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シリーズ 日本経済を考える110

グリッド・ポイント・センシティビティ入門―日本国債およびバリュー・アット・リスクの観点で―*1

東京大学 公共政策大学院/財務総合政策研究所 服部 孝洋

1.はじめに

「金利リスク入門」および「コンベクシティ入門」(服部(2020c,d))では、デュレーションやコンベクシティなど金利リスクの基礎的な概念について解説を行いました。デュレーションでは1年から40年におけるすべての金利が同じように変化(イールドカーブがパラレルシフト)することが前提でしたが、実際にはパラレルにシフトするとは限らず、例えば、超長期国債の金利が上昇するなど特定の年限の金利のみが動くことも少なくありません。このようなパラレルに動かない金利の動きを捉えるため、リスク管理の現場ではグリッド・ポイント・センシティビティ(Grid Point Sensitivity, GPS)が用いられています。GPSは金融機関のリスク管理の実務において広く活用されていますが、規制当局が金融機関の有する金利リスクを測る指標としても用いられています*2。GPSは実務的には、バリュー・アット・リスク(Value at Risk, VaR)の計算に用いられる点も看過できません。そこで、本稿では円債にフォーカスしてGPSの概念を紹介するとともに、VaRとGPSの関係についても説明します。

2.GPS

2.1 GPSとは

前述のとおり、デュレーションではカーブのパラレルシフトが想定されていましたが、実際には金利はパラレルに動くとは限らず、例えば超長期金利など特定の年限の金利が動くことが少なくありません。そのため、特定の年限の金利が上昇した場合の損失額を把握することも有益です。これはイールドカーブに対して、年限ごとにグリッド・ポイントを設けて金利変動に係るリスク量を把握することから、グリッド・ポイント・センシティビティといいます。服部(2020c)で説明したとおり、デュレーションの場合、図1.デュレーションとグリッド・ポイント・センシティビティが想定する金利上昇の左図のような金利上昇を想定しています。一方、GPSは、図1.デュレーションとグリッド・ポイント・センシティビティが想定する金利上昇の右図のように、ある特定のグリッド・ポイント、例えば、5年金利のみ上昇した場合のリスク量を指します。

GPSはグリッド・ポイント・センシティビティですから、「センシティビティ」であるがゆえ、特定の金利が変化したときの変化「率」という印象を持つかもしれません。もっとも、実務的には特定の金利が変化した場合の価格の変化「額」としてGPSが使われる点に注意が必要です。服部(2020c)では、デュレーションがイールドカーブがパラレルに変化したときの「価格の変化率」である一方、DV01やBPV(Basis Point Value)はイールドカーブがパラレルに変化したときの「価格の変化額」であると説明しました。その意味で、GPSはデュレーションより、DV01やBPVに近い概念と解釈できます。

このように、イールドカーブを一定年限(グリッド・ポイント)ごとに区分し、例えば5年金利のみを上昇させた時の価格の変化がGPSですが、5年金利だけでなく、例えば1年金利、2年金利、…、40年金利のみの金利上昇という形で様々な年限の金利の変化からGPSを算出することができます*3。1年~40年のGPSを合計することは、1年から40年までの金利が上昇したときのリスク量を意味しますから、これはイールドカーブをパラレルにシフトさせたことと同じ意味を有します。そのため、各年限のGPSの合計はDV01(BPV)と一致します。

注意すべき点は、海外の文献などではGPSという表現は用いず、キー・レート・デュレーション(Key Rate Duration, KRD)やキー・レート・リスク(Key Rate Risk,KRR)という表現が用いられる傾向がある点です*4。KRDとは特定の年限の金利(キー・レート)が変化したときのデュレーション(感応度)を意味しますが、例えばタックマン(2012)やBloombergなどではGPSという表現ではなく、KRDという表現が用いられています*5。筆者の印象では、日本の金融機関ではGPSという言葉が普及していますが、海外の金融機関ではKRDという表現の方が広く使われています。GPSは、グリッド・ポイントごとの感応度(センシティビティ)という意味ですから、GPSの方が(金利だけにとどまらない)広い概念と解釈することもできますが、海外における債券のリスク管理や文献を見るときには一定の注意が必要です。

