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新米課長補佐の目から見る激動の国際情勢(第1回)―新型コロナ対応に見る各国のスタンス―

国際局地域協力課国際調整室 庄中  健太

ここでは「新米課長補佐の目から見る激動の国際情勢」と題して、最近の国際情勢における目まぐるしい変化について、財務省国際局に所属する新米課長補佐が自身の経験を振り返りつつ概説していく*1。国際局の業務所掌範囲の広さゆえに論ずべきテーマも多岐に渡るため、貴重な当誌の誌面を3か月間に渡りジャック*2させていただくこととなった次第。
さて、記念すべき第1回では、世界の主要国における新型コロナ対応を取り上げたい。新型コロナウイルス感染症は世界のあり方を大きく変えたビッグインパクトであり、今事務年度を語るに不可欠の最重要テーマであることは論を俟たない。

1.新型コロナの感染拡大
~2020年2月下旬 コネチカット~
「日本はクルーズ船の乗客を解放。これは安全なのか?」*3―最近、母国のニュースをよく目にする。男はニューヨークからバスで2時間ほど離れた田舎町の大学に留学している。その日はクラスの友人にも「福島第一原発事故と共通点が見られる」「東京五輪は開催可能なのか」等と詰め寄られ面食らった。
そろそろ長期休暇があり、その友人は婚約者とのドイツ旅行を心待ちにしていた。男はというと、金融政策のペーパーを執筆すべくアルゼンチンを訪問し、現地エコノミストらにヒアリングせんと意気込んでいた。
新型コロナの感染拡大
2019年末に中国武漢で感染が報告された新型コロナウイルス感染症は、2020年になると瞬く間に世界中に伝播し、パンデミックとなって各国で猛威を振るった*4。治療薬のないこの新たなウイルスによる感染拡大は、世界経済にも史上最大規模の危機的状況をもたらした*5。
新型コロナの流行を受けて、2020年1月下旬、武漢が都市封鎖(ロックダウン)となったが、その後2月には日本でクルーズ船内における集団感染が起こり、3月に入ると韓国、イタリア、イランでも感染者が急増した。3月11日、WHOは新型コロナのパンデミックを宣言したが、この頃から米国や欧州においても感染者が急激に増え始め、先行きの不安を背景に世界の金融市場も過敏に反応した。それまでは中国や日本等アジアの問題だと拱手傍観していた欧米各国でも、突如我が事として政策対応が取られ始めた。
~2020年3月上旬 ブエノスアイレス~
かつて世界五傑の豊かさを誇ったアルゼンチンの首都にて、男は岐路に立たされていた。時を同じくして同国初の新型コロナ感染者が確認されたため、予定は全てキャンセルとなった。開き直ることにして、イグアスの滝で水飛沫に打たれたり、パタゴニアへ行きウイスキーをオンザロック*6で嗜んだりした。しかし直後に大統領令が発出され、観光ビザの外国人の滞在には刑事罰が科されるらしいと聞く。まだアンデス山脈の麓メンドーサでワイナリー巡りをしていない。が、今は帰るしかない。また来よう。街中では労働者たちがマテ茶を回し飲みしていた。皆この騒動をアジアや欧州の一部の話、対岸の火事だと思っている。それとは裏腹に、外国人観光客は急な帰国を迫られ、後ろ髪を引かれながら男もその地を後にした。
~2020年3月中旬 ニューヨーク~
11時間のフライトを終え、くたびれた様子でジョン・F・ケネディ国際空港を出ると、見たことのない世界が広がっていた。飲食店のイートインスペースには張り紙が貼られ、座席が間引かれている。タイムズスクエアにはマスクを着けた人も散見された。この国でマスクを着けるのは医者かホッケープレーヤーくらいのものかと思ったが。確かな違和感に迫り来る危機を感じた。

