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講師 川邊  健太郎 氏 (Zホールディングス株式会社 代表取締役社長 Co-CEO)
演題 「公共部門のデジタル化の意義」
令和3年2月10日(水)開催 ※2021年2月時点の講演内容をもとに、構成しています

1.DXの遅れと財政問題

私は、大学3年生の時にインターネットのベンチャー企業を立ち上げ、5年後にヤフーと合併しました。それ以降、インターネット大好き、インターネット一筋で20年間ヤフーにいます。
さて、2人の子を持つ身として将来に向けて心配なのは、DX(Digital Transformation)の遅れと財政問題の2つです。本日は「DXが進むと財政健全化につながる」という提案をしたいと思います。

(1)「在宅勤務八策」
コロナ禍を経て、国民目線では行政サービスのデジタル化が実は大変遅れていたということが明らかになったのではないでしょうか。このことについて、私は忸怩たる思いを持っています。それは、行政を批判しようということではなく、我々はこんなにデジタルに詳しくて、こんなに世の中を便利にしてきたつもりだったのに、公共部門への働きかけが足りなかった、もっと主体性をもって公共部門のデジタル化を進めるべきだった、という思いです。ですから、これからは前向きに公共部門のデジタル化についての提案や応援をしていこうと思い、行政サービスのデジタル化の骨格であるデジタル庁の発足に際して、八つのポイントを踏まえて進めていってはどうでしょう、という「在宅勤務八策」をTwitterで提案しました。このツイートは非常に多くの方に読まれています。このうち、本日はデジタル化の推進と財政健全化のために特に重要な二つの策について説明します。一つが「効果測定」、もう一つが「目的・ビジョン」です。

写真 「在宅勤務八策」のツイート

(2)効果測定
インターネット産業・デジタル産業は、効果測定技術を徹底的に活用することによって大きくなりましたし、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)は「効果測定の塊」の企業です。したがいまして、公共部門のデジタル化を進めて効果測定を行えば、絶対に日本の財政問題の解決につながると思います。

ア.公共部門のデジタル化
最初に行うべきことは、公共部門をデジタル化することだと考えています。国民が行う行政上の各種手続、それと政策、そして住民、これらを全てデジタル化して連携させることによって、データが溜まっていくというのが大前提になります。住民はマイナンバー制度、そして、各種政策にも政策ナンバーをつけて効果測定を実施しやすいようにすることが望まれます。
政策に関する活動がデータ化されると、予算に対する効果が明確になります。少なくとも我々インターネット産業では、1円に至るまで使われた費用とその効果が紐付けされてリアルタイムで把握できますので、国でも同じようなことができると思います。
データを把握して効果測定を行った結果、効果の低い政策は予算を削減して最適化することができるというのは当たり前のことですが、当然それだけで財政が健全化されるとは思っておりません。やはり経済成長、少なくとも名目経済成長率が上昇しない限り日本の財政再建は無理だと思っています。予算削減だけではなく、むしろ、予算を効果的に使うことで経済成長につなげることがポイントではないかと思います。PDCAサイクルをぐるぐる回していくことによって、無駄な予算を削減し、それを効果の高い政策に使うことで経済成長を実現し日本の財政再建を果たす、このことに私は大変関心を持っていますし、ぜひ財務省としてデジタル化を主導してこれをやり遂げていただきたいと思います。

イ.多種・大量のデータ
デジタルのサービスというのは、オフラインであるリアルのサービスに比べて、多くの種類のデータを取得することができるということが特徴の一つです。リアルのサービスでは、例えばコンビニでは、レジで店員が顧客を見て年代「五、六十代」、性別「男性」とPOSで打ちデータ化しますが、満足度を調べるためには、別途アンケート調査をする方法しかありません。
一方、デジタルのサービスでは、サービスから自然に年齢や性別だけでなく、お気に入りの記事が何であるか、他のどのようなサービスを使っているのか、滞在時間はどれぐらいか、など様々なデータの取得が可能であり、データ量がまるで違います。
もう一つの重要な特徴は、リアルタイムでデータが取得できることです。「大量のデータをリアルタイムで取得できる」、これがデータに基づく効果測定の第一歩だと思います。