2.2 GPSの使用例

日本国債のGPS

ここからGPSを用いた事例をみておきましょう。図2.日本国債のGPSの事例は2年、5年、10年国債のGPSを示しています。これは特定の年限の金利だけが1bps上昇した場合、各国債を保有していたとしたら、どれくらいの損失を抱えるかを示しています。図2.日本国債のGPSの事例の右側の10年国債をみると、1年から9年のGPSは0.1~1といった小さい値をとっている一方、10年のGPSは8.856をとっています。これは10年国債をロングしていた場合、たとえ、1-9年までの金利が上昇したとしても、10年金利が変化しなければそれほど損失がないことを意味します。一方、(1年から9年金利は横ばいで)10年金利のみが上昇した場合は(100円に対して)8.856銭の損失を計上することがわかります。これは10年国債のデュレーションが10程度であることを考えると、金利が1bpsパラレルシフトした場合とかなり近い損失であることがわかります。

このような傾向はその他の年限の国債についても言えます。例えば5年国債については5年金利が上昇したとき、5年債のデュレーションが想定する損失に近い損失が発生しますが、それ以外の年限が動いても損失はほとんど発生しません。この背景には、満期には利払だけでなく元本の支払いがあるからですが、その詳細は後述します。

日本国債のマーケット・メイクと入札の事例*6

より実際的な事例を考えるため、次のようなケースを考えてみましょう。例えば日本国債のマーケット・メイクをするJGBトレーダーが短期ゾーンでショートのポジションを作る一方、長期のゾーンでロングのポジションを作っており、合計の金利リスク量(DV01、BPV)はゼロになっていたとしましょう。この場合、イールドカーブがパラレルに上昇した場合、長期のポジションで損失が生まれますが、短期のショートのポジションで利益が生まれるため、それらが相殺されることで損益が発生しません。

しかし、仮にベア・スティープした場合*7(金利が上昇しつつも短期金利より長期金利のほうがより上昇した場合)、短期のショートからの利益に比べ、超長期のロングのポジションでは損失が大きくなります(スティープという概念についてはBOX 1を参照してください)。この事例を考えれば、金利のパラレルシフトのみを把握するDV01やデュレーションといった指標ではこのようなスティープに伴うリスクをとらえられないということになります。

そこで、ポートフォリオのリスク・リミットを設定する際、イールドカーブのパラレルシフトに対するリスク・リミットをDV01等で設定するだけでなく、カーブ形状の変化に対するリスク・リミットとして、GPSを用いることがあります。単純にデュレーションやDV01のみでリスク・リミットを設定すると、前述のように、例えば長期金利のみが上昇した時に発生する損失を低く見積もる恐れがあるからです。GPSに基づくことで、イールドカーブの形状(傾き)の変化に対してどの程度の損失が発生するかを把握できるため、より健全なリスク管理が可能になります。

このようなリスク・リミットの存在は、日本国債市場の動きを説明するうえでもしばしば用いられます。例えば、JGBトレーダーが20年国債を在庫として保有しており、保有する20年国債が有する金利リスク量(DV01、BPV)分だけ先物をショートすることでヘッジし、ニュートラルなポジションを作っていたとします。服部(2020a)で指摘したとおり、先物は7年国債金利に連動するため、この状況において、JGBトレーダーは20年国債ロング、7年国債ショートのポジションをとっていると解釈できます。この場合、ポジション全体のDV01ではリスク量がゼロになるようにヘッジしていますが、GPSに基づいた超長期のリスク量はプラスになっています。仮に、そのトレーダーに課されたGPSについて、20年国債についてはリスク・リミットに近いリスク量をすでにとっていた場合、このトレーダーは20年国債の入札において消極的な応札をする可能性を有します。実際、国債の入札において、業者にとって特定の年限の国債の在庫が重く、そのことが入札の不調を招いたなどと説明されることもあります。

