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ロールダウン(ローリング)効果入門 ―日本国債におけるキャリー・ロールダウンについて―

東京大学 公共政策大学院/財務総合政策研究所 服部 孝洋*1

1.はじめに

本稿では債券市場の実務において広く活用されているロールダウン効果(ローリング効果)の説明を行います。ロールダウン効果とは、仮にイールドカーブが不変であった場合、時間が経過するとともに金利が低下することにより得られるキャピタル・ゲインを指します。ロールダウン効果は債券市場の実務で非常に良く使われる概念ですが、債券の初学者が躓きやすい概念の一つです。筆者の実感では、金融のテキストなどでロールダウン効果の説明がそもそも少ないことに加え、その定義や使い方に混在があることが主因です。例えば、ロールダウン効果を期待リターンの一部とする見方もありますが、金利上昇時のクッション(バッファー)として解釈する実務家も少なくありません。そこで、本稿ではロールダウン効果についてできる限り包括的な解説を行います。なお、本稿では「金利リスク入門」(服部,2020c)の知識を前提としますので、同論文も適時参照していただければ幸いです。

2.ロールダウン効果

2.1 ロールダウン効果とは

「金利リスク入門」(服部,2020c)で詳細に説明しましたが、デュレーションとは債券の償還までの「期間」が金利リスク量に直結する概念でした。具体的には長い年限の国債に投資するほど将来のキャッシュフローを固定する「期間」が長くなりますから、金利が変化することにより受ける影響が大きくなることを意味します。このメカニズムを踏まえると、ある特定の債券について考えた場合、時間の経過とともに債券の償還までの「期間」は短くなっていきますから、それとともにリスク量そのものが低下していくことになります。例えば、今読者が10年国債を購入し、その国債を1年保有したとしましょう。この場合、1年後、読者が保有する国債は10年債から9年債になっています。デュレーションがおおむね年限に一致することを考えると、読者が保有する国債のデュレーションは当初10であったものが、9へと低下したことを意味します(9年債のデュレーションは厳密には9ではありませんが、デュレーションの詳細については服部(2020c)を参照してください。)。この例を考えれば、債券(固定利付債)は保有しているだけで自動的に金利リスク量が低下していく特性を持った金融商品であることがわかります。

服部(2019)で議論しましたが、イールドカーブは基本的に右肩上がりになっており、長い年限には(相対的に)高い金利、短い年限の債券には(相対的に)低い金利が付されています。ある債券を保有した場合、時間の経過とともにその債券の年限は短くなっていきますから、「仮にイールドカーブが不変であると仮定すれば」、市場で評価される利回りは徐々に低くなり、(価格は上昇するため)含み益をもたらします*2。債券が有するこのような効果をロールダウン効果あるいはローリング効果といいます。

このメカニズムを具体例で考えてみます。例えば、今読者が10年1%の国債を購入したとします。この際、イールドカーブは右肩上がりであり、10年債の利回りは1%である中、9年債の利回りは0.8%であるとしましょう。1%の利回りを有する10年債に投資した場合、(利払いを年1回と単純化した場合、100円に対して)1円の利子収入を毎年得ることになります。読者がこの10年債に投資した場合、1年後は(年限は1年短くなっているため)毎年1円をもたらす9年債になっています。このことは1%の利回りを有する9年債と解釈できます。もし仮に1年後もイールドカーブが変わらなかった場合、9年債は(前述のとおり)0.8%でマーケットで取引されているため、読者が保有している1%の利回りを生む9年債は市場の実勢からみて、0.2%(=1%-0.8%)だけ魅力的な金利が付されていることを意味します。この債券を時価で評価した場合、9年債のデュレーションを9とすれば、0.2%だけ金利が低下することで9×0.2%=1.8円の含み益が生まれることになります。この含み益を生むメカニズムがロールダウン効果(ローリング効果)です。

この効果をなぜロールダウン効果というかというと、キャピタル・ゲインを得るプロセスが、カーブを転げ降りていくイメージであるからです。図1.ロールダウン効果のイメージがイールドカーブを表現していますが、時間が低下するにつれて年限は短くなりますが、前述のとおり、カーブが変わらなければ金利がカーブを滑り落ちるように低下していき、このことが価格上昇の効果をもたらします。

2.2 ロールダウン効果のフォーマルな定義

ここで少しフォーマルにロールダウン効果を定義します。服部(2020c)で記載したとおり、金利の変化に対して、デュレーション倍だけ価格が上昇しますから、t時点におけるロールダウン効果(roll downt)は下記のように定義できます。

roll downt=D(T-1)×(rt(T)-rt(T-1))(1)

