このページの本文へ移動

PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~2

自動化技術研究の理論と実証

財務総合政策研究所 総務研究部 研究官 桃田  翔平

財務総合政策研究所では、所属する研究者たちによる研究活動の成果として、学術的な新規性を有する内容を発表することを目的とする「ディスカッション・ペーパー」(以下DP)を刊行しています*1。今月のPRI Open Campusでは、今年の10月に刊行された、自動化技術に関するDPについて、「ファイナンス」の読者の方々にも関心を持っていただけるように、どのような学術的背景があるのか、どのような問題意識に基づく論文なのか、どのような貢献があるのかをわかりやすく紹介します*2。

1.はじめに
自動化技術の普及によって労働者の仕事が奪われ、労働市場に大きな影響を与える可能性については、経済学者たちも大きな関心を払っている。たとえば、Frey and Osborne(2017)は、702の仕事が将来コンピュータによって行われる確率を推定し、アメリカにおけるコンピュータ化が労働市場へ与える影響を検証した。彼らの分析によると、47%の仕事が高いコンピュータ化のリスクにさらされており、今後10~20年の間に自動化される可能性があると予測されている。日本においても、同様の手法を用いた推計によって、49%の仕事が自動化される可能性があるという予測がある(野村総合研究所, 2015)。そのほかにも、多くの研究・論考において同種の危惧が表明されている(Brynjolfsson and McAfee, 2014; Ford, 2016; Rüßmann et al., 2015; Manyika et al., 2017)。
これらの結果は、その数値の大きさも相まって社会に大きな衝撃を与えた。歴史を振り返れば、人類は産業革命以降さまざまな形で自動化技術の進歩を経験し、実際に多くの仕事が機械によって代替されてきたが、その一方で、賃金は上がり続け、失業は減少した。このような結果となった要因として挙げられるのは、新しい仕事の創出である。個々の仕事に関しては機械に置き換えられても、同時に新しい仕事が生まれることでマクロ的にはその余剰労働力が吸収されてきた。このような歴史的経緯があるため、多くの経済学者たちは、「自動化技術の普及によって労働者の仕事が奪われ、労働市場に悪影響を与える」との社会的な懸念について、果たして今回こそ当てはまると言えるのか*3、懐疑的な見方を示してきた。
しかし、近年においては、自動化技術が労働市場に対して、これまでとは異なる影響を与えるのではないかとの観点から、経済学の文脈で注目が高まっており、自動化技術について多くの研究が行われている。その要因として、次の2つが挙げられるだろう。第一に、労働分配率の低下という新しい実証的事実に対して、自動化技術の普及が強い説明力をもつという点である。第二に、新しい理論的・実証的手法によって自動化技術の労働市場に与える効果をうまく捉えることが可能になったという点である。以下では、具体的にこれら2つの要因に関する研究を紹介することで研究動向を概観し、その中でのDPの位置づけを紹介したい。

2.労働分配率の低下と自動化技術
経済学において有名な定型的事実として「カルドアの事実」というものがある。Kaldor(1961)において、当時のマクロデータをつぶさに観察することで得られた経済状況に関する傾向をまとめたものである。その事実の一つとして、「労働分配率は安定的に推移する」というものがあった。労働分配率とは、生産によって生み出される価値のうち、労働者が受け取る割合のことであり、カルドアによる観察以後も数十年にわたって労働分配率は長期的には一定で推移した。そのため、経済学者によってつくられる経済モデル(とくにマクロ経済モデル)は、この労働分配率をはじめとするカルドアの事実に矛盾しない形で構築されることが求められてきた。
しかし、1990年代以降労働分配率が長期的に低下していることがここ10年の間に行われた多くの研究で示された*4。この現象は経済学の潮流に大きな影響を与え、その要因の解明が経済学における中心的なトピックの一つとなった。現時点では結論が出ているとは言い難いが、有力な原動力として主に次の5つが考えられている。それぞれ、
1.資本価格の低下(Karabarbounis and Neiman, 2013)、
2.貿易及びアウトソーシングの拡大(Elsby et al., 2013)、
3.社会的な規範や経済制度(Piketty, 2014)、
4.産業内の構造変化による生産性の高い企業への集中(Autor et al., 2020)、
5.労働節約的な技術の進展
である。本稿で注目する自動化技術の進歩は5つ目の項目に含まれる。どの要因も重要ではあるが、Bergholt, Furlanetto, and Faccioli(2019)によると、自動化技術の影響が考えられうる要因の中でもっとも影響が大きいと推定されている。
先に述べた社会的な関心だけでなく、この労働分配率の低下というマクロ経済学的に重要な現象を説明するという文脈で自動化技術に学術的な関心が向けられたことが、近年の経済学における自動化技術研究のきっかけとなった。ただし現在では、その労働分配率の低下の説明という枠を超えて、自動化技術が経済の様々な側面へ与える影響を分析する研究が大きな割合を占めるようになっており、今回のDPもその文脈に位置する。自動化技術の経済への影響を分析するための理論的・実証的な手法が利用可能となったことが、研究分野としての発展の背景として挙げられる。次はそれらの手法について説明しよう。

