このページの本文へ移動

コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方~失業保険改革編・上~

在フランス日本国大使館参事官 大来  志郎

■はじめに(マクロン政権における労働市場改革の進展)
フランスの労働市場に関しては、高失業率、労働スキルの二極化、不安定な雇用形態の多用、労働コストの高さなどが課題と指摘されてきた*1。マクロン現大統領は、前任のオランド大統領の下で経済産業デジタル大臣を務め、2015年のいわゆるマクロン法*2のイニシアチブを担当大臣としてとるなど、労働市場改革に意欲を持っていたと考えられる。2017年5月に大統領に就任すると、その勢いに乗り、9月には選挙公約にもあった労働法典改正を断行した(いわゆるマクロン・オルドナンス*3*4)。特に、一定の解雇の際の賠償金の上限を法令によって設定し、解雇要件を緩和しつつ解雇コストの予見可能性を高めたことは、行政・政治過程としては象徴的と言えよう。というのも、この上限設定は、2015年のマクロン法の際には憲法院の判断により、2016年のエル・コムリ法*5の際には法案策定の過程で、それぞれ法案から削除された経緯があり、「三度目の正直」だったからである。2017年の労働法典改正は諸改革が盛り込まれた複雑な体系であり、技術的に見れば「フランスの集団的規範設定システムに関しても大きな転換点であった」とする指摘もある*6ようであるが、いずれにせよ全体として労働市場の柔軟性を高める効果が期待されるものととらえられていた*7。
2018年8月には職業訓練、見習研修制度などの改革を実現し*8各種のセーフティネットを強化した。2019年1月からはオランド政権下でスタートした競争力強化・雇用促進税額控除(CICE)を社会保険料の企業負担分の軽減の形で恒久化し*9、労働コスト軽減に取り組んだ。
こうした一連の労働市場改革の中に、ここ数年の失業保険改革の取組みは位置付けられる。なお、以下に失業保険改革の進展を詳細に見ていくが、その際には、フランスの失業保険制度が歴史的には労使自治の原則の中で制度管理をすることが出発点であったことに留意することが必要である(コラム参照)。
写真:(1)マクロン・オルドナンスに署名するマクロン大統領(中央)とペニコー労働大臣(当時・左)(Département photo de la présidence de la République)

1.コロナ危機発生前の「前史」の存在
本稿の本旨は、新型コロナウイルス感染拡大による公衆衛生上・経済上のショックがある中、フランス政府がどのように失業保険改革パッケージを進展させ、あるいは速度調整したかを見ることにある。しかしながら、コロナ危機発生前における失業保険改革の展開は、この本旨と連続的であり、少々長くなる(今月号においてはコロナ危機発生までたどり着かないことをあらかじめおことわりしておく)が、まずはこの「前史」を紹介する。「前史」だけでもフランス政府の多段階に及ぶ漸進的アプローチや労使代表との間での相応の紆余曲折があり、それを追体験することで、コロナ危機発生直前段階で、本改革に関してフランス政府がどの程度の思い入れを抱くに至っていたかを推し量ることができるのではないかと考える。

2.2017年大統領選挙公約
2017年大統領選挙に向けたマクロン候補(当時)の公約の中に、すでに失業保険改革の芽出しがみられた。同公約*10の中には失業保険に関連して、以下の3点がみられた。
イ)自主退職した被用者に対して失業保険受給の権利を付与する
ロ)職人、独立の商店主、企業家、自由業、農業従事者などの自営業者に対して失業保険受給の権利を付与する
ハ)短期雇用に過度に走る雇用主は制裁(malus)的に保険料負担を引き上げ、安定的な雇用を創出する雇用主については応報(bonus)的に負担を引き下げる(いわゆる「ボーニュス・マリュス(bonus-malus)制度」)
イ)、ロ)はセーフティネットの対象を拡大し、多様な働き方に対して「普遍的」な制度に失業保険制度をしていく、との意思のあらわれである。ハ)のボーニュス・マリュス制度については、「公正性」の観点に立ち、短期雇用の濫用という近年の問題を雇用主=経営者サイドにプレッシャーをかけることで解決をしていこう、というアプローチである。
「右派でも左派でもない(ni de droite ni de gauche)」と既成政党色を消して大統領に就任することとなるマクロン候補ではあるが、この時点の失業保険に関する公約内容は比較的左派的であると言えるのではないか。のちに改革の柱に追加されてくる失業手当まわりの諸要件の厳格化(被用者サイドに長期就労のインセンティブを与えることで短期雇用の濫用を防止するメカニズムを構築し、同時にマクロでみれば給付削減となるもの)という右派的であり親ビジネス的な項目は、この公約段階では姿がない。

