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還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―

国際通貨基金(IMF)法務局 野田  恒平

1.地下資金対策・序説

要旨
■地下資金との闘いは、本来の「マネロン」という言葉で括られる範囲よりも広く、テロ資金供与や大量破壊兵器の拡散防止といった外交・安全保障の要素も含む、遥かに包括的なもの。これらは本来別物でありつつも、密接に関連。
■多くの場合、地下資金対策は事業者の法令順守や日本の国際基準への合否といった消極的・受動的な観点からのみ議論されがちであるが、基準自体やそれに基づく実務上の各国共働関係の更なる強化等、全体像を捉えた認識が持たれるべき。
■世界で年間約2兆ドルに上る組織犯罪収益を標的としたマネロン罪は、本来不可罰である行為を犯罪化した、極めて刑事政策的な存在。その起源は、米国の禁酒法時代のマフィアとの闘いで用いられた、金融捜査の手法に遡るもの。
本稿では、いわゆるマネー・ロンダリング(略してマネロン)を中核とした、国際・国内双方における対策の枠組み及びその実施について、現状と今後の課題を検討する。しかし、タイトルにおいては敢えてこのマネロンという言葉を避け、「地下資金」という表現を用いた。これはあくまで、筆者が本稿の為に付けた仮のネーミングであることを、初めにお断りしておきたい。若干情緒的で、違和感を感じる向きも多いかと思うが、他に的確な用語がないこと自体がこの分野の議論を整理する困難性を象徴している。マネロンという用語は、その語呂の良さも相まって相当程度に人口に膾炙した用語ではあるが、他方でこの分野での議論を矮小化させ、また、混乱を来たす宿痾のような存在でもある。

図.本章の範囲
写真:アル・カポネ(出典:U.S. National Archives and Records Administration)米国政府のアル・カポネに対する金融捜査が、今日の地下資金対策の出発点となった。

1.「マネロン」という言葉の呪縛
まず、この言葉は多義的に用いられる。現在、この分野での規制対象は、大きく分けて(1)犯罪による収益の洗浄、(2)テロリストへの資金供与、(3)核兵器等の大量破壊兵器拡散に寄与する資金供与、があるが、最初の2つ、又は3つ全てを対象とした対策として、「マネロン規制」等と呼ぶことがまま見られる。しかしマネロンという言葉は、本来(1)のみに関わるものであり、その他を同じ言葉で呼ぶことは、厳密に言えば正確ではない*1。
他方で更にややこしいことに、(2)又は(3)に係るマネー・フローが、(1)の性質を持っていることが珍しくない(図表1 地下資金の循環(概念図))。これは犯罪行為で獲得された資金が、テロ組織や核開発等に絡む制裁対象国に還流するような場合であり、多くのテロ組織、また、国家的アクターまでもが、このようなマネー・フローを担っているとされる。現実世界においては多くの資金が、合法と違法の領域、また、複数の不法な活動の間を行き来しているのである。従って、(1)~(3)を別概念として区別しつつも、これらに係るマネー・フローを、包括的な資金の還流として捉える目線も、同時に必要とされる。
さて、ひとまずマネロンという言葉を本来の語義である犯罪収益の洗浄、即ち、その違法な出所を分からなくする行為に限定したとしよう。その場合であれ、多くの話者においてその用語が今や所与のものとして用いられ過ぎており、他方においてその本質が見失われているという点に留意が必要である。そもそも、(狭義の)マネロン罪は極めて刑事政策的な意図を以って、いわば合目的的に創設された犯罪類型であり、殺人や窃盗といった伝統的犯罪とは根本的にその意味合いを異にする。その点を抜きにして、マネロンが「当然の犯罪」であるとの認識からスタートするのであれば、マネロンについて十分な理解を得ることはできない。
上記の通り、その用語が内包する複雑性が看過されて来たことと軌を一にして、巷で「マネロン」が語られる場合、大きく3つのパターンがあるように思われる。一つ目は、マネロンというものが本質的にどのような犯罪類型であるかはさておき、悪い輩が手掛けるこの恐ろしい犯罪についてストーリー・テリングをする「猟奇小説型」、二つ目は、日本国としての対策が遅れていて、国際機関からお叱りを受けている、との危機感を強調する「黒船襲来型」、三つ目は、主に企業法務の観点から、どのようにすれば所管官庁から目を付けられず、かつ会社を守れるかの具体的手法に軸足を置く「試験対策型」である。
若干意地悪な呼び方をしてしまったものの、これらのアプローチはどれも間違いという訳ではない。実際、マネロンと組織犯罪は不可分一体の関係であり、背後に巨大な社会悪が想定されている。また、この分野の国際基準から立ち遅れていると評価されることは、日本の金融システムに大きなダメージをもたらしかねない。足許では正に、金融作業部会(FATF:Financial Action Taskforce)による日本の第4次審査の結果が近く公表される予定となっている(執筆時)。そして何より、企業のコンプライアンス担当者にとっては、手探りの中で適切な対策を講じることが最大の関心事項であることは、当然であろう。