3.自動化技術研究の理論的発展
いかに重要なテーマであれ、それを分析する道具がそろっていなければ分野として発展することは難しい。理論的側面では、多くの研究者が扱いやすい、すなわち数理的にシンプルな形で多くの含意を得ることができるモデルの開発が必須となる。さらに、データを用いた実証分析によりその理論的含意の妥当性が検証されなければならない。そのためには関心のある対象を分析することを可能にする実証的手法及び詳細なデータが必要とされる。近年これらの条件が満たされることにより、自動化技術の研究が大きく進展した。まずは理論的な発展から説明しよう。

3.1 タスクアプローチ
経済学において、理論的な分析とは、いくつかの仮定の下で数理モデルを構築し、そのモデルの下で政策等によって経済がどのように変化するかを解析することを言う。複雑な現実の経済を、人間が扱うことのできるモデルで書き表すためには、その現実を抽象化する仮定を置く必要がある。さらにただ抽象化するだけでは分析することができず、数学的に解析可能であることが示された(あるいは示すことができる)形でうまく設定されなければならない。ここでは、自動化技術をどのような形で抽象化するのか、そしてそれをどのような形で解析可能なモデルに組み込むのかを説明する。
まず、自動化技術をどのように抽象化するのかという点については、「労働と代替的な技術」と定義することが多い。労働と完全に代替的であるとするか、あるいは代替性が強いと*5するかはモデルによって異なるが、私見では前者が多いと思われる。以下では完全に代替的であるケースに限定する。
多くの基本的なマクロ経済学のモデルでは、労働と資本の間に補完性を仮定する。すなわち資本を1単位追加的に増やすと、それを使うための労働力もより必要になる。こうした仮定を設けるのは、資本の増加は労働に対する需要の増加を伴い、賃金を上昇させる効果があると考えることが自然だと考えられてきたためである。しかし、もし自動化技術を用いた資本(ロボット等)が労働と完全代替で補完性がない場合、資本の増加はそれまで労働によって遂行されていた仕事が置き換えられることを意味する。そのため補完的な場合と異なり、たとえば資本の生産性が上昇して、よりたくさんの資本を使われるようになった場合には、労働需要及び賃金を減少させる効果が生じることとなる。それを表すためには、代替的な技術を仮定するモデルを構築する必要がある。
具体的なモデルの詳細に入る前に自動化技術のモデルの特徴を説明しよう。まず、生産部門では最終財が生産されている。最終財とは生産投入に使われず、消費や投資に使われる財のことを言う。ここでは静学モデル*6を考えているので、将来の生産に寄与するような投資を行うことは考慮されず、生産されたすべての財が消費されることになる。
最終財の生産には「タスク」が投入される。通常多くのモデルでは、最終財の生産には中間財が投入されるという設定が用いられるが、自動化技術の文脈では多くの場合、中間財の代わりにタスクが投入されると考える。これはタスクアプローチ(あるいはタスクベースモデル)と呼ばれている。タスクを投入すると仮定する場合も、中間財を用いると仮定する場合も、数学的な構造は変わらない。では、なぜわざわざ数学的には同じものを別の呼び方でモデル化し、それが広く受け入れられているのだろうか。
中間財とは、最終財の生産のために必要とされる材料やサービス等であり、それらが組み合わされて最終財が出来上がる。生産過程で用いられるのが何らかの中間財であると仮定してしまうと、自動化技術の普及によって労働者が置き換えられるという特徴を捉えることができない。たとえば、自動車の生産過程を、中間財である鉄鋼をどれだけ投入するかという見方でとらえると、組み立てを行う産業ロボットを導入しても、材料となる鉄鋼の投入量は変わらない。本来、産業ロボットの導入によって影響を受けるのは組み立てに従事していた労働者である。すなわち、自動化技術をモデル化するにあたっては、生産過程の中で、資本と労働が代替関係をもつ、組み立てのようなタスク単位についてまで考えなければならない。
タスク単位で考察するためには、タスクの属性によって職業を分割する必要がある。たとえば、Autor et al.(2003)では、アメリカのDictionary of Occupational Titlesで分類されている12,000の職業を、タスクの属性によって5つに分割し、それらのタスク間及びタスク内での賃金格差を分析した。その分割の軸としては、「認知的(cognitive)」であるかと、「ルーティーン」であるかである(ルーティーン業務でなくかつ認知的なタスクはさらに分析タスクと対話式タスクに分けられている)。

