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財政制度等審議会「令和4年度予算の編成等に関する建議」について

主計局調査課長 大沢  元一/課長補佐 山田  耕太朗 調査第一係長 吉岡  拓野/同係員 田中  謙伍 野坂  匠

財政制度等審議会・財政制度分科会は、2021年10月から8回にわたって審議を行い、「令和4年度予算の編成等に関する建議」をとりまとめ、12月3日に鈴木財務大臣に手交した。
本建議では、令和4年度予算編成の指針となるものとして、総論に加え、社会保障、地方財政をはじめとする10の歳出分野における具体的な取組が示されている。
詳しい内容は建議本文をご覧いただくこととし、ここでは、特に財政総論の中でポイントとなる点をご紹介したい。

1.「例外」からの脱却

(1)新型コロナに対する当初の緊急的対応から「正常化」へ
まず、我が国は、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の感染拡大という緊急事態に直面し、経済面でも財政面でも「戦後最大の例外」とも言える状態となったと指摘されている。
経済面では、ウイルスの性質が分からない中で飲食・旅行を中心に経済活動を制限せざるを得ず、昨年4~6月の実質GDP(国内総生産)が前期比で約8%(年率約28%)の下落という戦後最大の落ち込みを経験した。財政面では、事業者と家計に対してかつてない規模の支援を行うなど、昨年度に3次にわたる補正予算を編成し、一般会計だけで合計73兆円に上る歳出を追加した。こうした例外的な政策対応は、危機的状況の中で、国民の生活や事業を守るために大きな役割を果たしたが、過去最大の昨年度補正予算の追加額は、ほぼ国債の増発で賄われており、一般会計の歳出と税収の乖離の推移を示すいわゆる「ワニ口」グラフには、「巨大な角」が生えることになったとされている。
そして、今後求められるのは、新たな変異株を含め再度の感染拡大への備えをしっかり行いつつ、ポストコロナの世界において我が国の経済社会が持続的に成長できるよう、コロナ禍に炙り出された多くの課題に目を逸らすことなく、改革に取り組むことであるとした上で、昨年来の対応を前例とすることなく、経済、財政の「正常化」に取り組み、「例外」から脱却することを求めている。

(2)「正常化」の中で求められるもの
今後、経済の「正常化」(新型コロナが感染拡大する前の状態に戻るだけでなく、民需主導の持続的な成長軌道を実現することを含む。)を確実に実現し、あわせて財政も「正常化」(新型コロナが感染拡大する前の状態に戻すだけでなく、プライマリーバランスの黒字化に向けて、財政健全化が着実に進んでいくこと。)させるため、以下の「3つの視点」から具体的な政策を立案すべきとしている。
一つ目は、昨年来の新型コロナへの対応の経験を今後の対応に活かすことであり、あるべき医療提供体制に向けて、診療報酬をはじめ諸制度の見直しを幅広く進めることや、官民のデジタル化を推進することを求めている。
二つ目は、家計・企業の現状を十分に注視し、経済活動のいわば「点火」に必要な政策を実行することであり、いわゆる「ペントアップ需要」をうまく解放に導き、企業の投資を促し、民需主導の自律的な経済サイクルを取り戻す必要があるとしている。
三つ目は、ポストコロナにおいて経済社会を持続的に成長させるため、長年指摘されてきた生産性の向上や全世代型社会保障改革をはじめ、構造的な課題に取り組むことである。
また、今後の財政運営にあたっては、ケインズが、長期的な経済成長は技術革新や資本蓄積により実現するものとしており、主役である民間企業に不可欠なものとして「アニマル・スピリット」を挙げている点に触れた上で、重要分野であっても、安易な財政支出により、公的資金への依存を招いて民間の自主的なリスクテイクの意欲を失わせることがあってはならないと指摘している。

写真:(榊原会長から鈴木財務大臣への建議手交。左から、小林毅委員、武田洋子委員、冨田俊基委員、土居丈朗委員、増田寛也会長代理、榊原定征会長、鈴木俊一財務大臣、大家敏志副大臣、高村正大大臣政務官、中空麻奈委員、田近栄治委員※。)