2.本稿の趣旨
ただ、それらの側面からだけマネロンが切り取られた場合、この犯罪類型の本質と、対策に向けた指針の取り方を見失う可能性があることも、また事実である。
まず、述べた通りマネロンは殺人や窃盗と違い、伝統的に人間社会が「当然に悪い」としてきた行為ではない。洗浄する対象の収益を上げる麻薬密売等の犯罪は悪であるが、そこからの収益を仮装する行為自体を、厳しく処罰の対象とするのは、人類史の中ではむしろ最近の出来事であり、どちらかと言えば「非」常識に属するものである。なぜそれが現在の形に至ったのかを、血肉として理解しなければ、マネロン罪の本質的な政策意義は見えて来ない。
次にマネロン、更により広く地下資金対策の分野における国際的な制度の調和化は、未だ国際社会としても暗中模索で取り組んでいる、「ワーク・イン・プログレス」の構想であり、かつ基準作りを担うFATFは、日本自身もその主体として参加し、他国の評価者の側にも回る相互的な枠組みである(なおFATFについては、後の章で詳述する)。国際基準への適合性確保を目指すことは当然の前提として、更にその基準自体や、それに基づく各国の共働関係をどのように強化して行くのかを、主体的に考えて行かなければならない。
国内で対策を講ずることとなる事業者にとっても、表層の理解だけでは済まない事情がある。現在の地下資金対策は、役所が定めたルールを順守していれば足りるものではない。それぞれの機関が適正に自身を取り巻くリスクを把握し、それに従って合理的にリソース配分を行い、対策を講ずることを求めている。言われたことをきちんとやる、という受動的な発想ではなく、正に能動的な行動が期待されており、これは、「リスクベース・アプローチ(RBA)」と呼ばれる。そのためには翻って、地下資金対策というものの本質を理解しておく必要も出て来る。
本稿は、世界及び我が国における地下資金対策について、その現状と課題を明らかにしようとするものである。この分野においての既往の文献は、上記の内でも特に第三類型、つまり、金融機関をはじめとした民間事業者がどのように規制に対応するか、というコンプライアンス・マニュアルが中心である。これらは、実務の要請として当然に必要なものではあるが、他方で、全体像が見えない中で、予防措置という局所的な細論に、いきなり迷い込んでしまう危険性もある。
加えて、これまでの文献はともすれば記述が無機質になりがちで、物事の実態を、手触り感を持って理解しづらいという点にも、問題意識を感じていた。およそ制度というものが現在の姿であるのには、歴史的な理由がある。そして、いかに難解に見える制度でも、その経緯を知れば理解が格段に進むことも多い。ちょうど、複雑な多色刷りの版画も、色ごとの版木を一つずつ見ればその構成をより容易に把握できるようなものである。更に何より重要なことは、この分野が犯罪やテロといった、文字通り人の血や涙が流れる世界の事象を扱っている以上、その裏にはその他の政策分野にも増して、紛れもない人間の営みがあるということである。そして、そのような社会悪を抑えようと構築された枠組みも他ならぬ人間が作ったものであり、そこには制度の発展段階ごとに、良きにつけ悪しきにつけ、キー・パーソンと呼ぶべき人物像がある。当然ながら人間が作った制度である以上、完璧ということは決してあり得ない。既に述べた通り、この分野の国際的枠組みも、不断に再検証と改善の対象とされるべきものである。
本稿を通じて、地下資金対策を、その発展して来た歴史と将来に向けた課題、そして隣接分野との関係性の中に位置付け、読者にもリアリティを感じられる形で全体像を浮かび上がらせることを試みたい。冒頭で、縦軸・横軸の構成で整理したが、(1)狭義のマネロン、(2)テロ資金、(3)核兵器等の開発資金、という3本の対策の柱は、それぞれ性質を異にしつつも、(1)と(2)は広く刑事政策としての位置付けにおいて共通点を有し、(2)と(3)は、外交・安全保障の一翼をなすという点において、重なりを持つ(横軸)。そして、地下資金対策は各種関連条約や、FATFで策定された基準といった国際的規範が多くの場合先行し、それが各国において制度化・調和化された上で執行され、更にその延長として、各国をまたいでの司法共助等の共働が行われるという形で、重層的に発展している(縦軸)。各章ごとの論点が、それぞれの軸のどこに位置付けられるのか、常に「見取り図」を意識して読み進めて頂ければと思う。
なお、全編を通じての通奏低音となっているのは、この分野での国際的議論をリードして来た米国と、時にそれと協調し、時にそのユニラテラリズムと衝突してきた欧州の相克である。地下資金対策の幹となる部分は、「米国の国内法制の国際化」として発展して来た。現在の地下資金対策の政策的趣旨及びその態様を学ぶことは、かなりの部分において、米国のそれを知ることと重なる。同時に、この米国の強力な牽引力を前に、欧州がどのように組して来たかは、地政学的観点からも非常に興味深いテーマである。
筆者は、2020年の7月まで、財務省国際局に新設された資金移転対策室において、FATFの我が国への審査対応を担当し、その後、同じく地下資金対策の担当としてIMF(国際通貨基金)に赴任した。その意味では、立場を変えつつこの領域に継続して関わって来た訳だが、最近になってようやくこの世界の全貌が掴めて来た、というのが率直な所感である。それ程までにこの世界は幅が広く、扱っている内容は多岐に亘っており、民間事業者のみならず政府内部でも、地下資金対策の全体像を把握している者は一握りではないかと思われる。このような広漠たる政策領域において、国際機関や他国政府は勿論、筆者が政府職員としてこれまで携わって来たどのポジションよりも、多くの省庁及び民間セクターと仕事をさせて頂いた。これらの中には、例えば公安調査庁や麻薬取締部といったインテリジェンス・捜査機関や、不動産・貴金属業界等、通常であれば、財務省に就職した人間としては余り関わる機会がないであろう組織・業態も含まれている。現在進行形ではあるが、そのような貴重な経験ができたことは非常に有難いと感じており、であればこそ、そこで得た拙い知見の一端を読者にお伝えできればと願う次第である。