ここでrt(T)をt時点におけるT年債の利回り、rt(T-1)をt時点におけるT-1年債の利回りとします。前述の例を用いて確認すると、10年金利が1%であり、9年金利が0.8%でしたから、rt(T)=rt(10)=1%、rt(T-1)=rt(9)=0.8%となります。先ほどと同様、9年債のデュレーションを9とすると(D(T-1)=D(9)=9)、ロールダウン効果はD(T-1)×(rt(T)-rt(T-1))=9×(1%-0.8%)=1.8円(対100円)という形で計算できます。

式(1)をみると、ロールダウン効果の大きさは、(a)デュレーションの大きさ(D(T-1))と(b)イールドカーブの傾きの度合い(rt(T)-rt(T-1))に依存することがわかります。そのため、超長期ゾーンなどデュレーションが長いゾーンに加え、イールドカーブの傾きが急なゾーンはロールダウン効果が大きい傾向があります。

2.3 期待リターンとしてみたロールダウン効果

債券の実務の世界では、債券の期待リターンを定義するうえで、上述で定義したロールダウン効果に加え、利子収入などから得られるインカム・ゲインも加えることがあります*3。ここで、時点tにおいてt+1期までに(イールドカーブが不変であったときに)得られる債券のリターンを「キャリー・ロールダウン」(Carry&roll downt)とし、下記のように定義します。

Carry&roll downt

=rt(T)+D(T-1)×(rt(T)-rt(T-1))(2)

キャリー ロールダウン

ここではインカム・ゲイン(キャリー)をrt(T)で表現しています。ロールダウンについては式(1)と同じ定義を用いています。

読者に注意を喚起しておきたいことは、債券市場では、「rt(T)+D(T-1)(rt(T)-rt(T-1))」全体をキャリーということもあることです*4。本稿では、「キャリー・ロールダウン」と表現したほうが明示的にロールダウンを含めていることがわかるため、このような定義を用いました(例えば、Bloombergのツールでもキャリー・ロールダウンという表現が使われています)。もっとも、ロールダウンを含めて「キャリー」と定義することも少なくなく、文脈に応じてどちらが使われているかを理解する必要があります。

さらにややこしいことは、国債についてキャリーと表現したとき、国債の調達コストであるレポ・コストを除いた定義が用いられることもある点です。上記でいえば、rt(T)をT年の国債の利回りからレポ・コストを引いた値で定義するということです。例えば、国債先物のチーペストを議論する際に「キャリー」といった場合は「利子収入-レポ・コスト」と定義することがほとんどです(レポ・コストが国債の調達コストになる理由については服部(2020a)を参照してください)。

筆者の印象では、結局のところ、実務家が「キャリー」といった場合、投資家の属性や目的で用語の使い方が変わります。証券会社(投資銀行)の場合、マーケットメイクをするうえで資金を持っていないことが多いことから調達コストも考えて議論する必要があります。服部(2020a)で説明したとおり、先物と現物の裁定取引(ベーシス取引)は証券会社などで当初活発になされていたことから、先物についてのキャリーといった場合、「利子収入-レポ・コスト」という定義が普及することになったのかもしれません。一方、運用会社や銀行であれば、そもそも運用資金を持っているところから議論をスタートすることがあるため、調達コスト(レポ・コストなど)も考慮するかはケースバイケースということになります。また、運用する際、その期待収益全体をキャリーと表現するならば、「利子収入-調達コスト+ロールダウン」をキャリーと表現することに一定の合理性も感じます。筆者自身は業界で異なる表現を使うことは混乱を招くことから統一した表現を使った方が良いと思っていますが、いずれにせよ、読者がキャリーという表現を見た場合、どのように定義しているかは注意する必要があります。

3.ロールダウン効果の解釈

3.1 「イールドカーブは不変」という仮定は妥当か

ロールダウン効果をみるうえで、最大の論点は「イールドカーブが不変」という仮定の妥当性です。現実のイールドカーブの動きをみると、毎日変化しているのが実態です。その現実を見ると、「イールドカーブが不変」という仮定はあまりに強すぎるようにも感じます。その意味で、読者に注意を促したい点は、ロールダウン効果は実務的には頻繁に用いられるものの、懐疑的な見方も多いという点です。

