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ASEAN3ヵ国のコロナ禍の情勢と財務総研ASEANワークショップの活動報告

国際交流課 研究員 金井  優洋/国際交流課 前係員 北澤  湧理
国際交流課 研究官 中島  賢作/国際交流課 研究員 町田  孝陽

1.はじめに
財務総研では、アジア諸国に関する研究活動として、中国やインド、ASEAN各国の経済情勢等の理解を深めることを目的に、有識者との情報・意見交換会を定期的に開催している。
本稿では、インドネシア、タイ、ベトナムの3ヵ国(以下、ASEAN主要3ヵ国)の新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の状況及び経済情勢を概観した上で、2021年2月に開催した財務総研のASEANワークショップにおけるタイ財政政策研究所(Fiscal Policy Research Institute Foundation)との直近の研究交流の内容を紹介する*1。

2.ASEAN主要3ヵ国のCOVID-19感染状況と経済情勢
(1)感染状況
2019年末に中国で確認されたCOVID-19は、国際的な人の往来から全世界へと感染が広まった。ASEAN諸国は、地理的にも中国と近く、人的交流も多いにもかかわらず、これまでの感染者数は、比較的抑えられている*2。
図表1.ASEAN9ヵ国と主要国の100万人当たり累計感染者数(2021年4月末時点)は、ASEAN9ヵ国と主要国における人口100万人当たりの累計感染者数のグラフである。同感染者数は、アメリカを筆頭にフランス、スペインなどの欧米諸国で6万人以上となっているのに対し、ASEAN9ヵ国においては、最も多いマレーシアであっても、その数は約1.2万人である。一部のASEAN諸国では感染者の把握が十分に行われていない点も考慮する必要があるが、おおむねASEAN諸国の感染者数は抑制されてきたと言える。
次に2021年4月末時点におけるASEAN9ヵ国の累計感染者数の推移を見てみると、ASEAN9ヵ国で最も人口が多いインドネシア、2番目に人口が多いフィリピンが上位に来ているが、次いで人口の多いベトナム、タイは下位に位置している。ASEAN域内の感染者数は、人口の多寡に必ずしも相関してはおらず、各国の感染症対策の違いなど様々な要因により差が生じていると考えられる。
インドネシアでは、2020年3月2日に国内初の感染者が確認され、2021年4月末時点の累計感染者数は約166万人、死亡者数は約4.5万人となっている。感染者数は、2020年末から2021年初めにかけて急増しており、年末年始休暇で人流が増加したことが一因とされている。この時期に移動するためには、陰性証明が必要とされたが、これが逆に、「陰性を証明できれば旅行しても問題がない」と捉えられ、結果的に感染急増に寄与したものと思われる。
タイでは、2020年1月12日に中国国外で世界初となる感染者が確認された。1日あたりの新規感染者数は2020年3月に一度大きく増加したものの、その後減少し、しばらく新規感染者、死亡者が急増することもなく、安定した状態が続いていた。しかし、2020年12月中ごろにバンコク西郊サムットサコン県で起きたミャンマーからの出稼ぎ労働者を中心とした大規模感染が発生すると、その後若干の減少局面はあったものの、4月末時点では1日あたりの新規感染者数は2,000人前後と増加傾向となっている。
ベトナムでは、2020年1月22日に国内初の感染者が確認されたが、その後の厳格な対策により、一定の封じ込めに成功し、死亡者数も2020年7月30日までゼロという状態が続いていた。しかし、2021年1月28日には、北部のハイズオン省とクアンニン省の市中感染が発生すると1日あたり新規感染者数が100人を超えた。その後は再び厳しい感染対策によって新規感染者数は減少したものの、4月末には14日間の強制隔離を終えた入国者から、COVID-19への感染が確認されるなど予断を許さない状況が続いている。

図表1.ASEAN9ヵ国と主要国の100万人当たり累計感染者数(2021年4月末時点)
図表2.ASEAN9ヵ国の累計感染者数(2021年4月末時点)