GPSという観点でみた銀行の有するリスク量

図3.保有債券のGPSは日銀の「金融システムレポート」(2010年3月)でGPSが用いられている事例を示しています。GPSを用いて金融機関のリスク量を分析すると、単純にデュレーションやDV01などイールドカーブがパラレルシフトしただけでなく、どの年限の金利が上昇した場合に損失が大きいかを確認することができます*8。この場合、銀行が分析対象になっていますが、銀行が短中期ゾーンで運用をする傾向があることから、「3年以下」、「3-5年」、「5年以上」に分けて分析を行っています。金融システムレポートでは、「各年限の金利が1%上昇した場合の保有債券にかかる金利リスク量(グリッド・ポイント・センシティビティ〈GPS〉)は、大手行では短中期ゾーン、地域銀行では長期ゾーンの拡大を主因に、それぞれ既往ピーク圏に達している」(p.33)というコメントをしています。

前述のとおり、GPSは実際の金融機関のリスク管理でも用いられています。例えば、三菱東京UFJ銀行(2012)では国債、スワップ、預金・貸出、その他についてGPSを用いてリスク管理を行う事例を紹介しています。三菱東京UFJ銀行(2012)は、「『ALM委員会』等の場において、後述の市場リスク資本を勘案しながら、BS全体及び有価証券ポートフォリオにおけるBPVおよび各GPSの上限値(もしくは、レンジ)を定める。ALM部門は、その範囲内で国債操作を行うことが機動的な国債保有戦略(Tactics)の基本となる」(p.389)とコメントしています。ちなみに、三菱東京UFJ銀行(2012)には各投資家が有する日本国債のGPSが示されていますが、(この書籍が出版された時点が2012年である点に注意が必要ですが)同分析では、生損保等の10年超のセンシティビティが大きい一方、5年以内については銀行のリスク量が大きいことを指摘しています。

2.3 GPSのフォーマルな定義

最後にGPSのフォーマルな定義を確認しておきます。ここで国債の価格が様々な金利に依存することを表現するため、国債の価格を下記のような金利の関数で表現します。

P(r1,r2,…,rn)

これは国債の価格(P)が1年金利(r1)からn年金利(rn)に依存することを表しています。i年の国債の金利が1bps上昇した場合、その価格をP(r1,r2,…,ri+1bps,…,rn)と表現すれば、GPSとは前述のように特定の年限の金利(ri)が1bpsだけ上昇したときの価格の変化額ですから、GPSは下記のように定義できます。

GPS=P(r1,r2,…,ri+1bps,…,rn)-P(r1,r2,…,ri,…,rn)

次に、なぜGPSが元本の償還のある年限に大きく出るかを考えます。まず、10年国債の価格が将来のキャッシュフローの割引現在価値で決まるとします。10年国債を保有することで将来発生するキャッシュフローは期中のクーポン(C)と満期の元本の支払い(100円)であると考えると、(クーポンが年1回の支払いと簡略化すると)下記のようにキャッシュフローを割り引く形で価格が決まっているとします。

P=[数式]

注意してほしい点は、服部(2020c,d)でも国債のキャッシュフローの割引現在価値を計算しましたが、そこではr1,r2,…,r10という形で年限ごとに異なる金利で割り引いておらず、一つの金利(r)で割り引いていた点です*9。ここでは特定の年限の金利を上げるという思考実験をしたいため、1年目のクーポンcにはr1、2年目のクーポンcにはr2という形で、年限に対応させた金利を用いて割り引いています(このような金利をスポットレート(ゼロ・クーポン・イールド)*10といいます)。この場合、10年国債は、10年金利(r10)が動いた時の影響は大きいものの、1年など10年以外の金利が動いても、そもそも分子のキャッシュフローが小さいことから、その価格への影響が小さいことがわかります。

