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ヨーロッパにおける新型コロナウイルス感染症対策とグリーンディール

大臣官房総合政策課 古市 庸平/広田 太志/時永 和明

新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴うヨーロッパ経済等への影響と、感染症対応策、そして感染症終息後を見据えた経済支援策について目玉施策である「欧州復興計画(Recovery Plan for Europe)」を中心にとりあげる。また、EUにおいて、感染症拡大前からの優先度の高い政策分野である環境対策、とりわけ「欧州グリーンディール(European Green Deal)」の動向について、経済支援策との関係性に焦点を当てながら述べていきたい。

1.新型コロナウイルス感染症とヨーロッパ経済社会の現状

(1)新型コロナウイルス感染症とヨーロッパの動き

2019年末、中国湖北省武漢市で初めて感染が確認された新型コロナウイルスは、2020年に入ると日本を含むアジア諸国、そして欧州や米国へと感染が拡大し、新興国・発展途上国を含む世界各国に大きな混乱をもたらすこととなった。

本レポートが対象とするヨーロッパにおいても感染症による影響は深刻である。感染急拡大期の2020年3月から、外出制限、店舗閉鎖、国境を跨ぐ移動の停止などの移動制限措置が矢継ぎ早に実施され、その結果、5月頃には新規感染者数の増加傾向に歯止めが掛かかることにつながったが、一方で企業の生産活動は著しく制限され、個人消費などの最終需要にも深刻な影響が及ぶこととなった。その間、各国政府や中央銀行は、積極的な財政・金融政策により実体経済を下支えすることに努めたが、9月頃から新規感染者数が再び増加傾向に転じると、主要国では10月以降、夜間の外出禁止や飲食店の営業停止などの制限措置が強化され、再びサービス業を中心に経済活動に影響が出ている。

(2)ヨーロッパ経済の現状

具体的にヨーロッパ経済への影響について、まずはユーロ圏全体の国内総生産(GDP)の成長率について見ると、2020年第2四半期(4~6月期)は、新型コロナウイルスの影響により景気は急速に悪化したため過去最大の落ち込み幅を記録した(前期比年率▲38.8%)。他方、新規感染者数が減少傾向に転じた4、5月頃から各国において感染拡大防止策の緩和フェーズに入ったことを背景に、第3四半期(7~9月期)には大きくリバウンドし過去最大の伸び幅を記録した(前期比年率+59.9%)(図表1.ユーロ圏GDPの推移)。また、各国別に見るとその変動状況にはばらつきが見られる。第2四半期では、感染拡大が緩やかであったドイツは相対的に落ち込みが限定的であったのに対し(前期比年率▲33.5%)、感染者数が多く観光への依存度の高いスペイン(前期比年率▲54.5%)や、GDPに占める非製造業の割合の高い英国(前期比年率▲57.0%)の落ち込み幅が大きかった(図表2.主要国のGDPの推移)。その後、第3四半期には各国で大幅な回復を達成したが、それでも大半の国でGDPは前年比で依然マイナスとなっている。

その後は新規感染者数の増加に伴い、欧州各国で10月以降に制限措置が講じられたことから、ユーロ圏全体の第4四半期(10~12月期)の成長率は、再び前期比でマイナス成長となっている(前期比年率▲2.6%)。

次に個別の経済指標について見ると、まず消費については、小売売上高、自動車販売、消費者信頼感全てでロックダウン措置が講じられていた2020年4月に底をつけ、その後は徐々に回復していたが、感染が再び広がり始めた9月以降は弱い動きを見せている(図表3.小売売上高の推移、図表4.新車自動車販売台数の推移、図表5.消費者信頼感指数)。

また、企業の生産をみると、鉱工業生産は消費同様に4月に底をつけた後、回復基調に転じているが、世界的な景気の落ち込みの影響から輸出中心に回復が鈍く、依然として前年割れの水準が続いている(図表6.鉱工業生産の推移)。企業マインドについてPMI(購買担当者景気指数)を見ると景気縮小・拡大の節目である50を上回る局面もあったが、ユーロ圏では感染拡大の影響が大きいサービス業は、足もとで再び50を割り込んでいる状況となっている(図表7.PMI(購買担当者景気指数)の推移)。