3.2 自動化技術の理論モデル
次に、タスクアプローチのモデルをそのエッセンスに集中して説明しよう。ここで紹介するモデルはAcemoglu and Autor(2011)を簡略化したものである。
まず先に述べたように、生産部門では、様々なタスクを用いて最終財が生産されると考える。最終財生産のために使われる技術(生産関数)としては、例えば以下のような定式化が考えられる。

この定式化は、何らかの最終財を生産するためには、経済の中に様々なタスクがあり、それぞれのタスク(z)には0から1までの間で細かく番号がつけられていることを仮定している。各タスクの投入量はy(z)で表されており、それらが生み出すものがlny(z)という関数で表されるとする。
さらに、各タスクを投入するために必要とされる機械と労働の組み合わせの方法を示す「技術」については、以下の式のような関数で表されると仮定する。
[数式](1)
この数式は、あるタスクzを遂行するにあたり、機械m(z)と労働l(z)が完全代替であることを前提としている。αMとαLはそれぞれ機械と労働の生産性を表している。後にこの式を拡張して改めて定式化するが、まずは完全代替とはどういうことを意味しているのかを見るために、この式の意味についてもう少し考えてみよう。
機械を1単位使うときのコストをR(レンタルコストと呼ばれる)、労働者を1単位用いるときのコストをW(賃金)としよう。そうすると、機械をm(z)単位、労働をl(z)単位用いるときの総費用C(z)は

となる。ここで、試験的に機械と労働をそれぞれ1単位用いてタスクを行うこととしよう。このとき、遂行可能なタスクはy(z)=αM+αLで、総費用はC(z)=R+Wである。もし、労働の投入をやめたとすると、タスクの量はαL減少し、費用はWだけ浮くことになる。この浮いた分の予算を用いて、機械をさらにW/R単位投入することができる。この追加的に投入された機械によって、タスクをαM∙だけ増やすことができる。もし、労働の投入をやめたことによって減少した分(αL)よりも、その浮いた分を機械の投入に費やすことによって増加する分(αM∙)が大きければ、労働の投入をとりやめて機械に代替した方がより多くのタスクを遂行することができる。この例ではそれぞれ1単位の投入を行っている状況を想定したが、より多くの投入を行っている場合でも同様のことが言える。つまり、以下の関係式が成り立っているときには、労働を一切用いず、すべてのタスクについて機械を用いて行うことが望ましい:
[数式](2)
ここから、機械と労働のそれぞれについて、1単位当たりのコストを生産性で割った値をみて、その値が小さい方のみを生産に投入し、値が大きい方は全く投入しないことが効率的であることがわかる。これが完全代替の意味するところで、機械を使おうと労働を使おうとどちらでもタスクを遂行することができるが、代替関係にある場合には、相対的に安価なもののみが用いられる。労働をまったく使わなくてもタスクを行うことができるという特徴をうまく示せることから、この定式化が自動化技術を説明するのに有用なのである。
先のタスクを遂行する技術(1)では、生産性αMとαLはともにタスクに依存しないことが仮定されていた。そのため、このままではすべてのタスクで、相対的に安価な投入のみが選択されることになる。こうした設定は現実的ではないので、より現実に近づけるために、(1)を次のように拡張する:
[数式](3)
追加された項は、タスクを遂行することにどれだけ労働が貢献するかを示す労働の生産性γ(z)が、タスクごとに異なるという特徴を導入するものである。さらに、γ'(z)>0とする。すなわち、タスクのインデックスが大きくなればなるほど、γ(z)が大きくなるということである*7。タスクのインデックスが大きくなるほど、同じ労働投入量で遂行できるタスクが増えるので、機械を使う場合に対する労働を使うことが有利となる(これを労働の比較優位性が高まるという)。
(3)を用いると、機械と労働のどちらの投入を選択するかを決定する条件式(2)は次のように書き直される:
[数式](4)
この定式化の下では、タスクによってどちらを選択することが望ましいのかが異なる。タスクインデックスが大きくなるほどγ(z)は大きくなるので、(4)が満たされづらくなる。このとき、いくつかの技術的な条件の下で、ある境目となるタスクIがひとつ存在し、z<Iでは機械が選択され、z>Iでは労働が選択される。その境目上では、以下の条件が満たされる:

