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コラム 経済トレンド86

大臣官房総合政策課 調査員 大井  克彰/山口  晶子

リカレント教育について

本稿では、日本の社会人の学び直しついて、企業・就業者・教育機関の三者の視点から現状や課題を洗い出し、リカレント教育の重要性や、その推進に向けてどのように障壁を取り除いていくべきかについて考察を行う。

企業の視点:企業内教育訓練の限界
・企業においては、終身雇用を前提とした場合、従業員が自社の職務遂行に必要な知識や技術を獲得し労働生産性を向上させることを目的として、就業者に対する企業内の教育訓練、特にOJTが、雇用形態を問わず「学び」の方法として重視される傾向にある。
・雇用形態別にOJTの実施率をみると、非正規雇用への実施率は低水準にある。一方で、非正規雇用が雇用者に占める割合は増加傾向にあることから、学びの機会が提供されない就業者が増加している。
・また、デジタル技術の進展や国際競争の激化など、企業は急激な環境変化に晒される中で、従業員が獲得すべき知識・技術は既存の職務遂行に捉われない高度で多角的な広がりを見せており、指導する人材の数・質ともに不足していることが企業にとっての課題となっている。
・こうした背景から企業内のみで完結する教育訓練は限界を迎えつつあり、企業が労働生産性を維持・向上するためには、就業者の企業外での学びを支援、促進する取り組みを行うことが重要となっている。

図表1.企業が重視する教育訓練
図表2.計画的なOJTの実施状況
図表3.役員を除く雇用者数、非正規雇用の割合
図表4.人材育成に関する問題点(複数回答)

就業者の視点:人生100年時代の学び直し
・「人生100年時代」が到来する下で、一生涯の途中で社会環境の大きな変化に直面する可能性は高まっている。その中で、長期にわたり社会で活躍し続けるためには、従来の初期に教育を受け、労働期、引退期を過ごすという直線的な人生の在り方(フロントエンドモデル)ではなく、必要に応じて循環・反復的に学び直すこと(リカレント・モデル)が重要となっている。
・企業において、これまで重視してきた能力と人生100年時代に求められる能力を比較すると、「柔軟な発想で新しい考えを生み出すことのできる能力」や「特定の分野における専門的・技術的な能力」がこれまでよりも重視されており、今後、実務上で新たに必要となる知識・技術の習得や、キャリア形成に関わる教養を身につけることが、就業者には求められるであろう。
・一方で、学び直しを行う日本人は少なく、さらにキャリア形成に直接関わりのない趣味等の教養を身につけることも、学びとして広く捉えられており(ライフロング・モデル)、大学等でリカレントに学び直す人はより少数である。また学ばない理由として「今後、転職や独立を予定していないから」や「あてはまるものがない」が挙げられており、時間・費用等の障壁に加え、自身で学ぶ必要性への認識が不足していると考えられる。

図表5.人生100年時代おける教育機会の享受可能性モデル
図表6.人生100年時代に求められる能力(複数回答)
図表7.勤務先以外で実施した学習・自己啓発(複数回答)
図表8.学びの行動をとらなかった理由(複数回答)



教育機関の視点:リカレント教育の実施状況
・社会人の学び直しを実現する戦略・政策の1つにリカレント教育がある。リカレント教育とは、人生の初期に集中していた教育を分散し、個人が生涯にわたり必要に応じて循環・反復的に学習すること、またそれを可能にするシステムを指す。企業内教育の限界が指摘され、人生100年時代を迎える日本において、リカレント教育の重要性は増していると言えるであろう。
・しかし、高度な知識・技能の習得が期待される大学等において、社会人を対象としたプログラムを提供している割合は25%程度と少ない。社会人向けプログラムを提供していない学校の多くは、集客が困難であることや教員の確保を課題として挙げており、就職前の若年者を対象にした教育と研究活動を主軸としてきた中で、社会人向けプログラムを重視していない状況が示唆される。
・教育機関・企業・就業者(社会人)のそれぞれが期待する教育カリキュラムの内訳をみてみると、企業や社会人の重視する項目と大学の重視する項目に乖離が見られ、企業や社会人は大学ほどは研究活動に重きを置いていない。社会人の学び直しを促進するためには、大学におけるコース設定において、より最先端の内容を扱う科目を入れることや、幅広く実務的な内容を取り入れることが重要であると考えられる。
・既存のプログラムでは対応しきれないリカレント教育の実施は、多くの大学にとって現状では費用対効果が悪いものと映るであろうが、少子化の進展により学生数の確保は徐々に困難になることが予想され、社会人を対象とした教育を提供することは大学経営の観点からも今後求められるであろう。

図表9.大学等における主に社会人を対象としたプログラムの提供状況
図表10.今後も「社会人の学び直しプログラム」の提供予定がない理由(複数回答)
図表11.大学等が重視するカリキュラムと社会人・企業が期待するカリキュラム(複数回答)


リカレント教育をめぐる今後の展望
・企業・就業者・教育機関それぞれの視点からリカレント教育が求められるが、三者のうち一つでも消極的な態度であるとリカレント教育の実施が大きく妨げられることから、その推進は必ずしも容易ではない。
・企業と連携してリカレント教育を実施している大学も存在するが、学び直しが不足した際の負の影響が短期的に大きいのは企業や就業者であるため、まずは企業が、企業内リソースだけでは習得が困難な分野や業務に支障をきたさない受講形態を具体化しつつ、就業者の学び直しが促進されるよう教育機関と連携を図ることが求められる。三者がそれぞれリカレント教育の重要性を実感できるよう、その効果を実証するロールモデルを輩出していくことが肝要である。

図表12.リカレント教育の推進を妨げる負のサイクルとその影響
図表13.企業と連携したリカレント教育の例
図表14.企業・就業者・教育機関が連携してリカレント教育を推進するモデル

(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。
(出典)厚生労働省「能力開発基本調査」、総務省「労働力調査」、佐々木英和「政策としての「リカレント教育」の意義と課題-「教育を受けなおす権利」を足がかりとした制度設計にむけて」、独)労働政策研究・研修機構「人生100年時代のキャリア形成と雇用管理の課題に関する調査」、株)パーソル総合研究所「働く10,000人の就業・成長定点調査」、株)リクルート リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」、イノベーション・デザイン&テクノロジーズ株式会社「社会人の大学等における学び直しの実態把握に関する調査研究」、大前研一「稼ぐ力をつけるリカレント教育」、経済産業省「イノベーション創出のためのリカレント教育」