3.地下経済とマネロン罪
上記の通り、広く地下資金対策と呼び得るものの内、マネロン罪はその対象の一部に過ぎない。しかし、この分野の規制が歴史的にはマネロン罪を中核として発展して来たことは、紛れもない事実である。また、マネロンという行為自体、必ずしも直感的に正確な理解を得られるものでもないため、まずは全体の導入として、ここから話を始める必要があるだろう。
経済統計等に表れて来る「表の経済」は、実は経済の全貌を表してはいない。これは、しばしば「地下経済(underground/shadow economy)」などとも呼ばれ、いわば、一国の経済活動という氷山の全体の、水面下に隠れた部分である。表に出ないというだけであれば、例えば炊事・洗濯といった家事労働等も同じであるが、「地下経済」と言った場合、それ自体としては合法な経済活動であるが税務申告されず税金を逃れている収益に加え、薬物販売・売春等のそもそも違法な経済活動による収益等が、定義上その構成要素とされることが多い。地下経済の実態を正確に把握することは不可能であるし、前提としての定義の範囲にも相当の異同があるため、比較には細心の注意が必要であるが、かねてより様々な手法によってその規模の推計が試みられており、世界各国・各地域の経済において、対GDP比10%から、大きい国・地域では50%を超える程の、無視できない大きさを占めていることが明らかにされている*2。つまり、それだけの経済について、我々はそもそも把握できていないということである。
マネロン対策は、第一義的にはまずこの地下経済の中の、特に犯罪に関わるカネに光を当てようとする取組みとして、創出されたものだ。組織犯罪の解明は容易ではなく、犯罪の行為者を追い掛けるだけでは、トカゲの尻尾切りに遇いかねない。代わってカネの流れを追うことで組織犯罪を効果的に摘発しよう、という、すぐれて刑事政策的な観点から創設された犯罪が、マネロン罪である。マネー・ロンダリングは、直訳すれば「カネを洗う」という意味であり、しばしば「資金洗浄」という用語に置き換えらえる。違法なカネは官憲に露見しないよう隠しておきたいが、当然、いつまでも隠していて使えなければ、持ち腐れである。「見えないカネ」とは言ったが、それも何らかの形で、表の世界で使える形にしなければ、折角稼いだ意味が無い。そこで、このようなカネを、あたかも合法な手段によって獲得したかのように見せかける偽装工作が、マネロンに他ならない。
このような犯罪収益やマネロンに係る世界的な規模についても、多くの推計が試みられて来た。国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、2011年に既往の学術的推計を取りまとめ、2009年ベースに引き直して、世界の犯罪組織の収益に関し、およそ1.5~2.6兆ドル(対GDP比にして2.6~4.4%)のレンジという目安を提示している。他方で、IMF等においては少なくとも1990年代よりマネロンに係る額の推計が行われているが、それも踏まえた額として対GDP比2~5%を「コンセンサス・レンジ」であるとしており、これは2009年ベースにすれば1.2~2.9兆ドルということになる*3。これらの数字は必ずしも内数・外数といった関係に立つものではないが、差し当たっての大体の規模感として、年間2兆ドル前後のカネが組織犯罪によって産み出され、またそれと同程度の額がマネロンの対象となっていたものと理解しておいて、差し支えないだろう。当然、それから10年以上経った現在においては、この額は更に増えていることが想定される。言うまでもなく、とんでもない規模のカネである。