雇用については、主要国政府が企業支援策等を実施したこと、ロックダウン措置により求職活動が阻害されていたことを理由として失業率の上昇は抑えられていたが、足元では緩やかに上昇している(図表8.失業率の推移)。特に感染症の影響が大きいサービス業の雇用情勢は深刻であり、政府支援がいつまで継続するかにもよるが、失業率の更なる上昇には警戒感が強まっている。

(3)今後の見通しについて

今後の見通しについては、2021年2月11日に公表された欧州委員会(European Commission)の見通しによれば、ユーロ圏経済の成長率は2020年に▲に6.8%とマイナス成長となった後、2021年に+3.8%、2022年に+3.8%とプラス成長となる見込みとなっている(図表9.欧州委員会の見通し)。短期的な見通しは感染再拡大や変異株の出現により弱くなっているが、ワクチン接種の進展という明るい兆しも見えており、主に2021年後半と2022年の強い回復を受けて、これまでの予想よりも早くコロナ前の水準を回復するとしている。ただし、他国よりもパンデミックに苦しんでいる国や観光等のセクターに依存している国は回復に時間がかかるとし、またパンデミックの進展とワクチン接種状況に関連する不確実性が高く、今後も予断を許さない状況であるとした。なお、IMFの1月の世界経済見通しにおいてもヨーロッパ諸国の厳しい経済状況が示されており、2020年の経済成長率について、世界が▲3.5%である一方、ユーロ圏は▲7.2%と落ち込みが大きく、2021年についても、世界が+5.5%と回復する一方、ユーロ圏は+4.2%と、回復のペースは鈍いと予想されている(図表10.IMFの見通し)。

2.欧州連合(EU)の感染症へ対応

(1)欧州連合(EU)の対応

前章で紹介した新型コロナウイルスの感染拡大を受けたヨーロッパの厳しい状況に対し、国別の対応に加え、欧州連合(EU)レベルでも様々な対応が実施されている。例えば、2020年4月のEU理事会では総額5,400億ユーロ(約69兆円*1)規模の3つのセーフティーネットが採択された。その内容は、(1)欧州投資銀行(European Investment Bank:EIB)の支援による企業の保護、(2)欧州安定メカニズム(European Stability Mechanism:ESM)の支援による国家予算の保護、(3)欧州委員会が運用する一時助成金による雇用と労働者の保護である。

このうち(1)については、EUの政策金融機関である欧州投資銀行が250億ユーロ(約3兆円)の基金を新設し、中小企業向けに流動性支援を行うものである*2。(2)については、欧州安定メカニズム*3による2,400億ユーロ(約31兆円)の特別与信枠「パンデミック危機支援(Pandemic Crisis Support)」を設け、すべてのユーロ加盟国が2022年末までの間、2019年のGDPの2%相当まで融資を受けられる仕組みである。(3)については、一時休業時の給与の一部を財政的に補填する資金をEUが各国に融資する仕組みであり、「緊急事態の失業リスク緩和のための一時的支援策(temporary Support to mitigate Unemployment Risks in Emergency:SURE)」と呼ばれる。EUが市場で資金調達を行い、支援を希望する国に対して最大1,000億ユーロ(約13兆円)の長期低利の融資を行うこととされ、失業や企業破綻のリスクを緩和することが期待される。欧州委員会は、2021年1月時点で計535億ユーロ(約68兆円)を市場から調達しており、2021年を通じて、さらに350億ユーロ(約45兆円)を調達する予定としている。

(2)欧州復興計画(Recovery Plan for Europe)

