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シリーズ 日本経済を考える117

スワップション入門(モデル編)―ノーマル(ブラック)・モデルおよびSABRモデルについて―
東京大学 公共政策大学院/財務総合政策研究所 服部  孝洋*1

1.はじめに
 服部(2021)では実務的な側面に焦点をあてて、スワップションの基本的な内容の説明を行いました。同論文ではスワップションから算出したインプライド・ボラティリティ(Implied Volatility, IV)が様々な形で金融市場で用いられていると言及しましたが、読者がBloombergなどでスワップションのIVのデータを取得する場合、モデルを選択しなければなりません。マーケットで用いられるモデルはブラック・モデルとノーマル・モデルであり、モデルの選択によって算出されるIVの値や動きは異なります。そのため、IVを用いる実務家はそれらの違いやその関係がどのようなものであるかを把握しておくべきです。また、スワップションのデータを用いてスマイル・カーブを描く場合、そのカーブの補間のためにも特定のモデルを選択する必要があります。本稿では実務で最も広く用いられているSABR(「セーバー」と読みます)と呼ばれるモデルについて解説を行います。
 本稿は初学者を想定読者としたうえで、実務上、必要な部分に絞り、できる限り直観的な説明を試みます。その一方、スワップションで用いられるモデルの説明をするため、最低限押さえるべき数式を紹介します。数式の導出や厳密な議論については適時文献を紹介することで補足します。

2.ブラック・モデルとノーマル・モデルとは
2.1 正規分布と対数正規分布
 服部(2020a)でブラック・モデル(ブラック76モデル)の説明をしました。ブラック・モデルとは通常のブラック・ショールズ・モデルにおける原資産を先物に適用したモデルでした。このモデルの特徴は先物のリターンが正規分布に従うことを前提としますが、このことは先物価格が対数正規分布に従うことを意味します。図1(対数正規分布と正規分布)は正規分布と対数正規分布を比較した図になりますが、この図からわかるとおり、対数正規分布はマイナスの値をとらないという特性を有します。先物の価格はゼロ以下にはなりませんから、これは望ましい性質といえます。実際、国債先物のIVでは服部(2020a)で指摘したとおり、ブラック・モデルが用いられています。
 原資産のリターンが正規分布に従う場合、原資産の価格が対数正規分布に従う点はファイナンスのテキストで丁寧に説明されるポイントです。数式での展開は、例えばハル(2016)などを参照していただきたいのですが、直感的には、リターンに対して正規分布を仮定している場合、価格に注目すると、価格が2倍になる確率と価格が1/2倍になる確率は同じになります。同様に、価格が3倍になる確率と価格1/3倍になる確率は同じになります。このイメージを持てば、リターンに正規分布を想定すると、価格の上昇に対して、価格の下落は小さくなり、図1の右図のように、価格についての分布が非対称になることや価格そのものがマイナスになることはないイメージを持つことができます*2。
 スワップションは原資産が金利スワップのオプションですから、ブラック・モデルを用いてIVを計算する場合、具体的にはスワップ・レート(厳密にはそのフォワード・レート)*3のリターン(変化率)が正規分布に従うことを想定します。すなわち、ブラック・モデルに基づいた場合、スワップ・レートは対数正規分布に従うことを意味しますから、スワップ・レート(フォワード・レート)そのものはマイナスにならないという想定がなされます。これは名目金利がマイナスにならないことを想定すれば良い性質といえます。
 名目金利はマイナスにならないと想定されていたため、スワップ・レートが対数正規分布に従うという仮定は良い性質とされてきました。実際、金利がマイナスになりうるモデルは、2010年以前のテキストでは、そのモデルの有する欠点として説明されることが少なくありません*4。実務的にも、マイナス金利以前は、スワップションのIVを計算するときのデフォルトのモデルはブラック・モデルに基づくものでした。もっとも、現在のように金利がマイナスになった世界では、スワップ・レートが対数正規分布に従うモデルを用いることができないわけです。筆者自身が経験したことですが、マイナス金利を経験する2010年中盤以前は、スワップションでもブラック・モデルが用いられていることがほとんどでした。金利がマイナスに突入するなかで、ブラック・モデルのIVをBloombergなどのベンダーが提供しなくなり、スワップ・レートが正規分布に従うノーマル・モデルが普及されていくことになりました。
2.2 数式を用いたモデルの概要
 ここから、数式を用いてモデルを整理していきます。ブラック・モデルでは、スワップ・レート(厳密には金利スワップのフォワード・レート)をFtとして、下記のようなモデル化がなされます。
 dFt/Ft=σBdWt⇔dFt=σBFtdWt…(1)
 ここで、dWtはウィーナー過程であり、正規分布に従う動きというイメージをもってください(ウィーナー過程の厳密な説明はハル(2016)などファイナンスのテキストを参照してください)。(1)は直感的には、(微小時間における)スワップ・レート(厳密には金利スワップのフォワード・レート)の変化率(dFt/Ft)が正規分布に従うことを意味しています。ここにおけるσBがしばしば、ブラック・ボルといわれますが、スワップ・レートの変化率が正規分布に従うことは前述のとおり、スワップ・レート(金利水準)が対数正規分布に従うことを想定していることから、ログノーマル・ボルと呼ばれることも少なくありません。
 一方、スワップ・レートそのものが(対数正規分布でなく)正規分布に従うモデルをノーマル・モデルといいます。具体的には、下記のようなモデルを想定します。
