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PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~

1.税関データで何がわかるのか。

財務総合政策研究所 総務研究部 研究官 吉元  宇楽
京都大学大学院経済学研究科 博士課程  伊藤  麟稀
京都大学大学院経済学研究科 博士課程  小澤  駿弥

2021年10月に、「輸出入申告データを活用した共同研究」の公募が開始された。今後、財務総合政策研究所では、輸出入申告データ(以下、「税関データ」と呼ぶ)を用いた統計的研究を実施していくこととなるが、これまで日本以外の国では、税関データを活用した様々な研究事例がある。本稿では、共同研究の開始に先立って、こうした研究事例を踏まえて、「税関データで何がわかるのか」を、企業の貿易行動、貿易実務、政策効果の3つの視点から整理する。なお、様々な研究事例における詳細な分析方法や学術的な貢献に関しては、今後財務総合政策研究所のリサーチ・ペーパーとして発表を予定しており、本稿では主にデータや研究から得られる示唆をわかりやすく整理することとしたい。

1.税関データを活用する意義・利点
これまで、日本以外の国では、税関データを研究目的に活用することにより、様々な観点からの研究が活発に行われており、2007年頃から国際的な学術論文雑誌にもその研究成果が掲載されている*1。これらの先行研究は日本の税関データを活用した分析に対しても大いに参考になるであろう。本稿では経済学の用語等を極力排して、税関データを活用した過去の研究事例を紹介したい。紙面の都合上、国際貿易論の研究事例を、主に使用したデータやそこから導かれた政策的な示唆を中心に記述する。
税関データを学術研究に活用する利点は、主に3点ある。1点目は、輸出入を行う事業者(企業)の特性を踏まえた分析を行うことができることである。例えば、日本においては、集計された貿易統計では品目別の貿易データのみを利用することが可能であるが、税関データを用いることによって、取引別データ*2を活用し、どのような特徴の企業がどのような貿易行動を行っているのかを統計的に分析することができる。2点目は、日次の貿易データを参照することで、輸送や貿易に関する様々な費用や所要時間等に関する詳細な分析を行うことができる。そして3点目は、輸出と輸入を紐づけた分析が可能となることによって、中間財・最終財の貿易動向や生産・販売を加味した貿易分析を行うことができることである。
2021年10月に公募が開始された「輸出入申告データを活用した共同研究」における「利用可能なデータの内容」*3によると、輸出入申告データのうち、申告年月日、仕向人名・仕出人名(外国における輸出貨物の取引相手の名)、輸出入者名、NACCS品目コード、インボイス通貨及びインボイス価格、運賃、関税額などのデータが利用可能とされている。これらのデータは、日本以外の国で行われている税関データを用いた研究において用いられているデータと比較しても遜色のないものである*4。
こうした税関データを活用した研究は、学術的価値の高い研究を生み出すだけでなく、将来的に、EBPM(Evidence Based Policy Making)による「行政の高度化・効率化*5」の基礎となる一層の知見を提供することが期待される。EBPMの文脈では、具体的な政策の効果に関する様々な研究が行われることによって、政策の企画・立案・評価に役立つことへの期待も大きいが、そのような直接的な研究だけではなく、貿易を行う企業や貿易実務に関する統計的な研究が積み重ねられることは、長い目で見れば非常に重要であり、海外においても、様々な研究が行われている。本稿では、税関データを用いた研究から得られる示唆について、企業の貿易行動、貿易実務、政策効果の3つの分類に基づいて紹介する。