3.マクロン大統領就任と失業保険制度に関する最初の労使合意
2017年5月に就任したマクロン大統領は、同年9月にいわゆるマクロン・オルドナンスによる労働法典改革を断行し、労働市場改革の次なる標的である職業訓練制度・見習研修制度等の改革に着手する。2017年のマクロン・オルドナンスによる労働市場柔軟化策が、個々の労働者の視線で見れば解雇要件緩和という「痛み」を伴う改革であったことから、この第二段階の改革はセーフティネット機能を強化することで、バランスを取る効果を狙ったものと解釈された。2017年11月には労使代表に方針文書(document d’orientation)を示すことでこの第二段階をキックオフする。労使代表に迫る主要な改革項目は職業訓練・見習研修関連であったが、同文書には失業保険についても、成果パッケージに含まれるべき旨が抽象的に記載された。諸項目について、「2018年4月には法案化するので、労使は2018年1月末までには交渉を終えるように」、とされた。*11
2018年2月下旬には、1か月半に及ぶ労使交渉の末に、失業保険改革に関する「最低限」の合意が結ばれた*12。一定の自営業者と自主退職者に受給資格の道を開く内容であった*13。

4.「ペニコー法案」のとりまとめ
こうした失業手当受給権拡大策は、職業訓練制度や見習研修制度の充実強化策とともに、「職業の未来に関する選択の自由法」(loi pour la liberté de choisir son avenir professionnel)案(いわゆる「ペニコー法案」)にまとめられ*14、2018年4月に議会提出された*15。
全体的には労働分野におけるセーフティネット機能の強化を主旨とする法案であり、失業保険制度に関しても受給権を拡大することが実体的な改正内容であったが、マクロン大統領の候補時の公約にあった「ボーニュス・マリュス」に関連しては、「失業保険料の企業負担分に雇用契約の長短や契約の性質等に応じて、政府は傾斜をかけることができる」、というプログラム的な「できる規定」が盛り込まれた。その上で、「首相が、失業保険の財政問題を含め、合意すべき項目を示して労使交渉の『枠組み』を提示できる」という権限を追加している。これは、労使自治の枠組みとして歴史的にスタートした失業保険制度への、国家の介入を強めるものと受け止められた。
また、仮に、この「枠組み」に沿った合意に労使が達しない場合には、政府が政令(デクレ)で当該項目について規定できることとされている。
これら一連の条項を総合的に踏まえ、「政府は、この法案が議会で成立した暁には、2018年年末までに労使代表に対して雇用契約の不安定性に対処する失業保険制度上の策を交渉・合意するよう要求するとともに、もしその結果が不十分と判断される場合には政府主導で失業保険料の企業負担分に傾斜をかけるボーニュス・マリュス制度を導入する意向だ」と受け止められた。
写真 (イメージ1)ペニコー法の概要を紹介する政府作成パンフレット表紙
(出典)フランス労働省

