。