そもそも、純粋期待仮説に基づけば、長い国債の金利には「将来の短期金利予測」が集約されていますから、長期債の金利が相対的に高い理由は、将来短期金利が上昇するからだ、とみることもできます*5。より具体的にいえば、今相対的に低い金利が付された短期債で運用したとしても、将来短期債の金利が上がるなら(より厳密にいえばフォワード・レートが実際に実現するならば*6)、再投資後は相対的に高い金利が付された短期債で運用できることになるため、そもそも投資家が得られるリターンは長期債のリターンと結局変わらないということになりえます。カーブが右肩上がりである中、純粋期待仮説が成立するならば上述の通り、将来金利が上がるという予測が市場に存在しえるため*7、その予測に一定の実現性があるならば、「イールドカーブが不変」という仮定が成立しないことになります。

ただし、服部(2019)で強調したとおり、純粋期待仮説が現実を説明することが困難であることは学者も実務家も一致するところです。ペデルセン(2019)も「実証的にみてEH(期待仮説)は成立していない。これはキャリー(=利子収入+ロールダウン効果)が取引のシグナルとして使える可能性があることを意味する」(p.360)*8と指摘しています。長期債に投資する場合、投資家は金利リスクをとっていると解釈すれば、そのリスク・プレミアム(ターム・プレミアム)を享受していると解釈することもできるかもしれません。この部分を積極的にとらえれば、ロールダウンは期待リターンの一部と解釈することも可能です。

大切なポイントは、読者が国債に投資する場合、ロールダウンを「期待リターン」の一部と解釈するならば、読者はどの程度の期間、イールドカーブが不変であるかを考える必要がある点です。実際のところ、ロールダウン効果を計算するうえで、「どの程度の期間、イールドカーブが不変と考えるか」は分析者次第です。先ほど「10年金利が1%、9年金利が0.8%」の例を挙げたとき、1年間イールドカーブが不変である例を考えましたが、例えば、1か月や3か月といった期間(あるいはさらに短期)を考えることもできます。

ここで具体例を取り上げてみます。例えば、国債投資家懇談会(第69回)*9では、「金利のボラティリティが低下している中でロールダウン効果を得る観点から、残存15-20年の銘柄に対するニーズが潜在的に高くなっている」というコメントがなされています。日銀がイールドカーブをコントロールする中、多くの投資家は現状ではカーブが動きにくいという相場観を持っており、その文脈でロールダウン効果が大きい年限のニーズが高まっていると解釈しています。この場合、日銀の金融政策という観点で、イールドカーブが横ばいに推移するという予想を投資家が持っていることから、ロールダウンが大きな年限の国債に投資妙味を感じている事例といえます。もっとも、(何度も強調するようですが)カーブは基本的に毎日動くものですから、「イールドカーブが変わらない」という仮定は非常に強い仮定であることに変わりはありません。

3.2 金利上昇のクッションとしてみたロールダウン

投資家の中には、ロールダウンを金利上昇時の損失吸収余力(クッション)と解釈する人も少なくありません。金利が上昇した場合、価格が低下するため、債券の保有者はキャピタル・ロスを被ることになります。しかし、ロールダウンはいわば金利上昇のクッションとして機能するとみることもできます。

例えば、先ほどと同様、「10年金利が%%、9年金利が0.8%」であるとして、この10年債に投資し、一年後にイールドカーブがパラレルに0.2%上昇したとしましょう。1年後イールドカーブが0.2%パラレルに上昇しているとすれば、マーケットで評価される9年債の金利は1%(=0.8%+0.2%)となっています。もっとも、読者が保有する利回り1%の10年国債も(前述のとおり)1年後、利回り1%の9年債になっているため、保有している債券の利回りと市場で評価されている利回りが一致し、価格が変化しない(キャピタル・ゲインはゼロ)ことになります。この場合、金利が上昇しているのにもかかわらず、損失が発生しないということになりますが、これは1%-0.8%=0.2%という10-9年ゾーンの金利差が金利上昇のクッション(バッファー)となっていることが原因と解釈できます。このように金利上昇のクッションとしてロールダウンを見る場合、式(1)をデュレーションで割った値(つまり、rt(T)-rt(T-1))がロールダウンの定義として用いられます。