【コラム】フランスの失業保険制度の沿革
1958年12月31日:失業保険制度創設
 ドゴール将軍の後押しもあり、経営者団体(CNPF(現在のMEDEFの前身))と複数の労働組合(CFTC、CGC、CGT-FO)の間で失業保険に関する最初の労働協約が締結された。当時は完全雇用に近い状態にあったが、すでに失業者に対して、「(賃金の)代替的収入」を支給するとともに、労働市場の転換に対応した同伴サービスを提供する、との考え方に立っていた。
1959年以降、法律によって失業保険制度にかかる交渉と管理は労使代表に授権された。労使が合意に達しない場合には政府が政令(デクレ)によって決定することができることとされた。*16
1967年7月13日:民間部門のすべての賃金労働者を保護対象に
 発足当初はCNPF加盟の企業の賃金労働者のみを対象としていたが、その後徐々に対象セクターを拡大。1967年にオルドナンスによって、失業保険を民間部門全般の賃金労働者を対象としたものに一般化。
1974年10月14日:制度にとって最初の経済的危機
 第一次石油ショック後、失業率が急激に上昇。経済的解雇の対象となった者を対象とした待機追加手当(Allocation supplémentaire d’attente(ASA))を創設。以後数年間、制度は赤字となり、準備金の取り崩しが発生。
1984年2月24日:失業保険制度の基礎制度化
 労使交渉によっても合意に達することができない事態が生じ、政府がはじめて政令(デクレ)によって制度改正。通常の失業手当を補足する特別連帯手当(allocation spécifique de solidarité(ASS))の創設など、現在に続く制度も盛り込まれていた。
1992年7月18日:失業手当逓減制
 経済危機の直面し、年齢と受給期間に応じて失業手当が逓減する制度を導入(2001年に廃止)。支出の大幅な合理化と保険料の急激な上昇を伴うものだった。
2001年1月1日:雇用に向けた積極策の導入
 新たな労働協約を通じて、雇用復帰と失業手当受給が紐づけられることとなった。今日まで続く雇用復帰支援手当(allocation d’aide au retour à l’emploi(ARE))が創設された。
2008年12月19日:ポールオンプロワ(フランス版ハローワーク)の創設
 従来、複数に分立していた失業保険関連の機関をポールオンプロワに一本化。国と失業保険管理機構(Unédic)が共同で財源確保。
2009年2月19日:失業手当表の一本化
 新たな労働協約により、全ての賃金労働者について、単一の失業手当表を適用。金融危機の最中の決定だった。また同年、失業手当受給開始要件については従来原則「直近22カ月中6か月の就労」だったものが原則「直近28か月中4か月の就労」へと緩和されている(本稿が扱う改革に関連)。
2014年5月14日:権利の再充填制度導入
 融危機によって傷んだ財政状況の改善も視野に入れつつ、セーフティネット機能の強化に向けた労働協約が締結された。不安定な地位にある賃金労働者の受給手当期間の保証を強化する観点から権利の再充填制度が導入された(本稿が扱う改革に関連)。
(出典)失業保険管理機構(Unédic)

5.大統領による「ちゃぶ台返し」
ペニコー法案の提出により、いったんは政府の手を離れ立法府に舞台を移したかに見えた失業保険改革であるが、法案が未だ議会で審議中の2018年7月の議会セッション(コングレ・ド・ヴェルサイユ(Congrès de Versailles)と呼ばれる上下両院が一同に集う特殊なセッション*17)において、失業保険改革に関して新たに労使交渉を求めることを大統領が突如宣言をする。「失業保険制度が、就労への復帰に一層報いるとともに質の高い雇用の創出を促進するものとなるように、労使代表が同制度のルールを再考することを私は希望する。そのような新しいルールが今後数か月労使の間で話し合われ、2019年春にはそのような改革が実施されることになるだろう。」という趣旨の大統領の宣言*18は唐突感を以て国民や労使関係者に受け止められた。
この突然の宣言の背景はいくつか考えられる。
写真:(2)2018年7月、コングレ・ド・ヴェルサイユで演説するマクロン大統領(Présidence de la République de la France)