この式を次のように変形することで、Iがどの値で決定されるかを決める条件を導出することができる:
[数式](5)
では、このIは何を意味しているのだろうか?Iよりも値が小さいタスクについては、機械のみを用いて生産が行われていることを意味しており、それが自動化技術を利用しているのだと解釈すると、Iは自動化技術の普及率を表すことになる。たとえば、機械の生産性が上昇したとしよう(たとえば機械学習の性能が上がるようなケース)。このような場合には、よりたくさんのタスクで自動化技術が使われるようになり、自動化技術の普及率が上がることが予想される。機械の生産性の上昇はモデルではαMの上昇によって表現されるので、(5)の右辺が増加することになる。この変化に応じて自動化技術の普及率Iが(5)を満たすように変化するので、γ'(・)>0の仮定から、Iは大きくなる。
機械の総量をM、労働の総量をLとすると、タスクを用いて最終財を生産する技術(1)から、経済全体の生産量を、機械の総量Mと労働の総量Lを用いて、以下のように表すことができる:

このような形の集計的生産関数は、Cobb-Douglas型関数と呼ばれ、通常用いられる形の関数だが、タスクアプローチを用いることで、このCobb-Douglas型生産関数のミクロ的基礎付けを考えることができる*8。生産関数が、上記のCobb-Douglas型で表されるとき、資本分配率はI、労働分配率は1-Iと計算される。このモデルの下では、自動化技術が普及する(Iが上昇する)ことによって、労働分配率が減少する。タスクアプローチによってミクロ的基礎付けを与えることで、自動化技術の普及という要因が、労働分配率の低下を説明するという理解が可能となる。
4.自動化技術の実証研究
経済学の多くの分野は、理論と実証が相互に影響しあいながら発展する。自動化技術研究に関しても同様で、タスクモデルの検証及びタスクモデルに基づく新しいエビデンスの提示を目的として多くの実証研究が行われた。ここではいくつかの類型に整理して実証研究を紹介する。
4.1 基本的な統計
ここでは自動化技術に関する基本的な統計について概観する。まずここ数十年でどれほどこの分野が発展してきたのかに注目する。スタンフォード大学が2017年より毎年公開しているAI Indexによると、AIに焦点を当てた学術論文の年間公刊数は2000年の約10,000本から2019年には120,000本に増加している。それらの論文が執筆された割合を国・地域別にみると、中国が22.4%(東アジア・太平洋地域で39.4%)、EUが16.4%(EU・中央アジアで25.1%)、アメリカが14.6%(北米で17.0%)であり、中国の割合がとくに大きいことが分かる。さらにこの推移を時系列で見ると、2000年には中国の割合が8%であったことから、ここ20年間でとくに中国においてこの分野が進展したことがわかる。学術論文の本数はあくまで数値化が容易な指標であり、これが自動化技術に関する分野の発展のすべてを表しているわけではないが、ここから全世界でこの分野が発展を続けていること、さらに中国がその発展を先導していることがわかる。
次に、この分野の発展について、投資額の観点から見てみよう。AIへの投資は、既存企業、ベンチャーキャピタル、スタートアップ企業のいずれにおいても増加している。Bughin et al.(2017)によると、既存企業が2016年にAI関連プロジェクトへの企業内投資に費やした金額は、180億~270億ドルと推定されている。また、これらの既存企業は買収という形でもAI関連の投資を行っており、フェイスブック、グーグル、アマゾン、アップルは、過去10年間にAIやAI関連技術に特化したものを含む、多くの革新的な新興企業を買収しており、2016年だけでもAI関連のM&Aに20~30億ドルが支出されている。また、ベンチャーキャピタルからスタートアップへの投資も2013年から2016年の間に40%増加している。
次に自動化技術の普及状況について見てみよう。ロボットについての基本的な統計はInternational Federation of Robotics(国際ロボット連盟, IFR)によって毎年公表されている。図1 産業ロボット導入台数(世界)は産業用ロボットに関する世界全体の年間導入台数の推移を表している。2010年代において、この産業が大きく成長した一方、ここ数年は伸びていないことが読み取れる。
これを国別に見ると、ロボット導入数上位の国において、導入されるロボット数が増加していないことが世界全体で合計のロボット導入数が伸びていない要因であることがわかる。図2 産業ロボット導入数の推移(国別)は国別のロボット導入数の推移を表している。2020年の世界全体の導入数がおよそ40万台であり、中国がその約40%を占めていることがわかる。その他、日本やアメリカ、韓国、ドイツは2万台から4万台の間である。時系列で見ると、とりわけ中国の導入数の増加が2018年から鈍化しており、さらに日本・アメリカ・韓国についても2018年より減少していることがわかる。中国のシェアが大きいために世界全体の推移も中国の動向に左右されていることは事実だが、導入数が伸びていないという傾向は中国に限った現象ではなく、日本を含む他の主要なロボット導入国で見られている。*9

