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特集 ポストコロナに向けて財政投融資が果たす役割~令和3年度財政投融資計画から~

財政投融資は、民間では対応が困難な資金需要に応えるものだが、新型コロナウイルス感染症対策としても役立てられている。ポストコロナに向けて財政投融資がどのような役割を果たしているのか、令和3年度財政投融資計画をもとに紹介する。取材・文 向山 勇
写真:洋上風力発電
写真:空飛ぶクルマ
写真:製薬
写真:完全人工光型植物工場

財政投融資とは
民間だけでは十分に資金が提供されない事業を実施し受益者が償還財源を負担

「予算」と「財政投融資」にはどんな違いがあるのか
財政投融資とは、政策的な必要性があるものの、民間では対応が困難な長期・固定・低利の資金供給や大規模・超長期プロジェクトの実施を可能とするための投融資活動(資金の融資、出資)。租税負担に頼らず、財投債(国債)の発行などにより調達した資金を財源として、独立採算で行われている。
財政投融資には(1)財政融資、(2)産業投資、(3)政府保証の3つがあり、これらを総称して広く「財投」と呼ばれている。
財政投融資は国の予算と似ている部分があるが、どう違うのか。予算では、主に国民から徴収した税金などを用いて、民間では対応が難しい事業を実施し、お金は基本的に渡し切りとなる。これに対して、財政投融資は税金などを用いず、国債によって調達した資金などを原資として、採算性はあるが民間だけでは十分に資金が提供されない事業を実施し、受益者が償還財源を負担する。
公的事業の受益者がその利益に見合った費用や料金を負担することにより、租税負担を抑制できるのがメリットだ。また、財政投融資は、原資の回収を前提としているため、長期にわたり事業活動に関与しガバナンス機能を発揮できる効果もある。
財政投融資は政策金融機関や独立行政法人などの財投機関が行う事業を通じて、様々な分野に活用されている。たとえば、信用力や担保力等の基盤が弱い中小企業・小規模事業者に対しては、資金繰り支援や経営転換のための資金供給などを行っている。一方で自然条件に影響を受けやすい、生産サイクルが長いなどの特性がある農林水産業において、設備投資等への資金需要に対応している。さらに、教育、福祉・医療分野などでも活用されている。

図.財政投融資とは
図.財政投融資と予算の違い

令和3年度の財政投融資のポイント
コロナへの対応を万全にしつつ低金利生かし国土強靭化を加速
自然災害の増加でインフラ整備が急務に
ここ数年の財政投融資では、低金利環境を生かして成長戦略を後押しする計画が組まれてきた。これを踏まえて令和3年度の財政投融資計画には主に3つの方向性がある。
一つ目はコロナ禍で影響を受けた企業への支援だ。国民が自粛生活を余儀なくされるなかで消費が落ち込み、業績が悪化した企業の資金繰りを支援する。二つ目は低金利を活用したインフラ整備。これは以前から継続してきたものだが、このところ自然災害なども増えていることから、国土強靭化等を加速するものだ。三つ目は、前述の二つを受けてポストコロナを見据えた財政投融資を行うもの。日本の成長を目指すためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、規制改革を受けた資金ニーズへの対応、東京への一極集中の是正、気候変動への対応などが欠かせない状況になっている。これらの課題に財政投融資がどう貢献できるかを探っていく。
これまでにも、洋上風力発電や自動車向けの水素ステーションなどESG関連の事業などにも財政投融資が活用されている。令和3年度もこうした時流に沿った分野での財政投融資の活用を計画しており、主に3つのポイントがある。
一つ目は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた企業・事業者への強力な支援。資金繰り支援や資本性劣後ローンの供給等を予定している。
二つ目はイノベーションの大胆な加速と事業再生・構造転換の支援。ポストコロナを見据えて、医療分野等のイノベーションに向けた投資を加速していく。
三つ目は低金利を活用した、生産性向上や防災・減災、国土強靭化等に資するインフラ整備の加速。地域のライフラインや排水関連インフラの支援等を行っていく。