(1)政治的背景
第一に、政治的な背景である。このころ、「大統領は労使交渉を軽く見ている」「社会問題に対して労使は脇役に追いやられている」という労使代表からの批判の声が多く聞かれる状況だった。そうであるならば責任と負荷がかかる社会問題の解決に労使代表で当たってみたらどうか(より直截に表現すれば「そんなにいうなら、労使代表たちよ、自分たちでやってみろ」)、という大統領の意向・戦略があったと受け止められた。
(2)雇用政策としての背景
第二に、雇用政策の面からは、短期雇用と短期の失業手当受給を繰り返す慣行の横行が指摘されていたことがある。2017年のマクロン・オルドナンスによる解雇補償金の上限設定によって解雇や新規雇用にかかるコストの予見可能性が高まり、労働市場の柔軟性が向上したことは歓迎されつつも、経営者サイドや成長重視のエコノミストたちの間からは、「さらに就労インセンティブを高めたいのであればこの短期雇用と失業手当受給の『回転扉』の慣行の誘因となっている失業保険制度にメスを入れなければならない」との声が上がっていた*19。
2017年時点において、有期雇用(CDD)のうち半分は5日以下、3分の1は1日のみの契約とされている*20。また、フランス労働省の数字によれば、失業者の5人に1人(60万人相当)は失業手当受給に先立つ就労期間に得ていた収入よりも高い手当を受給している実態があるとされた。しかもこうした短期雇用の断続的繰返しは、しばしば同じ雇用主のもとで行われており*21、いわば雇用主・被用者双方の結託ともとれる雇用契約の帰結でもあった。さらに2014年に導入された、受給資格の再充填の制度が、短期雇用と失業手当受給の「回転扉」に拍車をかけていると指摘されていた*22。
[参考]就労収入よりも失業手当が高額となる事例
例えば法定最低賃金(SMIC)で月のうち15日間働くという短期の契約を毎月洗い替え、年間で12回結んだ賃金労働者のケースを考えよう。当時の制度では、こうした1年間ののちに失業手当を受給するようになると、年間で180日(12×15)働いて得た総賃金を180日で割ったものを参照日額賃金(le salaire journalier de référence(SJR))として算出する。この参照日額賃金(SJR)をベースとして計算された失業手当を、「毎日」受給できるのである(ただし受給期間はこの場合6か月)。こうして、失業手当の方が賃金報酬よりも高額となる事例が生じる。
(3)財政問題としての背景
第三の背景として、失業保険会計の構造的な赤字も絡んでいた。2018年6月に失業保険管理機構(Union nationale interprofessionnelle pour l'emploi dans l'industrie et le commerce(Unédic))*23が公表したベースでは、失業保険の累積債務は2019年で350億ユーロであり、当時の好景気を背景としてもなお、2021年段階で298億ユーロの債務が残っているだろうと見込まれていた*24。
また、一定の自営業者と自主退職者に受給資格を拡大する施策を含めた労働分野のセーフティネット機能強化の財源問題も関係する。これらの施策案は、財政問題にまで視野の及ぶアドバイザーが不在のままマクロン大統領候補の公約に載せられていたものの、いざ政権がスタートしてから具体化を試みる段階になって、やはり失業保険制度を改革する中から、いわば自前の財源をねん出すべきだとの声が政府部内からあがった*25。
(4)大統領の宣言の評価・関係者の受止め
このコングレ・ド・ヴェルサイユでのマクロン大統領の宣言は、もちろん「ボーニュス・マリュス」の制度化を加速させる効果もあったが、同時に、失業手当まわりの諸要件の厳格化という右派的な要素を失業保険改革のパッケージに迎え入れる結節点となったとも言えよう。
失業保険に関するマクロン大統領自身の左派的な公約に端を発した改革が、そのウイングを広げた時期である。右派共和党の系譜に属するフィリップ首相(当時)は経営者団体とともに「ボーニュス・マリュス制度」に個人的には反対であったとされており*26、こうした政府内の声が、改革パッケージのバランス取りに関して一定の影響を及ぼしたと考えることもできる。
また、給付を拡大する方向の施策を実施する際には、財源を確保すべきだとする政府内の保守の声が反映されたという側面もある。
ボーニュス・マリュス制度の導入を迫られている側の経営者団体MEDEF(Mouvement des entreprises de France)を代表する声として、2018年の夏季大会を前に新たに会長の座についたジェフロワ・ルー・ドゥ・ベジュー(Geoffroy Roux de Bézieux)会長は、「一年経たないうちに、既に交渉したことを再度交渉するように要求されることにショックは受けてはいない。とても重要な挑戦だ。ただ、ついこの一年の間に交渉したことの単なる周辺付属事項として交渉することはしない。さもなければ何の意味もないからだ。」としつつ*27、自身のツイッター上で「就労に復帰するインセンティブを検討すべきだ」と書き込み、むしろ求職者サイドが受給する手当のあり方に改革の目が向けられるべきだという姿勢を示した。
一方、労働組合側では、ラジオ番組に出演したCFDTのローラン・ベルジェ(Laurent Berger)書記長が「もし政府が、(手当受給の)権利を削減せずに失業保険をより効果的なものとするよう我々に求めるのであれば、見るべき点がある。もし『枠組み文書』という、事実上結論を先取りするような文書で政府が権利の削減を図ろうとするのであればうまくいかないだろう。」と警戒感を示している*28。
写真:(3)ルー・ドゥ・ベジューMEDEF会長(MEDEF. Droits réservés)

