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新型コロナウイルス感染症拡大前後の経常収支の変化

国際局 為替市場課 外国為替資金研究官 菊地  渉/同 国際収支専門官 松下  裕 同 企画係長 坂本  晃一/同 国際収支第一係長 浅見  知佳 同 辻本  大志/同 芹澤  花奈/同 益子  優輝

▪はじめに
本稿では、新型コロナウイルス感染症拡大(以下「コロナ禍」)による経済・社会の変容が、対外取引に及ぼした影響について、国際収支統計の経常収支、特に地域・国別の動向に焦点を当てて検証する。

1.コロナ禍発生前後の経常収支
(図1* 日本の経常収支の推移(年度ベース))のとおり、2017年度以降に緩やかに減少してきた日本の経常収支の黒字額は、コロナ禍発生後に更に減少した。(表1 日本の経常収支(内訳項目))のとおり、コロナ禍発生後に当たる2020年度(2020年4月~2021年3月)の日本の経常収支は、16.3兆円の黒字であり、コロナ禍発生前の2019年度の18.7兆円の黒字と比べると、2.4兆円黒字額が減少した。
この変化について、経常収支を構成する内訳項目で見ると、貿易収支は黒字額が3.4兆円増加、サービス収支は赤字額が1.9兆円拡大、第一次所得収支は黒字額が2.6兆円減少している。

表1.日本の経常収支(内訳項目)
図1.日本の経常収支の推移(年度ベース)

2.項目別、地域・国別の特徴
これらの2019年度から2020年度にかけての項目毎の収支の増減を、貿易収支、サービス収支及び第一次所得収支の順番に、地域・国別に見ていく。

2.1 貿易収支
(図2 日本の貿易収支の地域・国別の内訳(2019→2020年度の増減))は、日本の貿易収支の黒字額3.4兆円の増加について、地域・国別の内訳を表したものである。この中で増減額が大きいものは、(1)米国に対する1.4兆円の黒字額の減少(8.3兆円→6.9兆円)と、(2)中東に対する3.3兆円の赤字額の減少(▲6.9兆円→▲3.6兆円)である。

図2.日本の貿易収支の地域・国別の内訳(2019→2020年度の増減

(1)米国に対する貿易収支の変化の要因
米国に対する貿易黒字が何故、コロナ禍発生前後で大幅に縮小したのかを見てみよう。(表2 米国との経常収支)のとおり、2019年度から2020年度にかけての貿易黒字額の減少は、2.4兆円の輸出額の減少(16.2兆円→13.8兆円)が主な要因である。
この輸出額の減少を品目別で見ると、(表3 米国への輸出額)のとおり、輸送用機器及び一般機械の輸出額の減少が減少額全体の約7割を占めている。これはコロナ禍発生後に経済活動が抑制されるなか、自動車の米国内販売台数が減少したこと(図3 米国の自動車販売台数)や、原動機及び半導体製造装置を始めとした生産活動に密接に関連する品目の商流が滞ったことが大きな要因と考えられる。

表2.米国との経常収支
表3.米国への輸出額
図3.米国の自動車販売台数

(2)中東地域に対する貿易赤字の変化の要因
次に、中東地域に対する貿易赤字が縮小した理由を分析する。中東地域に対する貿易赤字額の減少は、(表4 中東地域との経常収支)のとおり、3.7兆円の輸入額の減少(8.7兆円→5.0兆円)が主に寄与している。中東からの輸入額減少の背景としては、2020年度は原油価格が大幅に下落したこと(図4 原油価格(WTI))に加え、日本国内の需要の停滞に伴って原油の輸入数量も低下したこと(図5 日本の原油輸入数量)が挙げられる。

表4.中東地域との経常収支
図4.原油価格(WTI)
図5.日本の原油輸入数量

2.2 サービス収支
(図6 日本のサービス収支の地域・国別の内訳(2019→2020年度の増減))は、日本のサービス収支の赤字額1.9兆円の増加の内訳を、地域・国別に表したものである。赤字拡大の主な要因は、(3)2019年度には2.1兆円の黒字を計上していた中国を含むアジア地域のサービス収支が、2020年度には0.2兆円の赤字に転じたことである。

図6.日本のサービス収支の地域・国別の内訳(2019→2020年度の増減)

(3)アジア地域に対するサービス収支の赤字転化の要因
アジア地域に対するサービス収支が赤字転化した要因としては、(表5 アジア地域との経常収支)のとおり、旅行収支の黒字額が2.4兆円から0.4兆円へと大幅に減少したことが挙げられる。(図7 訪日外客数)のとおり、コロナ禍発生後、中国を筆頭としたアジア地域からの訪日外客数が激減したことがこの背景にある。