ちなみに、DV01(BPV)はすべての年限の金利が1bps上昇した場合(パラレルシフトした場合)でしたから、下記のように表現できます。

DV01(BPV)=P(r1+1bps,r2+1bps,…,ri+1bps,…,rn+1bps)-P(r1,r2,…,ri,…,rn)

前述のように各グリッド・ポイントごとのGPSの合計がDV01(BPV)になりますから、i年のGPSをGPSiとすると、下記が成立します。

DV01(BPV)=∑iGPSi

BOX 1 イールドカーブのスティープとフラット

本稿で強調したように、イールドカーブは実際にはパラレルに動くわけではなく、短期金利や長期金利で異なる動きをすることが少なくありません。実務家はイールドカーブがどのように動いたかを表現するため、「スティープ」と「フラット」という言葉を使います。スティープとは、イールドカーブの傾きが急になることを表現する一方、フラットとはイールドカーブの傾きが平らになる動きを表現しています。

もっとも、例えばイールドカーブの傾きが急になる(スティープになる)場合でも、短期ゾーンの金利が低下して急になるケースもあれば、長期金利の金利が上昇して急になるケースもあります。前者は国債が買われて(価格が上がり、金利が低下することで)スティープになるため、ブル・スティープと呼ぶ一方、後者は国債が売られて(価格が下がり、金利が上昇することで)スティープになるため、ベア・スティープといいます。ブルやベアはそれぞれ価格が上昇・下落することを表す金融業界の専門用語(ジャーゴン)です。一方、フラットになる場合は、同様のロジックで、ブル・フラットとベア・フラットという表現が用いられます。図4.各種金利上昇のシナリオがこれらのカーブの動きをまとめています。

ベア・スティープやブル・フラットなどの表現は債券の初学者が当初は混乱しますが、債券市場の実務家はあまりに自然にこの表現を用いてカーブの動きを表現するため、債券市場に係る者はこの表現に慣れる必要があります。筆者も当初混乱しましたが、毎日使う中で、これらの用語とカーブの動きが自動的に頭に入るようになりました(円債市場の実務家は皆このカーブの動きと用語が頭の中に叩き込まれています)。これらの用語とカーブの動きを暗記してしまい、金利の動きを表現するうえで、積極的に活用してこれらの用語に慣れることが一案ですが、筆者の場合、ブルは債券が買われる(金利が下がる)、ベアは債券が売られる(金利が下がる)という意味をまずは頭に入れ、スティープに動くか、フラットになるかをイメージしています。

なお、カーブがフラットになることで利益が上がるポジションをフラットナー(flattener)、カーブがスティープになることで利益が上がるポジションをスティープナー(steepener)といいます。本稿で、JGBトレーダーが超長期国債を在庫として保有する一方、先物をショートすることでヘッジするケースを取り上げましたが、これはカーブがフラットになることで収益が上がるため、フラットナーのポジションです。一方、超長期国債をショートし、先物をロングすることでヘッジした場合、スティープナーのポジションといえます*11。

3.GPSとVaRとの関係

3.1 VaRとは

GPSはVaRとも密接な関係を有しています。VaRとは、実際の資産価格や金利の動きに基づき、リスク量を算出する指標です。たとえば10年国債のリスク量を算出する場合、デュレーションでは約10という金利感応度を用いますが、VaRの場合は、10年国債の利回りの過去の動きに基づき、リスク量を算出します。例えば、過去5年のデータを取得して、金利変化を計算し、そこから標準偏差やパーセンタイル値*12を計算することでリスク量を算出します。

VaRを用いることのメリットは実際のデータに基づきリスク量を算出できることですが、データに基づくことで投資家が有する幅広い金融商品を統合的にリスク管理することも可能にします。金融機関は国債などに加え、株式や社債など多数の有価証券を抱えており、その一つ一つが固有のリスクを持つがゆえ、今自分が有しているリスク量全体を把握することは容易ではありません。VaRはデータを用いることで統合的な管理を可能にするわけです。

