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特集:押収量は5年連続で1トン超に 全国の税関における不正薬物の取締り状況

財務省・税関では毎年2月に不正薬物の取締り状況を公表しているが、近年、不正薬物全体の摘発件数、押収量ともに高い水準が続いており深刻な状況となっている。また、国民が、高額な報酬等の甘い話に誘われて、運び屋になっている事例も多く、引き続き厳格な取締りが求められている。

取材・文 向山勇

写真:運び屋にならないよう、啓発のために税関で作成したチラシ。
写真:密輸防止への協力を求めるために税関で作成したパンフレット。
写真:令和元年8月に名古屋税関が摘発したコカイン約178kg。三河港(豊橋)に入港した外国貿易船の船底にある海水取入口に隠匿されていた。

不正薬物の種類別摘発状況 覚醒剤の密輸が高い水準で推移 犯罪組織の資金源になる可能性も

令和2年はコロナ禍で減少するも件数、押収量ともに高い水準で推移

財務省・税関では、不正薬物、銃砲等のいわゆる社会悪物品の国内流入阻止を最重要課題の一つとして位置づけ、取締りを強化している。とくに不正薬物は、海外でつくられて日本に持ち込まれるケースがほとんどであるため、水際で阻止することが国内の薬物乱用防止に最も寄与すると考えられる。また、不正薬物の取締りは税関だけでなく、警察や厚生労働省の麻薬取締部、海上保安庁などと連携して取組んでいる。

不正薬物の取締り実績については、毎年2月に公表されているが、令和3年2月17日に公表された「令和2年の全国の税関における関税法違反事件の取締り状況」によると、不正薬物全体の摘発件数は733件で押収量は約1,906kgと5年連続で1トンを超えた。

令和元年と比較し、令和2年の押収量が減少しているが、新型コロナウイルスの感染拡大により、海外との行き来が規制されたことや、令和元年には、覚醒剤の大口の摘発が相次いだこと等が一因として考えられる。これらの事情を加味しても、令和2年における不正薬物全体の押収量は高水準であったと言える。とくに平成28年から令和2年までの5年間は、それ以前の5年間と比較し、押収量の水準が一段上がっており、不正薬物が以前にもまして日本に向けられている可能性があり、より深刻な状況になっていると考えられる。

過去5年の押収量が1トンを超える中で、とくに目立ったのは「覚醒剤」だ(図表1.不正薬物の摘発件数と押収量の推移)。令和2年は約800kgにとどまったが、それ以前の4年間では1トンを超える状態が続いていた。警察庁の統計によれば、国内の薬物の検挙者数の中でも薬種別に見ると覚醒剤が最も多く、また、覚醒剤犯罪は、伝統的資金獲得犯罪として暴力団等の有力な資金源になっていると言われており、覚醒剤の取引等によって、犯罪組織が利益を得ていることが窺われる。

密輸手口も巧妙化しており、令和2年には、冷凍のぼたん海老等と記載の箱に隠匿された覚醒剤約239kgを摘発したケースや、ステーキ用石板に練りこまれた覚醒剤約113kgを摘発したケースもあった。

大麻では簡単に使用できる液状大麻の密輸が増加

「大麻」では、大麻樹脂等(液状大麻等の大麻製品を含む)の密輸が増加傾向にあり、中でも液状大麻の密輸が目立つという。液状大麻は、大麻の成分のうちTHC(テトラヒドロカンナビノール)を抽出、濃縮したもので、カートリッジに入れられたもの等、簡単に使用できるものも多い。大麻については、インターネット等において、「有害性がない」等の誤った情報が氾濫しており、青少年の大麻乱用につながっていると言われている。米国では医療用の大麻が解禁されている州があり、カナダやウルグアイでは医療用以外でも大麻の使用が認められているため、海外で市販されているものが密輸されるケースも増えている。

「その他」の不正薬物の増加も目立つ。その他とは、あへん、麻薬(ヘロイン、コカイン、MDMA等)、向精神薬及び指定薬物をいう。たとえば、令和2年には、横浜税関がエクアドルから横浜港に到着した海上貨物のコンテナの中に隠されていた約722kgのコカインを摘発したが、これは過去最高の押収量となった。さらに、令和元年には、名古屋税関が愛知県豊橋の三河港に到着した船の船底に隠されていたコカイン約178kgを摘発したケースや神戸税関が神戸港に到着したコンテナの中に隠されていたコカイン約400kgを摘発した事件もあった。