(2)経済情勢
2020年はアジアの多くの国でマイナス成長となったが、各国際機関の予測では、2021年以降は大半の国でV字回復を達成する見通しとなっている。IMFは、2020年第3四半期に入り、アジア経済は回復の兆しを見せているものの、ロックダウンの長期化に伴う制限措置の影響により、回復の速度が全ての国・地域で一様とはならないとも指摘している*3。
また、世界銀行は、先進国においては経済の回復が進む一方で、新興国においては感染の再拡大やワクチン接種の遅れが障害となることを指摘している*4。
主要3ヵ国の状況を個別に見ると、まずインドネシアについては、各機関とも、2021年には4.0%以上、2022年は5.0%以上の成長率に達すると予想している。他方、アジア開発銀行の報告書(2021)ではCOVID-19の突然変異の脅威やワクチン接種の不均一、さらには予期せぬ世界的な金融引き締めが起こった場合の負の影響に留意する必要があるとされている*5。
タイの成長率についても同様に、各機関から2021年、2022年は回復基調となるとの予想が得られている。ただし、足下の動向を見ると、2021年第1四半期は前期比年率で2.6%減となり、5期連続の減速となった。これは、COVID-19の影響でサービス収支が低下したこと、および2020年末に感染が再拡大したことで消費支出に負の影響が出たことによる。
ベトナムにおいても、2021年や2022年は6%以上の成長率が予想されている。上述した通り2021年1月末にCOVID-19の集団感染が確認され、経済への悪影響が懸念されたが、経済活動を維持・促進する政府の方針もあり、足下では回復が見られ、2021年第1四半期の成長率は前年同期比で4.5%増となった。

図表3.各国際機関によるASEAN9ヵ国の実質GDP成長率の見通し

コラム(1):ワクチンの接種状況
インドネシア、タイ、ベトナムの3ヵ国のワクチン接種は、2021年以降に始まった。2021年4月末現在、インドネシアは既に総接種回数が2,000万回を超えており、人口100人当たりの接種回数でみても7.34回と3ヵ国の中では順調に接種を進めている。タイもインドネシアには及ばないものの、147万回の接種が終わり、人口100人当たりの接種回数でみても2.12回と接種が進んでいる。ベトナムは3ヵ国の中では1番遅れており、総接種回数は51万回、人口100人当たりの接種回数も0.53回となっている。ベトナムは使用ワクチンとしてはイギリスのアストラゼネカ製ワクチンのみ認可している。他2国と違い中国のシノバック社製を使わない理由として一部の報道では、中国に対する国民の不信感があるとされている。

表.インドネシア、タイ、ベトナムのワクチン接種状況

3.ASEANワークショップの取り組み

(1)概要
財務総研では、ASEAN諸国の政治や経済の情勢、政策等に対する理解を深めることを主眼とし、ASEAN各国の情報・意見交換を行う「ASEANワークショップ」を開催している*6。本ワークショップは2016年に第1回を開催して以来、2020年度で5年目を迎えた*7。毎回、政治・経済等の各分野の有識者を発表者として迎え、省内外の多くの出席者によるディスカッションが行われている。
2021年2月に開催した本ワークショップでは、タイ財政政策研究所(以下、FPRI)の研究者2名によるオンライン形式での発表が行われた。当日は、緊急事態宣言期間中であったため、会議室内の参加者を極力限定した上で、パーテーションの設置や消毒等、入念な感染症対策が施された。
最初に、FPRIの次長(Dr. Anantachoke Osangthammanont)より、「タイのマクロ経済情勢」と題した発表が行われた。その中では、COVID-19の感染拡大後のタイにおける各産業セクターの概況やタイの財政政策、FPRIが独自に試算した経済成長率の見通しなどについて説明が行われ、2021年のタイ経済は、COVID-19の影響に加え、中小企業の債務問題や米中貿易摩擦等、依然として懸念材料が多いことが指摘された。
続いて、FPRIの上級調査員(Dr. Wanasin Sattayanuwat)より、「コロナ後のASEAN貿易」と題した発表が行われた。ASEANの貿易構造に関するEUやNAFTAとの比較、医療用手袋やマスク等の医療関連製品の輸出入の変化等について説明があった*8。

