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夏季職員トップセミナー

講師 村井  純 氏(慶應義塾大学教授/内閣官房参与(デジタル政策担当))

演題 デジタル庁の挑戦 It’s now or never! 令和3年8月26日(木)開催

はじめに
私は、デジタル改革関連法案ワーキンググループで座長を務めていました。グループの代表としてIT基本法やデジタル庁設置への提言などを行い、今でもデジタル社会の実現を応援しているという立場です。内閣官房参与という役割を拝命していますが私自身がデジタル庁を代表しているわけではありませんので、期待を込めてプレッシャーをかける役割を果たしています。
本日のタイトル「It’s now or never!」は、私の思いをそのまま言葉にしたものです。私は2000年から約20年間、有識者本部の一員として様々なIT政策に関わっていますが、デジタル庁の準備がここまでできるとは思いませんでした。
いつも「こうしてください」と、大体高めのボールで、無理だろうなと思っているようなことをお願いしてきました。例えば、予算や権限もそうですし、総理大臣がトップの新しい役所をつくるというのもそうですが、それが今回、高めのボールを投げたら、そのとおりにできました。こういうことは滅多にないと思います。霞が関に新しい役所ができて、役割がきちんとできることは歴史的なことだと思っていますので「It’s now or never!」、今できなかったらもうできないだろう、という思いでいます。その高い期待値に関して、使命も含めてお話します。

1.インターネットって何だ?

(1)インターネットの原理
コンピュータネットワーク分散処理が私の専門の研究課題ですが、そもそもインターネットとはなにか、ということを少しお話しておきます。
1969年にARPANETのパケット交換ネットワークと、UNIXオペレーティングシステムの研究開発が始まり、1980年代の初頭に、この2つの技術がカリフォルニア大学バークレー校で合体してインターネットができました。
その後、スイスのCERN(欧州原子核研究機構)の研究者であるティム・バーナーズ=リーが、1980年代の終わりにWorld Wide Webというメカニズムを作ります。これによってインターネット上のデータ情報が流通したり、アクセスするためのプラットフォームができました。
1990年代で一番重要なのは、公開鍵暗号という暗号のメカニズムです。「https」の「s」はセキュリティの「s」ですが、これで、スマートフォンやパソコンのエンド端末から、相手のサーバーに情報を送るときに暗号化を両側でかけます。つまり、暗号をかけて、相手に届いたら復号する。例えば、クレジットカードの情報を流通しても、入力した端末からサーバーまでが暗号化されているので途中で見られても大丈夫です。この仕組みも要素としてWorld Wide Webの中に組み込まれていきます。
「インターネット」、「Web」、「サービスプラットフォーム」の3つの要素が全部つながって世界中で標準化されています。したがって、その上で何かをやろうとしてもお金を払う必要がありませんので、この上にあらゆるサービスが生まれるようになりました。