4.マネロンの手法
では具体的にどのようにロンダリングをするかと言えば、その態様は、実に様々な形を取り得る。このような場合、実際の事例を多く知ることも重要であるが、土台キリが無いし、何より所詮は他人事である。かと言って、いきなり概念的・抽象的解説をされても、実感が持てない。それよりもむしろ、まずは自らが犯罪者の立場に立って、「自分ならどうするか」と、色々と悪知恵を巡らせてみることが最も効果的だ。この手法は、実際にFATFが、各国当局者向けに開催する研修においても採用している手法であり、筆者自身がこのような研修に参加した時も、仮想の事例を与えられ、他国政府からの参加者と犯罪組織の仲間同士になったつもりで、ブレイン・ストーミングをして思い付く手法を出し合う、という経験をした。企業のコンプライアンス研修等でも、このように、まずは「敵の目線に立つ」ことは有効だろう。
仮想事例として最も単純なものとして考えられるのは、例えば、あなたが麻薬の卸をしていて、100億円の収益が上がった、といったような場合である。そもそも、そのカネについて自分名義の銀行口座に直接振り込ませる、といった愚かな真似はしないであろう。そんなことをすれば、記録が残りすぐに足がついてしまう。当然、あなたはケースに入れた現金の形で受け取る。汚れた100億円を目の前に置いた自分自身を、脳内で映像化して頂きたい。これをどこかに保管しておき、一部ずつ生活費に使ったり麻薬ビジネスの「再投資」に回すことも、考えられない訳ではない。しかし、現金はかさばる。現在の日本のような非インフレ国においても、100億円ともなれば相当の分量になる。それを現金の形で置いておくのは危険であるし、万が一、警察や税務署の目に触れて出所を追及されでもしては大変だ。
そこで、何とかそれを合法的な金融システムや経済取引に流し込むことを考える。この第一段階を、「プレースメント」と呼ぶ。まず思い付くのは、銀行への振込みだ。この際、100億円をそのまま近くの銀行に持って行くのは避けたい。使うのは当然偽名口座であるが、高額の取引は本人確認の対象となり、お金の性質も色々と問い質されてしまう。そこで、この100億円を細かく分割して、振込先の銀行や口座も分けることになるだろう。銀行も、なるべく普段の自分との接点がなく、かつ、コンプライアンス機能が弱いところが良い。他国の金融機関で、日本の当局に対しても顧客情報を秘匿してくれるところであれば、言うことはない。では、その国までこっそり運搬して入金できないか、という順序で、発想は進んでいく。
さて、複数の偽名口座に入金を終えたあなたは、それでも時が経つにつれ、いつかはバレるのではないかと不安になってくる。そこで、更にその出元をうやむやにするために、様々な方法を取る。「レイヤリング」と呼ばれる、第二段階である。単純なやり方は、他の金融機関への送金を繰り返すことだ。一度くらいの送金では元を辿れても、複数回の送金を、合流・分岐を繰り返しつつ、かつ国境をまたいで行っていけば、その内に追跡は極めて難しくなる。他方、それでも金融機関の間で送金する限りは一応記録は残る。そこで、一旦、再度現金化したり、モノに変換した後にまた換金・入金を行うことで、電信上の記録を遮断できる。モノといっても、鉛筆や消しゴムでは多量になり運搬に難を来たすから、なるべく換金性の高い小切手、または、宝石や貴金属が良い。逆に、高額のレイヤリングを一度に行いたければ、運搬はできないが不動産(特に値下がりのリスクが相対的に低いマンション)の取引を、ワンタッチ挟むという手段もある。
このようにして、あなたの100億円は、元々は麻薬収益であったことは一見して分からない、クリーンな状態となった。既に大手を振って、そのカネから好きなものを買いに行ける。これが、最後のフェーズとなる「インテグレーション」である。レイヤリングの内、偽装のための様々な資産購入の部分も、それが曲がりなりにも表の経済で行われることを以って、既にインテグレーションと考えることもできる。その辺りの細かい区別は、さして重要ではない。他方でより重要なことは、犯罪者たるあなたの100億円の内の一部または大部分は、麻薬ビジネス、またはその他の違法な事業への再投資として、再び地下で新たな犯罪収益を産み出して行くという事実である(図表1 地下資金の循環(概念図))。これが業として違法行為を行う、ということを資金循環の側面から見た説明であり、それを組織的に行うのが、暴力団等の犯罪組織に他ならない。
以上の基礎的な概念を説明した上で、二点の注意喚起を行いたい。第一に、このようなやや手間を掛けた解説を受け、マネロンが一部の犯罪者の、特殊な行動態様であるように考えるべきではない、ということである。それがおよそ犯罪収益である以上、それを手にした者は何らかの意味での偽装を行うのはむしろごく自然なことである。最も初歩的な手法、例えば、知人名義の口座に名目を偽って入金するだけでも立派にマネロン罪は成立する。犯罪収益を手にした者が、そのカネを出所が明らかにならないよう「常識的に」扱えば、通常は関連法が定める構成要件に該当するのである。
そして第二に、官民問わず実務的観点からは、現実の複雑なマネロン事例に多く触れることは有益であるものの、他方でそれにはまり込むことは本質を見失う可能性がある、という点である。実際、上記のようなプロセスを踏むことで、マネロンの手法は無限に複雑化させていくことが可能である。悪質なマネロン・スキームの事後的な解明は困難を伴うが、「複雑化させること自体は容易」なのである。よって、むしろ犯罪者がどのような発想に立ち、どのような思考アルゴリズムでマネロンを行うかを因数分解して理解し、実際の現象に当てはめられるようにしておくことの方が、重要であろう。なお、現実の事例については、我が国の金融犯罪インテリジェンスである犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)をはじめ、複数の機関がそのような分析を行う役割を担っている*4。