ウ.KGI-KPIツリー
それでは、具体的にデータをどう管理していくのでしょうか。様々なデータを取得しても、正しく利用できなければ欲しい効果は得られません。インターネット企業では、正しくデータを利活用するためにKGI-KPIツリーを構築しています。KGIとは、Key Goal Indicatorの略でサービスの最終的な目標、KPIとは、Key Performance Indicatorの略でKGIに至る道筋です。データから得られる気づきは何か、それらのうちサービスの成長に重要なものは何かを構造的に整理することで、目標や効果を明確化しています。
要因を分解することは当たり前かもしれませんが、オフラインの商品やサービスでは難しく、売上げが下がった場合でも、その原因がよく分からないのです。適切な解決策が分からないまま取りあえずテレビCMを打ってみようとしたり、あるいは売上げが下がっていること自体を把握するのに、かなりの日数がかかるということもリアルの産業では多々あります。
こうしたリアルの産業にありがちな無駄なコストや時間を、ネット産業の場合はデジタルをデータ化、データドリブン化することによって、スピーディーかつ効率的にそれを発見して改善につなげることができます。KGI、KPIツリーの管理方法は、非常に優れているとの認識を私は持っています。

エ.積み重ねで効果が複利で向上
このKGI、KPIツリーに基づき様々なデータを利活用することで、ネット企業は365日24時間、サービスを改善、成長させています。実際、これら一つ一つの改善というのは、ものすごく大きな効果を生み出すことはあまりなく、0.何パーセント程度の成長がほとんどですが、ここで、もう一つ重要なポイントがあります。それは複利です。改善を繰り返すということは、プラス0.何パーセントという成長をたくさん繰り返すということで、時間さえあればどんどん複利が効いていきます。その一つ一つの効果は数パーセントしかないかもしれませんが、それが繰り返されることによってやがて宇宙が出来上がる、それくらい複利はすごいとアインシュタインも言っています。時間が必要かもしれませんが、各種政策をデータドリブン化し、複利の効果を得ることによって財政再建を果たしていただきたいと期待しています。
ここまでの話をまとめますと、データドリブン化が前提となりますが、KGI、KPIツリーで目標・効果を明確にして管理をする、それで政策をリアルタイムで改善しターゲティングで無駄打ちを減らす。PDCAサイクルによって効果測定を積み重ね、効果が複利で向上する、ということです。これはインターネット企業が実際にやっている管理手法で、たった5社の米国インターネット企業の時価総額合計が日本の東証一部上場の全企業を合わせた時価総額よりも高いという状況をみれば、この方法の効果が高いことが分かります。
財政再建に向けて、デジタル庁のみならず、むしろ財務省、金融庁が公共部門のデジタル化を推進していただきたいと思います。

(3)目的・ビジョン
「在宅勤務八策」で重要なもう一つの策は「目的・ビジョン」です。行政のDXが正しい方向で目的に則した形で推進されるためには、私は三つのことが重要だと思っています。

ア.ユーザーファースト
まず一つ目は、「徹底的にユーザーファーストにこだわる」ということです。インターネット事業は恐ろしい業種で、あるサービスが使いづらいとなったらすぐにライバルのサービスに移行されてしまいます。ですから、サービス提供者はユーザーが何を考えているかを徹底的に推察して、それにあったサービスに磨き込んでいくのです。
行政のDXにおいても、国民あるいは住民がどう使ってくれるのか、便利に使っているのかという点に徹底的にフォーカスしてサービスを磨き込んでいくことをぜひお勧めしたいと思います。我々が3月に統合を果たすLINEは、日本で最も使われているアプリです。数億以上ダウンロードされていることからも分かるように、ユーザーに受け入れられているサービスと言えます。一方、マイナポイントのアプリのダウンロード数はまだそこまで多くはなく、ユーザーレビューもさほどよくありません。ですから、マイナポイントのアプリも徹底的に磨き込んで良いものにしていく必要があると思っています。
公共部門をデジタル化するにあたってよく言われることは「高齢者は使えないでしょう。」「高齢者の方を置いてきぼりにするわけにいかないでしょう。」ということです。しかし、サービスを磨き込めば磨き込むほど、高齢者にも利用しやすいものになります。LINEは、まさにその良い事例です。50歳以上の方が3割も占め、比較的年齢の高い方も使うことのできるサービスになっています。
このように、ユーザーファーストにサービスを磨き込むということが公共部門のデジタル化において最も重要なことだと思っています。

イ.正しい目的・コンセプト
二つ目に重要なことは、「正しい目的・コンセプトを以って推進する」ということです。私は20代の頃、ヤフージャパンの事実上の創業者である井上雅博社長に「ヒットしないサービスを作る者は、間違った仕様で正しく作ろうとしているのだ。そのサービスを、何のために、どういうコンセプトで作るのかということを徹底的に議論して作り込め。」と叱られました。「正しい目的、コンセプトで作られたものは、多少事故やバグがあってもニーズがあるからどんどん使われていくが、目的やコンセプトを間違うと、目も当てられない。よく起きがちなのは、目的やコンセプトを余り議論しないで、どう作るかとか、出来上がった仕様だけを正しく作るということに注力してしまうこと。そこの主客転倒は絶対にやめろ。」ということを、よく言われました。
これから公共部門で様々なデジタル化が行われていく際に「とにかくデジタル化すればいいのだろう」となってしまうと、まさにこの「間違った仕様で正しく作る」が起きてしまいます。特に幹部の方は「間違った仕様で正しく作るな」ということを現場の方に言っていただきたいと思います。