(2)デジタルプラットフォームづくり
そもそも、世界中でビジネスをしようとしたら、これまでは、そのためのインフラを各自がつくっていく必要がありましたが、今のデジタル環境の中では共通のインフラがあります。
そういう意味で、この3つの仕組みができてしまえば、ソフトウェアだけで新しいサービスを世界中に展開できます。
この3つの仕組みのさらに上の部分は「オーバー・ザ・トップ」と言われます。この部分ではインターネットを作らなくていいし、コミュニケーションの仕組みも作らなくていいし、暗号化の安全な通信に対して気を遣うこともありません。
したがって、アイディアがあったらそのままサービスを作ればいい。それに専念すればいい。これがインターネット環境の貢献です。
インターネットインフラをつくる企業や電話会社は、よく「オーバー・ザ・トップ」と憎々しく言います。なぜかと言うと、インフラをつくるには多額の投資が必要ですが、「オーバー・ザ・トップ」のGoogleやAmazonなどはインターネット上で大きなビジネスをして、時価総額の上位にいるがインフラには貢献していないという論点です。これらの会社は、今でこそサービスプラットフォームを一部つくったり、ケーブルを敷設していますが、ずっとインターネットの上「オーバー・ザ・トップ」で大金を稼いでいました。
私は大学の授業で「オーバー・ザ・トップ」という英語を「ただ乗り」と訳していました。インターネットは「ただ乗り」をつくるためにあります。デジタル庁の使命は、日本の社会全体に「ただ乗り」をつくっていくこと、みんなが「ただ乗り」して本来の活動をすることだと思います。
たとえば、地方の中小企業、あるいは金融業、第一次産業でも、あらゆる業界がデジタルプラットフォームの上で、自分たちが本当にやりたいことを連携してやるなり、新しい問題を解決するなり、夢を実現するなり、みんなが「ただ乗り」できる社会をつくる。このデジタルプラットフォームをつくること、これがデジタル庁の一番の使命ではないかと思います。そういう意味では「オーバー・ザ・トップ」を含めたインターネットの構造をまず理解して、アイディアさえあれば、お金をかけずに、力がなくても新しいものを発明することができます。そうすれば、イノベーションが生まれて、そこで問題を解決して、たくさんの人に良いサービスを提供することができます。これがデジタルプラットフォーム、デジタル社会の環境整備であると思います。

(3)地球にひとつグローバル空間
インターネットの大きな特徴として、そもそもインターネットは、特に大学が開発を進めていましたので、国境の概念がないということです。
文明というものは道具が生まれ、そこから社会をつくっていきます。デジタル社会というのは、いわば数学的なコンピューター、数学的な原理から始まりました。つまり、「インターネット文明」をつくったと言えると思います。「インターネット文明」が過去の文明と何が違うかと言うと、過去の文明は世界各地バラバラにありましたが、「インターネット文明」は地球に一つしかありません。本当のグローバル空間を人類は手にしたのです。
現在、グローバル空間と、国際空間、つまり政府がきちんとコントロールして国民を守っている仕組み、この共存が完全にできる時代になりました。だから、2021年は、歴史的に見ると「now or never」という時代です。インターネットが全地球、全人類のために、あるいは、地球全体を覆うようになってほしい、と私たちはずっと願ってきました。2021年は、その元年だと思います。パンデミックの中でもみなさんがそれぞれの仕事をできている、これは大変重要な、歴史的なことだと思います。

2.グローバル標準化とプラットフォーム
「It’s now or never!」は、デジタル庁だけではなく、デジタル社会だけでもなく、みなさん一人一人の生活や人生、仕事にも、起こることだと思います。
身近な例を挙げると、World Wide Webの上で私たちは、ビデオストリーム、つまりビデオが流れる仕組みを標準化しました。私はW3C(World Wide Web Consortium)の一員として、日本の企業が標準化に合意するよう奔走しました。
それまでは、各会社がバラバラにビデオをエンコーディング、デコーディングする仕組みをつくってブラウザに乗せていましたが、これらの仕組みを標準化したサービスプラットフォームの側に入れたのです。そうすると、ここは競争領域ではなくなり、協調領域になりました。
ドラフトが2008年にできて、8年間かけて2016年に最終的に標準化されました。時間は少しかかりましたが、結果はご覧いただいているとおりです。本日、ここでビデオ会議が行われています。COVID-19が始まり、みんながビデオ会議や遠隔授業を始めました。なんとか間に合ってよかった、と感じます。
標準化された後、Zoomをはじめとして様々な企業が次々に出てきて、新しい産業が丸ごとできてしまいました。これらの会社はインターネットのインフラをつくっていませんので、すべて「ただ乗り」ですが、時価総額が高い。こういうことが、デジタル社会をつくるということなのです。
W3CはNATAS(The National Academy of Television Arts and Sciences・米国テレビジョン芸術・科学アカデミー)から第70回技術・工学エミー賞(Technology & Engineering Emmy Award)を受賞しました。エミー賞は、世界のテレビ技術の発展に貢献した個人や組織に与えられる賞で、テレビの代わりの「ただ乗り」プラットフォームをつくったら新産業ができた、HTML5の標準化はテレビや映画の賞に値する、ということで私がW3Cを代表して受賞しました。