MDMAの摘発も目立つ。錠剤でカラフルな色や様々な模様の刻印が施されており、一見すると麻薬に見えず、麻薬使用への抵抗感が薄れている可能性がある。

以前にもMDMAの密輸が横行した時期があり、平成19年には過去最高の約131万5,000錠が押収された。その後、平成22年くらいからは押収量が1,000錠に満たないほどに抑えられていたが、最近は再び増加しはじめ、令和2年においては、約9万錠の押収量となり、摘発件数は過去最高となった。これを受けて税関では警戒を強めている。

平成27年以降は危険ドラッグも関税法で規制の対象に

図表1(不正薬物の摘発件数と押収量の推移)の折れ線グラフは件数を示しているが、平成27年が突出して多いのがわかる。これは、平成26年ころ、指定薬物などを含む危険ドラッグの乱用者による事故の増加等が深刻な社会問題となっていたことを背景に、平成27年4月に、税関手続きなどを定めた関税法でも指定薬物が「輸入してはならない貨物」に加えられたため、摘発件数が増加したものだ。

摘発事例
覚醒剤の摘発事例:令和2年3月、東京税関は、タイから到着した海上貨物(ステーキ用石板)に隠匿された覚醒剤約113kgを摘発した。
大麻の摘発事例:令和2年9月、大阪税関等は、アメリカから到着した国際郵便物に隠匿された大麻リキッド約5gを摘発した。
コカインの摘発事例:令和2年4月、横浜税関は、エクアドルから到着した海上貨物に隠匿されたコカイン約722kgを摘発した。コカインで過去最高の押収量。
MDMAの摘発事例:令和2年2月、門司税関は、オランダから福岡空港に到着した旅客のスーツケースに隠匿されたMDMA約1万錠を摘発した。

写真:摘発事例(覚醒剤の摘発事例、大麻の摘発事例、コカインの摘発事例、MDMAの摘発事例)
図表2.不正薬物の摘発実績

覚醒剤の密輸形態別の摘発件数・押収量の状況 摘発件数は航空機旅客の持ち込みが突出 海上貨物・洋上取引の大口摘発により押収量が増加

船と船の洋上取引で覚醒剤約1トンの押収例も

不正薬物が日本に持ち込まれる方法には、大きく分けて(1)航空機の旅客が持ち込むもの、(2)国際宅急便など航空貨物として持ち込まれるもの、(3)大型のコンテナで海上貨物として持ち込まれるもの、(4)国際郵便物として送られるもの、(5)船員が持ち込むものがある。

過去5年間の摘発状況を密輸形態別に見ると、摘発件数では航空機旅客が突出している。令和2年はコロナ禍で海外との人の往来が規制されたため、摘発件数が大幅に減少したが、令和元年は229件に達していた。海外から入国する旅客がスーツケース等の携帯品に隠して覚醒剤を持ち込むケースが多かった。コロナが収束し入国規制が緩和されれば、海外との人の往来が再び増加して旅客による密輸が増える可能性があるため、今後の対応強化が求められる。

一方で押収量が多いのは、海上貨物だ。とくに令和2年は海上貨物による押収量が突出して多く、約639kgに達した。また、同様に押収量が多いのは、船員等であり、これには、洋上取引による密輸が含まれる。これは、船と船が洋上で受け渡しをする方法で「瀬取り」とも言われるが、令和元年には、東京税関等が、鳥島南西方沖において洋上取引された覚醒剤約1トンを静岡県賀茂郡南伊豆町の海岸において摘発、過去最高の押収量となった。また、同年12月にも、門司税関等が、東シナ海において洋上取引された覚醒剤約587kgを熊本県天草市魚貫町の港において摘発し過去3番目の押収量となった。