2.我が国財政をめぐる環境変化と対応余力の必要性

(1)直面する3つの課題
次に、我が国の財政が直面する3つの課題を、以下のとおり指摘している。
第一は、社会保障の受益(給付)と負担のアンバランスである。2020年度からは、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に移行し始めるため、医療費の増加等により、社会保障給付費の急増が見込まれる。全世代型社会保障改革により、これを是正し、国民が必要とする社会保障制度の持続可能性を高めることで、特に、現役世代の将来不安を払拭し、希望が持てるようにしていくべきとしている。
第二は、短期国債の大幅な発行増である。昨年度の国債の市中発行額は、当初予定していた130兆円規模から210兆円を超える水準となった。特に短期国債の大幅な発行増で手当てすることになったため、令和3年度当初の市中発行額も約220兆円と引き続き高水準となっている。こうした短期国債の増加が、金利変動に対する脆弱性をもたらしていることが述べられている。
第三は、諸外国に比べて不十分な財源確保や財政健全化に向けた動きである。我が国は債務残高対GDP比が諸外国に比べて格段に高い中で先に述べた例外的な対応をしているのにもかかわらず、財源確保や財政健全化に向けた十分な動きがあるとは言えないこと、これに対し、例えば英国では大企業の法人税率の引上げを行うなど、先進諸外国は新型コロナへの大規模な対応による財政状況の悪化を踏まえ、財源の確保や財政健全化に向けた取組を検討・開始していることが指摘されている。

(2)危機管理としての財政の対応余力の必要性
新型コロナは、我が国も想定外の危機と隣り合わせであることを改めて想起させる契機となったことを踏まえ、「3つのリスク」、すなわち震災等の自然災害や感染症、金利の上昇が起きた際に、危機に対応できる財政余力を持っておく必要があるとした上で、そのためにも、財政の「正常化」に取り組んでいくことを求めている。
自然災害リスクについては、今後も、南海トラフ沿い地域の大規模地震や首都直下型地震が発生する可能性があり、広範に被害を受ける事態が発生すれば、財政上も大きなリスクとなりうることが指摘されている。
感染症リスクについては、パンデミック(世界的大流行)と言われるような感染症が10~40年程度に1度発生してきていることに触れ、財政余力があればこそ、公衆衛生上の緊急事態に対応できることは、論を俟たないとしている。
金利の上昇リスクについては、我が国の国債や通貨「円」は、極めて厳しい財政状況の下、その価値を維持する上で、潜在的な脆弱性を抱えており、金利が上昇した場合には、それが急騰と言えなくとも、巨額の債務残高を抱える政府の利払費は極めて大きくなり、政策経費を更に圧迫することになると述べられている。

3.責任ある財政運営に向けて
これまでに示した諸課題を踏まえれば、プライマリーバランスの黒字化目標を凍結するといった方針変更を行うことなく、財政健全化に向けて着実に歳出・歳入両面から改革を進めるべきであると指摘している。そもそも、財政健全化目標の存在は、足もとの新型コロナへの対応を妨げるものではなく、「例外」からの「正常化」に取り組むことにより、新型コロナにより困難な状況に陥っている企業や家計に対する当面の必要な支援と、財政健全化目標は両立可能としている。
そして、「骨太の方針2021」における「財政健全化目標(2025年度の国・地方を合わせたプライマリーバランス黒字化を目指す、同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す)を堅持する。ただし、感染症でいまだ不安定な経済財政状況を踏まえ、本年度内に、感染症の経済財政への影響の検証を行い、その検証結果を踏まえ、目標年度を再確認する。」との記載に基づき、着実に財政再建を進めていく必要があるとした上で、財政は国の信頼の礎であり、財政健全化の旗はしっかりと掲げ続けなければならないと述べられている。
▪令和4年度予算編成の課題
令和4年度予算編成については、我が国の財政の厳しい状況を踏まえ、全世代型社会保障改革を進めるとともに、経済・財政一体改革を着実に推進する必要があるとしている。また、「骨太の方針2021」における「目安」に沿った予算編成を行うとともに、新経済・財政再生計画の「改革工程表」に沿った歳出改革の取組を継続し、着実に財政健全化を進めるという我が国の意志を改めて内外に示すものでなければならないと指摘している。
さらに、重点分野への選択と集中や、既存予算のスクラップも含めたメリハリ付けを徹底し、歳出全般を聖域なく見直すこと、それぞれの予算項目について、費用に対し最大の効果を発揮する効率的な仕組みを追求することを求めている。そして、新たな財政措置を検討する場合にはペイアズユーゴー原則を徹底し、同時に、応能負担を強化するなど、歳出・歳入両面の改革を着実に実行していくべきと述べられている。
政府としては、経済、財政を「正常化」すること、我が国財政をめぐる環境変化や危機に対応できる財政余力の必要性を踏まえて、財政健全化を着実に進めることなどを強く求める今回の建議を、厳粛に受け止め、財政運営や令和4年度編成予算にしっかりと活かしてまいりたい。