ウ.マイナンバーとの連携
三つ目に重要なことは、行政データを全てマイナンバーと連携させることです。それはパーソナライズが理由です。皆さんは既に、民間のインターネットサービス上ではパーソナライズされたサービスを快適に使っているはずです。ヤフーのタイムラインもそうですし、Amazonで本を買おうと思ったときには、皆さんの興味がある本が既にトップページに出ています。
このように、デジタルの民間サービスにおいては、パーソナライズされたサービスを受けることに既に慣れていますので、行政サービスもデジタルの上ではパーソナライズされるべきだと思います。
例えば、私は一昨年の台風15号で自宅が被災して家がかなり壊れました。初めて罹災届や様々な手続きをするために市役所まで行きましたが、被害の状況が人それぞれなのにもかかわらず、杓子定規というか、固定的な書類やアドバイスしか得られませんでした。こうした災害時などに行政がアプリを通じて「こんな被害に遭ったのではないですか」「その場合にはこういう行政のサービスがありますよ」ということをどんどんパーソナライズして情報発信してくれると「行政サービスは全くクオリティが変わった」となるのではないでしょうか。そのためには、やはり行政データとマイナンバーの連携が前提になりますし、それはすなわちパーソナライズされた確定申告、納税をすることができるということですから、国の様々な課題にも応えられるのではないかと思います。

2.新生Zホールディングス
最後に3月にLINEと経営統合を果たすヤフーの抱く危機感や志を述べたいと思います。

(1)グローバル・テックジャイアント
今、世界を見渡すと、いわゆるグローバル・テックジャイアントという巨大企業が世界中のインターネットサービスを席巻しつつあります。ニールセン デジタル株式会社が発表した2020年度に日本で最も使われたデジタルサービスのトップ10をみると、大半がいわゆるGAFAのサービスで、一矢報いているのはヤフーと楽天です。(こちらのニールセンの発表では)ヤフーは1位ですが、この調査ではYouTubeが含まれていないため、実際にはYouTubeを保有しているGoogleが1位で、「日本の道路で走る車の大半がアメ車」という状況が今の日本です。
便利だからそれでもいい、という割り切りはあると思います。私自身ももちろんGoogleを使えばYouTubeも使うし、Facebookも使っていますが、問題なのはGAFAなり中国のBATと呼ばれるグローバル・テックジャイアントが今まで日本があまり得意ではなかったデジタル産業だけではなく、デジタル産業を超えて日本が得意としている分野にも進出して、市場を席巻することです。その結果、法人税が入らなくなるということにつながっていきます。

(2)日本産業への影響
大和総研が2019年2月に発表した「日本の重点産業分野におけるGAFAの進出状況」をみると、既にほとんどの重点分野にGAFAが進出しています。研究開発に多額の費用を投入しているGoogleやAmazonがAIを用いてデータドリブンの技術を活用すれば、既存のプレイヤーよりも高い効果、高い生産性を出して既存プレイヤーを追い出してしまうこともあると思います。これが日本にとって最も大きな課題であり、我々の危機意識もここにあります。
皆さんは、「GAFAは本当にそんなことができるのか」と思うかもしれませんが、最終的に技術を磨くというのはお金のパワーです。お金があれば優秀な研究者を雇うことができて、良い基礎研究ができて、それを応用研究に繋げ、プロダクトにまで繋げることができます。ですから、研究費は未来創造の原資というわけです。
GAFAにMicrosoftも加えたGAFAMの研究費総額が、日本企業の研究費総額を上回りそう、あるいは、2020年度では恐らく上回るのではないかと思います。日本企業全部が束になってかかっても、研究費において、米国のたった5社に敵わなくなるということが現実に起きつつあります。
日本で作られるデータも大半はこのGAFAMの中に集約されてしまい、そのデータを使ってデータドリブンで産業をアップデートし、日本はこれまで以上に追いつくことができなくなる、ということがこれから起きるのではないかと予測しています。
IT企業、インターネット企業のみならず、日本産業そのものが危機的状況にあるというのが我々の危機意識です。これは、最後は法人税あるいは経済成長の問題につながりますので、財務省にも危機的状況と捉えてほしいし、我々のこと応援してほしいと思っています。