2.企業の貿易行動がわかる
まず、国際貿易に関わる政策の主たる対象となる企業の貿易行動を分析した研究について紹介する。
例えば、Bernard et al. (2007)では1992年から2000年までの米国の税関データと国勢調査のデータを紐づけて、実証分析を行っている。Bernard et al. (2007)は、まずこのデータセットから、2000年時点で、上位1%の貿易企業が全貿易総額の80%を占め、上位10%の貿易企業が全輸出の95%を占めることを明らかにした*6。また、米国企業550万社のうち輸出を行っていた企業が4%であることも明らかにした。その他にも生産性*7や従業員数、賃金などから輸出を行う企業の特性を示している。既にMelitz(2003)等の研究によって「企業の異質性*8」について理論的な整備が進んでいたが、国際貿易の実証分析の分野では、従来の国家や産業を対象とする研究から、Bernard et al. (2007)を先駆けとして、企業や貿易品目を対象とする研究へと変遷していった。
もう1つ、「企業の異質性」に関する興味深い事実が明らかになった分析を紹介する。Bastos and Silva (2010)では、2005年のポルトガル税関データを使用し、企業レベルの付加価値や従業員数などの国勢調査データを突合させて実証分析を行っている。Bastos and Silva (2010)によると、全輸出企業の54.2%は1国のみに対して輸出しているが、それらの企業が輸出額全体に占める割合はたったの6.8%である一方で、10か国以上に輸出している企業数は全輸出企業のうちの7%であるがその輸出額は60.2%にも及ぶ。また、この異質性は輸出品目の種類に対しても当てはまる*9。さて、Bastos and Silva (2010)はBernard et al. (2007)の議論を参考とし、生産性の高い企業が質が高く価格の高い製品を輸出するということを前提*10に、企業が高品質高価格の製品をどう輸出しているのかについて分析を行っている。結果としては、企業は高価格製品を自国から遠く、市場規模や一人当たりの所得が高い国に輸出していることが分かった。これらの結果は直観に反しないのではないだろうか。
Bastos and Silva (2010)の分析結果の中には、生産性と輸出の関連性以外にも有用な示唆が含まれている。それは、輸出相手国によって貿易行動*11が変化しうるということである。確かに米国に輸出するのとベトナムに輸出するのでは消費市場や貿易にかかるコスト等が大きく異なり、輸出製品選択や価格設定などの貿易行動が変わってくることは容易に想像できるだろう。しかし、輸出相手国のどのような要因で輸出行動が変化するかについては、明示的ではない。そこで、輸出相手国による貿易行動の変化を題材とした研究として、Mayer et al. (2014)とBékés et al. (2017)を紹介する。
まず、Mayer et al. (2014)では、2003年のフランスの税関データを活用し、輸出相手国の市場規模や周囲に大国があるかどうかが輸出品目の構成に与える影響を分析している。市場規模や周辺国の事情を分析に組み込むのは、輸出先市場の競争の激しさを捉えるためである。その結果、輸出先市場の競争が激しいほど、企業が輸出する製品を主力製品のみに限定する傾向が強いことが実証された。また、政策への示唆として貿易自由化が、国際競争を激しくし、企業の生産製品数減少を導き、海外での生産販売を主力製品により一層偏らせることを示した。
一方Békés et al. (2017)では、2007年のフランス企業の税関データを活用し、輸出相手国の需要の変化(不確実性*12)が輸出企業にどのような影響を及ぼすか、そしてその影響の経路について検証している。結果として、需要の変動が激しい市場では、輸出の年間出荷数減少という経路により輸出額が相対的に低くなることがわかった。さらに、輸出相手国が遠ければ遠いほど需要の不確実性が輸出企業の出荷頻度に与える影響が大きいことが明らかになった。
Mayer et al. (2014)とBékés et al. (2017)の研究により、輸出企業が輸出相手国の需要や市場規模、地理的条件によって柔軟に輸出構成や輸出頻度を変化させて、激しい国際競争に対応していることが明らかになった。
さてここまで、販売の観点で輸出相手国市場が輸出行動に与える影響を確認してきた。一方で、特に近年は、国際的な生産分業が盛んであるため、サプライチェーンの観点での貿易行動にも注目する必要があるだろう。また、第1節で述べたように、税関データを利用するメリットの一つとして、個々の企業の輸出取引と輸入取引をそれぞれ確認することができる。つまり、企業IDをキーとして輸入取引と輸出取引を紐づけることが可能となる。このような分析は、複雑化する企業の貿易行動を紐解くためには非常に重要となる。生産と輸入の観点を踏まえ、最後に中間財輸入が輸出行動に及ぼす影響を分析したFeng et al. (2016)について紹介する。
Feng et al. (2016)は、2001年12月の中国のWTO加盟によって、輸出総額と輸入総額両方が急激に増加した事実を考慮し、2002年から2006年の税関データを元に実証分析を行っている。分析の特徴として、分析対象企業をWTO加盟以前から貿易を行っている企業と、貿易を行っていなかったが2003年以降貿易を開始した企業*13の2つに分けて分析を行っている。
結果として、まず中間財輸入額の増加は同時に輸出総額も増加させることが明らかになった。また、WTO加盟後に貿易を開始した企業は、中間財輸入額を増加させることでより輸出額をより一層増加させることを示した。さらに、G7諸国からの輸入中間財は、競争の激しいであろうG7諸国の消費市場への輸出を促進させることがわかった。
このように、企業の貿易行動に関わる研究事例では、企業は非常に厳しい国際競争の中で、貿易相手国の情勢や輸入中間財などの要因に対応して輸出行動を決定していることが明らかになっている。