 ここでいうσNがノーマル・ボルです。このようなモデル化をすると、(微小時間における)スワップ・レートそのものが正規分布に従います。前述のとおり、リターン(変化率)に正規分布を仮定すると、価格は対数正規分布になります。リターンに対して正規分布を仮定している以上、価格が2倍になる確率と1/2倍になる確率は同じになるわけですが、金利の変化が正規分布に従うと想定すれば、金利が上がる場合も下がる場合も等確率で起こるため、金利水準そのものも左右バランスの取れた分布(正規分布)に従います。
 このモデルは古くは、1900年にルイ・バシュリエが提唱していたことから、ノーマル・モデルはバシュリエ・モデル*5といわれることもあります。バシュリエは1900年の論文が半世紀後、奇跡的な経緯を経て、経済学者ポール・サミュエルソンによって見いだされ、効率的市場仮説などファイナンスに対し多大な貢献をしました*6。バシュリエの論文は近年になりマイナス金利が観察されるようになり、そのモデルが復興したとの意見もあります。
2.3 ノーマル・モデルとブラック・モデルを用いてIVを算出するとはどういうことを意味するか
 式(1)と式(2)でノーマル・モデルとブラック・モデルを説明されても初学者はその具体的なイメージがわきにくいかもしれません。詳細は後述しますが、式(1)と式(2)という形でスワップ・レートの動きをモデル化することで、(ヨーロピアン・タイプの)スワップションのプレミアムをそれぞれ解析的に書き下すことができます。もちろん、前提となる金利の動きについて異なるモデル化がなされていますから、解析的に導出されたスワップションの価格式(オプションの公式)は、式(1)と式(2)のどちらに立脚するかで異なります(スワップションの公式は3.2節で説明します)。服部(2020a)で説明したとおり、市場で取引されるプレミアムや満期などの情報が得られれば、(解析的に導出した)オプションの公式に立脚してボラティリティ(IV)を逆算できますが、同じオプション・プレミアムや満期などを入力しても、オプションの公式そのものが異なるがゆえ、異なるIVの値が得られるわけです。
 服部(2021)でも記載しましたが、実際の取引では、例えばATMFの1 month into 10 yearの円金利スワップションを購入するために〇銭というプレミアムを業者に支払っているだけです。このプレミアムは、いわばスワップションの供給者と需要者の需給で決まっているといえます。このプレミアムを解析的に解かれたオプションの公式に当てはめてIVを計算するとは、投資家がある金利モデル(具体的には式(1)および式(2))が仮に正しいと想定した場合、あるプレミアムでスワップションを購入した投資家がその背後で想定しているボラティリティがどのようなものかを解釈していることを意味します。このように考えると、その解釈として出てきたボラティリティがもっともらしいかは、そのモデルが前提としている仮定が現実に合っているかに依存します(もっとも、実務的には、オプションの公式を用いてIVを算出する場合、オプションのプレミアムからボラティリティへの変換式としての実用性がフォーカスされる傾向がある点に留意が必要です)。
2.4 シフティッド・ログノーマル・モデル
 前述のとおり、ノーマル・モデルが普及し始めた背景には、金利がマイナスになったことが原因です。もっとも、ここでの主眼はモデルに基づいてオプションのプレミアムをボラティリティ(IV)として解釈したいという点です。その意味では、関心事は金利の水準ではなく、金利がどの程度変化するか、という点ということもできましょう。そのため、ブラック・モデルに対して、金利と権利行使価格を両方とも一定程度シフトさせて、金利が正になるように調整したうえで、オプションのプレミアムからボラティリティを解釈するというアイデアもありえます。具体的には、(1)のモデルをdFt=σB(Ft+shift)dWtという形で、スワップ・レート(F)にshiftを足すことでシフトさせます。これはログノーマル・モデル(ブラック・モデル)をシフトさせていることから、シフティッド・ログノーマル・モデルと呼ばれます。
 実際、シフティッド・ログノーマル・モデルは実務で広く用いられています。その一因として、長年ブラック・モデルが用いられていたため、システム対応が簡単である点が挙げられます。一方、シフティッド・ログノーマル・モデルを使う最大の問題はどの程度シフトさせるかでしょう。理屈上はフォワード・レートがプラスになるようにシフトさればよいわけですが、マイナス金利の深さはその時々で変わります。どの程度シフトされるかは商慣行によるところが多く、例えば、Bloombergでは2%がデフォルトで用いられる傾向にあります。櫻井(2016)では「現在ヨーロッパでは1%のシフトが一般化されつつあると聞くが、マイナス金利状態が続けば、何らかのシフト幅が市場のコンセンサスになると考えられる」(p.534)とコメントしています。円金利について筆者の実感では1%や2%などといった区切りの良い数値が用いられているという印象です。
 ノーマル・モデルを使うことにデメリットを感じる実務家がいる背景には、より一層システム対応が必要になる点に加え、同モデルでは金利が上下に起こる確率が同程度という想定している点にあります。金利がマイナスである中、金利がプラスに向かう確率とさらにマイナスが深堀される確率が同じであると想定するのは非現実とみることもできるかもしれません。このように思うのであれば、スワップ・レートが対数正規分布に従うことを想定するシフティッド・ログノーマル・モデルを用いることが現実的ともいえます。いずれにせよ、実務では、両方ともメリットがあることから両方とも併用されているということが現状です。
 ちなみに、筆者の実感ではノーマル・ボルに比べ、シフティッド・ログノーマル・モデルのIVはデータの取得が困難という印象があります*7。それもあり、学者や実務家がIVを使った分析をする場合、ノーマル・モデルを使うケースが多い印象です。

3.スワップションの公式