例えば、読者が2つの金融商品を保有しており、それぞれリスク量が100万円だったとしましょう。このポートフォリオ全体のリスク量を測る一つの考え方は、それぞれ100万円ですからその合計である200万円をリスク量とするというものです。例えば、図5.資産間の相関係数のイメージの左図のようにその両者が同じ動きをしていればそのような算出に合理性はあるでしょう。しかし、図5.資産間の相関係数のイメージの右図のようにその二つの資産価格が全く逆の動きをするものであれば、むしろ単体で持っていればリスクはあるものの、両者を同時に持つことでリスク量を相殺することができます。例えば、10年国債を保有していれば金利の変動によって価格が変化するためリスクが発生しますが、国債の価格と反対の動きをする資産を買うことができればポートフォリオ全体の変動を抑制することができるわけです。

このような資産の間の値動きの関係をとらえる概念を「相関」といいますが、過去の値動きのデータさえ得られれば、その相関関係を推定することが可能であり、それを考慮したうえで、自分が保有している有価証券のリスク量を統合して管理することができます。すなわち、「今私が抱えているポートフォリオ(ポジション)の最大損失量*13はデータに基づけば〇億円です」という形で一言で自分のリスク量を表現することが可能になるわけです。VaRはJPモルガン銀行が開発したと説明されることが多いですが、JPモルガン銀行がVaRを開発した背景には、当時の会長が毎日受け取る長いリスク報告に不満があり、銀行が有するリスク全体に焦点を当てた単純なものを求めたことが背景にあるとされています*14。

VaRは金融規制などとも密接な関係を有しており*15、現在ほとんどすべての金融機関で使われている非常に普及したリスク管理の手法です。原理的にはデータさえ得られれば、株式やファンドでさえ統合的にリスク管理ができるため、非常に強力なツールといえます。もっとも、VaRにもデメリットがある点を認識する必要があります。基本的には過去のデータに基づくため、例えばかつての経験と異なる現象が起きた場合、想定以上の損失が発生することがあります。また、相関関係を推定することで統合リスク管理が可能になると述べましたが、かつて見られた相関関係が壊れる可能性もあります。さらに、VaRの実際の計算に当たっては正規分布を利用する金融機関が少なくありませんが、この分布に基づいてリスク量を計算すると、金融危機などの稀なイベント(いわゆるテールリスクイベント)を過小評価する可能性もあります。

もちろん、金融市場の実務家もVaRに限界があることは承知しています。現実的にリスク管理の指標をVaRにすべて押し付けるわけにはいきませんから、実際にはVaRだけでなく、その他のリスク管理指標を併用してリスク管理を行っています。例えば、テールリスクイベントについては、金融危機時のようなストレス時における価格変動が発生したらどのような損失が発生するかを把握し、それにも耐えうる体力があるかを確認することでリスク管理を行っています(これをストレステストといいます)。ちなみに、金融庁と日銀は、大手金融機関を対象に「共通ストレステスト」を継続的に実施する方針を明らかにしており、近年、ストレステストの重要性は高まっているといえましょう(詳細は日本銀行・金融庁(2020)を参照してください)。

3.2 VaRとGPSの関係

冒頭でVaRとGPSが密接な関係を有することを指摘しましたが、その理由として、保有する有価証券について、それぞれの有価証券をGPSに分解したうえで、それを集約する形でVaRを算出することが少なくないことが挙げられます。金融機関が多数の有価証券を保有している場合、その一つ一つのボラティリティや相関関係を推定するには膨大な手間がかかりますが、正規分布に基づく分散共分散法と呼ばれる手法を用いれば、例えば国債ポートフォリオのリスク量をGPSに落とし込み、GPSで想定するグリッド・ポイントごとの相関関係とボラティリティを用いることで、VaRを算出することができます。