3.貿易の実務がわかる
本節では、輸送方法の選択や税関手続きの所要時間などが輸出に及ぼす影響を分析したCoşar and Demir (2018)とVolpe Martincus et al. (2015)の研究を紹介する。貿易取引において、海上輸送や航空輸送など財を輸送する手段は多様に存在する。これらの輸送方法は必要とされる設備も異なるため、輸送費用も異なり、したがって企業の輸出戦略にも影響を与えうる*14。また輸送時間についても、生鮮食品の腐敗や製品の減価償却、また在庫管理などの点を考慮すると、輸送費用に影響を与える要因となりうる(Hummels and Schaur, 2013)。したがって輸送方法や輸送時間に着目することは、貿易費用及び貿易行動の観点で重要であるといえる。
このような研究をもとに貿易実務および関連手続きを改善することは、他国の貿易協定を締結するほどの派手さはないものの、実行可能な範囲で貿易取引を支援するためには非常に重要である。
まず、Coşar and Demir (2018)では2013年におけるトルコの税関データを活用して、輸送方法が輸出費用や貿易額に及ぼす影響を分析している。具体的には、輸出企業がコンテナ輸送かブレークバルク輸送*15のどちらか一方を選択するモデルを構築して実証分析を行った。実際のデータ上も、全ての貿易取引にコンテナが使用されたわけではなく、この研究のサンプルの中でも輸出にコンテナを使用している企業は52.4%に留まっている。また、Coşar and Demir (2018)では、コンテナ輸送を選ぶのは企業規模が大きく生産性の高い企業に多いことを実証している。
このモデルでは、異なる輸送方法を選択することを、輸送費用の違いによって説明している。まず、一度の輸送に必要な固定費用はブレークバルク輸送の方が、輸出量あたりの可変費用はコンテナ輸送の方が比較的小さいと仮定した*16。次に、輸出先との距離が遠いほどコンテナの使用率が高いという実証結果から、距離に応じて2つの輸送方法の可変費用の比率がどのように変化するかも分析している。最後に、コンテナの導入が輸出額に与える効果を分析している*17。
研究の結果として、まずコンテナ輸送は固定費用こそ高いものの、可変費用は距離に対してはあまり変動せず、長距離の輸送に適していることが明らかとなった。例えば10,400km離れた輸出先に対して、コンテナの導入は導入前と比較し、輸送時の可変費用を16~22%低下させると推定されている。さらに、コンテナ導入の効果について、コンテナが存在しなかった場合、アメリカとトルコの総海上輸出はそれぞれ14%と21%減少し、また特定の産業においては、アメリカとトルコの海上輸送は輸出先平均で3分の1程度減少することが明らかとなった。
次に、税関手続きの所要時間が輸出額に与える影響を実証的に分析しているVolpe Martincus et al. (2015)の研究を紹介する。税関では、輸入貨物に対し関税等を適切に徴収したり、社会悪物品の流入を阻止することを目的として貨物に対する検査が行われており、この検査の対象となるかどうか、また検査にどの程度の時間がかかるかによって税関手続きの所要時間も変化する。企業はこの税関手続きの所要時間に合わせて輸出行動のパターンを決めなければならず、消費者にとっても、製品がどれだけ早く手元に届くかということは、貿易のパートナーを決める上で重要な要素となる。一方で、公開されている統計では、税関手続きの所要時間を詳細に分析することはできない*18。Volpe Martincus et al. (2015)が使用した2002年から2011年までのウルグアイの税関データには企業のIDや財の品目はもちろん、通過した税関の場所や輸出先の国、取引先、輸送方法、輸出額、輸出量、輸出申請日、そして輸出承認日等の情報が記録されているため、このような分析が可能となった。Volpe Martincus et al. (2015)は輸出時の検査に焦点を当て、それらが輸出額に及ぼす影響を分析した。
この分析により、税関手続きの所要時間が輸出額に対して負の影響を与えていることが明らかとなり、これは推定方法やサンプルの取り方を変えても成立する頑健な結果となった。Volpe Martincus et al. (2015)はこれらの結果を踏まえ、すべての貨物を一様に検査するのではなく、リスクに沿った検査手順を確立することが、貿易円滑化において重要な戦略となることを指摘している。また税関に対し適切な人材と技術を与えることで、(検査の質を落とさない範囲で)検査の時間を短縮し、検査の対象とならなかった貨物との輸送時間の差を小さくすることの必要性も説いている。近年、関税などの伝統的な貿易障壁はおおむね撤廃されており、輸送時間は貿易におけるコスト要因としての重要性を相対的に高めているが、その中でも公的機関である税関における手続きは、政策的な努力によって改善しうる要素であると考えられる。また、輸入行動が輸出行動に影響を及ぼすというFeng et al. (2016)の研究を鑑みると、輸入手続き円滑化に寄与するような研究は、企業の輸出行動にも好影響を及ぼす可能性があるだろう。