コラム1:コロナパンデミックは未曾有か?感染症の歴史
今回の新型コロナウイルス以外にも、人類は交通の発展とともに多くのパンデミックを経験してきた。中国起源のペストは、シルクロードを経由してユーラシア大陸の西側に持ち込まれ、6~8世紀にビザンツ帝国で繰り返し流行した。その後、14世紀にもペストが大流行し、欧州人口の3分の1が死亡したとされる。大航海時代になるとスペイン人により米大陸に天然痘を始めとする疫病が持ち込まれ、免疫を持たない原住民にたちまちに伝染した。産業革命を経てグローバル化がさらに進展すると、19世紀にはインドからコレラがパンデミックとなり、黒船に乗って幕末の日本にも到来した。
第一次世界大戦末期に大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)では、世界人口18億人に対して、累計2000~4500万人が死亡したとされる*7。つい100年前のことである。当時の内閣省衛生局では、マスク着用を推奨し、多人数での会合を避けるよう呼びかけていた。米国でも営業時間の短縮を要請したほか、サンフランシスコなど一部の都市ではマスク着用が法令で義務化された(下図参照)。
19世紀には、北里柴三郎によるコレラ菌発見を含め、結核菌やペスト菌等についても解明が進み、また血清療法やワクチンが普及したことで、人類は感染症への対抗を強めていった。しかしながら、これまでに人類が根絶に成功した感染症は唯一天然痘のみである。新型コロナウイルス感染症についてもその他の感染症と同様、ワクチンや治療薬を用いつつ、あるいは社会的な行動変容を伴いつつ、共存していくほかないと思われる。
写真:内閣省衛生局が制作したスペイン風邪予防の啓発ポスター(国立保健科学院)
写真:スペイン風邪流行時にマスクをつけて整列するシアトルの警察官(Getty Images)

2.各国の新型コロナ対応
トランプ政権の経済対策
新型コロナによる被害が世界最悪の米国においては、2020年3月以降に経済活動の制限措置が講じられたことで実質GDP成長率は大幅な減少(2020年第1四半期▲5.0%、同年第2四半期▲31.4%、前期比年率)に転じ、2009年から続いた戦後最長の景気拡大期が終了した。労働市場においても、2020年3~4月に労働者数が大幅に減少し、4月の失業率は戦後最悪の14.8%にまで悪化した。
こうした中、トランプ大統領は、2020年3月6日に第1弾(83億ドル)、同月18日に第2弾(1,919億ドル)、さらに同月27日には個人への現金給付を含む第3弾(2兆2,400億ドル)の経済対策を立て続けに実施した。トランプ政権下での経済対策は、4月に成立したPPP(給与保護プログラム)増額等のための追加経済対策(4,834億ドル)や12月に成立した第4弾(8,677億ドル)も合わせると総額3.8兆ドルにも上り、2008~2009年の世界金融危機時の1.5兆ドルを大幅に上回る規模となった。
FRBの金融政策対応
2020年2月下旬以降、コロナショックで金融市場は混乱していた。株価は急落し、国債利回りが低下する等、安全資産への逃避行動が見られた。また、各国の入国規制措置により航空機燃料等の原油需要が大幅に低下するという予測も相まって原油価格も大きく下落した*8。パニックに対処すべく、FRBは同年3月の間に下限(0.00-0.25%)となるまで政策金利の利下げを繰り返し、米国債やMBS等の購入による量的緩和によりバランスシートを急激に拡大させた。また、トランプ経済対策第3弾により、米財務省からの出資や保証を受けた新型コロナ対策ファシリティを設立し、中小企業等への流動性供給を実施した。
同年3月下旬、FRBは、国際決済の円滑化や国際金融システムの安定化を図るための措置として、海外主要5中銀(日銀、BOE、ECB、カナダ銀行、スイス国立銀行)に加え、新たに9行*9との間に米ドル流動性供給スワップを締結した。さらに、Fedに口座を持つ外国中銀および国際機関(FIMA:Foreign and International Monetary Authorities)の米ドル調達ニーズに対応するため、暫定的なレポファシリティを供与することで、外貨準備の減少に悩む新興国の米ドル流動性を確保するとともに、米国債売却リスク等を回避した。
こうしたFRBの積極的な政策対応により、リスク資産価格が回復する等、世界的な金融市場の混乱は収束に向かっていった。