図.防災まちづくりに財政投融資が活用された例
図.令和3年度財政投融資計画の方向性

ポストコロナに向けてメリハリのある資金供給へ
過去の財政投融資計画の推移を見ると、コロナ禍の影響で令和2年度の金額が飛び抜けて多くなっている。例年は15兆円規模だが4倍を超える66.5兆円に及んだ。これは当初予算13.2兆円に対して、補正予算などで53.3兆円が上積みされたものだが、令和3年度は当初予算として40.9兆円を計画しているのが特徴となっている。これにより、コロナ禍での緊急的な対応に加え、ポストコロナを見据えた投資を実施していく予定だ。
ポスト/ウイズコロナ時代に向けた経済構造の転換のためには、メリハリのあるリスクマネーの供給が重要になる。「ハリ」の部分では、コロナワクチンの開発など医療分野を始めとするライフサイエンス等の新たな成長分野や事業再生・構造転換への投資に大胆に資金を重点的に配分する。また、地方創生の観点から、コロナ禍でリモートワークが浸透しつつあるため、地域企業支援にも力を入れていく。一方、「メリ」の部分では、累積赤字の大きい官民ファンドを見直し、政策性や収益性の高い事業に経営資源を集中していく。
このようなメリハリ付けは、(1)政府全体の方針、(2)社会・経済情勢、(3)これまでの実績、の3点を踏まえて行われている。
次ページ以降では、ポスト/ウイズコロナ時代に向けた取り組みの中から医療産業支援と地域企業支援を紹介しよう。

図.財政投融資計画額の推移

令和3年度の具体的な取組み
経済構造の転換を目指し「医療産業」と「地域企業」を支援

海外ベンチャーのノウハウを日本の医療産業に還流
ワクチン開発をはじめ、日本の医療産業の停滞が指摘されているがその要因は主に3つ考えられる。一つ目は最近の新薬の開発トレンドの変化。新薬市場は、従来の「低分子医薬品」からバイオテクノロジー技術を活用した「バイオ医薬品」にシフトしている。しかし、日本では十分に追いついていない面がある。二つ目は研究開発費の規模。バイオ医薬品へのシフトに伴い研究開発コストは増加しているが、日本の製薬メーカーの研究開発費は米国には遠く及ばない水準が続いている。三つ目は開発主体。特にバイオ医薬品の場合、製薬会社の研究所よりもバイオベンチャーが主体となっていることが多い。上場後のバイオベンチャーの時価総額を比較すると、米国が圧倒的に強く、日本は数十分の1に過ぎない。
このような状況の中で日本の新薬の開発を強化するためには、日本の創薬メーカーの投資規模拡大やベンチャー企業の育成が必要になっている。あるいは、新薬開発に強みを持っている米国のバイオ・創薬ベンチャーへ投資し、その知見を日本に還流して活用する必要もある。
これは日本政策投資銀行のレポートでも指摘されている。それによると、日本のベンチャーが育たない理由には「負のスパイラル」があるという。具体的には、日本では成功事例が出ていないため、投資家が投資しにくい状況がある。投資が行われないと成功確率が下がるため、優秀な人材も集まらず案件も出てこない。結果、成功事例が出にくいという負のスパイラルに陥っているというわけだ。
このような状況から成功事例をつくることが重要であると考えられるが、この部分で財政投融資を活用していく検討が行われている。例えば、国の予算を使って有望な企業に投資すれば、他の投資家の資金を呼び込むきっかけにもなりえる。

令和3年設立のファンドですでに第1号案件が始動
具体的には、DBJ(日本政策投資銀行)が医療分野等に投資を行う「DBJイノベーション・ライフサイエンスファンド」を設立した。DBJはファンドを通じて国内のベンチャー企業に投資する枠組みをつくり、そこに国が産投(産業投資)出資を行う。また、海外とくに米国のベンチャー企業にも投資を行うことで、そのノウハウを日本の企業に還元することも考えている。これにより日本の製薬ベンチャーに成功事例をつくる環境を提供する。DBJはこれまでも医療系のベンチャーファンドに出資した実績や日本の製薬会社が海外の医療系ベンチャー企業を買収する際に融資をするなどの実績がある。国からDBJへの出資はこれまで全体で1,000億円程度だったが、令和3年度においてはほぼ倍増の1,750億円の予算をつけている。
ファンドを設立したのは令和3年3月だが、すでに1号案件がスタートしている。医療系ファンドに関してはDBJも一定の実績があるが、より専門性が高い分野に取り組むため、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)とも連携していくこととしており、1号案件はAMEDの紹介を契機として実現に至ったものである。