5.金融犯罪成立の序章
では、そのマネロンに対する国際的な対策が、現在の形を取るようになるまでを通観してみよう。歴史的観点から大きく括ると、(1)マネロンという概念の確立、(2)マネロンの犯罪化、(3)その国際規範化、の3つのフェーズに分けられるが、今回は(1)の段階について記述する。
マネロンと呼び得る工作自体は、原初的な形態も含めれば人類史においてその歴史はかなり長いものと考えられ、古くは中世の海賊が収奪した金銀・財宝の偽装隠匿を行った例が伝えられている。しかし、より体系だった形で行われ、それに伴い「マネー・ロンダリング」というキャッチーな名前が付与されたのは、比較的最近のことである*5。
その舞台は、1900年代初頭、禁酒法時代の米国である。当時の闇社会の帝王であるアル・カポネは、酒の密売によって上げた稼ぎを大量に隠匿していた。彼は表向きの商売として洗濯店、つまりランドリーのチェーンを経営しており、隠匿資産はそこからの売上げであると当初説明したとされる。Launderという言葉が使われたのは単なる偶然なのか、掛け言葉になっているのかは判然としない。何れにせよ、アル・カポネは、他のギャングとの抗争等により多くの死者を出したが、最終的に彼が1931年に逮捕・訴追され、収監されるに至った罪状は殺人罪でも傷害罪でもなく、年間1億ドルとも言われる彼のマフィアの収益に係る、脱税容疑であった。異能の財務捜査官が活躍するこの過程こそが、多くの脚色を交えながらではあるが、不朽の名画『~アンタッチャブル(原題:The Untouchables)~』が描いた世界である。アル・カボネ自身の裁判から数年遡る1927年、連邦最高裁判所はマンレー・サリバンという酒密売人に対する裁判で、課税対象となる収益は、合法・違法の別を問わない旨判示しており、この法理がアル・カポネにも適用されたのである。
その意味では、金融犯罪とその捜査を突破口に組織犯罪と対峙するという、現在のマネロン規制に連なる手法の萌芽は、既にこの段階で見られる。しかし、ここで問われたのはあくまで税犯罪であり、マネロン自体が犯罪化される以前の出来事であることには、注意を要する。時代が上記(2)及び(3)の段階に至るには、更に30年程の時を要した。アル・カポネのマフィアは確かに凶悪ではあったが、その主な収益源は酒であり、それが違法ではない現代から見れば、犯罪ビジネスとしては牧歌的なものにすら見える。米国において、マネロンの犯罪化及び関連する厳しい捜査手法が取られるようになって行くには、麻薬犯罪という、酒とは比較すべくもない最強・最悪の組織犯罪の登場を待たなければならない。
※本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。