コラム2:現金給付政策の効果は?
コロナ危機により経済的困難に陥った個人に対する救済策として、日本と米国では、経済対策において現金の直接給付政策が行われた。米国では個人を対象とする定額給付がこれまでに3度実施されており、給付総額は約8,690億ドルに上る*10。ただし、当該給付金の使途を尋ねる調査では約半数が貯蓄に回すと回答しており、生活費の下支えという所期の効果を発揮しているとは言い難い。こうした貯蓄の増加等の影響により、2020年の家計貯蓄額は過去最高を記録している。
日本においても、国民1人当たり10万円の特別定額給付を2020年度補正予算で措置したが、給付金の7割が貯蓄に回ったとする調査結果も出ている*11。また、2020年の家計貯蓄額も、米国と同様過去最高を記録している。なお、積み上がった貯蓄は、外出自粛等により本来あり得た消費が抑制された影響が大きいとも指摘されており、パンデミック終息後には一定のペントアップ需要*12が想定されるが、他方で現在の自粛生活に慣れた生活者の生活スタイルが固定化することにより、貯蓄が高止まりする可能性も指摘されている。

~2020年4月 再びコネチカット~
状況は日々悪化の一途を辿っている。東京五輪は1年の延期が決定した。トランプ大統領は欧州からの入国禁止措置を発表し、友人はドイツ旅行を断念した。
今月から授業が完全オンライン化され、ソーシャルディスタンスを確保するために宿舎の移転も迫られた。田舎町にもロックダウンが敷かれ、飲食店は出前のみ、不要不急の外出も禁止された。もとより誘惑のないこの街を男はとても「気に入って」いたが、これで一層学業に熱中できると息巻いた。
米国人や永住者には1,200ドルの現金給付があるらしい。当然、外国人留学生は対象外である。特に残念でもなかったが、今度は日本でも10万円の給付が行われるとの知らせを聞いた。対象者は日本に住民票のある者で、外国人も含むとのこと。日米いずれの恩恵にも与かれなかった男は激怒した。必ず、これをネタにすることで10万円分の元を取り戻さねばらぬと決意した。

欧州各国の対応
2020年2月下旬にイタリアから始まった欧州における感染拡大は、3月以降、フランス、ドイツ、英国とピークを移しながら、欧州全土に飛び火した。ユーロ圏経済は、感染拡大を受けてドイツ、フランス、イタリア等において厳格なロックダウンが実施された結果、米国と同様大きな経済的落ち込みとなり、実質GDP成長率は2期連続でマイナス(2020年第1四半期▲14.2%、同年第2四半期▲38.8%、前期比年率)となった。
欧州各国は事業者等への融資・補助金、給与保証、失業手当等、新型コロナで影響を受けた産業や労働者に対して手厚い支援を行った。例えば、フランスでは飲食・観光業や自動車・航空産業等に対する基金の充実や、見習研修生を雇用した企業への支援金、デジタル分野のスタートアップ企業に対する資金繰り支援等を実施した。また、ドイツでは、学生への無利子融資や給付金支給、文化施設に対するキャンセル料の補填や改装工事費補助等の支援を実施した。
EUにおいては、機動的な財政措置を可能にすべく、2020年3月に「安定・成長協定」(Stability and Growth Pact)*13に規定される例外条項の適用を決定し、加盟国の財政赤字3%以内、政府債務残高対GDP比60%以内を定めた予算要件からの逸脱を一定期間容認している。