3.海底ケーブルは「動脈」
次にインターネットのインフラに関わることをお話しします。これは「子供の科学」という雑誌に、インターネットについてわかりやすく説明した文章を書いた際に用いたインターネットのイラストです。「子供の科学」は私の愛読書でしたので、喜んで依頼を引き受けてこのイラスト書いてもらいました。
当時、インターネットはまだできていないのですが、やがてインターネットは世界の動脈になり、血液が栄養を体に配っていくようにインターネットが地球全体にいろいろなものを配って、一つ一つの細胞が元気になる。そんな仕組みがインターネットで「インターネットは世界の動脈になります」ということを「子供の科学」でどうやって説明しようかと考え、このイラストを使って説明しました。
動脈は、血液を送り出す、体の中で血液を隅々まで行き渡らせる役割を果たしていますが、そのためには心臓が必要です。当時、私が「日本が心臓の役割を果たす」と言っても、大抵の人は米国と欧州が心臓の役割を果たすと思っていました。だからこそ、子供達に「日本もこの心臓の役割を果たさなきゃいけないのだよ」と話すのです。
現在、EUや米国、GDPR(EUにおける一般データ保護規則)などが主導権を争っていますが、ある意味、これとは全く違う日本の役割があるだろうと思います。デジタル庁の使命は、この国を良くするということもありますが、もう一つの使命は、地球全体の中で日本が世界のどういう位置で活躍できるようにしていくのか、ということだと思います。

4.地表空間は大変革!
ほとんどのインターネットのデジタルデータは地表の光ファイバーケーブルを通って世界に流通しています。この地表空間の光ファイバーケーブルに大変革が起こっています。

(1)英国がEUから離脱(ブレグジット)
光ファイバーケーブル敷設に影響を及ぼしている要因の一つは、英国のEU離脱(ブレグジット)です。DFFT(Data Free Flow with Trust)、すなわち日本が提唱した「信頼性のある受有なデータ流通」を推進しようとGDPRと米国の自由主義の間で日本が動いてきました。EUから脱退した英国は様々なところで活躍して、DFFTの議論では英国がとても強い立場になっています。英国は日本ととても近い立場で話をしますので、英国のEU離脱の影響は大きいと思います。
光ファイバーケーブルのアジアへのトラフィックのほとんどは日本経由です。日本を経由して東シナ海、南シナ海周辺を通るので、太平洋側はこの辺の海が一番クリティカルな回線になっています。
一方、大西洋側の光ファイバーケーブルはほとんど英国に上陸していて、EUの米国への入り口は英国でした。しかし、最近の新設ケーブルはフランスのマルセイユに上がるようになってきています。このように、EUからの英国離脱は、様々なところに影響があることがわかります。