3.1 データでみるノーマル・ボルとブラック・ボルの違い
 ここからスワップションの公式(ノーマル・モデルやブラック・モデルを前提に解析的に解かれたオプションの価格式)およびIV算出のイメージを説明しますが、まずは実際のノーマル・ボルとブラック・ボルがどのような値をとるかをみてみます。図2(10年金利スワップのスワップション(満期1か月)におけるIVの推移)が10年のスワップション(満期1か月)から算出したノーマル・ボルとブラック・ボルの推移を示しています*8。これをみると、まず、値そのものはかなり違うことがわかります。また、全体的に似た動きをしているものの必ずしも相関しない期間も少なくないことが確認できます。
 実務家は、ブラック・ボルとノーマル・ボルの違いを、下記の近似式で概ね把握しています。
 σN≈F×σB…(3)
 この式を前提とすると、両者の動きに違いが生まれる理由は、ノーマル・ボルの場合、フォワード・レートの動きが加わるからと解釈できます。例えばブラック・ボルが上昇していても、金利低下が進む局面ではノーマル・ボルはむしろ低下するということが起こりえます。
 式(3)の近似式が成立しているかについて数値例を確認しておきます。例えば、2013年3月末の10年スワップション(満期1か月)のブラック・ボルは0.398%であり、ノーマル・ボルは0.570%でした*9。その時の10年金利スワップは0.67%であり、(少々大雑把ですが満期が短いことからフォワード・レートが現在のスポットレートと変わらないことを想定すると)0.67×0.570(ニアリーイコール)0.398%という形で近似的な関係が確認できます。
 ちなみに、式(1)と(2)を眺めると、式(3)が成立しそうであることが想像されますが、式(3)はあくまで近似式である点に注意が必要です。この式そのものはCorb(2012)などファイナンスのテキストでも良く紹介される近似式であり、実務でも広く用いられています。ノーマル・ボルとブラック・ボルの関係式について正確な導出はテクニカルであるため省略しますが、導出を知りたい読者はDimitroff et al. (2016)などを参照してください*10。
3.2 ノーマルおよびブラック・モデルにおけるオプションの公式(価格式)
 IVとはモデルを使ってボラティリティを解釈していると記載しましたが、ここではヨーロピアン・タイプのスワップションの公式(価格式)を紹介し、ノーマル・モデルとブラック・モデルに基づいたIVはどのように計算されているかを確認します。スワップションのプレミアムの公式は多くの書籍で紹介されていますが、その導出については大学院レベルのファイナンスの知識が必要になります。ここではその公式を紹介するとともに、IVの計算のイメージを掴むことを趣旨とします。スワップションの公式の導出を知りたい読者は例えばCorb(2012)や木島・藤原(2019)を参照してください。
 ここではペイヤーズ・スワップションを考えますが、通常の株価や先物を原資産にする場合との違いは、スワップションの権利行使した場合、金利スワップを一定期間にわたり受ける・払うというポジションが生まれるため、行使したあと複数のキャッシュ・フローが生まれる点です。例えば、10年のペイヤーズ・スワップションを行使した場合、10年金利スワップを払うというポジションが生まれるため、向こう10年間にわたり、利払い日ごとに変動金利(無担保コール翌日物金利(TONA)*11やLIBOR)を受け取る一方、固定金利(権利行使価格)を払うというポジションが生まれます。そのため、これらのキャッシュ・フローを割り引くという作業が必要になります。
 ここでは結論だけ述べますが、ノーマル・モデルに基づくと(式(2)に基づくと)、ペイヤーズ・スワップションのプレミアム(価格)は下記になります(下記の式がノーマル・モデルに基づくスワップションの公式になります)*12。
 [数式]…(4)
 ここでdおよびAは下記の通りです(Nは標準正規分布の累積密度関数です)。
 [数式]
 ここで、Payersnormalはスワップションのプレミアム、Fはフォワード・レート、DFはディスカウント・ファクター、Kは権利行使価格、Tは満期、nは原資産である金利スワップの年限です。これらはマーケットで観察することができる値です。例えば、行使価格が1%の1 year into 10 yearのペイヤーズ・スワップションが市場で取引されていた場合、行使価格は1%、満期は1になりますし、プレミアムやフォワード・レート、ディスカウント・ファクターはその時のマーケットで観測できます。そのため、IVを算出する場合、オプションのプレミアムを式(4)の左辺に入れる一方、その他の情報を右辺にいれます。そのうえで、この式が成立するようなσNを数値的に計算します。この値がノーマル・モデルに基づいたIV(ノーマル・ボル)です。なお、式(4)においてAが掛けられている理由は、スワップションが行使された場合、n年スワップを払うというポジションが生まれるため、n年間キャッシュ・フローが発生し、その時点時点のキャッシュ・フローを割り引いているためです。
 一方、ブラック・モデルに基づくと(式(1)に基づくと)、ペイヤーズ・スワップションのプレミアムは下記の通りになります(下記の式がブラック・モデルに基づくスワップションの公式になります)。
 PayersBlack=A[FN(d1)-KN(d2)]…(5)
 ここでd1とd2は下記の通りになります。
 [数式]
 ここで注意すべき点は、前述のとおり、ブラック・モデルでは金利がマイナスになると算出できなくなる点です。金利がマイナス(F)になった場合、マイナスの値に対数をとることができないため、ln(F/K)の部分が計算できなくなります。なお、上記はスワップションのブラック・モデルですが、国債先物オプションの場合はA=e-rTのケースに相当します(国債先物オプションにおけるブラック・モデルについては服部(2020a)を参照してください)。