現在の実務では、過去のデータを用い、分散と共分散を推定したうえで、それを正規分布に当てはめることでVaRを計算することが少なくありません*16。その一方で、正規分布に基づかないVaRの算出方法もあります。例えば、ヒストリカル法のように過去のデータをそのまま用いてリスク量を推定したり、モンテカルロ法のように乱数を発生させて、シミュレーションをすることでVaRを算出することもあります。バーゼル規制では銀行勘定の金利リスクの算出が求められていますが、そこではヒストリカル法のようなイメージで金利リスクの算出が求められていました*17。債務管理当局はコスト・アット・リスク(Cost at Risk, CaR)と呼ばれる手法でリファイナンス・リスク(借換リスク)を定量的に計測していますが、(シミュレーションに基づく)モンテカルロ法に近いアイデアでリスク量を算出しています(コスト・アット・リスクについては服部(2021)を参照してください)。

4.数式を用いたVaRとGPSの関係*18

4.1 分散共分散法の概要

最後に、分散共分散法を用いてVaRを算出した場合、VaRとGPSがどのような関係を有するかを数式で確認します。分散共分散法とは、(1)金利変化が正規分布に従って変動すること、(2)金利変化に対する価格感応度が一定(線形)という仮定を置き、VaRの算出する方法です。分散共分散法と呼ばれる理由は、正規分布を用いることで、金利の変化などに関する分散と共分散に基づき、VaRを算出することができるためです。

ここから具体的に考えていきますが、分散共分散法では、VaRは下記の式に基づき算出されます。

VaR=λ√Tϕ'∑ϕ(1)

λはVaRのパーセンタイル値に対応する掛け目で、信頼区間99%の場合、λ=2.33となります(この掛け目を変えることで95%や99.9%の信頼区間でみたVaRも計算できます*19)。信頼区間の概念については統計学のテキストや服部(2020b)を参照していただきたいですが、信頼区間99%でVaRを算出した場合、ポートフォリオの損益がVaRの範囲に99%の確率で収まることを示しています*20。一方、Tはどれくらいの期間にわたる損失を考慮しているかを示しており、実務ではしばしば「保有期間」と呼ばれます。実務的には、営業日ベースで金利データを取得し、金利変化の系列を作り、そこから1営業日の標準偏差を算出することが多いことから、例えばT=1であれば1営業日でのVaRを表すし、T=10であれば10営業日でのVaRと解釈することができます。

本稿はGPSに着目していますが、式(1)におけるϕがGPSになります。

ϕ=(x1,x2,…,xn)'

ここではベクトルという形で抽象的に表現されていますが、例えば、x1は1年金利が1bp動いた時の価格変化額、x2は2年金利が1bp動いた時の価格変化額という形でグリッド・ポイントごとの価格変化額(GPS)がϕにスタックされているイメージになります。本稿ではもっぱら国債にフォーカスして話を進めていますが、実務におけるVaRの計算に当たっては、多数の資産を統合的に管理するため、ϕには為替や株式などのリスク量も含められますから、VaRを説明するテキストなどではϕをGPSではなく、リスク・ファクターなどと呼ぶことが少なくありません*21。

∑は各年限の分散共分散行列です。フォーマルには下記のように表示されますが、1年金利の変化の分散、2年金利の変化の分散などが行列の対角線上に入っており、1年金利の変化と2年金利の変化の共分散などが対角線以外の部分にスタックされているイメージになります(実際のVaRの計算では国債以外の資産の分散および共分散もこの行列に含まれます)。

∑=[数式]

VaRを算出する場合、分散共分散行列は、標準偏差と相関係数を明示的に表現し、下記のように表示されることも少なくありません*22。

∑=[数式]

σiはある資産iの標準偏差です(例えば、1年債の金利変化で算出された標準偏差です)。ρijは資産iおよびjの相関係数になります(例えば、1年債の金利変化と2年債の金利変化の相関係数です)。