コラム3:英国版「Go To イート」
英国は新型コロナ対策として、事業用固定資産税の免除や補助金の支給に加え、休業を余儀なくされた企業が従業員を一時帰休させる場合に給与の8割を負担する制度(Job Retention Scheme)等、様々な事業者向け支援を実施した。その中でも、ユニークな取組みとして「Eat Out to Help Out」と呼ばれるレストラン補助政策が話題を集めた(下図参照)。これは、2020年8月の1か月間限定で、月・火・水曜の外食を1人10ポンドを上限に半額補助するもので、全英72,000店舗以上が参加した。結果、予定を上回る1億食以上(5.2億ポンド)の請求に達し、飲食産業の雇用維持に貢献した。なお、レストラン予約サイト「Open Table」のデータによると、8月の対象日の予約は前年同月比で53%増加した(7月は同▲54%)*14。なお、本政策は予想以上の劇的効果をもたらし、レストランやカフェの価格を押し下げたことで、英国のインフレ率は7月の1.0%に対し、8月は0.2%にまで急落した*15。
写真:「Eat Out to Helo Out」のポスター(Gov.uk)
写真:補助によって割引されたレシート(駐在員提供)

~2020年7月中旬 東京~
フィッティングルームで電話が鳴った。「君の配属は国際局地域協力課だ。羽を広げて頑張ってくれ。」―社会復帰を目前にして男はスーツを仕立てていた。コクサイキョク。国債?は確か理財局だから、国際局ということか。どうやら欧米の経済政策を担当するらしい。アルゼンチンにも行けるだろうか。新しいスーツを身に纏い、世界に羽ばたく準備をした。

EUの盟主ドイツのリーダーシップ
南北・東西と様々な違いを抱えるEUは、コロナ危機を前にして加盟国間の対立が深まっていた。分裂の危機を避けるべく、当時議長国であったドイツのメルケル首相はリーダーシップを発揮した。EU全体で借金をすることで、イタリア等コロナ被害が甚大な国の支援に補助金を回すという新たな予算スキームについて、当初反対していたドイツは大きく譲歩し、欧州の復興基金構想に合意した。これにより、ドイツを始めとする国々は他国の借金をいわば肩代わりすることになるが、EUの結束を優先した。
結果、同年7月、欧州理事会において1兆743億ユーロの「多年度財政枠組み」(MFF:Multilateral Financial Framework)*16に加え、特別予算である7,500億ユーロの「欧州復興基金」(NGEU:Next Generation EU)*17で構成される、総額1兆8,243億ユーロの「欧州復興計画パッケージ」が合意された*18。EU予算は1年当たりGNIの1.23%を上限とする中、7か年予算のMFF(2019年名目GDP比7.7%)に対し復興基金は同5.4%であり、歳出抑制路線を堅持してきたEUにおいては異例な規模の予算措置と言える。また、同パッケージのうち3割は気候変動分野に充当するとされるなど、EUの中長期的な主要課題に重点的に資源配分することで、復興を通じたより強靭な経済体制の実現を目指している。

バイデン政権の経済対策
米国においては、矢継ぎ早のコロナ対策も道半ば、大統領選挙が本格化してきた最中に感染第3波が始まると、2021年1月にはピークを迎え、世界最悪の感染状況となっていた。
1月14日、バイデン次期大統領は就任に先駆け、現金給付の上乗せ等を含んだ総額1.9兆ドルの経済対策「米国救済計画」(American Rescue Plan)を公表し、議会(共和党や民主党左派等)との調整を経て、大統領就任後の3月11日に成立させた。さらに長期的な経済再生プランとして、同月31日にはインフラ投資「米国雇用計画」(American Jobs Plan)に2兆ドル、4月28日には家計への投資「米国家族計画」(American Families Plan)に1.8兆ドルを盛り込んだ大規模な財政出動を伴う経済対策を立て続けに発表した*19。
トランプ政権下も含めた累次の経済対策やFRBによる金融緩和、そしてワクチン接種の進展の結果として、米国の実質GDP成長率は、2021年前半には先進国で唯一、コロナ危機前の水準を回復すると見込まれている*20。