 ここで式の定義上、PayersBlackおよびPayersnormalと書きましたが、前述のとおり、スワップションのプレミアムは1つですし、権利行使価格なども同じ値になります。ノーマル・ボル(σN)とブラック・ボル(σB)の値や動きが異なる理由は、金利の動きに対する想定が異なるためであり、その結果、オプションの公式である(4)あるいは(5)が異なるためです。その意味で、ノーマル・ボル(σN)とブラック・ボル(σB)とは、オプションのプレミアムなどの情報から金利モデルを(1)あるいは(2)という想定に基づきボラティリティを解釈しているとみることができます。
 ちなみに、特定のモデルに基づかないIVも開発されており、これはモデル・フリー・インプライド・ボラティリティと呼ばれます。具体的にはVIXなどでこの考え方は用いられていますが、詳細は服部(2020a)を参照してください。日本国債については日本国債VIXが存在しますが、この場合、国債先物オプションに基づき計算されるため、7年金利の変動を捉えています。米国ではスワップションのデータを用いたモデル・フリー・インプライド・ボラティリティも開発されています*13。

4.SABRモデル
4.1 スマイルカーブの補間のデフォルトのツール
 オプションが有する重要な問題としてボラティリティ・スマイルがありますが、スワップションにももちろんスマイルは存在します。スマイルカーブの詳細は服部(2020a)を参照していただきたいですが、スマイルカーブとは、イールドカーブのように、縦軸にIV、横軸に権利行使価格をとることで、IVと権利行使価格の関係を図示することでIVと権利行使価格の関係を直感的に捉えるものでした。スマイルカーブを描く上で、マーケットでクオートされるデータを用いるわけですが、すべての権利行使価格のオプションの価格が市場で見れるわけではないため、スマイルカーブを描くためには、カーブの補間が必要です。スワップションのIVのカーブを補間する際、業界における汎用的なツールとしてSABRと呼ばれるモデルが用いられています。例えば、Bloombergでもスマイルカーブを補間するツールとしてSABRがデフォルトの設定とされていますし、IHS Markit(マークイット)社が提供するデータでもSABRモデルが用いられています*14。そのため、スワップションに係る分析を始める場合、SABRモデルは実務家が必ず目にするモデルといえます。
 筆者の意見では、スワップションのIVの補間においてSARBモデルが用いられる理由は、2点あります。1点目はHagan et al. (2002)がIVを近似的に求める式を導出したためです。実務で使う場合は、計算にかかる時間が非常に重要になるのですが、Hagan et al. (2002)のモデルでは近似式(これをハーガン近似といいます)があるため、計算負荷が小さく、素早く計算できます(近似式はBOX 1を参照してください)。また、これに付随して、市場慣行として活用されているブラック・モデルとの関係性が明瞭である点も指摘できます(Hagan et al. (2002)では、ブラック・ボルとSARBモデルの関係が明示されています)。2点目は、解析的に求められる性質に加え、その他のモデル(例えばCEV(Constant Elasticity of Variance)モデル)に比べ、新たなパラメータが加わっているため、実際の値に対してフィットが高まるためです。
 そもそも補間するうえでなぜモデルが必要なのかという疑問を持たれる読者がいるかもしれません。たしかにマーケットで見えるIVを直線(線形)でつなぐというアイデアもあり、Bloombergなどではそのような補間を選択することも可能です。イールドカーブを補間する際も、全く同じ問題があり、素朴に線形につなぐ方法もあればスプライン関数などを用いて補間するという方法があります*15。素朴に直線で補間するのに対して、明示的なモデルを用いるメリットは、カーブのフィットを高めることや明らかな裁定機会を生む補間*16を避けること等であり、実務的にもモデルを用いた補間が普及しています。
4.2 SABRモデルは確率的ボラティリティ・モデル
 SABRモデルの特徴は、ボラティリティが確率に依存する点です。債券市場の実務では、通常、ボラティリティは確率的ではなく、確定的(非確率的)な変数とされます。もっとも、ボラティリティが確率的なふるまいをするモデルも開発されており、これを確率的ボラティリティ(Stochastic Volatility, SV)といいます。三菱東京UFJ銀行(2014)によれば、ボラティリティ・スマイルを表現するためには、(1)ボラティリティを時間以外の要素(現資産価格自身など)に依存した関数とする、(2)ボラティリティに確率構造をいれる(原資産とは別のノイズをいれる)、(3)ジャンプ項など追加的な項を加える、という拡張を必要としています。SABRモデルは、スマイルを捉えるため、(2)の観点で拡張モデルと解釈できます。実はSVは学術研究においてモデルの開発や推定方法などかなり活発に研究が進められていますが、SABRモデルは、SVが金融実務で活用されている一例といえます*17。
 どのようにボラティリティに確率構造が入っているかをみるため、ここからSABRモデルを具体的に見てみましょう。SABRモデルでは下記のようなモデル化を行います。
 dF=αFβdW1
 dα=vαdW2
 dW1dW2=pdt
 dF=αFβdW1をみると、αFβがウィーナー過程であるdW1にかけられており、これがフォワード・レートの変動を規定します。もっとも、αの動きは、dα=vαdW2という形で別のウィーナー過程(dW2)に依存しますから、ボラティリティが確率的に動くことがわかります(ここでは再びウィーナー過程の動きは正規分布に従うイメージを思い出してください)。ここでαをσという形で通常のボラティリティを示すパラメータで記載したほうがわかりやすいと筆者は感じるのですが*18、SABRモデルでは、S「A」BRがAlphaを意味するため、このモデルを紹介する場合、ボラティリティをαで表現することが通例です(本稿もそれに倣っています*19)。SABRモデルと呼ばれている所以は、このモデルが確率的に従っていることに加え、α,β,ρに基づくモデルであるからです(SABRはStochastic Alpha-Beta-Rho modelの頭文字をとっています)。