上記を考えれば、各資産の標準偏差と相関係数に加え、保有している資産のGPSが得られれば式(1)を用いることにより、ポートフォリオ全体のVaRを算出することができます。保有期間や信頼区間を変化させたい場合はTやλを動かすだけで済みます。また、金融機関がある有価証券に追加投資する際、そのGPSをみることでその債券が有する単体のリスク量だけでなく、VaRに対するインパクトを考慮することもできます。ただし、このように簡易的に計算できる理由は、前述のとおり、各リスク・ファクターが正規分布に従うなどの仮定がある点に注意が必要です。

4.2 GPSを用いる理由

注意すべき点は、ϕ=(x1,x2,…,xn)におけるx1は1年国債の保有額ではなく、GPSになっている点です。この理由は、ここでの分散共分散行列(∑)が国債の「価格変化率」の分散共分散行列ではなく、国債の「金利変化」の分散共分散行列になっているからです。分散共分散行列(∑)に国債の「価格変化率」の分散や共分散が含まれていた場合、ϕを国債の保有額とし、∑を国債の「価格変化率」をベースとした分散共分散行列を用いてVaRを計算することができます(「国債の保有額×価格変化率のボラティリティ」というイメージでリスク量を算出できます)。

しかし、実務的には分散共分散行列を計算する際は、「価格変化率」でなく、「金利変化」の分散や共分散を用います。服部(2020c)で強調しましたが、国債の価格変化率は金利変化のデュレーション倍変化しますから、実際の損益を計算するには、金利変化に感応度(デュレーション)を掛け合わせることで価格変化に直す必要があります。さらに、「価格変化率」を実際の損益の金額に直すため、国債の保有額を加味することで「価格変化額」を把握することができますが、GPSは前述のとおり、DV01などと同様、「価格変化額」を表しますから、GPSを分散共分散行列に掛け合わせることでVaRを算出するわけです。そもそも分散共分散行列を計算する際、金利変化を用いて計算しているため、このような感応度の調整が必要になるわけですが、その理由は、債券は金利をベースに議論をするため、金利変化の分散や共分散を計算した方が商慣行に合っているし、ボラティリティや相関係数などの解釈がしやすいことが一因です。

ここで、1変数の場合の計算例を考えてみましょう。ここでは10年国債を1億円保有していた場合の1日の最大損失額(VaR)を過去5年のデータを用い、99%信頼区間で考えます。この場合、λ=2.33、T=1となりますが、√ϕ'∑ϕは10年ゾーンに焦点を当てれば、これは「10年国債のBPV(DV01)×金利変化のボラティリティ(σ)」(=「10年国債の保有額×価格変化率のボラティリティ」)*23と解釈できます。例えば、過去5年のデータを用いて、金利変化のボラティリティ(イールド・ボラティリティ)を計算した場合、5bpsであるとしましょう(この値は過去5年の経験則でいえば68%のデータについて(1営業日で)-5bpから+5bpのレンジで動いていたと解釈できますが*24、その理由は服部(2020b)を参照)。10年国債のデュレーションを簡易的に10とすると、BPVは1bps×10×1億円=100,000円と計算できるため、10年国債を1億円保有した場合のVaRは「2.33×BPV×σ=2.33×100,000×5=1,1650,000円」と計算できます*25。

分散共分散法では、このように金利変化に対する感応度を用いるのですが、この金利の変化については微小な変化のみを考え、金利変化の非線形的な関係(いわゆるコンベクシティ)については考慮しません。分散共分散法はデルタ法と呼ばれることもありますが、これはデルタと呼ばれる線形の関係のみ考慮しているからです*26(コンベクシティの詳細は服部(2020d)を参照してください)。