なお、金利上昇のクッションという意味では、ロールダウンだけでなく、キャリー・ロールダウンをデュレーションで割るケースも少なくありません。この場合、キャリー・ロールダウンに対してデュレーションで割ることで、債券投資から得られるトータル・リターンがゼロになる金利上昇幅を逆算しているイメージになります。前節の例のように10年金利が1%であり、9年金利が0.8%の場合、1年間でロールダウンは(前述のとおり)1.8円になりますが、利子収入(ここでは調達コストを捨象するとキャリー)からも1円得られます。したがって、カーブが不変であれば、この国債を1年保有することから得られるキャリー・ロールダウン(トータル・リターン)は2.8円になります。そのうえで、仮にこの1年間で31ベーシス(ニアイコール2.8%/9)金利が上昇した場合、1年後、9年債になることに注意すると、9×31bpsニアイコール2.8円評価損を抱えることになりますから、ちょうど先ほどのトータル・リターンと一致し、結果的に国債を投資することから発生する損益がゼロになることがわかります。すなわち、トータル・リターンをデュレーションで割ることで、金利が上昇したときのリターンがゼロになる金利上昇幅を逆算することが可能になるわけです。

ちなみに、トータル・リターンをデュレーションやボラティリティで割ることで、いわばリスク調整後のリターン(シャープ・レシオ)として解釈し、投資効率を考えるケースもあります。イールドカーブが右肩上がりである以上、年限が長い国債の方が利回りが高い構造にありますが、一方で、長い年限の国債には高い金利リスクがあります。そのため、国債のリターンをリスク量(デュレーションやボラティリティ)で割ることで、リスク当たりでみたリターンを計算しているわけです。例えば、三菱UFJ銀行は「国の債務管理の在り方に関する懇談会」で用いた資料においてキャリー・ロールダウンをボラティリティで割ることで投資効率について分析を行っています*10。

BOX 実際のロールダウンの値はモデル依存

ロールダウンの計算結果はモデルに依存することを認識しておく必要があります。例えば、10年国債に投資したときの1か月のロールダウンを計算する場合、現在のカレント(オン・ザ・ラン)銘柄の10年国債からちょうど1か月短い国債は存在しません*11。そのため、現在の市場で得られる国債の価格や利回り等を用いて、カレントの10年国債からちょうど1か月短い国債の金利を推定(補間)する必要があります。もちろん、その補間をするうえで様々なモデルがありますから、ロールダウンはその意味でモデル依存といえます。例えば、Bloombergではロールダウンの定義を、「[債券のスプライン・フィッティング後最終利回り]-[償還期間から保有期間を引いた期間のスプライン・フィッティング後利回り]」としていますが(この定義からBloombergでは金利上昇のクッションとして解釈できる定義を用いています)、これはスプライン関数を用いてカーブ・フィッティングし、金利を推定(補間)していることを意味しています。スプライン関数などイールドカーブの補間の詳細を知りたい読者は三宅・服部(2016)を参照してください。

4.具体的な事例

ロールダウンの計算期間設定

最後に、ロールダウン効果を具体的に用いたケースを紹介します。まず、実際にデータを使ってロールダウン効果を算出するためには、「イールドカーブが不変」とする期間を決めないといけませんが、残念ながら、業界で統一的なものはありません。その理由はイールドカーブが不変であると考えられる期間は実務家の相場観などに依存するためです。金融機関のアナリストの資料などではデフォルトのような形で3~6か月の期間が選ばれることが多い印象ですが、1年などの長い期間や1か月という短い期間が用いられることも少なくありません。ロールダウンが用いられている分析を見る場合、イールドカーブを不変としている期間はどれくらいか、また、その期間に妥当性があるか等を意識する必要があります。Bloombergなどを用いた場合、国債の各銘柄ごとのキャリーとロールダウンを計算するツールを有していることが多いですが、イールドカーブを不変とする期間を設定できるような仕様になっていることが少なくありません*12。

日本国債のキャリー・ロールダウン

令和2年11月4日に開催された「国の債務管理の在り方に関する懇談会」では、三菱UFJ銀行が(2016年のマイナス金利導入後の)「20年債キャリー&ロール収益は、マイナス金利導入前の10年債キャリー収益に匹敵」(p.16)とコメントしており、超長期ゾーンのキャリー・ロールダウンが近年大きいことを指摘しています。前節でロールダウン効果は(1)デュレーションの大きさ(D(T-1))と(2)イールドカーブの傾きの度合い(rt(T)-rt(T-1))に依存すると記載しました。この2点でみれば、前者についてはそもそも超長期ゾーンのデュレーションが大きいこと*13、後者については、近年は日銀によるイールドカーブ・コントロールにより10年超のカーブの傾きが急になっていることが、20年債のキャリー・ロールダウンが大きくなっている原因と解釈することができます。