 各パラメータについてはノーマル(ブラック)・モデルやスマイルカーブの形状などの観点で解釈することができます。例えば、β=0の場合、dF=αdW1ですから、上記の式は(2)というノーマル・モデルになります。また、β=1では、dF=αFdW1ですから、ブラック・モデルになります。そのため、βが1から0へ行くにつれてブラック・モデルからノーマル・モデルのような性質へシフトしていくと解釈できます。
 SABRモデルを説明したファイナンスのテキストでは各パラメータをどのように解釈できるかの解説がなされます。もっとも、実務的には一部のクオンツやトレーダーを除き、推定されたパラメータを考えることは少ないという印象です。例えば、(執筆時点では)Bloombergでも推定したパラメータの値はユーザーに公表されていません。そのため、パラメータの最低限の解釈についてBOX 2で説明していますが、詳細を知りたい人はRebonato et al. (2009)やCrispoldi et al.(2015)などを参照していただければ幸いです。
4.3 キャリブレーションおよびデータ
 ここからどのようにSABRモデルを推定するかを考えていきますが、ファイナンスにおいて実際のデータにパラメータを合わせることをキャリブレーション*20といいます。例えば、ある行使価格kのオプションがマーケットで取引されているとします。その行使価格kのブラック・ボルをσBMRK(k)とします。一方、ハーゲン近似を用いれば、ブラック・ボルはSABRモデルのパラメータ(α,β,v,ρ)及びその他のインプット(フォワード・レート)が定まれば算出できます(詳細はBOX 1を参照)。そこで、ここでは、パラメータおよびフォワード・レート与えた際の行使価格kのブラック・ボルをσB(k,F;α,β,v,ρ)とします(α,β,ν,ρがキャリブレートされるパラメータです)。
 上記を前提とすると、実際にマーケットで取引されるスワップションの行使価格は様々ですから、その行使価格ごとに、両者の差をとり、その二乗の合計、すなわち、
 [数式]…(6)
を計算することができます。キャリブレーションでは上式を最小化するようにパラメータ(α,β,v,ρ)を計算します。これがSABRモデルにおけるキャリブレーションのイメージです。例えば、ブルームバーグのツールであるVolatility Cubeでは、β=0.5としたうえで、ATMの値を完全に一致させるという制約を課したうえで、マーケットで取引される値と最も誤差が小さくなるようにパラメータをキャリブレートしています。
 IVの値はBloombergなどのベンダーが提供する値を用いることが少なくありませんが、金融機関もレポートなどを通じてデータを提供しています。もっとも、スワップション市場の場合、国債などと比べて、市場価格のデータを得ることが困難である点が特徴です。スワップション市場のイメージは、各証券会社にスワップションのマーケット・メイクを担当するトレーダーがおり、その間をつなぐブローカーがいます。スワップションの場合、国債のような頻度で売買がなされているというわけではありませんし(スワップションの場合、流動性が問題になりえる点については服部(2021)で議論しました)、そもそも常に売買があるとは限らないOTC市場(店頭市場)においてフェアな価格を得ること自体は非常に難しいことです(この点は次回の論文で少し丁寧に説明します)。Bloombergなどのベンダーが提供するIVにおいては、証券会社などマーケット・メイカーを繋ぐブローカーが板を出しているため、そこで観察できる気配値(インディケーション)であるプレミアム(ないしそれをボラティリティに変換したIV)を、式(6)でいうところの市場価格(σBMRK(k))として用いることになります。そのうえで、SABRモデルのパラメータを前述のような形でキャリブレートすることで、直接観察することができないIVを補間し、スマイルカーブを描きます。
 ちなみに、債券などのデータを提供するマークイット社もスワップションのデータを提供しています*21。マークイット社の強みは、Totemと呼ばれるIPV*22支援サービスなど幅広い市場データに基づいている点です。その意味では、データのカバレッジが広いことに加え、データの取得先が透明であるという利点を有しています。マークイット社はSABRモデルをキャリブレートしたうえで、様々なIVの時系列データを提供しています。具体的には、SABRモデルなどをベースに各スワップションのIVなどを提供しており、例えば、10年のOISを原資産とするスワップションについて、ATMだけでなく、50bpsアウト・オブ・ザ・マネーのIVの時系列データなどを提供しています。
4.4 ボラティリティ・サーフィス(キューブ)
 服部(2020a)では行使価格とIVの関係の理解を深めるために、イールドカーブのように、横軸に行使価格、縦軸にIVをとることで図表化することを議論しました。服部(2020a)では、IVはATM周辺で値が小さく、アウト・オブ・ザ・マネーにいくにつれIVがあがることから、IVを縦軸、行使価格を横軸として描いたカーブはスマイルのような形になると説明をしました。服部(2021)で説明したとおり、国債先物オプションに比べ、スワップションの場合は、7年以外の年限が取引されていることに加え、1年を超える満期のデータも取得できることから、単なる2次元のカーブではなく、3次元を表現したボラティリティ・サーフィスを描くことができます。