3.ポスト・コロナ時代に向けた政策的インプリケーション
IMFによると、上述の大規模な財政政策・金融緩和や、ワクチン普及を背景とした経済回復期待の効果として世界経済は持ち直しているものの、株式、不動産、仮想通貨といった資産の高騰、期待インフレ率やCPIの上昇等、金融市場において副次的な動きも見られている*21。これについて資産バブルが生じているとの見方もあり、FRBは「株式等のリスク資産は期待される収益や過去の水準と比べて高くなっている」として、資産価格急落に繋がるリスクを指摘している*22。
さらに、財政に目を向けると、主要先進国における2021年の政府債務残高は120%を超え、第二次世界大戦直後の水準にまで増加する見込みである。新型コロナ対応による債務の増大という事象は先進国共通ではあるが、その影響やインプリケーションは国毎に異なる。

インフレリスクへの警鐘
米国についてはインフレリスクが懸念されている。2021年4月のCPIは+4.2%(前年同月比)と2008年9月以来の高い伸びとなっており、ワクチン接種の急速な進展*23や、バイデン政権下での大規模な経済対策等を受けて、今後経済がオーバーヒートする可能性も指摘されている*24。他方、FRBはテーパータントラム*25も教訓に市場とのコミュニケーションを丁寧に行っており、金利の急上昇等の想定外のショックが米国の財政や経済にネガティブな効果を与える可能性は低いとの見方もある。いずれにしても、インフレ期待が大きく上昇する中、テーパリングを含むFRBの早期金融正常化観測や景気先行き懸念に対する市場の反応について、引き続き注視していく必要がある。

大型財政出動の裏に税制改革あり
バイデン政権下で発表された大型の経済再生プランについては、米国経済と労働者の未来に再投資するとしている。そのため、単純な歳出増の計画ではなく、税制改革を含めた財源論についても考慮の上、設計されている点は注目に値する。例えば、第1弾(米国雇用計画)については、8年間で約2兆ドルのインフラ投資の見合いとして、法人税率の引上げを含む15年間で2兆ドル超の増収となる税制改革案「メードインアメリカ税制」(Made in America Tax Plan)も含まれており、これを同計画の財源とするとされている。また、第2弾(米国家族計画)については、10年間で約1.8兆ドルの家計への投資の見合いとして、10年間で約1.5兆ドルの税収増となる所得税・キャピタルゲイン税を中心とする税制改革案等が盛り込まれており、投資費用は第1弾と合わせて15年間かけて賄われると見込んでいる。

理想を追い求めるEUが目指す復興の形
EUは、コロナ後の経済復興のための欧州復興基金を創設した。7,500億ユーロもの大規模な基金だが、財源論についてもセットで議論されており、欧州委員会がEU共通債(うち3割は環境債)を発行し、市場において資金調達することになっている*26。米国バイデン政権の経済再生プランのように直接的な増税によって賄うとしているわけではないものの、これらの債務は2027年以降のEU予算を通じ返済されることになっている*27。フォン・デア・ライエン欧州委員長は、復興基金がグリーンやデジタルという将来世代にも裨益するような歳出になっていることから、「私たちは、今この瞬間のみならず、未来の世界のために、より良い生き方を創造することを選択した」として、同基金がコロナ禍を克服することであるのみならず将来世代のための施策でもあることを宣言し、EUの新たな共通財政ツールができたことを結束の象徴として強調した*28。
なお、英国についても、コロナ禍で膨らんだ政府債務の返済に充当するため、2023年から法人税の最高税率を19%から25%に引き上げる方針を示している。2021年3月、スナク財務大臣は、不人気な決断なことは承知とした上で「債務問題を将来世代の問題として放置すれば、責任ある財務大臣とは言えない」として、増税計画に対する国民への理解を求めた。