(3)もう一つの選択肢
我々としては、GAFAと対抗するにあたり、まず日本にフォーカスしたいと思っています。日本に住む人にGAFA以外のもう一つの選択肢を提供していきたい。使う人にとって最も使いやすい、まさにユーザーファーストであり、あるいは最も安心してデータを預けられるといったサービスを提供することによってGAFAと戦っていきたいと思っています。
日本国内の会社だからこそ届くような分野にも、徹底的に、重点的に進出していきたいと思っています。例えば行政のDXやオンライン医療、フィンテックの分野です。行政サービスや診療をオンラインで受けたい、あるいは自分の金融資産を増やしたい、といった日本に住む人々の要望に応えるサービスを我々は行政と連携して重点的に行い、GAFAと差別化したいと思っています。

(4)二つの課題

ア.研究開発税制
しかし、課題が二つあります。
一つ目は研究開発に関する税制面です。試験研究費税額控除制度の対象となる試験研究費に含まれる人件費の「専ら」要件は、現行制度においては控除対象が研究開発を専業でやっている人に限られていますが、インターネットサービスの場合は、サービスを動かしながら研究開発を行っているため税制面の効果が得られません。
更に、日本ではサービス業の研究開発に関して税務上では資産計上となっているため、短期で一気に研究開発を行ってGAFAと勝負をしたいときには不利になります。

イ.電気料金
二つ目の課題は電気料金です。IT産業あるいは既存の産業をデジタル化することによって最もコストがかかるのが電気料金になりつつあります。福島第一原発事故以降の電気料金の値上げ、そして、再生可能エネルギー、グリーン化のトレンドの中で「グリーン化もできなければ、値段も高い」のが今の日本の状況です。こうした中、日本にデータセンターを作っても大丈夫か、という課題が我々にはあります。
再生可能エネルギー、グリーン化について、GAFAは既に100%達成しています。それに対して日本の場合、再生可能エネルギー100%調達が価格の面でも、発電量に関しても難しい状況です。ヤフージャパンの現状では、米国に持っているデータセンターは100%再生可能エネルギー化していますが、日本国内においては全くできておりません。今の日本の電気料金は韓国よりも高いのです。
我々は、2023年に国内のデータセンターも100%再生可能エネルギーに切り替え、テナントのデータセンターにはグリーン電力証書を買うことを決断しました。これはコスト増に間違いなくつながりますので、住民のデータを保護するため、再生可能エネルギーデータセンターの国内設置を推進する上で、ぜひ国として電気料金を下げるということに取り組んでいただきたいと思います。

(5)Zホールディングスの志
最後に、我々の志を述べたいと思います。2021年3月にヤフーとLINEは統合します。まずは日本に住む人々にユーザーファーストで最高のユーザー体験というものを提供し、かつ、公共部門の社会的課題にも、国内最大級のプラットフォーマーだからできる立場で積極的に協力をしていきたいと思っています。そして、そこで得られた新たな知見をもって、日本を起点に、アジアにも最高のユーザー体験を提供していきたいと思っています。
LINEは既に台湾、タイ、インドネシア等でそれなりのシェアを持っていますので、これらの国に課題先進国である日本の課題解決を持ち込み、外貨も稼げるようなプラットフォーマーになっていきたいと思っていますのでご理解と応援をお願いします。また、本日前半で話をした公共部門のデジタル化とデータドリブンによる財政再建、これをぜひ財務省、金融庁にやっていただきたいと思います。

講師略歴

川邊  健太郎(かわべ  けんたろう) Zホールディングス株式会社 代表取締役社長 Co-CEO

1998年 青山学院大学法学部卒業。
1995年 青山学院大学在学中に電脳隊を設立し、1999年代表取締役社長に就任。その後、電脳隊などが合弁会社としてピー・アイ・エム株式会社を設立し、取締役に就任。ヤフーとピー・アイ・エムの合併に伴い、2000年にヤフー株式会社入社(「Yahoo!モバイル」担当プロデューサー)。
2012年 ヤフー COO(最高執行責任者)執行役員 兼 メディア事業統括本部長に就任し、副社長 COO 兼 メディアサービスカンパニー長、副社長執行役員 CEO(最高経営責任者)を経て2018年代表取締役社長 社長執行役員 CEOに就任。2019年10月 会社分割で持株会社体制に移行し、Zホールディングス株式会社 代表取締役社長 CEO、ヤフー株式会社 代表取締役社長 CEOにそれぞれ就任。
※2021年3月ZホールディングスとLINEの経営統合に伴い、現職。