図表2.マネロンの流れ

*1)それぞれについて、AML (Anti-Money Laundering)、CFT(Countering Financing Terrorism)、CPF (Countering Proliferation Financing)という用語が使われることもある。
*2)Final Report of the Task Force on Informal Economy, Thirty-Second Meeting of the IMF Committee on Balance of Payments Statistics, Statistics Department, IMF, November 2019
     Lorenzo Medina and Friedrich Schneider, Shadow Economies Around the World:What Did We Learn Over the Last 20 Years?, IMF Working Paper, January 2018
     Friedrich Schneider and Andreas Buehn, Estimating the Size of the Shadow Economy:Methods, Problems and Open Questions, IZA DP No. 9820, March 2016
     Andreas Buehn and Friedrich Schneider, New Estimates for the Shadow Economies All Over the World, International Economic Journal, December 2010
     Friedrich Schneider and Dominik Enste, Hiding in the Shadows:The Growth of the Underground Economy, IMF Economic Issues No. 30, March 2002
*3)Conceptual Framework for the Statistical Measurement of Illicit Financial Flows, UNODC Research Report, October 2020
     Estimating Illicit Financial Flows Resulting from Drug Trafficking and Other Transnational Organized Crimes, UNODC Research Report, October 2011
     Michel Camdessus (former Managing Director of IMF), Money Laundering:the Importance of International Countermeasures, Speech at the Plenary Meeting of FATF, February 10, 1998
     Vito Tanzi, Money Laundering and the International Financial System, IMF Working Paper, May 1996
     Peter J. Quirk, Macroeconomic Implications of Money Laundering, IMF Working Paper, June 1996
*4)『令和2年 犯罪収益移転危険度調査書』国家公安委員会、2020年11月
*5)John Madinger, Money Laundering – A Guide for Criminal Investigators (Third Edition), CRC Press, 2012