図表4.直近2ヵ年(2019年度・2020年度)のトピック
写真:ASEANワークショップの様子

(2)FPRIの組織概要等
財務総研とFPRIの繋がりは、2015年6月に東京で開催した、第1回東京財政フォーラムまで遡る。その際には、FPRIより「タイにおける財政の長期推計」をテーマとした発表が行われている。その後、先方と共に将来的な研究交流の可能性を協議する中で、今回のワークショップ開催が実現した。
FPRIは、2001年5月にタイ財務省の支援の下に設立され、現在もタイ財務省の管轄にある。元々、1997年のアジア通貨危機をうけ、タイ政府への金融政策支援等を目的に設立された組織であり、2021年4月現在、約60名の職員(内、研究者が約10名)を有し、本部はバンコクに所在する。
事業内容は、大きく(1)経済、金融、財政分野における政策研究・提言、(2)国際協力の促進、国際機関との協業の2つから成る。FPRIでは研究活動が活発に行われており、設立以来、民間・公共の両セクターにて350を超える研究プロジェクトを実施している。
FPRIの組織体制は、(1)経済政策、貿易、投資に関する部門、(2)マクロ経済、金融、データ分析に関する部門、(3)財政、社会政策に関する部門の3部門が柱となる。その他、研修やセミナーを担当するトレーニング部門等も備わっている。

図表5.FPRIの組織構成
写真:FPRI(バンコク)の本部ビル

4.おわりに
ASEAN諸国におけるCOVID-19の感染状況は各国で異なるものの、欧米諸国と比べると感染者数は抑えられており、2021年、2022年の経済は回復の兆しを見せている。他方、ワクチン接種の遅れや新たな変異株の蔓延など不安要素も多く、感染が再拡大する懸念は払拭されていない。
これまで各国政府は、感染をコントロールするための制限措置と経済対策を実施してきたが、今後も感染者数を抑制することが可能なのか、経済活動の抑制が今後の中長期的な経済成長にどのような影響を与えるのか、世界経済が回復する中で新興国からの資本流出が悪影響を与えることがないか等、今後の動向についても、引き続き注視していく必要がある。
ASEANワークショップは、2021年度で6年目を迎えるが、引き続き、本ワークショップの活動を通じて、各国の動向を注視し議論を深めていくことが重要と考えられる。

コラム(2):タイ、インドネシア、ベトナムの足元の経済対策(景気刺激策)
経済対策と感染症対策の両立はどの国においても悩みのタネだ。このコラムでは、タイ、インドネシア及びベトナム各国のCOVID-19流行下における経済対策の概要を見ていきたい。
ASEAN諸国の中で国際観光収入が最も大きいタイでは、入国制限の実施によって観光業が深刻な打撃を受けた。財務総研のASEANワークショップ(2021年2月)において、タイ財政政策研究所のAnantachoke次長からも説明があったが、タイ政府は、給付金を支給し個人消費を刺激するほか、旅行費用を補助する施策を実施し、国内の観光業者や飲食店の支援に重点的に取り組んでいる。
インドネシアとベトナムでは、感染者数の推移が対照的であった。ASEAN諸国の中で、累計感染者数が最も多くなっているインドネシアでは、早期の感染者数抑制が求められた。同国では、「国家経済復興(PEN)プログラム」を策定し、2021年の予算額を前年実績の2割増となる699兆ルピアとしている。PENプログラムの予算のうち、保健関連分野には対前年比178%となる176兆ルピアが充てられ、ワクチン輸入時の関税の免除といった措置が取られている。
一方、厳格な封じ込めにより感染者数を抑制してきたベトナムでは、生産工場の支援に資する施策が目立つ。米中対立を背景に輸出が好調であり、この流れを維持したいという狙いがあると考えられる。


*1)本稿の意見に係る部分は、全て執筆者の個人的見解であり、財務省及び財務総研の見解でない事をお断りさせていただく。また紹介する情報(感染者数、経済データ等)については、あくまで執筆時点(2021年4月末時点)での情報であることをお含み置きいただきたい。
*2)2021年4月以降、インドネシアなどの一部の国では変異株が広がり、感染の急拡大が見られる。
*3)IMF Regional Economic Outlook Oct,2020(https://www.imf.org/en/Publications/REO/APAC/Issues/2020/10/21/regional-economic-outlook-apd)
*4)世界銀行 Global Economic Prospects June,2021(https://www.worldbank.org/en/publication/global-economic-prospects)
*5)ADB Asian Development Outlook April,2021(https://www.adb.org/publications/asian-development-outlook-2021)
*6)ASEANワークショップ(https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/asean_list.htm)
*7)本ワークショップの座長は、平成28年度の第1回以降、浦田名誉教授(早稲田大学)に委嘱している。本ワークショップの運営にご協力いただき改めて感謝申し上げたい。
*8)当日の資料(https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2020/asean2020.htm)