表5.アジア地域との経常収支
図7.訪日外客数

2.3 第一次所得収支
(図8 日本の第一次所得収支の地域・国別の内訳(2019→2020年度の増減))は、日本の第一次所得収支の黒字額2.6兆円の減少の内訳を地域・国別に表したものである。この中で増減額が大きいものは、(4)中南米地域に対する1.2兆円の黒字額の減少である。

図8.日本の第一次所得収支の地域・国別の内訳(2019→2020年度の増減)

(4)中南米地域に対する第一次所得収支の変化の要因
(表6 中南米地域との経常収支)のとおり、中南米地域に対する第一次所得収支の黒字額が1.2兆円減少した主な内訳は、直接投資収益の0.9兆円の黒字額減少、次いで証券投資収益の0.4兆円の黒字額減少である。
中南米地域との対外取引の特徴の一つとしては、当該地域内にあるケイマン諸島には、各国の投資家等により多くの法人・団体及び投資ファンドが設立・登記されており、これらに対して本邦からも直接投資や証券投資が盛んに行われている点が挙げられる。
コロナ禍発生後の投資先の業績等の変化を受け、中南米地域に対する投資への配当等の収益が減少したことが、同地域に対する第一次所得収支の黒字額が減少した要因の一部であったと考えられる。

表6.中南米地域との経常収支

3.足元の状況
これまで、コロナ禍発生による経常収支の変化を検証するため、2019年度と2020年度について、地域・国別の経常収支に表れる特徴や背景を見てきた。
次に、前述の2で確認した主な変化について、2021年度に入ってからの状況を見ていく。

(1)米国に対する貿易収支
(図9 米国に対する貿易収支)のとおり、米国に対する2021年第2四半期までの貿易収支は、輸出の回復等によりコロナ禍発生前の水準に概ね回復している。
他方、足元では、自動車部品用の半導体の供給不足や東南アジアの工場閉鎖に伴う部品不足の影響等から、自動車を中心とした米国への輸出は、2021年8月以降は頭打ちとなり、貿易収支も若干縮小している。

図9.米国に対する貿易収支

(2)中東地域に対する貿易収支
(図10 中東地域に対する貿易収支)のとおり、中東地域に対する2021年第2四半期までの貿易収支の赤字額は、原油価格上昇等により拡大傾向にあり、コロナ禍発生前の水準に概ね戻している。

図10.中東地域に対する貿易収支

(3)アジア地域に対するサービス収支
(図11 アジア地域に対するサービス収支)のとおり、アジア地域に対する2021年第2四半期までのサービス収支は、訪日外客数の低迷が続く中、旅行収支が未回復であることを主な要因として、サービス収支はコロナ禍発生前の水準に回復していない。

図11.アジア地域に対するサービス収支

(4)中南米地域に対する第一次所得収支
(図12 中南米地域に対する第一次所得収支)のとおり、中南米地域に対する2021年第2四半期までの第一次所得収支の黒字額は、2020年度と概ね同水準であり、コロナ禍発生前の水準には回復していない。
他方、(図13 対全世界の第一次所得収支)のとおり、全世界に対する第一次所得収支は、概ねコロナ禍発生前の水準に回復しており、中南米地域に対する第一次所得収支が回復していないのは、何らかの個別要因に起因する可能性があることには留意が必要である。

図12.中南米地域に対する第一次所得収支

▪おわりに
これまで見てきたとおり、コロナ禍発生前後の日本の経常収支の主な変化のうち、(1)米国に対する貿易収支、及び(2)中東地域に対する貿易収支については、コロナ禍発生前の状況に概ね戻しているが、(3)アジア地域に対するサービス収支、及び(4)中南米地域に対する第一次所得収支については、コロナ禍発生による悪化から回復するには至っていない。総じていえば、各国によるコロナ禍への対策が講じられ、経済・社会活動の再開が模索されるなか、モノの動きを示す貿易面では一定の回復が見られる一方で、ヒトの動きの面では、未だ回復に至っていない部分がある、という姿を示している。
本稿執筆時点では、エネルギー価格の高騰、半導体の供給懸念やサプライチェーンの制約といった新たな問題が指摘されており、本邦事業者の活動や内外の投融資行動にも影響を及ぼしている。これらの影響を含めた経済・社会の動向を把握するため、日本の対外取引を映す経常収支を分析することは、有効な手段の一つであると考える。
※本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属組織の見解を示すものではありません。
(了)

*(図)及び(表)のデータの出所は、記載がないものは財務省「国際収支統計」である。