6.政府から労使代表に向けた課題設定
2018年9月下旬には、大統領の宣言を踏まえる形で、ペニコー法で規定されている手続きに従い政府から労使代表に対して「枠組み文書(document de cadrage)」が発出された。この文書は短期の就労と失業手当受給を繰り返すことが労使双方にとって利益となる構造にメスを入れるべく、また、失業保険会計の健全化を目指すべく、以下表1(「枠組み文書」により、労使に要求された主な検討項目と背景となる問題意識)の検討項目について労使が交渉を行い、結論を得ることを求めるものだった*29。いわば政府サイドから労使代表に向けて「宿題」が突き付けられた形だった。
交渉の期間は4か月に設定され、政府は労使代表に対して2019年1月末までに合意に達するよう求めた。ペニコー労働大臣は、この段階で失業保険改革をマクロン政権における労働市場改革の第三段階(第一段階としてのマクロン・オルドナンス、第二段階としての職業訓練・見習研修制度改革に次ぐもの)と位置付けている旨を表明した。

7.労使代表、課題をこなせず(合意未達)
2018年11月初旬にキックオフした労使交渉は、約3か月継続したものの、2019年2月20日には労使合意に達することができないことが確定的となった。特に、労働組合側が短期雇用の濫用に対応する観点から「ボーニュス・マリュス制度」の導入を強く主張した一方で、経営者側は、同制度はむしろ雇用に悪影響があるとして反発したことが、最大の決裂点になったと捉えられた。また労働組合側は、政府が求める年10~13億ユーロの歳出合理化策を策定することに後ろ向きだったとされる。
当初枠組み文書において示されていたとおり、この労使合意未達を受けて、今度は政府が改革内容の策定に乗り出すこととなったのである。マクロン大統領は労使合意未達が確定した日の翌日、「労使の関係者は『労使自治、地域ごとの民主主義、社会保障分野における民主主義が重要だ。我々自身の手でやらせろ。』と日々言っている。そこで任せてみると『ねえムッシュー、これはきついですよ。政府で決めてくださいよ。』というではないか。」と述べ、労使の当事者能力の欠如をあげつらった*30。
これに対して、当然労使双方から反発が生じる。経営者側のMEDEF、ルー・ドゥ・ベジュー会長は、報道機関のインタビューに答えて、「もともと、この改革に向けて政府から課されたミッションは完遂することが不可能なものだったのだ。政府の介入が常態化すると、コンセンサスを得ることは、それはきついですよ。それから政府がボーニュス・マリュス制度についてしか語らない中で、労働組合から歳出合理化策を引き出すこともきついですよ。」*31と、マクロン大統領が用いた「きつい(dur)」という言葉を用いて反論している。
また、労働組合側では、CFDTのローラン・ベルジェ書記長がツイッターで大統領に反論している。「民主主義は短い言葉やメディアを介した発信で成り立っているのではない」、「スケープゴートを仕立て上げる方法は短期的にはうまくいくようでも将来的には非生産的だ」、「交渉が隘路にはまり込むことを承知で指示を出した大統領に合意未達の責任がある」、などと非難している*32。
労使自治の原則に立脚する失業保険制度に対して、政府がもう一段関与を強化する条項を盛り込んだペニコー法が伏線となり、以後、改革パッケージ策定は政府の手に移っていく。
写真:(4)ローラン・ベルジェCFDT書記長(Anne Bruel Infocom CFDT)