なお困難な道程
このように責任ある姿勢を示している米国やEUではあるが、その実現は一筋縄にはいかない。
米国では、税制改革について共和党との合意が困難な状況であり、共和党が増税反対で一致している。また、2022年の中間選挙を控える中で、中道派の民主党議員も本音では増税に慎重になっており、バイデン政権がインフラ投資計画の財源にするとしている法人税の28%までの引上げ等については、実現可能性は低いとの指摘もある。
EUにおいても、復興基金をめぐる各国における承認手続きでは、ドイツが国内手続きを一時停止する事態になる等、基金の運用が遅れることが見込まれる。欧州では変異株による感染が拡大する一方、ワクチン接種の進展は米英に比べて緩慢であり、危機前の経済水準への回復は日米に遅れると見込まれている。そうした中、復興基金を通じたグリーン・デジタル等の成長分野へのターゲティングの移行も計画通り進展しなければ、経済成長を前提とした債務持続可能性の維持にも影響が生じるリスクも考えられる。

日本にも求められる未来への責任ある対応
さりとて、米国やEUの取組みと比べて、日本の財政持続可能性の維持に対する議論は立ち遅れている。日本は他の主要先進国と比して新型コロナによる感染被害は軽微であったと言えるが、経済対策規模を見ると対GDP比で圧倒する。結果として、コロナ禍以前から突出して世界最悪だった債務残高は一層深刻化し、2020年度の財政赤字は対GDP比14%と、前年の4%から大幅に悪化する見込みである。さらに、IMFによれば2021年の日本の債務残高対GDP比は256%と、他国と比較しても引き続き突出することとなる。他方、インフレ期待は依然として弱く、それを前提とした異次元金融緩和策への継続的なコミットメントもあり、現在のところ債務問題の顕在化には至っていない。実際、危機発生時に対応する財政余力が残されていないとの懸念に反し、大胆な財政出動は首尾良く実行され、債券市場への影響も限定的であった。ただし、他国の追随を許さぬ規模の政府債務残高と日銀バランスシートは依然脆弱性を孕んでいる。眼前に確かに存在するリスクを放置し、コロナ後の出口戦略から目を背けるべきではない。無論、容易な出口はない。だが抜け道もない。今後我が国においても、高齢者の医療費負担増を含めた恒久的な支出抑制策のための歳出改革や、適切な税制改革、財政健全化目標への継続的なコミットメント等をもって、長期的な財政の持続可能性を担保するなど、未来に責任のある政策の在り方を議論していかなければならない。
図.バイデン政権の経済対策(Build Back Better)

コラム4:EUが検討する「炭素国境調整メカニズム」
「欧州復興計画パッケージ」では、その財源の一つとして、「炭素国境調整メカニズム」(CBAM:Carbon Boarder Adjustment Mechanism)という仕組みの導入を提案している。これは、EUが求める高い環境基準を達成できないと考える企業が、環境規制の緩やかな国へと製造拠点を移転することを防止する仕組みである。環境問題は地球レベルの課題であるため、いくらEU域内だけで努力し炭素排出を減らしても、EUで操業していた業者が域外国に移り、これまで同様に炭素を排出し続けては本末転倒である*29。そのため、EUは各国に対して、EU並みに環境規制を強めて製品を製造する仕組みを整えるか、もしくはEUから輸出入に係る追加的な負担を課されることで高いコストを支払うことになったとしても、現状の炭素を排出する製造方式を維持するかの選択を迫ろうとしている。このような仕組みの導入には炭素排出の多い国からの反発も予想されるが、バイデン大統領はEUと同様の仕組みを導入するとしており、今後の趨勢に注目が集まる*30。