4.政策の効果がわかる
本節では、政策効果に関する研究を紹介する。
まず、Buono and Lalanne (2012)では、1993年から2002年までのフランスの税関データを用いて、ウルグアイ・ラウンド*19を通じた関税率の低下が貿易に与えた影響について実証分析を行っている。この分析の特徴は、関税引き下げ効果を貿易の内延効果(intensive margin)と外延効果(extensive margin)に分けて推定している点である。
主な結果として、ウルグアイ・ラウンドによる関税率の引き下げはフランスの総輸出額を増加させたが、内延効果と外延効果に分解した場合、後者の効果は十分に大きいとはいえなかった*20。ここから得られる政策的な示唆は、関税率の引き下げは主に既存の輸出企業に影響を与え、新規企業が高い輸出固定費用を克服して輸出市場に参入し始める可能性は低いということである*21。第2節で説明したように、全ての企業が輸出を行っている訳ではない。新たに輸出を行う支援を考える際には、こうした研究の分析結果を参照して議論する必要があるだろう。
次に、関税や為替レートの変動が輸出にどのような影響を与えるかについて分析を行い、貿易政策と金融政策の貿易に対する影響力の強さを比較した研究としてFitzgerald and Haller (2018)を紹介する。この研究では、1996年から2009年までのアイルランドの税関データを利用して、関税や実質為替レートの変動が、企業の輸出市場における参入・退出や、輸出企業の輸出額に与える影響を分析している。
主な結果としては、関税率の上昇が、輸出市場への参入確率を下げる一方で、実質為替レートの上昇(減価)が、輸出参入確率を上げるという外延効果が明らかになった。また、輸出収入に対しても同様に関税率上昇が引き下げ効果を、為替レート上昇が引き上げ効果を持つことを示した。一方で、退出確率に対しては有意な効果を確認することができなかった。また参入確率と輸出収入に対して、関税率の変化は実質為替レートの変化よりも強い影響を与えており、参入確率については3倍、輸出収入については6倍と推定された。さらに、これらの効果は短期よりも長期的に参入確率および収入に影響を及ぼすことも明らかにした。これらの結果により、貿易政策が代替的な金融政策よりもはるかに強い効果を持つことを示唆した。
最後に、2010年のフランスの税関データを活用したFontagné et al. (2020)の研究を紹介する。この研究では、貿易における国境手続きの円滑性が企業の輸出行動にどのような影響を与えるか分析している*22。国境手続きの円滑性を示す指標として、OECD発行のTrade Facilitation Indicators (TFI)を用いている。この指標は、「情報の入手可能性」、「文書と手続きの形式」、「事前裁定」、「不服申し立て手続き」、「貿易コミュニティへの関与」の5つの項目*23で構成される。
主な研究結果として、「情報の入手可能性」は企業規模に関わらず全てのタイプの企業の輸出額に対して正の効果を与えることが明らかとなった。また「文書と手続きの形式」、「事前裁定」、「不服申し立て手続き」といった貿易手続きの不確実性に関わる項目については、その不確実性が小さくなるほど大企業の輸出パフォーマンス全般が向上することが明らかとなったが、一方で規模の小さい企業についてはそのような傾向は見られなかった。なお、「貿易コミュニティへの関与」については、全ての企業に一貫して明確な効果は確認されなかった。
この研究結果から、貿易円滑化に関する政策の効果は企業の輸出取引に対して直接的にもたらされるものではなく、輸出先情報の入手可能性や国境手続きの不確実性の低減を通じて間接的にもたらされるものであることが示された。また、円滑化の効果は必ずしも全ての企業にもたらされるわけではなく、企業規模や情報の入手可能性など貿易円滑化のタイプに依存していることを示唆している。
これらの貿易政策の効果に関する研究を見ると、税関データを活用することで、企業の規模や特性を踏まえた政策の効果についての分析が可能となることがわかる。貿易政策は一般的に規模の大きい大企業への影響が大きいと考えられるが、これらの分析は中小企業や未だ貿易を行っていない企業への政策的な支援を行う際に重要な示唆を与える可能性があるだろう。