8.政府による失業保険改革案策定のキックオフ
労使の合意未達を受け、2019年2月、フィリップ首相*33とペニコー労働大臣*34はそれぞれ会見を実施し、政府として夏までに失業保険改革案を策定する方針を正式に表明した。フィリップ首相は以下表2 フィリップ首相が表明した改革案策定の視点の4点にわたる改革案策定の視点を、現行制度が引き起こす不合理な実態にも言及しつつ、示した。
また、同記者会見において、フィリップ首相は失業保険財政の健全化の必要性にも重ねて言及している。
以上見てきたように、マクロン政権発足から2年ほどの間に、失業保険改革のボールは政府と労使代表の間を二往復した。その過程の中で、歴史的には労使自治が原則である失業保険制度への政府の関与が一層強まるとともに、改革のウイングは右派の方向に広がった。来月号においては、政府自身の手でまとめられる改革パッケージの全体像と、その本格施行を前にコロナ危機が襲い掛かる様を見ていくこととしたい。
※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織の見解を示すものではない。
写真:(5)エドゥアール・フィリップ前首相((C)Ville du Havre-Lou BENOIST)

*1)例えば、Brandt, N. (2015) La formation professionnelle au service de l’amélioration des compétences en France, OECD Economics Department Working Papers, no.1260, OECD、あるいはCatherine, S., A. Landier et D. Thesmar (2015), Le marché du travail ; La grande fracture, Institut Montaigne、さらにはOCDE (2017), Obtenir les bonnes compétences:France, OECDなど。
*2)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000030978561/
*3)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000035607311/
*4)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000035607388?r=YrxMrWcSVG
*5)https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000032983213?tab_selection=all&searchField=ALL&query=LOI+n%C2%B02016-1088&page=1&init=true
*6)例えば、JILPT(2019)「フランス労働法改革の意義と労使関係への影響」独立行政法人労働政策研究・研修機構JILPT資料シリーズNo.211
*7)例えば、Carcillo, S., Goujard, A., Hijzen, A. et S. Thewissen (2019), Assessing recent reforms and policy directions in France:Implementing the OECD Jobs Strategy, OECD Social, Employment and Migration Working Paper, No. 227, OECD。
*8)https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000037367660/
*9)https://www.impots.gouv.fr/portail/files/media/1_metier/2_professionnel/suppression_cice/fiche_information_suppression_cice_janvier_2019.pdf
*10)https://storage.googleapis.com/en-marche-fr/COMMUNICATION/Programme-Emmanuel-Macron.pdf
*11)https://www.defi-metiers.fr/sites/default/files/upload/d.pdf
*12)ただし、この合意に、最左翼に位置する労働組合であるCGTは参加していない。
*13)2に既述のマクロン候補の公約のうちイ)とロ)を具体化するものである。ただし、来月号以降において述べるとおり制度化された内容を詳細にみると、手当受給権を獲得することになる自主退職者や自営業者については、各種の要件が付されることとなる。この点をとらまえて、公約の実施は「骨抜き」だとする論評もみられるところである。https://www.lemonde.fr/les-decodeurs/article/2018/08/02/assurance-chomage-une-promesse-phare-de-macron-videe-definitivement-de-sa-substance_5338717_4355770.html
*14)当時のミュリエル・ペニコー(Muriel Pénicaud)労働雇用統合大臣(本稿では単に「労働大臣」)の名前とり「ペニコー法」と通称される。
*15)提出時の法案はhttps://www.assemblee-nationale.fr/dyn/15/textes/l15b0904_projet-loi.pdf。その後、議会修正を経て、2018年8月に成立、9月に公布された法律はhttps://www.assemblee-nationale.fr/dyn/15/textes/l15b0904_projet-loi.pdf