 例えば、図3(ボラティリティ・サーフィスのイメージ)はBlombergで算出された円金利スワップションで算出されたボラティリティ・サーフィスです。図3 ボラティリティ・サーフィスのイメージでは、縦にIV、横に行使価格(ストライク)、奥行きにオプションの満期(満期日)をとっていますが、この図をみるとOTMにいくにつれてIVが上がっており、スマイルカーブが確認できます。市場参加者はこのようにサーフィスを図示して投資家がどのような期待形成をしているかを確認しています。さらに、スワップションの場合、IV、満期、行使価格に加え、年限も考えられますから、いわば4次元を考えることが可能であり、これをボラティリティ・キューブといいます。
4.5 シフティッドSABRモデル
 SABRモデルについてもマイナス金利が許容されてないという問題点があります(SABRモデルにおけるFβは、Fがマイナスである場合、実数に収まるとは限らないので、マイナス金利は許与されていません*23)。2節ではシフティッド・ログノーマル・モデルを紹介しましたが、SABRモデルについてもシフティッドSABRが実務では広く用いられています。シフティッド・ブラック・モデルでは金利がマイナスであるとモデルが使えなくなるため、金利をシフトさせてボラティリティを評価するという方法でしたが、シフティッドSABRモデルも同じ発想です。具体的には、
 dF=α(F+shift)βdW1
   dα=ναdW2
   dW1dW2=pdt
という形でshiftをいれることで原資産であるスワップ・レートをシフトさせます。例えばBloombergのツールでもマイナス金利下でのスマイルカーブの補間においては、Shifted SABRが用いられています(Shifted SABRにおけるハーゲン近似についてもshift項が入ることで調整がなされますが詳細はCrispoldi et al. (2015)などを参照してください)。
 なお、これについても前述のとおり、どの程度シフトされるかは定める必要があります。例えば、Bloombergが提供するVolatility Cubというファンクションでは200bpsとデフォルト設定がなされています。SABRについてもマイナス金利を許容する様々なモデルが開発されているため、詳細はAntonov et al. (2019)などを参照してください。

BOX1:ハーガン近似について
 ハーガン近似は下記の通りです。ここでのポイントは、SARBのパラメータ(α,β,ρ,ν)を与え、マーケットで得られるフォワード・レート(F)を用いれば、行使価格(K)に対して、ブラック・ボルが決まる点です。数式の導出に関心がある人は原論文であるHagen et al. (2002)を参考にしてください。
[数式]
 ここでzとχ(z)のように定義されています。
[数式]

BOX2:SABRモデルにおける各パラメータの解釈
 本稿で説明したとおり、ファイナンスのテキストでは、SABRモデルにおける各パラメータをどのように解釈したらよいかについて解説がなされますが、典型的にはパラメータを変えた場合、スマイルカーブがどのように変化するかを見せることで解説します。以下では簡易的に各パラメータの解釈について説明します。
アルファ(α)の解釈
 αはそもそもボラティリティを示していましたが、確率ボラティリティの初期値(t=0時点の値)になります。これは、スマイルカーブの水準を動かす(パラレルにシフトさせる)パラメータです。
ベータ(β)の解釈
 βはスマイルの傾きを捉えるパラメータです。βは0から1の値をとりますが、1から0になるにつれてスマイルの傾きが急になります。市場慣行ではβは0.5とされる傾向があります*24。本文でも説明しましたが、BloombergのVolatility Cubeというツールでもβ=0.5と設定されています。Crispoldi et al. (2015)では実際にキャリブレートした場合、0.3~0.5程度の値をとる、としています。
ニュー(ν)の解釈:ボル・オブ・ボル
 νはボラティリティ(α)にかかっているため、これはボラティリティの変動度合いを捉えるパラメータです。そのため、νは「ボラティリティのボラティリティ(ボル・オブ・ボル)」と呼ばれます。νの解釈は、スマイルの曲がり具合(曲率、curvature)を示し、νが小さくなるにつれ、スマイルカーブの曲がり具合が平らに近くなります。ν=0とした場合、dF=αFβdW1のみになりますが、この場合、CEVモデルといいます。これはdW1にαFβが掛けられているとみれば、ボラティリティが金利水準(F)に依存するモデルといえます。CEVとSABRの対応関係を考えると、SABRモデルはCEVモデルのボラティリティに確率を導入して拡張したと解釈できます。CEVモデルについてはBOX 3を参照してください。
ロー(ρ)の解釈
 ρはdW1とdW2の二つの確率的な動きの相関を定めるパラメータであり、-1から1の間の値をとります。Crispoldi et al. (2015)によれば、ρは多くの市場において負の値をとりますが、このことはフォワードレートの低下(上昇)とボラティリティの増加(低下)の関係があるということを意味します。ρはスキューに影響を与えるパラメータであり、ρのマイナスが大きいほどスマイルの傾きが急になるという効果をもたらします。

BOX3:ローカル・ボラティリティ・モデル
ファイナンスのテキストでは、SABRモデルの前にCEVモデルが紹介されます。CEVモデルは、Cox and Ross(1976)が提案したモデルですが、ブラック・ショールズ・モデルについて、スキューを表現するために拡張したモデルといえます。CEVモデルとはdF=σFβdWというモデルでしたが、具体的には、β<1(β>1)のとき、原資産の価格が下落(上昇)するとボラティリティが高くなり、左裾(右裾)が厚くて右裾(左裾)が薄い分布となり、スキュー表現することが可能できます。また、CEVモデルは解析解が存在しており、計算負荷が小さく、素早く計算できるというメリットも有しています*25。この観点では、SABRモデルは、CEVモデルのボラティリティに確率を導入することで、ボラティリティ・スマイルを表現しながら、フィットを上げることを企図した自然な拡張と解釈することができます。