このようにEUレベルでは様々な感染症対策が実施されている中、最も注目を浴びているのが「欧州復興計画(Recovery Plan for Europe)」である。2020年7月21日、欧州理事会(European Council)は、新型コロナウイルスからの復興計画として、「次世代のEU資金(NextGenerationEU:NGEU)」7,500億ユーロ(約96兆円)及び「次期多年度財政枠組(Multiannual Financial Framework:MFF)」(2021~27年の7か年予算)1兆740億ユーロ(約137兆円)からなる総額1兆8,240億ユーロ(約233兆円)のパッケージに合意した。EU予算によりファイナンスされるパッケージとしては史上最大規模のものであり、合意後のプレスリリースで欧州委員会は、「EUのパンデミックからの再建を支援し、グリーン・デジタル移行における投資を支える*4」と本パッケージを評価している。

他方、復興計画の議論が始まってから合意に至るまでの道のりは平坦ではなかった。新型コロナウイルスへの対応策について議論を始めたEU各国は、2020年4月23日の欧州理事会において基金を設けることで合意したが、当初は基金の規模や財源などをめぐり各国の足並みは揃わなかった。5月18日、ドイツとフランスは共同で5,000億ユーロ(約64兆円)の基金を提案、同27日に欧州委員会はその提案を踏まえ、NGEU7,500億ユーロ(約96兆円)とMFF1兆1,000億ユーロ(約140兆円)からなる総額1兆8,500億ユーロ(約236兆円)の復興計画を提案した。しかしながら、本計画に対しては規模に加え補助金と融資の比率などについて、いわゆる「倹約4か国」(オランダ、オーストリア、スウェーデン、デンマーク)からの反対が強く合意には至らなかった。7月10日、欧州理事会議長が提示した修正案をもとに同17日から21日にかけ臨時理事会が開催され、総額1兆8,240億ユーロ(約233兆円)のパッケージが最終的に合意された。その後、2020年8月31日より、欧州議会(European Parliament)における議論が開始され、11月10日、欧州議会と欧州理事会との間において、NGEU及びMFFについての合意が成立し、12月10~11日の欧州理事会において正式に採択された。

復興パッケージの主な支出内容として、欧州委員会は、(1)予算の50%以上を「近代化支援」に、(2)予算の30%を「気候変動対策」に充てるとしている。(1)に関しては、支援対象として「研究、イノベーション」、「グリーン・デジタル化の公正な移行」「復興・強靭化」等が挙げられている。また、(2)に関しては、「気候変動対策」がEU予算に占める割合としては史上最大となり、欧州における環境への意識が強く反映されている。欧州では、2050年までに温暖化ガス排出を実質ゼロにするという「欧州グリーンディール(European Green Deal)」を公表するなど、環境対策で先進的な取り組みを打ち出してきた。今回の欧州復興計画においても、気候変動対策が財政支出・財源調達等に多面的に含まれるものとなった。

なお、NGEUの遂行に必要な資金については、欧州委員会がEU債券を発行し市場から資金調達することとされている。これを賄うための財源については、(1)炭素国境調整メカニズム(a carbon border adjustment mechanism)(年間50~140億ユーロ(約6,380億~約1.8兆円))、(2)デジタル課税(a digital levy)(年間最大13億ユーロ(約1,660億円))、(3)排出権取引制度(the EU Emissions Trading System)の拡張(年間100億ユーロ(約1.3兆円))等が提案されている。

図表11.欧州復興計画(2021~2027)

(3)欧州中央銀行(ECB)の対応

最後にユーロ圏内の金融政策を担う欧州中央銀行(European Central Bank:ECB)の取組みについて述べる。ECBは新型コロナウイルスの感染拡大への対応として大規模な緩和政策を展開しており、主な対応として(1)資産購入枠の拡大と(2)流動性供給の拡大に分けて整理する。