*16)本文に出てきたように、その後時代は下り、2018年のペニコー法によって、政府は労使交渉に先立って交渉事項を画する「枠組み文書」を労使代表に送付できることとなる。また、同法によって労働協約を政府として承認する権限は労働大臣から首相に移管された。
*17)現行の第五共和制憲法の下ではイ)憲法改正案を採決するため、ロ)大統領の宣言を聞くため、ハ)EUへの新たな加盟国を承認するためという三つの目的に限り開催できることとされている特殊なセッションであり、2018年7月はロ)の名目で開催された。
*18)https://www.elysee.fr/emmanuel-macron/2018/07/12/discours-du-president-de-la-republique-devant-le-parlement-reuni-en-congres-a-versailles
*19)関係者への筆者取材による。
*20)https://www.lesechos.fr/economie-france/social/la-taxation-des-contrats-courts-empoisonne-la-majorite-133735
*21)のちにフィリップ首相が2019年6月18日に会見において、新規採用の70%が一か月未満の短期雇用であり、そうした一か月未満の短期雇用の85%は同一の雇用主の下で行われている、と述べている。https://www.gouvernement.fr/partage/11057-presentation-de-la-reforme-de-l-assurance-chomage
*22)受給資格の再充填の制度は、求職者の経路を安全にしつつ就労への復帰をインセンティブ付けすることを目的として2014年に導入された制度。例えば18か月間の受給資格期間を得ていた失業者が、手当受給開始6か月後から、5か月の短期就労を実施すると、残余の受給資格期間12か月に5か月が「再充填」され合計17か月となる制度。https://www.unedic.org/sites/default/files/2019-10/Etude%20Droits%20rechargeables.pdf
*23)失業保険制度の改正を労使代表が交渉する際の助言、労使合意が成立した際の合意内容の規程化、失業保険財政の管理、求職者への制度解説等のサービス提供などを任務とする。経営者側代表25名、労働組合側代表25名ずつからなる意思決定ボード、うち10名ずつからなる事務局など労使同数からなる自治的な機関で構成される(議長1名は労使持ち回り)。フランスの失業保険制度が労使自治のものとして発足していること反映した形となっていると言えよう。直訳すると「全国商工業雇用連合」だが、その機能に着目をして、本稿では「失業保険管理機構(Unédic)」と表記する。
*24)https://www.unedic.org/sites/default/files/2018-06/Perspectives%20financie%CC%80res%20de%20l%27Assurance%20cho%CC%82mage%202018-2021%20-%20Une%CC%81dic%20-%20juin%202018.pdf
*25)関係者への筆者取材による。
*26)https://www.lesechos.fr/economie-france/social/la-taxation-des-contrats-courts-empoisonne-la-majorite-133735
*27)https://www.20minutes.fr/economie/2327199-20180829-assurance-chomage-syndicats-matignon-mercredi-plancher-reforme
*28)https://www.liberation.fr/france/2018/07/13/le-gouvernement-veut-encore-s-attaquer-a-l-assurance-chomage_1666104/
*29)https://www.gestionsociale.fr/afp/assurance-chomage-le-detail-du-document-de-cadrage/
*30)https://www.lemonde.fr/politique/article/2019/02/22/macron-critique-les-partenaires-sociaux-apres-l-echec-des-negociations-sur-l-assurance-chomage_5426779_823448.html
*31)https://www.lesechos.fr/economie-france/social/assurance-chomage-le-patron-du-medef-repond-aux-critiques-de-macron-993583
*32)https://www.lesechos.fr/economie-france/social/echec-de-la-negociation-chomage-les-syndicats-repliquent-a-macron-993371
*33)https://www.gouvernement.fr/sites/default/files/document/document/2019/02/conference_de_presse_de_m._edouard_philippe_premier_ministre_et_de_mme_muriel_penicaud_ministre_du_travail_sur_lassurance_chomage_-_26.02.2019.pdf
*34)https://travail-emploi.gouv.fr/actualites/presse/discours/article/discours-reforme-de-l-assurance-chomage