図1.産業ロボット導入台数(世界)
図2.産業ロボット導入数の推移(国別)

4.2 自動化技術と経済成長
上記で概観したように、AIやロボットといった自動化技術分野は近年大きく成長した。では、この傾向は経済成長にどのような影響を与えたのだろうか?Graetz and Michaels(2018)によると、産業用ロボットは1993年から2007年の間に、サンプルとなった17カ国の年間国内総生産(GDP)成長率を平均して0.4%ポイント増加させたと推定し、この期間のGDP成長率の約10分の1を占めていると指摘している。この割合は、上で見た拡大の大きさと比べると、決して大きくないように思われる。その理由として、技術の進歩と、その進歩に基づいた新しいアイデアの商業化との間に時間的ラグがあることが挙げられる(Brynjolfsson et al., 2019)。革新的な新技術が実際に活用されるようになるには数多くの発明や調整、問題の解決が必要であり、そのための補完的なイノベーションに時間がかかるということを考慮しなければならない。その例として彼らは、電子化や集積回路などの技術を挙げている。
また、自動化技術が経済成長に影響を及ぼす経路として、高齢化の重要性が指摘されている。近年の経済停滞の要因として、理論的観点から高齢化がその原因として挙げられることがある。たとえば、Summers(2013)は高齢化が貯蓄の増加を促し、投資に比べて貯蓄が過剰になると主張している。また、Gordon(2016)は、高齢化によって労働の参加率と生産性が低下することを強調している(Murphy and Welch, 1990などが示唆するように労働者の生産性が40代でピークを迎えるため)。しかしながら、Acemoglu and Restrepo(2017)によると、高齢化と経済成長の間の負の相関は見られず、むしろ逆の関係を示すことが多いとし、彼らは自動化技術の普及がその要因であると仮説として提示した。さらに彼らは続く研究(Acemoglu and Restrepo, 2021)で、人口動態の変化が産業用ロボットへの投資に与える影響は大きく、国ごとの違いの約40%を占めると推定している。すなわちこれは、高齢化によってロボットの導入が大きく進むことを意味し、高齢化の直接的な効果がマイナスであっても、生産性が向上する結果が生じ得るとしている。この結果は産業ごとの分析でも観察され、実際自動化されるタスクが多いほど生産性の伸びが大きいこと、及び労働分配率の低下も大きいことが示された。これらの結果は、先に提示した高齢化と経済成長の間の負の相関がみられない要因として自動化技術の普及が挙げられるという仮説を支持するものである。