参考文献
NNA ASIAニュース(2020)「自動車メーカーの特別消費税、納税猶予に」(https://www.nna.jp/news/show/2095566)
NNA ASIAニュース(2020)「コロナ対策減税、年内総額は18兆ドン超に」(https://www.nna.jp/news/result/2109268)
NAA ASIAニュース(2020)「コロナ禍の企業など、土地リース料15%減額」(https://www.nna.jp/news/show/2081866)
NAA ASIAニュース(2021)「コロナ対策費を再補正、699兆ルピアに拡大」(https://www.nna.jp/news/show/2156801)
NAA ASIAニュース(2021)「20億ルピア以下の不動産、付加価値税を免除」(https://www.nna.jp/news/show/2158986)
NAA ASIAニュース(2021)「企業の運転資金融資、政府保証枠を拡大」(https://www.nna.jp/news/result/2174342)
国際連合(https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population)
在インドネシア日本国大使館ホームページ(https://www.id.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html)
在デンパサール日本国総領事館ホームページ(https://www.denpasar.id.emb-japan.go.jp/files/100194372.pdf)
在タイ日本国大使館ホームページ(https://www.th.emb-japan.go.jp/itpr_ja/news_20210518.html?s=03)
世界銀行Global Economic Prospects June,2021(https://www.worldbank.org/en/publication/global-economic-prospects)
JCIF(2020a)「トピックスレポート:ASEAN コロナ禍におけるASEAN諸国の観光業」(https://www.jcif.or.jp/report/2020/nation01_01202008026717.html)
JETRO(2020b)「ビジネス短信 個人消費刺激策第二弾「コン・ラ・クルン」、12月16日から受付開始」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/12/e911d1b65a585b4c.html)
JETRO(2020c)「ビジネス短信 雇用創出に向けた新たな経済対策を閣議承認」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/09/bc9db5456f4fa771.html)
JETRO(2020d)「ビジネス短信 新型コロナウイルスワクチンの輸入に免税措置」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/12/0063bb0c796c13a2.html)
JETRO(2020e)「ビジネス短信 財務省が「スーパー減税制度」導入、R&D費を最大300%控除」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/10/9ff395b2792386dd.html)
JETRO(2020f)「ビジネス短信 10~12月の電気料金を減免」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/12/c5d9cedc715570ca.html)
JETRO(2020g)「ビジネス短信 経済対策で4~6月の電気料金を減免」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/12/c5d9cedc715570ca.html)
JETRO(2020h)「ビジネス短信 法人税を30%軽減、売上高9億円相当以下の企業が対象」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/10/faf150bfdb000497.html)
JETRO(2020i)「ビジネス短信 自動車特別消費税の納付期限を延長、国内メーカーが対象」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/09/0e45ddac46caa332.html)
JETRO(2021a)「ビジネス短信 新型コロナ対策で新たな現金給付策を公表」(https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/01/efff20d42249903d.html)
JETRO(2021b)「アジアにおける新型コロナウィルス対応状況」(https://www.jetro.go.jp/world/covid-19/asia/)
インドネシア中央統計庁(https://www.bps.go.id/pressrelease/2021/05/05/1812/ekonomi-indonesia-triwulan-i-2021-turun-0-74-persen--y-on-y-.html)
タイ国家経済社会開発評議会(https://www.nesdc.go.th/nesdb_en/main.php?filename=index#)
ベトナム統計総署 (https://www.gso.gov.vn/en/data-and-statistics/2021/04/press-release-socio-economic-situation-in-the-first-quarter-of-2021/
ADB Asian Development Outlook April,2021(https://www.adb.org/publications/asian-development-outlook-2021)
IMF Policy Responses to COVID-19 (https://www.imf.org/en/Topics/imf-and-covid19/Policy-Responses-to-COVID-19)
IMF World Economic Outlook April,2021(https://www.imf.org/en/Publications/WEO/weo-database/2021/April)
REUTERS(https://www.reuters.com/world/asia-pacific/vietnam-reports-first-death-patient-who-received-astrazeneca-covid-19-vaccine-2021-05-07)
The Humanitarian Data Exchange(https://data.humdata.org/dataset/novel-coronavirus-2019-ncov-cases)
THE WORLD BANK(https://data.worldbank.org/)