もっとも、ロールダウン効果が常に超長期ゾーンで大きくなるとは限らない点に注意が必要です。例えば、三菱東京UFJ銀行(2012)では、2011年のイールドカーブを紹介し、「ロールダウン収益の期待リターンは残存期間8年、9年あたりの債券が最も高く、残存期間20年の超長期ゾーンの債券は相対的に低くなっている」(p.37-38)とコメントしています*14。各国のロールダウン効果を計算した場合、どのゾーンの効果が大きくなるかはまちまちです。イルマネン(2021)は「ロールダウンによるリターンは中期年限で最大になることが多い」*15(p.168)とコメントしています。

国債の入札の分析でも用いられることは多い

国債の入札においても、入札を通じて発行される銘柄のロールダウンの大きさはしばしば議論されます。典型的には、入札の直前の分析や入札結果の解釈などで、ロールダウンを用いた分析がなされます。例えば、ロイターでは、かつての20年債入札において「ロール・ダウン効果は20年債が高くなっており、キャリー益も確保される見通し。保険会社など主力投資家ばかりではなく、銀行勢など投資家層の広がりが想定できる」*16という投資家の見方を紹介しています。

金利スワップのロールダウン効果

本稿では国債を軸にロールダウンを議論してきましたが、服部(2020b)で説明したとおり、国債と金利スワップは類似的な取引と解釈することができます。そのため、金利スワップからも全く同じようにロールダウンを算出することができます。実際、実務では金利スワップのキャリー・ロールダウンも用いられています*17。金利スワップのロールダウンの場合、「金利スワップカーブが不変であった場合」、時間の経過とともにスワップレートが低下することから得られるキャピタル・ゲインという定義になります。

5.おわりに

本稿ではロールダウン効果に関して包括的に解説を行いました。再度強調しますが、ロールダウン効果の算出に当たっては「イールドカーブが不変」という強い仮定があり、ロールダウン効果を期待リターンとみなせるかは読者自身がこの仮定に納得できるかに依存するでしょう。純粋期待仮説に基づけば、金利上昇という期待がマーケットにあると解釈しうるため、そのように解釈できる場面ではロールダウンは投資尺度として有用ではない可能性がある点も抑えておく必要があります。その一方で、イールドカーブが右肩上がりであることはリスク・プレミアム(ターム・プレミアム)による側面が強いと読者が思われるのであれば、中長期的にそのプレミアムを享受することができると解釈することもできます。また、ロールダウンを期待リターンとして解釈するのではなく、金利上昇のクッションとして解釈することも可能であり、実務ではこの解釈も広く使われています。

本稿で説明したとおり、ロールダウンは入札や相場の分析などで頻繁に用いられます。そのため、政策担当者が投資家の分析やコメントを解釈するうえで、本稿で記載したロールダウンの理解は必須になります。実務家が行う分析の根拠を考えるうえで、例えば、どの程度の期間、イールドカーブを不変としているか、不変の期間には何らかの根拠があるのか(あるいは単に実務的によく使われる期間がデフォルトとして用いられているのか)等を考える必要があります。また、キャリー・ロールダウンでは、キャリーやロールダウンの定義が実務家の中でも変わるため、どのような定義を用いているかに注意する必要があります。なお、本稿ではロールダウン効果の観点で国債の期待リターンについて言及しましたが、もう少し広い文脈で債券の期待リターンに関心がある読者はイルマネン(2021)などを参照してください。

*1)本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。

*2)一方、満期に向かって100円に向かう力も働く点に注意も必要です。

*3)例えば、三菱東京UFJ銀行(2012)は、「銀行ALMの債券ポートフォリオ運営における期待収益は、資金収入(キャリー収益)とロールダウン収入(右肩上がりのイールド・カーブを前提とした場合に時間の経過とともに金利が低下して発生するキャピタルゲイン収入)の総和である」(p.37)とコメントしています。

*4)例えば、ピムコはウェブサイトを通じて、「債券運用におけるキャリーの要素を分解するにはいくつかの方法がありますが、伝統的には『クーポン(利子)』の受取り(インカム・ゲイン)と『ロールダウン』による債券価格の上昇(キャピタル・ゲイン)に分けて考えることができます」と説明しています。

*5)例えば、ペデルセン(2019)では「期待仮説(EH)では、債券の期待リターンは一定とされる。したがって、この仮説に従えば(イールドカーブの好ましくない変化によって)高いキャリーは価格の低下によって相殺されるため、高いキャリーは高いリターンを予測しない」(p.360)と注意を促しています。