~2021年5月 再び東京~
未知のウイルスはいまだ猖獗を極めている。欧米等先進国ではワクチン接種が進み感染拡大が抑制されてきているものの、インドでは変異株が急速に拡大し、状況は引き続き流動的だ。新型コロナの流行を契機に世界の形は良くも悪くも大きく変わることは日月自明である。国際局に配属されて1年近くが経ち、世界情勢の分析が習慣化していた。次はどうなるだろうか。いや、どうすべきだろうか。
ところで、ついぞ海外出張は実現しなかった。国際会議も海外要人との面会もほとんどオンラインでやっている*31。「オンザロック」を脱し、あの日諦めたワイナリー巡りができる日は来るのだろうか。いつか「日常」が取り戻せることを夢見て今日もテレワークを行うのであった。羽はまだ大事に折り畳まれている。

筆者略歴
庄中  健太(しょうなか  けんた)
財務省国際局地域協力課国際調整室 課長補佐
2013年財務省入省。主計局、高松国税局、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局を経て、北京大学、イェール大学に留学。2020年7月より現職。国際調整室では欧米等先進国の政治・経済情勢の分析、財政当局の二国間協議等を担当。

*1)6~8月号にかけて、全3回に渡り連載する予定。この場を借りて、関係各位のご尽力に改めて感謝申し上げる。なお、本稿における意見は筆者個人の見解であり、所属する組織を代表するものではない。
*2)「ジャック」は「hijack」に由来する和製英語であり、本来の英語では「takeover」等とするのが正しい。(「hijack」の由来については諸説あるが、「Hi, Jack!」(ハイ、ジャック!)と運転手に呼びかけ車を強奪する犯罪から名付けられたという説や、「Stick’em up high, Jack!」(手を高く上げろ!)という銃口を突きつける際の脅し文句から名付けられたという説が有力とされる。)
*3)New York Times “Japan Lets Cruise Passengers Walk Free, Is That Safe?”(2020年2月19日)。なお、現在の見出しは“Hundreds Released From Diamond Princess Cruise Ship in Japan”へと変更されている。
*4)原稿執筆時の2021年5月10日時点で、全世界の累計感染者数は1.5億人、累計死者数は322万人に達している。以下、新型コロナウイルスへの感染者数・死者数はWHOによる数値を参照。
*5)特に感染状況の深刻だった米国では、ピーク時には1日の新規感染者数が30万人を超え、同死者数は5千人以上に上った。同国における累計死者数は60万人に迫り、これは米建国史上最大の犠牲者を出した南北戦争に比肩する。また、欧州でも累計死者数が100万人を超える等、国境を越えて感染が拡大していった(2021年5月10日時点)。
*6)「オンザロック」(on the rocks)はウイスキー等の酒を氷塊に注いだ飲み方(いわゆるロック)。また、「(船が)座礁する」という意味もあり、これが転じて「状況が危機的であること、行き詰まること」も指す。
*7)速水融(2006)「日本を襲ったスペイン・インフルエンザ」藤原書店
*8)WTI原油先物価格は2020年4月20日、1バレル=マイナス40ドル32セントをつけ、史上初めてマイナス価格を記録した。
*9)豪州準備銀行、ブラジル中央銀行、デンマーク国立銀行、韓国銀行、メキシコ銀行、ノルウェー中央銀行、ニュージーランド準備銀行、シンガポール金融管理局、スウェーデン国立銀行。
*10)1回目(2020年3月):大人1,200ドル、子供500ドル(総額約2,930億ドル)、2回目(2020年12月):600ドル(総額約1,660億ドル)、3回目(2021年3月)1,400ドル(総額約4,100億ドル)を支給(1回目は年収99,000ドル以上、2回目は年収87,000ドル以上、3回目は年収80,000ドル以上の者は給付対象外)。
*11)Michiru Kaneda, So Kubota, Satoshi Tanaka“Who Spent Their COVID-19 Stimulus Payment? Evidence from Personal Finance Software in Japan”(Covid Economics:Vetted and Real-Time Papers, Issue 75, p6-29(2021))
*12)景気後退期に購買行動を一時的に控えていた消費者の需要が、景気回復とともに遅れて表面化することを指す。「pent-up」は「鬱積」を意味し、需要は消滅したわけでなく、将来に繰り延べられているという発想に由来する。
