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新々 私の週末料理日記 その47

11月△日日曜日

先日映画俳優の千葉真一氏の訃報を見て以来、週末に気が向くと、彼が出演した映画をネット配信で観ている。「柳生一族の陰謀」、「沖縄やくざ戦争」、「魔界転生」、「戦国自衛隊」、「将軍家光の乱心 激突」、「赤穂城断絶」ときて、昨晩は「必殺4 恨みはらします」と「仁義なき戦い 広島死闘編」の2本を観た。結果として今朝はずいぶん寝坊して、髭も坊主頭も剃らずに大あくびをしながら、急いでスーパーへ買い出しに行く。夕食用にチゲ鍋の材料一式を買う。昼飯は手早くベーコンとレタスのサンドイッチにしようかと思ったが、何となく心残りな気がしてもう一回りすると、魚介売場で生鮭が目に留まる。舞茸と長芋と一緒にバター醤油で炒めて、深まる秋の気分に浸ろうか、久しぶりに味噌汁でも作って…と、買い物を済ませて帰宅したのだが、家に戻って寝転んで新聞を読んでいたら、飯を炊くのが面倒になってきた。結局昼飯は鮭と舞茸と長芋の和風スパゲティ。それはそれで美味なのだが、麺類はどうしても食べすぎる。腹が重くてソファーから立ち上がれない。
閑話休題。話を千葉真一に戻すと、日本を代表するアクション俳優であり、出演した映画、テレビドラマは数多い。代表作といえば「柳生一族の陰謀」、「魔界転生」、「戦国自衛隊」あたりか。前二者で千葉は野生味溢れる柳生十兵衛を演じ、「戦国自衛隊」では長尾景虎と組んで天下取りを狙う精悍な伊庭三等陸尉を演じている。アクション映画としての出来栄えもいい。これらが代表作だろうとは思うが、一番気に入っているのは「仁義なき戦い 広島死闘編」である。千葉はテキ屋の親分を父に持つ暴力団組長大友勝利(かつとし)を演じている。
この千葉が演ずる大友勝利というのが、愚連隊的というか戦後ヤクザ的というか、とにかく欲望丸出しの粗暴極まりない男で、哀しき鉄砲玉というべき主人公の山中(北大路欣也)以上の強烈な印象である。
この大友勝利役は千葉畢生の熱演といってよいのではないか。
映画ではこの大友勝利が、広島で当時広島最大の暴力団になりつつある村岡組と事を構える。もともと村岡組は博徒であり、大友連合会はテキ屋であって、お互いの縄張りを守って友好関係にあった。昭和25年、村岡組は広島競輪場の警備を請け負うなど勢力を大きく伸ばしており、闇市時代からのマーケットの仕切りを業とする大友連合会との勢力の差は明らかであった。それが面白くない勝利は、競輪場の便所をダイナマイトで爆破する。昔気質の父大友長次(加藤嘉)は、テキ屋らしい筋目論で諫める。要約すると、「マーケットは村岡(名和宏)と二人で立ち上げたものだが、村岡は『マーケットは神農道の縄張りだ』と言って手を引いてくれた。(神農は露天商の守護神とされている。)競輪は博打打ちのシマだから手を出すな」というものだ。しかし、勝利はせせら笑って言うのである。(余りに下品な台詞なので一部伏字。)
「…こぎゃなマーケット、何の役に立つんなら。見とってみないよ、今に物が自由に出回るようになったらど、客は誰も寄り付かんようなるわいよ。それに比べて競輪場いうたらよ、のう、年に十億の売り上げじゃけん。…何が博打うちじゃいや、ああ。村岡の持っちょるホテルは何を売っちょるの。淫買じゃないの。いうならあいつら×××の汁で飯食っとるんじゃないの。のう、親父さん、神農じゃろうと博奕打ちじゃろうとよ。わしらうまいもん食ってよ、まぶい△△抱くため生きとるんじゃないの。それも銭がなきゃできゃせんので。そうじゃけん、銭に体張ってどこが悪いの、おう」。
激怒した長次は勝利を勘当するが、勝利は古顔の博徒である時森勘市(遠藤辰雄)の跡目を受けて大友組を結成し、村岡組との抗争に突入する…と物語は進行する。時は昭和25年(1950年)、日本経済は、ドッジ・ラインによる不況から、朝鮮特需を契機にようやく立ち上がろうとしているところであった。それにしても、野卑な広島ヤクザが吐いた「今に物が自由に出回るようになったら、(闇市的なマーケットには)客が寄り付かなくなる」という台詞は、千葉の熱演もあって妙に記憶に残る。
戦後日本のインフレは、他の敗戦国にも増して長く厳しいものだった。まず支那事変以来の非軍需物資の供給不足と復員に伴う国内人口増加などによる消費増加から、極度のモノ不足の状況にあった。他方、傾斜生産方式を支えるため復興金融公庫融資が同公庫債の日銀引受を財源として行われ、加えて各種補助に充てる多額の財政赤字もあった。モノ不足のところに通貨の過剰供給がなされた結果、激しいインフレが生じたのである。卸売物価が昭和20年から24年の間に70倍になった。消費財不足と激しい物価上昇の中で、何とかモノを手に入れようと、国民は闇市や青空マーケットに群がった。
しかし昭和24年2月、GHQ経済顧問ジョゼフ・ドッジにより、インフレの一挙安定を図るべくドッジ・ラインが実施されると、一転してデフレとなった。昭和21年時点ではヤミ価格は公定価格の7.3倍という水準だったが、ドッジ・ライン後の昭和25年には1.2倍にまで接近している。つまりヤミ価格が相対的に急下落したわけで、大友連合会の仕切るマーケットも一時の活気が失われたであろう。
昭和25年6月朝鮮戦争が勃発すると、いわゆる朝鮮特需で景気は一転して回復した。モノが出回りはじめ、物価も比較的落ち着く中で、人々は徐々により良質なものを求めるようになり、また食料品や衣料品以外の嗜好品、奢侈品やサービス消費も求めるようになっていった。そうした中で、露天商やテキ屋の売上や利潤が停滞する一方、ギャンブルや風俗業を稼業とする博徒系暴力団の勢力が伸びていったのであろう。大友勝利の台詞は、そのあたりの実体経済の真理を直観的にせよ的確にとらえているので、リアリティがあって印象に残るのだろう。
ところでドッジ・ラインによる不況は、インフレ収束策に伴う安定恐慌と言われるものである。1年数か月の短期間ではあったものの、恐慌というだけあって強烈なものであった。「緊縮財政や復興金融金庫融資の廃止による超均衡予算」「日銀借入金返済などの債務償還の優先」「1ドル=360円の単一為替レートの設定」など一連の施策により、デフレが進行し、金融が逼迫して倒産が相次いだ。企業の首切り・合理化は熾烈を極め、国鉄はじめ公的部門でも大量の人員整理が行われたのである。
米国側は、日本を反共の防波堤とするとともに米国の援助を早期打切るために、インフレを速やかに安定させて日本経済を自立させようとドッジを派遣したのであるが、日本側でも、当然のことながらインフレの収束策を検討していた。ドッジは「日本の経済は…竹馬にのっているようなものだ。…竹馬の足をあまり高くしすぎると転んで首の骨を折る危険がある」として、一気に竹馬の足を切ったのだが、日本側は、竹馬の足を切るにしても、倒産や失業を抑制しつつ徐々にやるべしという立場で抵抗を試みた。米側が、総じて自由経済の思想というか原理原則に忠実な感じがあるのに対し、日本側は痛みを気にして現実主義に立つ。なんとなく既視感がある図式ではある。
我が国では、近時大幅な財政赤字が慢性化している中で積極財政論が強い。巨額の国債残高を不安視する声もないわけではないが、「自国通貨建国債残高が如何に積み上がろうとインフレの心配はない」、「仮にインフレになっても財政や金融政策で十分コントロール可能だ」という考え方が一部に広まっているようにも見える。たしかに戦後インフレも、占領軍の強権の下、超均衡予算や金融引締めで安定させることができた。しかし折からの朝鮮特需がなければ安定恐慌は長期化したろう。ドッジ・ラインは、インフレをデフレ政策で収束させた例である一方、その副作用の激しさを教える事例でもあった。
安定恐慌が長引いていれば、千葉真一演ずるところの大友勝利も父親に下品な啖呵を切るどころではなくて、暴力革命の旗を振っていたかもしれない。戦争に起因する特需を歓迎するような考え方は不謹慎で許されるものではないが、事実として朝鮮特需後、広島経済も繁栄に向かい、広島ヤクザもおこぼれにあずかって伸長し、抗争事件を繰り返して市民社会に害をなした。春秋の筆法をもってすれば、その結果としてヤクザ映画の傑作が生まれたということにもなる。妄想はとりとめないが、昼飯の食い過ぎで眠くなった。昼寝しよう。
参考文献:「戦後経済を語る」(有澤廣巳著、東京大学出版会)、「これがデフレだ」(吉野俊彦著、日経ビジネス人文庫)