4.3 自動化技術と労働市場
自動化技術の普及が経済に及ぼす影響として、最も大きく注目されているのが労働市場への影響である。すなわち、自動化技術の普及に伴い賃金はどう変化するのか、失業率は増えるのか、あるいは格差は拡大するのかといった問いに関連して多くの研究がなされている(Autor et al., 2003; Goos and Manning, 2007; Michaels et al., 2014)。
近年注目を集めている手法は、通勤圏で地域を区切り、その圏内で自動化技術の普及が労働市場に及ぼす影響を分析するものである*10。これは労働市場における短期・中期の調整が局所的に生じているというこれまでの研究を反映している*11。Acemoglu and Restrepo(2020b)はこの手法を用いて1990年から2007年の間のアメリカにおける自動化技術普及の影響を検証した。その分析によると、産業ロボットが労働者1000人当たり1台増加すると、雇用者は5.6人減少し、賃金は0.5%減少する結果となった。Dauth et al.(2019)はドイツのデータに対して同様の手法を適用し、雇用及び賃金に対して自動化技術の普及が負の効果を及ぼすことを示した。
このように、賃金に対して負の効果があることが近年の実証研究によって明らかになりつつあるが、既存のマクロモデルでは長期的な賃金の低下を説明できない。Acemoglu and Restrepo(2018a)によって提示された1期間のみの経済によって構成される静学モデルでは賃金が減少する可能性があることが示されているものの、長期を分析するためのマクロ経済モデルにそのモデルを拡張したAcemoglu and Restrepo(2018b)では、賃金は自動化技術の普及が進むほどに上昇することとなり、長期的な賃金低下という実証結果と反するものとなっている。
今回のDPでは、長期的な観点(すなわち定常状態の比較)で賃金が減少することを説明するモデルを構築した。次節で、どのようなメカニズムを考えれば、長期的に賃金の減少が生じることを説明できるかについて説明する。

5.自動化技術の普及による賃金低下のメカニズム
タスクアプローチにおいて自動化技術の普及率を決定する上で重要な仮定は、タスクごとに異質性があることである。先のモデルでは労働の生産性に異質性が仮定されていたが*12、我々のモデルでは、タスクごとの異質性は、自動化技術を導入するための固定費が異なるということに特徴づけられると仮定した。そのために、固定費のタスクインデックスに関する関数を
[数式]
とおく。
また、自動化技術によってタスクを遂行する場合に、そのタスクの遂行の度合は、自動化技術の量を増やしていくほど逓減し、生産に伴って利潤が発生することを仮定した。先に説明したタスクアプローチでは、タスクの投入と遂行の関係は線形の関係を仮定しており、このとき、生産から生じる利潤は均衡においてゼロになる*13。我々のモデルでは、自動化技術導入のために別途固定費がかかるが、利潤が発生することによって、その固定費を賄うことができる場合には、自動化技術が導入されるという状況を想定した。すなわち、機械を使うときの生産関数を
[数式]
とした。
このような2つの関連する仮定をおくことで、タスクアプローチを拡張した。各タスクにおいて、機械の利用から得られる利潤と固定費の大きさを労働から得られるリターン(ゼロ)と比較して、どちらの要素を利用するかが決定される。先のモデルと同様にその境界は一つに決まり、その境界では以下の式が満たされる。

このモデルにおいて、賃金は労働市場における需要と供給が一致するところで決まる。労働供給は家計によって行われ、簡単化のために常に一定の労働が供給されると仮定している。労働需要は、各タスクにおける労働需要量l(z)と労働が使われるタスクの割合1-Iのかけ算で表される。需要と供給が一致するという条件から、賃金wは、以下の形で決定される。
    (6)
自動化技術の生産性が上昇すると、自動化技術がより普及することになる(Iが増える)が、(6)式をみると、そのIの増加により賃金が上昇するかはわからない。というのも、C(・)>0であるためにIの増加により上昇する項と、(1-I)というIの増加により減少する項があるためである。どのような場合に減少の効果が強くなるのか(あるいは上昇の効果が強くなるのか)は固定費の関数の形状に依存する。我々のDPでは、固定費の関数が線形であると仮定して、自動化技術の生産性が変化した場合に、普及率や賃金がどのように変化するかを計算した。その結果、自動化技術の普及率Iが低いときには、自動化技術の生産性が向上することで賃金が上がり、逆にIが十分に大きいときには、その生産性向上により賃金が減少することがわかった。主な結果は図3 分析結果にまとめている。
このモデルにおいて、自動化技術の生産性上昇が賃金減少を引き起こす要因は固定費である。基本的に、自動化技術の生産性が上昇すると、その技術がより普及する。しかし、自動化技術がより普及することは固定費を支払うタスクが増加し、固定費に費やされる資源が大きくなることを意味する。このモデルが示したことは、自動化技術が十分普及しているときには、さらに自動化技術を導入するための固定費に資源が費やされる負の効果が、生産性上昇による利得増加の正の効果を上回り、それが賃金の減少を引き起こすというメカニズムが起こりえるということである。
ここでは時間の概念を導入せず、モデルにおいて賃金減少の核となる部分を抽出して説明した。DPでは資本蓄積を伴う動学的なモデルを構築し、短期及び長期における自動化技術の影響について分析した。その結果、上と同様に自動化技術の普及率が高くなればなるほど賃金が減少する傾向があることを示すことができた。
図3.分析結果