コラム1:貿易の内延効果と外延効果
税関データの分析において非常に重要な概念である貿易の内延効果と外延効果について説明する。現代の国際貿易論のモデルでは、貿易量(貿易額)の変化は2つの視点から説明することができる。1つ目は内延効果であり、これはかねてより貿易を行っていた企業が貿易量を変化させることによる効果を指す。2つ目は外延効果であり、これは貿易を行っていなかった企業が新たに貿易を始める(または逆に貿易を行っていた企業が市場から退出する)ことによる効果を指す。本稿でもいくつか取り上げている通り、税関データを活用することで、企業個票を軸に分析を進めることができ、個々の企業が貿易量をどのように変化させたか(内延効果)と企業の貿易参入や退出(外延効果)を分析することができる。

5.おわりに
本稿では、これまでに行われてきた各国の税関データを活用した研究を紹介してきた。今後、日本においても税関データを用いた共同研究が行われることは、学術的な観点だけではなく、日本の貿易・経済活動を推進する政策を考える上でも非常に重要な意義があると考えられる。日本の地理的条件や産業の特徴を反映した貿易活動や、グローバル・バリューチェーンの高度化や為替レートの影響など、様々な国際的な動向を踏まえた研究は、学術的に高い意義を持つとともに、関税等の貿易政策に対して重要な示唆に富んだものとなることが期待される。一方で、日本においては、行政データの研究への活用事例は少なく*24、個票データ等については秘密の保護が強く求められることから、研究の実施に当たっては、厳格なデータの管理運用などのルールを順守することが必要とされる。税関データを用いた共同研究が、今後、行政データの利活用を進める上で、一つの良い先行事例となることも重要であると考えられる。

コラム2:新々貿易理論-企業の異質性を加味したモデル-
本稿で紹介する論文はもちろん、今後日本の税関データを活用した分析にも「企業の異質性」というキーワードがしばしば出てくるだろう。田中(2015)やFeenstra(2015)*25を参考にMelitz(2003)の新々貿易理論について要素をかいつまんで説明する。
まず、Ricardo(1817)やHecksher(1919)、Ohlin(1993)などをベースに築かれてきた伝統的貿易理論では、産業間の比較優位(得意な分野を特化して生産する)を基に国際分業貿易が行われていた。一方でKrugman(1980)の新貿易理論では、似たような工業国同士による同じような工業品の産業内貿易が行われているという現実を踏まえて、嗜好や技術、生産要素賦存(生産に使われる資源の総量)が同じ2国間でも貿易が生じる理由を探求した。その結果、たくさん作れば製品単価が下がる規模の経済が発生するために貿易が生じるとモデルで示した。一方で新貿易理論では、モデルを単純化するために企業の費用関数がすべて同一であるという「企業の同質性」の仮定*26を置いた。
新々貿易理論では、企業貿易に関する実証研究の発展やデータの拡充、コンピュータの計算能力向上を背景に、Krugman(1980)による新貿易理論を発展させ、「企業の異質性」をモデルに組み込み新たな貿易理論を展開した。Roberts and Tybout(1997)では、「なぜすべての企業が輸出を行わないのか」という問いに対して、販路開拓や製造・輸送方法の整備などに用いられる回収不可能な初期費用を賄えるほどの企業でなければ輸出を行うことができないとした*27。新々貿易理論はこの議論に則り、輸出ができる企業は初期費用が賄える最低限の生産性(輸出閾値)を超える一部の企業であるというモデルを示した。
生産性、輸出にかかる費用と企業の輸出行動の関係は税関データを用いた分析を理解する上でも非常に重要な要素となっている。また、税関データが活用できるようになったことは、「企業の異質性」を前提とした分析の普及、理論モデルの進展、政策エビデンスの提供などを力強く支えている。

