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ファイナンスライブラリー:友枝 敏雄/樋口 耕一/平野 孝典 編『いまを生きるための社会学』

丸善出版 2021年1月 定価 本体3,800円+税
評者 渡部  晶

「いまを生きるためのシリーズ」(丸善出版)は、現代人が直面しうる様々な社会問題(トピックス)の捉え方・乗り越え方について、1テーマ見開き2頁また4頁で、平易に解説をする、というものだ。本書はシリーズ2冊目のものとなる。
本書について、編者は、一定の学力のある高校生が読める書籍とすべく、文章はかなり平明にし、一方、巻末の参照文献と索引(事項・人名)を充実させ、学者にも有益なものとなったという。編者の1人である友枝敏雄氏(現関西国際大学社会学部教授、大阪大学名誉教授)の編著『リスク社会を生きる若者たち』は本誌2016年5月号、共訳『ギデンズ 社会学コンセプト事典』は本誌2019年4月号にて紹介した。
本書の構成は、第Ⅰ部 社会学とは(西欧近代に誕生し、現在の学問分野では社会科学の一分野に属している社会学の特色を紹介)、第Ⅱ部 社会変動~その趨勢とメカニズム(社会学的分析のメインテーマである社会変動について、その分析手法を具体例に即して説明)、第Ⅲ部 現代社会が抱える問題群~現在から未来へ(日本社会にフォーカスしながら現代社会がかかえる問題を、「家族のゆくえ」から「グローバリゼーションのゆくえ」まで15のテーマから考察)、第Ⅳ部 社会的なるもの・公共性・正義の可能性~将来社会のデザイン(第Ⅲ部の15の具体的なテーマ―家族、医療と福祉、犯罪と司法、マスメディア、情報化、AIとロボット、宗教、ジェンダー・セクシュアリティ、労働と貧困、格差・不平等、環境と災害、地域社会、社会運動と民主主義、国家、グローバリゼーション―をふまえ、将来社会をデザインする上で、公共性や正義をどのように考えたらよいかを考察)、となっている。
「はじめに」で、2020年3月の英国ジョンソン首相の「社会というようなものは確かに存在します(There really is such a thing as society)」との発言を、1987年のサッチャー首相の「社会といったものは存在しません」との関連で紹介し、「社会というものは、人間の思考による抽象的なプロセスを経て理解可能になるものです」という。編者は、このサッチャー首相の意図について、第二次世界大戦後から続いてきたイギリスの福祉国家体制を批判して、個人主義(「自己責任」を中心とした個人主義)に基づく社会を創り出そうとしたと読み解く。
本書を通読し、社会学の意義として、人間の思考に切り口を与える概念の「発見」が非常に重要であるとあらためて認識させられた。例えば、第Ⅲ部第8章「ジェンダー・セクシュアリティのゆくえ」(江原由美子執筆)では、「1970年代の日本の社会学には、ジェンダーという概念はなかった」と断じる。たしかに、評者の手元に残る『社会学概論』(有斐閣大学双書 1976年初版)には、近そうな内容でも「家族社会学」関連の紹介しかない。「ジェンダー概念は、『性とは何か』という問いを問うことの正当性を、広く一般の人々にも説得力を持って示したのだ」という。また、フーコーによる「セクシュアリティ」概念について、性行動や性的欲望を、人間の不変の「本能」として位置づけるのではなく、学術的知や制度的知の中で生み出される社会的構築物として扱うという方法論からの概念である、と簡潔な解説が加えられる。最近のSDGsやESGをめぐり建設的な議論を行うための前提として、このような「ジェンダー」概念などの最新の社会学の知見を知っておくことは不可欠と感じる。
本書に関連して、2004年6月に公表された税制調査会基礎問題小委員会報告「わが国経済社会の構造変化の『実像』について~『量』から『質』へ、そして『標準』から『多様』へ~」は、本書で紹介されている社会学的なアプローチが強い、税調報告としてはかなり特徴のある取り組みであったことを思い出した。ポストコロナの時代における人と社会の在り方について考えていくうえで、経済官庁関係者にも手に取ってもらいたい1冊である。