(2)北極海の氷が溶ける
北極海の氷が溶けたことも、光ファイバーケーブルの敷設に影響を及ぼしています。カナダからアラスカを回る光ファイバーケーブルは、北極海を通って敷設したものです。以前なら、ロシアのEEZ(排他的経済水域)を通らずにケーブルを敷設することができなかったのですが、北極海の氷が溶けたことで、ヨーロッパから北極海を通ってアリューシャン列島を通り、北欧から日本海に光ファイバーケーブルを繋ぐことができます。
フィンランドのCinia社とロシアのMegaFon社が共同してヨーロッパとアジアと北米をダイレクトにつなぐ北極横断海底ケーブルの敷設を目指すArctic Connectという計画ができたので、2020年3月に北欧のR&E(研究・教育)のチームが私のところに来て、日本の研究者と欧州の研究者をつなごうという提案をしてきました。
現在、日本からヨーロッパへのインターネット回線の経路は、新潟の直江津からナホトカを通って、ロシアの光ファイバーケーブルを使ってヨーロッパへ行くのが最短距離ですが、日本~津軽海峡~ウラジオストック~北欧というルートができると、こちらが最短距離になります。
この海底ケーブルはロシアと北欧の資金で敷設し、日本は多少予算がとれればできるということで、急ピッチで陸揚げなどの準備をしていましたが、今年6月にMegaFon社が「Arctic Connectの計画を止めた」と言ってきました。
これは、ロシア政府が介入して、ロシアの内陸の光ファイバーケーブルを引くことに全部予算を振り向けたということではないかと思いますし、ヨーロッパと日本が直接繋がることが気になったのかもしれません。光ファイバーには地政学的な考え方があまりなく比較的自由でしたが、非常に長い区間ロシアのEEZを通ることが徐々に問題になったのかもしれません。

(3)リスクから逃れる
世界の幹線インターネットのトラフィックは、日本を経由して東南アジアに行き、東シナ海、南シナ海に海底ケーブルが多くあります。私たちも研究ネットワークの太い光ファイバーケーブルを持っていますが、頻繁に光ファイバーケーブルが切断されてダウンしてしまうため、どうしてなのかを調べました。
いろいろ調べて分かったことは、漁船がアンカー(錨)を引き上げるときに海底ケーブルが切断されてしまうことが原因だということです。
以前、南シナ海に中国の漁船200隻が集結していた、というニュースがありました。中国の漁船は、AndroidのようなOSが乗っているデバイスを持っているという情報があります。それから、中国は「北斗」という測位衛星、そして、「天通」という衛星通信があります。
200隻の漁船をどうしたら並べることができるのか、実は軍の船じゃないか、という推測もありましたが、この3つの道具があれば200隻きっちり並べることができます。漁船は指示された場所に行ってアンカーを下ろして、アンカーを引き上げるときに海底ケーブルが切断されてしまいます。
彼らは軍とは関係のない漁民ですが、きちんと漁船を動かせます。通信技術がこういうことにもインパクトを与えているのです。

5.そして、NTN 空と宇宙!

(1)NTNのための3つの領域
ここまでは海底ケーブルを含むTerrestrial Networkという地表のネットワークについてお話ししましたが、もう1つのインフラ、NTN(Non-Terrestrial Network:非地上系ネットワーク)についてお話します。
2021年はNTN元年です。つまり、空中と衛星を使った新しいインターネットのインフラが動き出します。
日本は現在、5Gのライセンスを4社に割り当てていますが、人が住んでいるところを100%カバーしても、国土は60%しかカバーしていません。人が住んでいないところをカバーするためにはNon-Terrestrial、つまり、空中から見下ろしたインターネットインフラが必要になります。
空中のインターネットインフラには、3つの領域があります。
1つ目はGEO(Geostationary Earth Orbit:静止軌道<地表からの高度36,000km)の領域です。この領域にあるのは静止衛星です。この領域は地表から遠いためにレイテンシ(通信の遅延時間)があり、金融などには使えないということもありますし、そもそも強い電波はなかなかつくることができません。
2つ目はLEO(Low Earth Orbit:低軌道<地表からの高度2,000km以下)の領域です。地表からより近いところでインターネットインフラ整備ができるため、LEOの領域では以前から様々な計画があります。サービス開始は2021年、そういうわけで今年が元年です。
3つ目は地表から高度10kmから50km程度のところにある成層圏(stratosphere)です。この領域はあと2、3年でサービスが開始できるようになります。