参考文献
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*1)筆者が確認する限りでも、米国、フランス、ブラジル、ポルトガル、中国、ノルウェー、アイルランド、トルコ、ベルギー、ペルー、メキシコ、タイ等の税関データを活用した論文が発表されている。詳しくはリサーチ・ペーパー参照。
*2)取引別データは最も細かい単位のデータであり、このデータを活用すれば国別や年別はもちろん、取引者別、品目別、日別など様々な形式に加工することができる。
*3)https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/kyoudou/public/index.html
*4)一方で、税関データを用いた共同研究の実施に当たっては、個票データ等について秘密の保護が強く求められることから、共同研究の成果の公表に際して、秘密の保護及び税関行政の執行への影響について、十分配慮する必要があり、第三者による個別の輸出入業者等の識別や個票データから得られる情報の取得が可能とならないように十分配慮し、個別の輸出入業者等の識別や個票データから得られる情報の取得が可能になる情報を明らかにしないこととされている。(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/kyoudou/public/guideline.pdfに掲載されている「「財務総合政策研究所との共同研究における輸出入申告情報利用に係るガイドライン」を参照。)
*5)オープンデータ基本方針より。オープンデータ活用に関する主な取り組みについては総務省の下記URLを参照。https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/ictriyou/opendata/seihu_od_torikumi.html
*6)若杉・戸堂(2010)によると日本も同様に大企業への方よりが見られる。(2003年時点)
*7)若杉・戸堂(2010)では日本においても輸出企業は高い生産性を有していることが示されている。
*8)貿易理論の面では、企業の異質性を加味したMelitz(2003)が先端となっており、新々貿易理論(メリッツモデル、企業の異質性モデル)として国際貿易論を発展させている。新々貿易理論に関しては本稿のコラムで紹介する。
*9)輸出品目をカテゴリーで見ると、輸出品目が単一のカテゴリー内に収まる企業数が全体の31.6%、輸出額が6.2%である一方で、10カテゴリー以上の品目を輸出している19.7%の企業が輸出額全体の56%を占めている。
*10)生産性の高い企業が高品質な製品を高価格で輸出することについては論文内の回帰分析で有意な結果を示している。
*11)ここでの貿易行動とは、企業が貿易に関して決定し実行するあらゆる行動を想定している。具体的には、生産(場所の決定、財の決定)、価格設定、輸送方法、取引方法(企業内貿易か企業間貿易か)、販売方法などが挙げられるが、各論文ではそれぞれ着目したい貿易行動に対する実証分析を行っている。
*12)Békés et al. (2017)では需要の変化が激しい市場における主な輸出障害として、以下の2つの可能性を上げている。1つ目は、契約上の摩擦が大きくなり、限界費用(1単位輸出するときの費用)が増加し、輸出頻度を上げることである。2つ目は、輸出時の学習コストを増加させてしまうため輸出量や輸出による利益に影響を及ぼすことである。
*13)正確には、2002年時点で貿易取引を行っていた企業と行っていなかった企業を分割して分析している。
*14)Krugman(1980)やMelitz(2003)などにおいて、貿易参入の条件や輸出製品決定などの貿易行動に影響する大きな要素として貿易費用が挙げられており、それらを踏まえて輸送費用によって影響を受ける企業の貿易行動について分析を行っている。
*15)Coşar and Demir(2018)の定義によれば、麻袋(bags)やビニールなどで巻かれたベール(bales)、カートンやパレットなどで梱包されたコンテナ以外の輸送をブレークバルク輸送としている。
*16)コンテナ輸送はコンテナの購入もしくは貸借することで固定費用が大きくかかる一方で、海上輸送時や港内外の輸送時に、輸出数量に対して変化するコストが少なくなると考えられる。また、この仮定は事前の実証分析結果と整合的であった。