まず、(1)資産購入枠の拡大について、以前よりECBは資産購入プログラム(Asset Purchase Program:APP)の下で国債、社債などの資産について月額200億ユーロ(約2.6兆円)のペースで買入れを行っていたが、2020年3月12日、年末までに1,200億ユーロ(約15.3兆円)の購入枠を追加すると発表し、さらに、同18日、ギリシャ国債を対象に含むなどAPPと比較して柔軟化した「パンデミック緊急購入プログラム(Pandemic Emergency Purchase Program:PEPP)」を新たに導入すると発表した。当初、PEPPの資産購入枠は7,500億ユーロ(約96兆円)で、年末まで購入を継続するとされていたが、6月4日、12月10日に相次いで当該購入枠の増額と購入期間の延長を決定し、最終的に購入枠は1兆8,500億ユーロ(約236兆円)、購入期間は少なくとも2022年3月末までとなった。

(2)流動性供給の拡大については、2020年3月12日、「長期リファイナンスオペ(LTRO)」の適用金利を、同年6月までを期限として引き下げることを発表した(0%→▲0.50%)。また、「貸出条件付長期資金供給オペ(TLTRO-ローマ数字3)」の適用金利を0%から▲0.25%へ引き下げるとともに(貸出条件*5を満たした場合については、金利を0%から▲0.75%へ引下げ)、最大利用額を2019年2月末時点の適格貸出残高*6の30%から50%へ引き上げることを発表した。さらに、2020年4月30日には、TLTRO-ローマ数字3の適用金利を再び引き下げた(▲0.25%→▲0.50%、貸出条件を満たした場合については、▲0.75%→▲1.00%)。加えて、同日、新たな流動性供給策として、「パンデミック緊急長期流動性供給オペ(Pandemic Emergency Longer-Term Refinancing Operations:PELTROs)」の導入が発表され、適用金利は▲0.25%とされた。12月10日には、TLTRO-ローマ数字3について、優遇金利適用期間を22年6月末まで延長、オペの追加実施、貸出限度額の増額(適格貸出残高の55%)、さらにPELTROsの追加実施が発表された。

図表12.政策金利及び資産買入れ残高の推移

3.グリーンディールと「欧州復興計画」

(1)「欧州グリーンディール(European Green Deal)」の背景と概要

第2章において欧州復興計画では、新型コロナウイルスの感染拡大による経済への悪影響からの回復とともに気候変動対策が重要視されている点を述べたが、もともと欧州では、1970年代から欧州での共通環境政策である「環境行動計画(Environmental Action Plan)」が策定されるなど、世界に先駆けて気候変動対策に取り組んできた。ここ数年では、気温の上昇や極冠氷の融解、大規模森林火災など、地球規模での気候変動とそれに伴う損失が目立つようになってきている(図表13.自然災害の件数、図表14.損失金額)。

そのような中、2019年12月に就任したフォン・デア・ライエン(Ursula Gertrud von der Leyen)委員長率いる欧州委員会は、今後取り組む6つの優先課題を掲げ、その中でも特に気候変動への取組である「欧州グリーンディール」をトッププライオリティとして位置づけることを表明し、環境先進地域としての立場を明確にすることとなった*7。欧州グリーンディールは、2050年までに温室効果ガスの排出を実質的にゼロにする気候中立を達成し、資源効率的で競争力のある公正で繁栄した経済社会への移行を目指す戦略であり、自然資本を保護・保全・強化し、環境関連のリスクや影響から、市民の健康と福祉を保護することも目的としている。欧州委員会は、図表15.欧州グリーンディールの全体像にあるような政策分野を設定しており、環境政策のみならず産業や輸送、建築、エネルギーなどの分野を含めた成長戦略としての取組みであることが窺える。

(2)「欧州グリーンディール投資計画(European Green Deal Investment Plan)」

本項では、欧州グリーンディールの政策を進めるにあたって必要となる資金に焦点をあて述べていくこととしたい。

欧州グリーンディールで掲げられた2050年までの気候中立目標の達成に向け、欧州委員会は、2030年までに温室効果ガスを1990年比で40%削減するという中間目標を達成するためには年間2,600億ユーロ(約34兆円)の投資が必要になると見積もっており、官民双方からの継続的な投資が必要となる。その後、2020年12月11日の欧州理事会で、削減目標を55%に引き上げることに合意したことで、必要な投資額はさらに増加した。このような気候変動対策に必要な投資を確保するため、欧州委員会は2020年1月14日、欧州グリーンディールの資金供給メカニズムとなる「欧州グリーンディール投資計画(European Green Deal Investment Plan)」を発表した。