6.おわりに
本稿では自動化技術研究に関して、その動機から近年の理論的・実証的研究について概説し、さらに我々が公表したDPのモデルにおける賃金減少のメカニズムを説明した。自動化技術研究はここ10年ほどで新たに観察された労働分配率の減少をうまく説明することができるということをきっかけに注目され、その後自動化技術そのものがもつ経済的影響に関する研究が盛んに行われている。実証研究から示唆されるのは、自動化技術の普及によって賃金が減少するということが生じているのではないかというものである。しかし、自動化技術の普及によって賃金が減少する要因については十分に研究されておらず、とくに長期的に賃金が減少することを理論的に説明している既存研究はない。DPでは、自動化技術の導入に際して固定費が必要だという仮定を設けて、タスクアプローチを拡張することで、自動化技術の普及率が高いほど賃金が下がる傾向が生じ得ることを理論的に示した。自動化技術研究の展望として、理論的にはサーチ理論や効率賃金仮説をモデルに取り入れ、自動化技術と労働市場の関係をより精緻に分析することが考えられる。また実証的には、産業ロボットだけでなくAIのようなソフトウェアまで含んだ自動化技術のもつ影響を分析するデータの整備及び手法の開発が求められるだろう。

※本文中記載のできない数式については、掲載を割愛させていただいております。

参考文献
Acemoglu, D., Autor, D., 2011. Skills, Tasks and Technologies:Implications for Employment and Earnings, Handbook of Labor Economics. Elsevier. volume 4, p. 1043–1171.
Acemoglu, D., Lelarge, C., Restrepo, P., 2020. Competing with Robots:Firm-level Evidence from France, AEA Papers and Proceedings, p. 383–88.
Acemoglu, D., Restrepo, P., 2017. Secular Stagnation? The Effect of Aging on Economic Growth in the Age of Automation. American Economic Review 107, 174–79.
Acemoglu, D., Restrepo, P., 2018a. Artificial Intelligence, Automation and Work. National Bureau of Economic Research.
Acemoglu, D., Restrepo, P., 2018b. The Race between Man and Machine:Implications of Technology for Growth, Factor Shares, and Employment. American Economic Review 108, 1488–1542.
Acemoglu, D., Restrepo, P., 2020. Robots and Jobs:Evidence from US Labor Markets. Journal of Political Economy 128, 2188–2244.
Acemoglu, D., Restrepo, P., 2021. Demographics and Automation. The Review of Economic Studies 31.
Autor, D., Dorn, D., Hanson, G.H., 2013. The Geography of Trade and Technology Shocks in the United States. American Economic Review 103, 220–25.
Autor, D., Dorn, D., Katz, L.F., Patterson, C., Van Reenen, J., 2020. The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Frms. The Quarterly Journal of Economics.
Autor, D.H., Levy, F., Murnane, R.J., 2003. The Skill Content of Recent Technological Change:An Empirical Exploration. The Quarterly journal of economics 118, 1279–1333.
Bergholt, D., Furlanetto, F., Maffei-Faccioli, N., 2021. The Decline of the Labor Share:New Empirical Evidence. American Economic Journal:Macroeconomics forthcoming.
Brynjolfsson, E., McAfee, A., 2014. The Second Machine Age:Work, Progress, and Prosperity in a Time of Brilliant Technologies. WW Norton & Company.
Dauth, W., Findeisen, S., Suedekum, J., Woessner, N., 2019. The Adjustment of Labor Markets to Robots. Journal of European Economic Association.
Elsby, M.W., Hobijn, B., S, ahinA., 2013. The Decline of the US Labor Share. Brookings Papers on Economic Activity, 1–63.
Frey, C.B., Osborne, M.A., 2017. The Future of Employment:How Susceptible are Jobs to Computerisation? Technological Forecasting and Social Change 114, 254–280.
Gollin, D., 2002. Getting Income Shares Right. Journal of political Economy 110, 458–474.
Goos, M., Manning, A., 2007. Lousy and Lovely Jobs:The Rising Polarization of Work in Britain. The Review of Economics and Statistics 89, 118–133.
Gordon, R.J., 2017. The Rise and Fall of American Growth. Princeton University Press.
Graetz, G., Michaels, G., 2018. Robots at Work. Review of Economics and Statistics 100, 753–768.
Grossman, G.M., Oberfield, E., 2021. The Elusive Explanation for the Declining Labor Share. National Bureau of Economic Research.
Koh, D., Santaeul`alia-Llopis, R., Zheng, Y., 2020. Labor Share Decline and Intellectual Property Products Capital. Econometrica 88, 2609–2628.
Manyika, J., Chui, M., Miremadi, M., Bughin, J., George, K., Willmott, P., Dewhurst, M., et al., 2017. Harnessing Automation for a Future That Works. McKinsey Global Institute.
Michaels, G., Natraj, A., Van Reenen, J., 2014. Has ICT Polarized Skill Demand? Evidence from Eleven Countries over Twenty Five Years. Review of Economics and Statistics 96, 60–77.
Moretti, E., 2011. Local Labor Markets 4, 1237–1313.
Murphy, K.M., Welch, F., 1990. Empirical Age-earnings Profiles. Journal of Labor economics 8, 202–229.
Nakamura, H., Nakamura, M., 2008. Constant-elasticity-of-substitution Production Function. Macroeconomic Dynamics 12, 694–701.
Piketty, T., 2014. Capital in the Twenty-First Century. Harvard University Press.
Rüßmann, M., Lorenz, M., Gerbert, P., Waldner, M., Justus, J., Engel, P., Harnisch, M., 2015. Industry 4.0:The Future of Productivity and Growth in Manufacturing Industries. Boston Consulting Group 9, 54–89.
Summers, L., 2013. Why Stagnation might Prove to be the New Normal. The Financial Times.
Tolbert, C.M., Killian, M.S., 1987. Labor Market Areas for the United States. United States Department of Agriculture, Economic Research Service.
Tolbert, C.M., Sizer, M., 1996. US Commuting Zones and Labor Market Areas:A 1990 Update. Technical Report.