(2)LEOの領域
LEOの領域を回る衛星に関して、アジア開発銀行が興味深いレポート(「DIGITAL CONNECTIVITY AND LOW EARTH ORBIT SATELLITE CONSTELLATIONS」)を公表しました。非常に立派な、ほかには類のないレポートです。いわばインターネットインクルージョンのような、デジタル・ディバイド(情報格差)の解消をどうやって進めていくのか、といった議論を盛り込んだ内容ですが、それ以上の意味を持っています。既に多くのLEO衛星が打ち上げられているということが分かります。
イーロン・マスク氏のSpaceXという会社がStarlink(LEOの領域を回る大量の人工衛星を用いて衛星インターネットアクセスサービスを提供)のサービス提供を開始しました。
LEO衛星を用いたOneWebという衛星通信会社は、倒産して米連邦破産法11条(チャプターイレブン)の適用を受けましたが、チャプターイレブンの後もインフラ整備を続け、そろそろサービス提供ができるようになっています。中国もLEO衛星を始めています。
既に周波数の利用領域の隙間ないため、日本は周波数割り当ての考え方も変えなければいけません。LEOの領域を動き回る衛星が、コンピューター処理でGEO領域にある静止衛星の周波数とぶつからないように逃げる技術、そして、非常にシャープなビームでエネルギーを集約する技術が発展してきていますが、これらの技術の発展なくしてはLEO衛星の発展はありません。これをどうやっていくのか、これが日本の周波数政策の問題になると思います。
LEOに対する周波数割り当てがうまくいかないと、日本だけサービスインができず、遅れをとってしまいます。例えば、北海道の過疎地域で、山の中で通信をする場合には、LEOの領域でのインターネットインフラ整備が非常に役に立ちますが、それができなくなります。

(3)成層圏の領域
成層圏に関しては、航空法と宇宙法のちょうど狭間に入っていて、法律のない領域ですが、ここで様々なことが起きています。
LOONというGoogleのサービスは、アフリカ・ケニアでサービスインしていました。携帯の基地局をつけた風船を成層圏にあげて、この基地局を介してインターネットアクセスサービスを提供しようとするものです。
「HAPS(ハップス)」と呼ばれるドローンは上部がソーラーパネルで、翼が78メートル、ボーイング787の主翼と同じ長さ、6ヶ月飛べる設計で、2000年から米国で開発が続いています。これを成層圏に飛行させ、広域エリアに通信サービスを提供するシステムです。これが何機か飛んでいてくれれば、先ほどの国土カバー率60%という問題を100%にすることができますし、海もカバーできますので、特に災害のときは有効だと思います。

6.締め切りと目標

(1)世界のインターネット人口の推移
デジタル庁を創設しようとなったとき、私は総理大臣に「締め切りと目標はトップが決めてください」というお話をしました。
どういうことかと言うと、2000年に日本がデジタル政策を始めた時、世界のインターネット人口は6%で、まだ中国ではインターネットが使われておらず、アジアのインターネット人口のほとんどは日本でした。2020年12月には、世界のインターネット人口は63%になっています。北米100%、欧州90%で、これらの地域ではほとんどの人が使っています。アジアは約60%ですので、伸びしろはすべてアジアにあります。
最新の2021年3月の世界のインターネット人口は65%ですから、ものすごい勢いで伸びています。アジアも59.5%から63.8%で4%も伸びて、もう世界の標準です。100%まで到達したカタールのような国もありますが、日本は人口比では低い状況です。
では、いつ100%になるのかというと、どんな予測でも、せいぜい5年から10年で世界中の人は全てインターネットを使うようになると予測されています。したがって、締め切りはそんなに先ではありません。つまり、デジタル庁は、世界がこのペースで動いていくことを前提に、デジタルプラットフォームをつくることを考えないといけないということです。

(2)COVID-19がデジタル社会を前倒し
COVID-19でデジタルトランスフォーメーションが話題になり、デジタル庁の創設につながるという背景がありますが、東京工業大学では、2019年に「未来シナリオ」というものを作成しています。そこでは、「みんながおうちで仕事ができるようになる」という「おうち完結社会」や、「ほとんどの仕事はオンライン化されて、旅をしながら働くようになる」、ということが示されていますが、これらは、COVID-19ですべて経験してしまいました。東京工業大学のこのプロジェクトは2040年の予測ですので、20年前倒ししたことになります。
この2年間のグローバルパンデミックのインパクトは、私たちのデジタル社会の計画を10年、20年前倒ししたのです。