この投資計画は、2021年から2030年までの10年間で、気候変動対策や環境対策に、官民合わせて少なくとも1兆ユーロ(約129兆円)を投じる計画であり、EUの予算及び「InvestEU*8」などの関連する手段を通じ、投資を促進するための効果的なインセンティブを付与することなどによって、持続可能な社会への移行のための資金を増やすものである。

欧州グリーンディール投資計画と合わせ、その一部である「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」の基金設立規則案についても同日発表された。グリーン社会への移行によって最も影響を受ける化石燃料産業などに依存している国や地域への支援を目的としており、持続可能で気候中立的な経済社会への移行に必要な投資を生み出すためのものである。公正な移行メカニズムは「(1)公正な移行基金(Just Transition Fund)」「(2)InvestEUの公正な移行スキーム(InvestEU “Just Transition” scheme)」「(3)EIBを通じた公共部門のローンファシリティ(EIB public sector loan facility)」の3つの柱を通じ、2021年から2027年の間に少なくとも1000億ユーロ(約13兆円)の投資を生み出すとしている。具体的には、(1)では、EU予算からの拠出をもとに、雇用創出を見据えた新規事業の立ち上げや中小企業支援、労働者の教育、環境に優しいエネルギーへの投資支援などを行う。(2)では、投資戦略であるInvest EUの予算を元に民間からの投資を呼び込む。(3)では、地域熱供給ネットワークの整備や建物改修の支援を行うこととしている。

(3)新型コロナウイルス感染拡大による欧州グリーンディールへの影響

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、グリーンディールを一時中断し、まずは目の前の危機に全力で対応すべきとの意見*9も見られるようになった。実際、グリーンディールの一環である、EU市民の気候変動対策の意見等の共有を目的とするイニシアチブ「欧州気候協約」の開始が2020年第3四半期中から2020年12月の開始になるなど、いくつかの取組みに遅れが生じている。

Colli(2020)は、パンデミックによる不確実性の高まりとメディアの注目度の変化により、各国政府はパンデミック以前に存在していた気候変動対応に対する国民の問題意識と支持による後押しは受けられない可能性があると指摘した。また、Colli(2020)は、非常の景気後退は気候変動対策に2つのリスクをもたらすと述べている。多額の公的資金が失業給付や企業への助成金等に投入され、グリーン社会への移行等を実現するための必要な支出を危険にさらすリスクと、政府や企業が景気後退を口実に環境規制を撤廃したり、環境施策の実施を遅らせたりするリスクである。実際にドイツでは、自動車工業会が自動車の温室効果ガス排出規制の強化の撤回を求めた。

しかし、新型コロナウイルスによる混乱が続く2020年4月に、フォン・デア・ライエン欧州委員長は、「欧州グリーンディールに投資することは、我々の成長戦略を倍増させ、より近代的で循環型の経済の構築は、経済の回復力を高めることに繋がる。これが、今回の危機から学ぶべきことである」とし、気候変動対応は景気回復及び将来の成長と切り離せるものではないと力強く述べた。その後、その言葉通り、欧州グリーンディールの取組みを新型コロナウイルス対応である欧州復興計画が強化・支援する枠組みの構築が表明されることとなった。

4.まとめ

われわれの生活と経済を脅かす新型コロナウイルスの感染拡大は、政府にとっても企業にとっても緊急に対応すべき危機であることに間違いないが、それが気候変動対策に無策でいる理由とはならない。オーストリアのレオノーレ・ゲスラー(Leonore Gewessler)気候行動担当大臣は、「気候変動対策という目の前にある脅威に対しては経済対策の文脈の中で対応可能である」「この戦略プログラム(欧州グリーンディール)によって旧来の経済構造を再構築することで大きなイノベーションが促進される」と述べている*10。

