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巻頭言:心臓外科手術の変遷を通じて思うこと

順天堂大学医学部心臓血管外科特任教授 天野  篤

心臓外科手術が安全に行われるようになったきっかけの1つとして極めて重要なのが人工心肺装置の臨床応用です。昨今では新型コロナウイルス感染症による重症肺炎治療の切り札として報道などでも使われるECMO(エクモ=体外循環型膜型肺の略)もその一つであり、人工心肺と心臓を停止させると同時に心筋の代謝を抑制する効果を持つ心筋保護液の組み合わせを用いることで通常は血液が充満する心臓内部ですが、切開して患部の治療が的確に行うことが可能になりました。この方法が国内でも安全に施行されるようになったのが約50年前ですが、その後に手術を受けられて健康回復したものの人工弁などの経年的な劣化や新規の疾患で再手術に来られる患者さんと出会います。現代では心臓手術前にまるで実物の外観を見るようなCT・MRIに加えて心臓内部が立体的に観察可能な心臓超音波検査など血流分布や構造の異常を当たり前のように診断可能ですが、当時は正確な診断に苦労したのだろうと思いを巡らせます。しかし、患者さんに尋ねると検査は記憶にないようで、次には「手術前はあんなに苦しかったのが術後は普通の生活が出来るようになった。」と自覚症状から手術になっていたことを知らされます。
今は当時と違って心臓疾患を疑えば自覚症状がなくても診察からすぐに高度な検査に移り、そのほとんどは外来で行うことが可能になったので、患者さんの心臓がそこからどのように変化するかとか、加齢による病気の進行やその後の治療法などを具体的に説明するのも容易です。最近では一部の心臓疾患で自覚症状ではなく検査結果の重症度によって、多くのエビデンスから心臓手術が推奨される疾患も明らかになり、症状の乏しい患者さんへの手術説明に苦慮する場合も経験しています。しかし、心臓疾患の場合には症状の進行途中で突然死という不測の状況や重症化してから受ける医療の身体的苦痛や制限また手術後早期死亡など患者さんの不利益も多いことがコホート研究からも知られていて手術のタイミングは以前より早まってきました。一方で医療特に外科治療において全ての関係者がもっとも苦痛を受けるのが「合併症」です。合併症は同時に患者さんの治療における安全を損なうことにつながります。医学の進歩は合併症の防止や低減のために患者さんへの負担を減らす「低侵襲化」を確立してきました。「内視鏡手術」や「血管内治療」、「小切開手術」、「ロボット支援手術」などが知られていますが、これらはほとんどが専用機器や単回使用手術材料などの関係で高額化します。つまり、低侵襲化治療は多くの医療費投入が必須ということになります。患者さんの安全を守る「医療安全」の考え方に基づけば、安全と苦痛の低減を経費で賄うということになるでしょうか。約50年の時を経て得られた医療機器の進化は「医療経済」と天秤にかけて語られますが、「地球より重い」と言われた命を救うためにはこだわりや躊躇を捨てて、積極的に安全を守るための機材投入すなわち医療費の投入を行うことが重要なのだと考えます。しかしこれとて高齢者への高額医療投入は社会問題につながることから治療前の検討がさらに重要と考え「チーム医療」のプレゼンスはより一層高まっています。
現在のコロナ禍にあえぐ国民に向けても命に関わる生活支援については同じようなことが言えるのではないかと考える次第です。