*1)DPは財務総合政策研究所のホームページに掲載されている。https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/index.htm
*2)桃田翔平・清水涼介“Does Automation Technology increase Wage?”(https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron343.pdf)
*3)今回とは近年のIT化及びAI・ロボットの発展を指す。これらの影響を議論する際に、よく“This time is different.”というキーフレーズが使われる。
*4)Grossman and Oberfield(2021)によると、このテーマに関して12,000個以上の研究プロジェクトが関係している。というのも、労働分配率の計測にあたっては測定誤差が生じる要素があり、OECD等で整備されているデータだけでは本当に労働分配率が減少しているかはっきりしないからである。しかし、それを考慮しても労働分配率は減少しているというのが定説になりつつある。たとえば、自営業に関してはGollin(2002)やElsby et al.(2013)が、無形資産に関しては Koh et al.(2020)が詳細な分析を行っているが、いずれの場合でも労働分配率の減少が観察されている。
*5)代替性が強いとは、機械1台を追加したときに同じ生産量を達成するために減らすことのできる労働者の数が多いことを意味する。難解な表現だが、経済学ではよく用いられる言い回しである。
*6)静学モデルとは、一時点のみで完結する経済を考えるモデルのことを指す。一時点のみで完結するので、将来のことを考慮して投資を行うという意思決定を排除している。静学モデルは動学モデルに拡張する際のベースとなる。
*7)労働の生産性が小さい順にタスクを並べていると解釈できる。
*8)より一般的な生産関数に関してもタスクアプローチを用いてミクロ的に基礎づけることができる。たとえば、Nakamura and Nakamura(2008)はConstant Elasticity Substitution(CES)関数がタスクアプローチによって基礎づけられることを示した。
*9)調べた限りではこの傾向変化に関する要因分析はまだ行われていない。
*10)この手法はTolbert and Killian(1987)及びTolbert and Sizer(1996)を元に構築されている。日本に対してこの手法を適用した分析はAdachi et al.(2020)を参照。
*11)Acemoglu, Autor and Lyle(2005), Moretti(2011), Autor, Dorn and Hanson(2013)を参照。
*12)経済学では、違いがあることを異質的である(heterogeneous)と呼ぶことが多い。
*13)企業が利潤最大化問題を解くことでこの結果が得られる。詳細は各種ミクロ経済学の教科書を参照。