数理ファイナンスのテキストでは、CEVモデルは「ローカル・ボラティリティ・モデル」と整理されます。ローカル・ボラティリティ・モデルとは、ボラティリティが時間と原資産価格の関数で表現されるモデルを指し、CEVモデルは最もシンプルなローカル・ボラティリティ・モデルと整理されます。もっとも、金融市場の実務家はローカル・ボラティリティ・モデルといった場合、Dupireの公式などノンパラメトリック(あるいはセミパラメトリック)にボラティリティの関数形を定めるモデルを想定する傾向にあります(CEVモデルはパラメトリックにボラティリティの関数形を定めるモデルといえます)。
本稿ではこれらの詳細は省きますが、ローカル・ボラティリティ・モデルは三菱東京UFJ銀行(2014)や櫻井(2016)などを参照してください。なお、ダーマン(2005)ではボラティリティ・スマイルに実務家として直面する中で、スマイルを表現するモデルを開発した体験が生々しく記載されています(ダーマンが開発したDerman and Kaniモデルもローカル・ボラティリティ・モデルとして著名なモデルです)。

5.終わりに
 本稿では、スワップションに係るモデルについて実務で必要となる知識を中心に説明をしました。モデルの詳細や発展的なモデルについては大学院レベルの数理ファイナンスの知識が必要になります。そのため、この分野の全体像やモデルの詳細を知りたい読者は、これを説明したテキストが膨大にあるため、関連文献(例えばRebonato et al. (2009)、Crispoldi et al. (2015)、Antonov et al.(2019)、三菱東京UFJ銀行(2014)、木島・藤原(2019)、竹原(2020)など)を参照してください。
 これまで二回にわたりスワップションについて説明しましたが、次回はLIBOR不正操作を発端とした金利指標改革について説明していきます。

※本文中記載のできない数式については、掲載を割愛させていただいております。

参考文献
[1].木島正明・藤原哉(2019)「リーマンショック後の金融工学」Credit Pricing Corp
[2].櫻井豊(2016)「数理ファイナンスの歴史」きんざい
[3].新原祐喜(2011)「確率局所ボラティリティ・モデルのもとでのヘッジ戦略:最尤経路を利用したバリア・オプションの静的ヘッジ」IMES Discussion Paper Series 2011-J-5
[4].竹原浩太(2020)「マイナス金利モデルについて―金利デリバティブの視点から―」『オペレーションズ・リサーチ』65(7),381-388.
[5].三菱東京UFJ銀行(2014)「デリバティブ取引のすべて~変貌する市場への対応~」きんざい
[6].エマニュエル・ダーマン(2005)「物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進」東洋経済新報社
[7].服部孝洋(2020a)「ボラティリティ・スマイルとスキュー―日本国債市場における正規分布から乖離した動きについて―」『ファイナンス』6月号、47-55.
[8].服部孝洋(2020b)「金利スワップ入門―基礎編―」『ファイナンス』8月号、56–65.
[9].服部孝洋(2021)「債券(金利)オプション入門-スワップションについて-」『ファイナンス』8月号、49-60.
[10].ジョン・ハル(2016)「フィナンシャルエンジニアリング〔第9版〕 ―デリバティブ取引とリスク管理の総体系」きんざい
[11].三宅裕樹・服部孝洋(2006)「イールド・カーブ推定の動向―日本における国債・準ソブリン債を中心に―」『ファイナンス』11月号、65-71.
[12].Antonov, A., Konikov, M., Spector, M. (2019)“Modern SABR Analytics:Formulas and Insights for Quants, Former Physicists and Mathematicians” Springer.
[13].Corb, H. (2012) “Interest Rate Swaps and Other Derivatives” Columbia Business School Publishing
[14].Cox, J., Ross, S. (1976) “The valuation of options for alternative stochastic processes” Journal of Financial Economics 3(1-2), 145-166.
[15].Crispoldi, C., Wigger, G., Larkin, P.(2015)“SABR and SABR LIBOR Market Models in Practice:With Examples Implemented in Python” Palgrave Macmillan.
[16].Dimitroff, G. Fries, C., Lichtner, M., Rodi, N. (2016) “Lognormal vs Normal Volatilities and Sensitivities in Practice” Working Paper.
[17].Hagan, P., Kumar, D., Lesniewski, A., Woodward, D. (2002) “Managing Smile Risk” Wilmott 84-108.
[18].Hagan, P.., Kumar, D., Lesniewski, A., Woodward, D. (2014) “Arbitrage-Free SABR” Wilmott 60-75.