図.医療系ファンドの仕組み

金融機関の収益構造の転換と地域の活性化を両立
一方地域支援については金融庁の動きと連動して進められている。令和2年7月17日の「成長戦略フォローアップ」では、低金利環境の長期化やベンチャー支援の必要の高まりといった状況の変化を踏まえ、銀行規制の在り方を検討し、令和2年度中に結論を得ることとされていた。
これを受けて、金融庁が規制の緩和に動いている。これまでは銀行が企業に出資する場合の制約が厳しかったが、それを緩和することにより銀行が地域企業に出資しやすくする。これにより、銀行の収益が確保できると同時に地域の活性化にもつながることから、一挙両得の効果が期待できる(なお、銀行の出資規制の緩和を含む法律案が令和3年3月に国会に提出され、5月に成立している)。
一方、DBJでは以前から横浜銀行や静岡銀行などの地銀と共同でファンドを設立し地域の企業を支援する活動を行っている。たとえば、最近の中小企業では後継ぎ問題が深刻になっているが、成長性はあるが資金不足に陥っている企業への投資などを行っていた。
金融庁による法改正に伴いこのような地域企業への出資が今後加速していくことが予想される中で、財政投融資を活用して相乗効果が出せる施策の検討が行われた。
具体的には、地銀等の民間金融機関がファンドを設立し地域企業等向けに事業改革等のための投資を行っているところ、民間金融機関による取組みを後押し・育成するために国からDBJに産投出資を行いDBJがファンドに出資することとしている。

図.地域企業の回復・成長のための民間金融機関・ファンド支援の仕組み

TOPICS
UR都市機構の取り組み
コロナ禍に対応した都市機能や賃貸住宅の役割を再構築

テレワークスペースの確保に団地内の集会場を活用
UR都市機構(独立行政法人都市再生機構)には、主に(1)都市再生、(2)賃貸住宅、(3)災害復興の3つの業務がある。これらの事業を実施するには、比較的短期の民間金融機関からの借入では対応が難しいことから、長期・低利での資金調達を可能とする財政融資資金からの融資が利用されている。
このうち(2)の賃貸住宅事業ではコロナ禍に対応した取り組みを展開している。UR都市機構が管理する賃貸住宅(「UR賃貸住宅」)は約1,500団地、71万戸に及び、入居している人の数は約130万人に上ることからUR都市機構はコミュニティの形成者としての役割も担っているといえる。従来からUR都市機構はUR賃貸住宅の管理者としてさまざまな取り組みを行っているが、コロナ禍に対応し、団地内の集会場等を活用したテレワークスペースの提供を始めた。コロナ禍では、一気にテレワークが浸透したが、自宅でワークスペースを確保するのが難しいケースも多い。それを解消するため、集会場等を活用しているわけだ。令和2年度の途中から開始して、すでに900件程度の利用実績がある。
同様にテレワークの浸透などで職住接近が進み、団地内に昼食需要が広がっていることを受けてオフィス街などによくみられるキッチンカー等を団地の敷地内に誘致し好評を得ている。

屋外のオープンスペースを活用した実証実験も
(1)の都市再生の部分で民間事業者等と協力し屋外型リビングラボ施設「うめきた外庭 SQUARE」の実験空間がスタートした。JR大阪駅前の大規模開発地の中に設置された屋外のオープンスペースでさまざまな活動を行うもの。たとえば、西尾レントオール(株)は2020年10月5日~16日に「うめきた外庭SQUARE」で本社業務を行った。都市部の緑地エリアを空間高度化(IoT化等)することで「BCP対策」「賑わい創出」にどのような効果をもたらすかを検証した。有事の際を想定した仮設の通信環境の下での事業継続の可否を実験するとともに、屋外におけるオフィスワークが人にどのような影響を与えるかについても確認した。
その他にも地域に開放する「地域連携プロジェクト」や起業を目指す人向けの「チャレンジショップ」などにも利用されている。
図.UR都市機構の3つの事業
写真:団地内の集会場を利用したテレワークスペースの提供
写真:職住接近に対応してキッチンカーを誘致
写真:「うめきた外庭SQUARE」に設置した仮設のサテライトオフィス