実際に新型コロナウイルスからの復興計画としてのNGEU及びMFFにおいて多額の資金が気候変動対策に向けられ、経済復興と同時に持続可能な社会への移行達成が目指されている。当然、欧州財政の統合に向けては、各国の足並みを揃える必要があり、法の支配の問題*11、財源や調達の方法など、問題は数多く残る。また、平時復帰に向けてコロナ禍で乱れた欧州財政規律の見直しの議論をどのように進めていくのかといった問題とも関連してくる。気候変動対策への取組が世界中で加速する中、環境先進的な欧州の取組みは、他の国や地域の規範として今後も注目されるだろう。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。

コラム:EUタクソノミー(EU taxonomy for sustainable activities)

民間の資金をサステナブルな事業に誘導するためには、その事業がサステナブルであることを投資家に認識させる必要がある。このためEUでは何がサステナブルであるかを判断する基準として、「EUタクソノミー(EU taxonomy for sustainable activities)」の確立に向けて取り組んでいる。

2020年6月、EUタクソノミー規則が欧州議会で採択された。この中で下記の表のとおり、6つの環境目標と4つの要件が規定され、これらを満たすものがサステナブルな経済活動となる。

また、欧州委員会はEUタクソノミーの策定のため、2018年7月にサステナブルファイナンスに関するテクニカル専門家グループ(TEG)を設置し、欧州委員会はTEGの検討内容を踏まえてEUタクソノミーにおける6つの環境目標に適合する具体的な経済活動を示す委任法(Delegated acts)を策定することとしている。環境目標のうち、気候変動の緩和および気候変動への適応となる経済活動、それに係る技術スクリーニング基準等を定めた委任法は2022年1月から、残りの4つの環境目標に関する経済活動や技術スクリーニング基準等を定めた委任法は、2023年1月からの施行を予定している。

コラム:ECBの気候変動に対する考え方

ECBのラガルド総裁は、2019年11月に就任して以降、気候変動に関する発言を積極的に行っており、その発言からは、(1)今後の金融政策フレームワーク見直しの際に、気候変動に起因する課題を含める意向、(2)グリーンQE(※1)を検討する意向などが読み取れる。ECBは既に気候変動が銀行経営に与える影響を測るストレステストを2022年に実施することや、2021年1月から、利子額がサステナビリティ・パフォーマンス指標(「EUタクソノミー」または「国連の持続可能な開発目標」)にリンクした「サステナビリティ・リンク債」を適格担保と資産購入プログラムの対象資産として認めることを発表している。

他方、ECB理事会メンバーでもある、ワイトマン・ドイツ連銀総裁(※2)のように、気候変動や気候対策は中央銀行としての物価安定、金融安定などの目標達成に影響を与える可能性があると指摘するメンバーもおり、今後ECBによる気候変動対応の進展については注視していく必要がある。

(※1)ECBの資産購入対象とする社債に、気候変動対策に積極的な企業の社債を優先すること。

(※2)他にも、「量的緩和でグリーンボンドの優先購入を義務付けることは中央銀行にとって過剰な負担」「気候変動問題を巡る政策に積極的に関与することは、ECBの独立性を阻害し、物価安定を維持する能力を損なわせる恐れがある」などと発言。(https://www.bundesbank.de/en/press/speeches/climate-change-and-central-banks-812618https://www.bundesbank.de/en/press/speeches/combating-climate-change-what-central-banks-can-and-cannot-do-851528

*1)1ユーロ=127.7円として計算(2021年2月26日現在)。以下、同様。

*2)EIBのHPによると、2021年1月31日時点で73件の融資が承認(approved)されている。

*3)欧州安定メカニズム(ESM)とは、ユーロ圏加盟国のための金融支援機関であり、その使命は、深刻な金融問題を経験している、あるいはその恐れがあるユーロ圏諸国に金融支援を提供することである。欧州債務危機への対応として、2012年10月に創設された。