(3)テレビのデジタル放送化の経験
デジタルトランスフォーメーションは、日本で大成功したことがあります。
若い方は知らないと思いますが、昔のテレビは、ブラウン管テレビで2011年7月24日にアナログをデジタルに切り替えるという法律ができました。法律をつくったときに私がいれば「そんな無茶なことあるか」と止めていたと思います。
これらが決まった後にデジタル化への切り替えのための座長を引き受けたのですが、みんなが普通にテレビを楽しんでいるところに、「デジタル放送に切り替わることで、映像が綺麗になって、チャンネルの数が増えて、データ放送が利用可能になります」と言われても、誰も言うことを聞かないですよね。よくやったな、と思います。
デッドラインの7月24日に100%やらなければいけないので、「インターネットが基盤になって、いろいろな人がプラットフォームとして利用できて、コンテンツも放送もよくなる」というようなことを、絵を描いたり、様々な方法を考えて説得しました。
4,500万世帯全てのテレビをデジタル対応のものに変えるのは大変なことです。ホテルや旅館のテレビもあれば、病院のテレビもあります。デッドラインベースでデジタルトランスフォーメーションをするのは、かなり乱暴な話だと思いました。
たくさん資料を作りましたし、毎週のように会議をして、対応を検討し、県別で競争もしました。前回16%だったけど今回は89%だった、あとちょっとだ、頑張れ、みたいな感じです。
デットラインの7月24日の3日前、最後の会議の報告で、これまでどうやってきたかを報告したのですが、これを見てください。高齢者・障害者の未対応世帯をどうやって対応させるのか、そのために誰がどこで働くのか。ボランティア、コンビニ、公衆浴場、ボーイスカウト、これらが全部「やるしかない」と力を合わせたからやり遂げられた、ということだと思います。

写真:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitalbroadcast/forum/dai11/pdf/siryou1.pdf

7.2021年:デジタル社会の創造
デジタル社会をつくるときに「一人も置いてきぼりを作らない」という目標を掲げました。「完全デジタル化」ですから、みんなで助け合わなければいけない、ということを私はずっと提案しています。その背景には、テレビ放送をデジタル化したときの経験があるのです。
「一人残らず」というのは無理です。全員がスマートフォンを使ってください、というのは無理ですが、この国はデジタル社会の中で困っている人を助けることはできると思うのです。
人が人に対して慮る、災害のときは助け合う、そしてコミュニティが強いことが日本の強みです。
グローバル社会の中で、日本がどういう力を持つことができるのかということに対して、私は個人的には楽観的な発想を持っています。
「It’s now or never!」というタイトルでお話しましたが、歴史的な現在の技術的な背景、NTNの出現、新しい光ファイバーケーブル、そして、地政学との関係での経済安全保障、こういったことを考え合わせると、きちんと権限を持った役所が総理の下にできるということは、大変歴史的な、大きな意味を持つのではないかと思っています。

講師略歴
村井  純(むらい じゅん)
慶應義塾大学教授、内閣官房参与(デジタル政策担当)
工学博士(慶應義塾大学・1987年取得)
1984年、東京工業大学と慶應義塾大学を接続する日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。1988年、インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを立ち上げ、日本におけるインターネット普及の先頭を走ってきた。2011年、日本人初の「IEEE Internet Award」を受賞。2013年ISOCの選ぶ「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りを果たす。
内閣官房参与、他各省庁委員会主査等を多数務め、国際学会等でも活動。「日本のインターネットの父」として知られる。
『インターネット』(岩波新書)、『インターネット新世代』(岩波新書)、『DX時代に考えるシン・インターネット』(インターナショナル新書)など著書多数。