*6)Tuckman and Serrat (2011)では、「Which of the following two strategies is more profitable, rolling over one-period bonds or investing in a long-term bond and reinvesting coupons at prevailing short-term rates? As just demonstrated, if forward rates are realized, the two strategies are equally profitable」(p.112)と指摘しています。

*7)フォワード・レートについては服部(2019)で数値例を用いて説明をしています。

*8)この引用部分のカッコ内のコメントは筆者による補足です。

*9)国債投資家懇談会(第69回、平成29年3月23日)を参照。

*10)「第47回 国の債務管理の在り方に関する懇談会」では、「トータルリターンはBuy and Hold・期間6ヶ月でのキャリー+ロールダウンで計算、リスクフリーレート0%、ボラティリティは250営業日・日次ベース、2~30年債を用いて試算」としています。

*11)10年国債の償還月は3月、6月、9月、12月です。

*12)BloombergではGOVY<GO>で簡易的に証券レベルで見た国債のロールダウンを確認することができます。Bloombergでは、キャリーを「フォワード利回り-スポット利回り([評価日の債券フォワード利回り]-[当日の利回り])」、ロールダウンを「[債券のスプライン・フィッティング後最終利回り]-[償還期間から保有期間を引いた期間のスプライン・フィッティング後利回り]」と定義しています。この際、「フォワード利回り-スポット利回り」はSadr(2009)の言葉を借りればcarry yieldに相当しますが、(価格で定義した)キャリー(=利子収入-レポ・コスト)をデュレーションで割った値に近いイメージになり、金利上昇時のクッションとして解釈できます(詳細はSadr(2009)を参照してください)。

*13)ただし、「国の債務管理の在り方に関する懇談会」における三菱UFJ銀行の資料では、20年債のキャリー・ロールダウンについて「金利リスク量10年債換算」としており、10年債と比較するうえでリスク量の違いは考慮されている可能性があります。

*14)なお、三菱東京UFJ銀行(2012)では、2011年時点でのイールド・ボラティリティは8、9年あたりが最も高く、逆に20年の超長期ゾーンのボラティリティが低いことから、単にロールダウンの大きさをみるだけでなく、各年のボラティリティも考慮する必要がある点も指摘しています。

*15)イルマネン(2021)では、「最短期ではカーブの傾きが大きいもののデュレーションが短いためにロールダウン効果が小さく、最長期ではイールドカーブが逆転していることが多くデュレーションの長さがかえって災いすることさえありうる」(p.168)と説明しています。

*16)2014年6月17日「20年債は調整、ロールダウン効果で入札順調を想定」(ロイター)を参照。

*17)ちなみに、この場合のキャリーは、「スワップレート-参照金利」という定義が用いられることが少なくありません。例えば、6か月円LIBORをインデックスとする金利スワップの場合、「金利スワップレート-6か月円LIBOR」という形でキャリーを定義することが通常です。

参考文献:

[1]アンティ・イルマネン(2021)「期待リターン」きんざい

[2]服部孝洋(2019)「イールドカーブ(金利の期間構造)の決定要因について―日本国債を中心とした学術論文のサーベイ―」ファイナンス10月号、41–52.

[3]服部孝洋(2020a)「日本国債先物入門―ファイナン日本国債との裁定(ベーシス取引)とレポ市場について―」ファイナンス1月号、70–80.

[4]服部孝洋(2020b)「金利スワップ入門―基礎編―」ファイナンス8月号、56–65.

[5]服部孝洋(2020c)「金利リスク入門―デュレーション・DV01(デルタ、BPV)を中心に―」ファイナンス10月号、54–65.

[6]ラッセ・ヘジェ・ペデルセン(2018)「ヘッジファンドのアクティブ投資戦略―効率的に非効率な市場」金融財政事情研究会

[7]三菱東京UFJ銀行(2012)「国債のすべて―その実像と最新ALMによるリスクマネジメント」きんざい

[8]三宅裕樹・服部孝洋(2016)「イールド・カーブ推定の動向―日本における国債・準ソブリン債を中心に―」ファイナンス11月号、65–71.

[9]Sadr, A. 2009. “Interest Rate Swaps and Their Derivatives:A Practitioner's Guide” Wiley

[10]Tuckman, B., Serrat, A. 2011. “Fixed Income Securities:Tools for Today's Markets (Third Edition)” Wiley Finance