*4)欧州委員会ホームページ(https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/about_the_european_commission/eu_budget/mff_factsheet_agreement_en_web_20.11.pdf)(2020年12月14日閲覧)

*5)優遇金利の適用を受けるための貸出条件は、それまで「20年4月1日から21年3月31日までの対象貸出が2.5%増加」とされていたが、3月12日のECBの発表により「同横ばい」と変更された。

*6)適格貸出とは、非金融企業や家計向けの貸出しのうち、住宅ローンを除くもの。

*7)Siddi(2020)によれば、気候変動対策に関する関心の高まりの中で、環境保護を掲げる政党・団体が躍進したことや、アメリカ・トランプ大統領など気候変動対策に懐疑的な勢力の台頭に対する懸念が広がったことが、グリーンディール策定を後押ししたと指摘している。

*8)InvestEUは、EUの予算保証を使用し官民の投資を動員する投資基金「Invest EU Fund」と、投資プロジェクトに関するアドバイスを行う「Invest EU Advisory Hub」、投資家とプロジェクトをマッチングするデータベース「Invest EU Portal」からなる、イノベーションの促進や雇用の創出を目的とする投資戦略である。

*9)例えば、チェコのバビシュ(Andrej Babiš)首相は、2020年3月16日に「ヨーロッパは世界の中でコロナウイルスの最大の震源地となっている」「今はグリーンディールのことは忘れ、コロナウイルス対策に焦点を当てるべきだ」と述べている(Euractivホームページ:https://www.euractiv.com/section/energy-environment/news/czech-pm-urges-eu-to-ditch-green-deal-amid-virus/)(2020年3月17日付)。

*10)CLIMATE HOME NEWS “Coronavirus response to delay EU Green Deal by weeks”(https://www.climatechangenews.com/2020/03/19/coronavirus-response-delay-eu-green-deal-weeks/)(2020年3月19日付)

*11)法の支配はEUの基本理念の一つであり、復興基金やMFFにおいて、法の支配に関する規定違反が認められた加盟国に対してはその執行が一時停止されることとなっている。

参考文献

European Commission(2019)“The European Green Deal”COM(2019) 640 final 11.12.2019

European Commission(2020) “Adjusted Commission Work Programme 2020 Annex I:New initiatives”

European Commission(2020)“The European Green Deal Investment Plan”COM (2020) 21final, 14.1.20

Francesca Colli(2020)“The end of ‘business as usual’? COVID-19 and the European Green Deal” European Policy Brief No.60

Marco Siddi(2020)“The European Green Deal:Assessing its current state and future implementation”FIIA WORKING PAPER 114

EIB(2020)“European Guarantee Fund”(2021年1月31日閲覧)

European Commission(2020)“EU’S NEXT LONG-TERM BUDGET& NextGenerationEU:KEY FACTS AND FIGURES”(2020年12月14日閲覧)

European Commission(2020)“European Commission successfully places first EU SURE bond in 2021”(2021年2月24日閲覧)

European Commission(2020)“Questions and Answers:The proposed InvestEU Programme”(2021年3月1日閲覧)

European Commission(2020)“Recovery plan for Europe”(2020年12月14日閲覧)

European Commission(2020)“State of the Union:Commission raises climate ambition and proposes 55% cut in emissions by 2030”(2021年3月1日閲覧)

European Commission(2020)“State of the Union:Questions & Answers on the 2030 Climate Target Plan”(2021年3月1日閲覧)

European Commission(2020)“Speech by President von der Leyen at the European Parliament Plenary on the EU coordinated action to combat the coronavirus pandemic and its consequences”

European Commmission(2021)“THE RECOVERY AND RESILIENCE FACILITY”(2021年2月24日閲覧)

European Council(2021)“EU recovery package:Council adopts Recovery and Resilience Facility”(2021年2月24日閲覧)