*17)実際のデータをあてはめることで得られる現実の均衡と、コンテナ技術が存在しない仮想的な均衡の2つを先述のモデルから導出し、お互いの輸出額を比較することによってコンテナの導入が輸出額に与える効果を計算している。
*18)財務省では輸入通関手続きの所要時間調査を行い、大まかな輸入手続きの所要時間を公表している。最新の第12回調査(平成30年)では、第1回調査(平成3年)と比較し、手続きの所要時間について海上貨物が約37%、航空貨物が約23%と減少していることがわかる。
*19)1986年から1994年にかけてGATT(関税と貿易に関する一般協定)の下で、関税等の伝統的な貿易障壁のみならず、サービス貿易や知的財産権などの幅広いトピックについて議論された多国間貿易交渉である。
*20)例えば製造業の輸出額については、1993年から2002年の間に3%の成長が確認されたが、その成長率のうち、内延効果の成長は2.5%であった一方、外延効果の成長は0.5%と小さかった。
*21)Buono and Lalanne(2012)はこのような結果が得られた原因として次の3つを挙げている。1つ目は、関税率の水準がもともと十分に低かったために、輸出固定費用を補うことができるほどの関税率の低下を実現できなかった点である。2つ目は、輸出先の市場に大きな参入障壁や信用制約による借入制約など輸出先に市場の不完全性が存在する点である。そして3つ目は、企業が輸出市場に参入するには時間がかかり、外延効果は短期的には発現しない可能性があるという点が挙げられる。
*22)Fontagné et al. (2020)は第3節の「貿易の実務がわかる」にも分類できるが、将来の個別の取引に対する税法上の扱いについて、納税者が税務当局に質問し、文書で回答を得ることができるという「アドバンス・ルーリング制度」などに言及し、貿易円滑化に関わる政策を意図して分析しているため、第4節の貿易政策を扱う研究として紹介する。
*23)詳細に説明すると、「情報の入手可能性」は貿易に関する情報コストの少なさを示し、「文書と手続きの形式」は貿易文書の簡素化や自動化を示し、「事前裁定」は財に適用される関税分類や原産地に関する裁定を輸出者に任せているかを示し、「不服申し立て手続き」は税関の行政判断に不服を申し立てる権利の有無を示し、「貿易コミュニティへの関与」は貿易業者と行政との間で国境関連業務に関する協議が行われているかを示している。
*24)国税庁にて行政データの共同研究利用が行われる他、厚生労働省からは電子レセプトのアーカイブであるNBD(National Database)データやDPC(Diagnosis Procedure Combination)データなどが研究に活用されている。
*25)本書は2021年に伊藤元重監訳、下井直毅訳で日本評論社から日本語訳版が販売されている。
*26)この仮定は現実から少し離れたものであるが、理論を非常に簡潔にするメリットがあった。
*27)また、輸出企業の方が非輸出企業よりも平均的に生産性が高いという実証結果も数多くある(Bernard and Jensen, 1999; Clerides et al., 1998)。

プロフィール
財務省財務総合政策研究所研究官
吉元  宇楽
2021年3月に横浜国立大学で博士号(経済学)を取得後、2021年4月より財務総研で研究を行っています。専門は国際経済学で、大学院では特に為替レートの変動が企業や貿易に及ぼす影響について研究を行ってきました。

「PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~」の開始にあたって
「PRI Open Campus」は、財務省のシンクタンクである財務総合政策研究所を、様々な研究・交流活動が行われる場(キャンパス)に見立て、ファイナンスの読者に、その場で行われている活動を知っていただくために、どなたでも参加できる「オープンキャンパス」をイメージして、研究・交流活動に携わっている研究所内外の人々の活動を、読者の皆様にお届けしたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

財務総合政策研究所
POLICY RESEARCH INSTITUTE, Ministry Of Finance, JAPAN