鮭と舞茸と長芋と万能ねぎのスパゲティのレシピ(2人分)
〈材料〉 スパゲティ(1.7~1.8ミリ)適量(我が家の場合大食いなので300~350g程度)、生鮭4切れ(半分に切り、軽く塩を振る)、舞茸1パック(石突を切り、一口大にちぎり分け、少量の酒を振って湿らせてから軽く塩をする)、長芋10センチ(洗って水気を切り、皮をつけたまま7~8ミリ幅に切り、断面に軽く塩を振る)、万能ねぎ4分の1束(細かい小口切り)、にんにく1片(あらみじん切り)、鷹の爪1本(種を抜き細かくちぎる)、オリーブ油大匙2、酒、醬油各大匙1、あらびき胡椒、粉末ジンジャー
(1)なるべく大きめの鍋で麺茹で用の湯を沸かす。
(2)湯が沸いたら、塩を1リットルあたり大匙2分の1加えてから、一旦弱火にしておく。
(3)大き目のフライパンにオリーブ油をひき、鮭を入れ、なるべく皮が下になるようにして中火で炒め始める
(4)麺茹で用の鍋を沸騰させ、麺を投入。指定の茹で時間より1分短めにタイマーをかける。
(5)フライパンの空きスペースに鷹の爪、にんにく、舞茸を入れ、1分ほどおいて長芋を加える。鮭の身が崩れないように気をつけて2~3回大きく混ぜながら炒める。にんにくの色が変わり始めたら酒、醤油を振り、麺の茹で汁おたま1杯を加える。弱火にして味見しながら塩適量を加える。
(6)タイマーが鳴ったら、麺をトングでつかみ上げて(あるいは笊で湯を切って)フライパンに移し、あらびき胡椒、粉末ジンジャーを振り大きく混ぜてソースと絡めたら出来上がり。皿に盛って、上から万能ねぎを振って直ちに食す。

*仕上げに花椒を振るのもよい。和洋中ごちゃ混ぜで実に節操がないが、結構美味い。
**鮭と舞茸と長芋をスパゲティのソースにせず、炒め物にして飯のおかずにする場合は、オリーブ油に代えてサラダ油で炒め、にんにくと鷹の爪に代えておろししょうがを使い、調味料は酒、醤油、みりんを使い、最後にバターを落として大きく混ぜる。いずれにしても、長芋に火を入れすぎないようにすること。これはスパゲティソースの場合も同様である。