*13)EUの機能条約(The Treaty on the Functioning of the European Union)は、単一通貨ユーロの信認の維持と、健全財政を持続的な経済成長の基盤とするため、年間の「財政赤字をGDP比3%以内」、「政府債務残高をGDP比60%以内」に抑制するという財政規律の遵守を定めている。また、「安定・成長協定」において、財政規律の遵守にかかる具体的な手続が補完されている。
*14)Gov.UK(2020)“UK diners eat 100 million meals to protect 2 million jobs”
*15)Bank of England(2020)“Bank Rate maintained at 0.1%-September 2020”
*16)EUでは、政策の優先度に応じて、政策分野ごとに多年次(通常7年間)にわたる歳出のおおまかな上限が定められる。今回の多年度財政枠組みは2021~2027年までのEU予算の歳出計画。
*17)7,500億ユーロの内訳は、補助金3,900億ユーロ、融資3,600億ユーロ。当初、補助金額は5,000億ユーロとされていたが、倹約4カ国(オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン)やフィンランドの反対によって減額された。
*18)復興基金の資金配分において、「法の支配」の順守を条件とする方針に対してハンガリーとポーランドが反発し、拒否権の発動を示唆していたが、同年12月のEU首脳会議でEU予算案に合意した。早ければ2021年後半以降にも支出が開始する見通し。
*19)バイデン政権で発表したこれら3つの経済対策を総称して「Build Back Better」としている。
*20)IMF(2021)“World Economic Outlook, April 2021”
*21)例えば、株式市場においては、米ダウ平均が2021年5月7日に過去最高値を更新した(3万4,778ドル)。また、債券市場においては、米国長期債金利が同年3月18日に1年2か月ぶりに1.7%を突破し、倒産確率が高い低格付け債(ハイイールド債)の利回りは同年2月15日に過去最低水準まで低下した(4.08%)。さらに、仮想通貨市場においては、ビットコインの価格が同年4月16日に過去最高値を更新した(1ビットコイン=6万3,500ドル)。
*22)FRB(2021)“Financial Stability Report, May 6, 2021”
*23)バイデン大統領は、当初の目標として、就任100日となる2021年4月末までに1億回のワクチン接種を達成する目標を立てていたが、3月にこれを達成したことから、目標を2億回に倍増させていた。その後、4月21日にワクチン接種が2億回に到達し、目標を達成した。
*24)例えば、サマーズ元米財務長官は、米国が「かなり劇的な財政・金融不調和」に直面していると指摘しており、向こう数年間でインフレが加速し、米国がスタグフレーションに陥る確率を3割強と予測している。一方で、それはペントアップ需要の顕在化であり継続的なものにはならないといった見解もある。
*25)2013年5月に、バーナンキFRB議長(当時)が量的緩和の縮小を示唆したことで、長期金利の上昇と期待インフレ率の低下を招き、金融市場を混乱させた出来事。
*26)EUは1993年の設立以降初めて大規模な共通債の発行を決定した。
*27)独自財源として、プラスチック賦課金、炭素国境調整メカニズム、デジタル賦課金の他、新規財源の導入が検討されている。
*28)2020年9月16日のフォン・デア・ライエン欧州委員長の一般教書演説(State of the Union)より。
*29)(1)国内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、国内生産が減少すること、(2)炭素制約を理由に産業拠点が、製薬の緩い海外に移転し地球全体での排出量が減らないこと、を一般に「炭素リーケージ」と呼ぶ。(経済産業省「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」資料より)
*30)欧州委員会では現在、本施策の具体的な仕組みを検討中であり、2023年までの導入を目指している。日本では経済産業省や環境省において議論が開始されている。なお、具体的な制度設計の際にはWTOルール等と整合的かどうかを考慮する必要がある。
*31)6月上旬には、ロンドンにて約2年ぶりの対面開催となるG7財務大臣・中央銀行総裁会議が予定されている。