摘発事例
航空機旅客の摘発事例:令和元年10月、沖縄地区税関は、マレーシアから那覇空港に到着したポーランド人旅客の携帯品(サンダル)に隠匿された覚醒剤約0.9kgを摘発した。
航空貨物の摘発事例:令和元年5月、大阪税関は、アメリカから到着した国際宅配貨物(自動車用マフラー)に隠匿された覚醒剤約1.6kgを摘発した。
洋上取引の摘発事例:令和元年6月、東京税関等は、鳥島南西方沖において洋上取引された覚醒剤約1トンを静岡県賀茂郡南伊豆町の海岸において摘発した。

写真:摘発事例(航空機旅客の摘発事例、航空貨物の摘発事例、洋上取引の摘発事例)
図表3.覚醒剤の密輸形態別の摘発件数・押収量の推移

密輸に関わらないための啓発活動 「密輸ダイヤル」の設置などで国民が運び屋になってしまうことを阻止

同僚の誘いで運び屋になり懲役8年が科せられた事例も

不正薬物の密輸入は法令で禁止されており、違反した場合には厳しく罰せられる。関税法第109条では、「輸入してはならない貨物」を輸入した者は「10年以下の懲役若しくは3,000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と定められている。また、「輸入してはならない貨物」は関税法第69条の11に定められており、「麻薬、向精神薬、大麻、あへん、けしがら、覚醒剤」等が規制されている。

近年、「運び屋」という言葉が新聞等を賑わせていることがあるが、犯罪組織では組織の構成員が海外から運んでくるのではなく、高額な報酬を提示するなどして運搬役をリクルートするケースが多い。中身を明確に伝えず「品物を日本へ運ぶこと」を依頼することもあり、意図せず運び屋になってしまうことも少なくない。不正薬物の密輸は重罪であり、知らなかったでは済まされない。

不正薬物の密輸に関わってしまうことがないように税関では10年ほど前からチラシなどを作成し、海外で他人から不審な荷物を絶対に預からないように注意をうながしている。不正薬物の持ち込みは海外でも厳しく処罰されており、死刑となる国もある。

犯罪組織の手口で多いのは、日本へ帰国する際に海外で知り合いになった人から「日本に知り合いがいるので土産を届けて欲しい」あるいは「仕事上の書類を届けて欲しい」などだ。「届けてくれれば報酬を出す」との甘い言葉をかけられて引き受けてしまうことも多い。

最近では、インターネットで収入のよいアルバイトとして、運び屋を募集しているケースも増えている。「タダで海外へ行くことができ、報酬も受け取れる」などと安易に考えて引き受けると、スーツケースを日本に持ち帰るように指示され、その中に覚醒剤が隠されている。

財務省・税関では、怪しい誘いを受けたり、情報を見聞きした場合には密輸ダイヤルや密輸情報提供サイトなどへの連絡を呼び掛けている。

表.不正薬物の精神・身体への影響

不正薬物の密輸入は法令で厳しく罰せられる
関税法第109条「輸入してはならない貨物」に掲げる貨物を輸入した者は、10年以下の懲役若しくは3,000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
関税法第69条の11「輸入してはならない貨物」
1.麻薬、向精神薬、大麻、あへん、けしがら、覚醒剤、あへん吸煙具
2.指定薬物(医療等の用途に供するために輸入するものを除く。)
3.拳銃、小銃、機関銃、砲、これらの銃砲弾及び拳銃部品
4.爆発物
など

運び屋になり処罰された事例
事例1:カバンを運ぶ仕事に誘われた 元職場の同僚から、「海外からカバンを運ぶ仕事をしないか。」と誘われ、金欲しさから「運び屋」になった。その後、同僚から紹介された者から「カバンの蓋の内側に物を隠している。X線検査も検知されない。」と言われた。→懲役8年、罰金450万円
事例2:借金をきっかけにリクルートされた借金返済後、再度、借金を申し込んだところ、「儲け話がある。ヤバい仕事。スーツケースをマレーシアから持って帰る。」とリクルートされ、会社の運営資金等欲しさから承諾。→懲役7年、罰金300万円

税関 密輸ダイヤル0120-461(シロイ)-961(クロイ)
税関 密輸情報提供サイト https://www.customs.go.jp/mizugiwa/mitsuyu/mitsuyu-dial.htm
税関サイト https://www.customs.go.jp/