[19].Rebonato, R., McKay, K., White, R. (2009) “The SABR/LIBOR Market Model:Pricing, Calibration and Hedging for Complex Interest-Rate Derivatives” Wiley.

*1)本稿の作成にあたって、石田良氏、内山朋規教授、中山季之氏、藤原哉氏など様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。
*2)厳密には対数収益率、すなわちlog(当日の終値/前日の終値)を指します。但し、収益率の絶対値が小さい場合、これは収益率((当日の終値-前日の終値)/前日の終値)とほぼ一致することが知られています。
*3)本稿ではわかりやすさを重視し、スワップ・レートとして説明しています。スワップションにおいて、原資産が金利スワップのフォワード・レートであり、それが正規分布や対数正規分布に従うという想定は初学者にとって直観的な理解が得にくい点です。例えば、1か月後に行使される10年スワップションの場合、1か月後のスワップ・レートが正規分布(対数正規分布)に従うという想定をしており、1か月後のスワップ・レートを現時点でみれば、スワップのフォワード・レートに相当します。
*4)ファイナンスのテキストでは、例えばVasicekモデルはマイナス金利になる可能性があり、その点を改善したものがCIR(Cox-Ingersoll-Ross)モデルと説明されます。ハル(2016)では「CIRモデルでは、金利がゼロに近づくとき、金利の動きは非常に小さくなる。いかなる場合でも負の金利が発生することはない。」(p.1119)と説明されています。
*5)学術的な研究ではバシュリエ・モデルと記載されることもありますが、筆者の印象では、実務的にはノーマル・モデルという表現が使われることがほとんどです。例えば、Bloombergなどのベンダーや金融機関のレポートなどでは基本的にはノーマル・モデルやノーマル・ボルという表現が使われます。そのため、本稿ではノーマル・モデルやノーマル・ボルという表現を使っています。
*6)この辺りの歴史的経緯を知りたい人は櫻井(2016)などを参照してください。
*7)データが仮に取得できても、どの程度シフトさせているかが明示されていないこともあります。
*8)ここでは、マイナス金利でない期間を見せています。マイナス金利になった期間については、ブラック・ボルは計算できなくなります。
*9)この値はBloombergの値を参照しています。
*10)Corb (2012)では、σN≈F×σLNより良い近似として下記の近似式が紹介されています。
*11)実務的にはTONAの複利を受け渡しますが、詳細は服部(2020b)を参照してください。
*12)書籍によっては標準正規分布をn(∙)として、
   という形で表現するケースもあります。
*13)シカゴ・オプション取引所(CBOE)は、米ドルスワップションに基づくCBOE Interest Rate Swap Volatility Index(ティッカーはSRVIX)を提供しています。このインデックスの詳細や具体的な計算方法はCBOEのウェブサイトに掲載されているFact SheetやWhite Paperを参照してください。
*14)Bloombergでは、線形補間やCEVモデルなど他の方法も選択できる仕様になっています。
*15)イールドカーブの補間は三宅・服部(2016)を参照してください。
*16)SABRについてはマイナス金利の環境などでも裁定が発生しないArbitrage-Free SABRが開発されています。詳細はHagan et al. (2014)などを参照してください。
*17)スワップションは本文で本稿が説明する通り、SABRモデルが良く使われますが、実務では、(1)、(2)あるいは(1)と(2)の併用(Stochastic Local Volatility Model, SLV モデル)が用いられることも少なくありません。SLV モデルの詳細は新原(2011)をご参照ください。
*18)αをσという形で通常のボラティリティのパラメータで表現することで、ノーマル・ボルやブラック・ボルとの関係が明瞭になります。また、CEVモデルではαに相当する部分を通常、σで表現しています。CEVモデルはBOX 3を参照してください。
*19)ボラティリティは通常、σで表すため、筆者は下記のように書くとわかりやすいと感じるのですが、SABRモデルにおいてこのように記載することはありません。
*20)余談ですが、マクロ経済学では、Calibrationを「カリブレーション」と訳しますが、ファイナンスでは「キャリブレーション」と和訳する傾向があります。ここではファイナンスの慣行に従っています。
*21)Bloombergにせよ、マークイット社にせよ、スワップションのIVのデータを用いる場合は、これらのベンダーと契約を結ばなければいけない点が特徴です。国債のような現物の場合、財務省や日本証券業界などは無償でデータを提供しています。
*22)IPVとは、Independent Price Verificationの略であり、金融商品のポジションの公正価値算定の検証プロセスを指します。
*23)正確には、β=0の場合、前述のとおり、ノーマル・モデルになるため、β=0の時のみマイナス金利でも活用できるといえます。
*24)例えば、ジョン・ハル教授も2016年に記載した“Interest Rate Models and Negative Rates”の中で“users generally select a value for β as β=0.5”と記載しています。Rebonoto et al. (2009)ではβ=0.5としている理由としてその他のパラメータを安定化させるために市場参加者が工夫している慣習に近いものであり、「the choice of β=0.5 has more of a ‘sociological’ or game-theoretical explanation (self-reinforcing coordination of traders’ behaviour) than a fundamental one ( in terms of market informational efficiency)」(p.70)としています。なお、β=0.5の場合、dF=α√FdW1となりますが、これをsquared root CEV modelと呼ぶことがあります。
*25)CEVモデルの詳細は、ハル(2014)のp.980-891を参照してください。