4.3 その他の注意点

本節では分散共分散法に基づき説明をしました。メガバンクなどはヒストリカル法を用いているものの*27、筆者の理解する限り多くの金融機関は分散共分散法を今でも用いています*28。正規分布などの仮定が強いと思われる方もいるかもしれませんが、前述のとおり、その他のリスク管理の手法を併用する形でリスク管理を行っています。VaRに限界がある点を指摘しましたが、実際のデータを用いてVaRが正しいリスク量を計算しているかの検証もなされています(これをバックテスティングといいます)。また、高度な数学を用いるリスク管理を行うことは理想的かもしれませんが、その一方でどのような計算をしているかの直観が得られなくなるという副作用がある点も見逃してはならないでしょう。

ここでは分散共分散法について簡易的に説明しましたが、同手法の詳細を知りたい読者や、ヒストリカル法やモンテカルロ法の概要を把握したい場合は、FFR+(2010)や青沼・村内(2009)などを参照していただければ幸いです。

5.おわりに

本稿では3回にわたり金利リスクの基礎について解説しました。次回はバーゼル規制における金利リスク規制である銀行勘定の金利リスクについて取り上げることを予定しています。

※本文中記載のできない数式については、掲載を割愛させていただいております。

*1)本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。

*2)例えば金融庁の「市場リスク管理態勢の確認検査用チェックリスト」における市場リスク計測方法の中にもGPSは指摘されています。

*3)ここで40年まで考えている理由は日本国債が40年債まで発行されているからです。他国では40年より長い年限の国債が発行されているケースがありますが、その場合は40年以上の年限の金利を動かすことができます。

*4)タックマン(2012)では第7章でキー・レート・デュレーションについて取り上げています。

*5)キー・レート・デュレーションはデュレーションに立脚した概念であるため、キー・レートが動いた時の「価格の変化率」を表現しますが、キー・レートが動いた時の「価格の変化額」についてはKR01(キー・レートが変化したときのDV01に相当する概念です)という表現が用いられます。

*6)この部分を記載するにあたり、後藤勇人氏のサポートを得ました。記して感謝申し上げます。

*7)三菱東京UFJ銀行(2012)ではベア・スティープを「超長期主導で金利が上昇」(p.303)と説明しています。

*8)ここでは、日銀のGPSでは、残存期間ごとに、「債券評価損=残高×残存期間×金利上昇幅」としてリスク量を算出し、積み上げる形でGPSを算出しています。ここでの説明は鎌田・倉知(2012)に基づいています。

*9)服部(2020c,d)では価格を下記のように定義しました。

   P=[数式]

   この場合、rを最終利回り(yield to maturity)といいます(単に利回りといった場合、この金利を指します)。服部(2020c)ではrで微分することでデュレーションを算出しましたが、上記の定式化でrで微分することはカーブ全体を平行移動することを意味しています。スポット・レート(ゼロ・クーポン・イールド)と最終利回りの違いについてタックマン(2012)では最終利回りを「全てのスポット・レートを1つの数値に集約したもの」(p.48)と説明していますが、詳細は同書の2-3章を参照してください。

*10)この金利は割引債の利回りに相当します。

*11)ちなみに、ヘッジをしないでロングすることを明示的に表現するため、実務家はしばしば「アウトライトで買う(ロングする)」と表現することがあります。

*12)パーセンタイル値とは、金利上昇を悪いシナリオとすれば、悪いシナリオから数えて1%番目の「金利上昇」を金利リスク量という形でリスク量を算出する方法です。実際には、悪いシナリオからでなく、良いシナリオから99%番目(=悪いシナリオから1%番目と同じ)である99%タイル値を用います。

*13)実際には99%タイル値などをVaRとして用います。99%タイル値が「悪いシナリオから数えて1%」番目という意味にもかかわらず「最大」と表現することに違和感があるかもしれません。ここでは「99%」の信頼区間の中で最大という意味で使っています(実際、算出されたVaRを最大損失額という表現を使うことは少なくありません)。

*14)このエピソードはハル(2008)などで紹介されています。

*15)藤井(2016)はバーゼル規制にVaRの手法が採用されたことがVaRの普及と発展に大きく寄与したことを指摘しています。特にバーゼル規制における市場リスク規制における内部モデルの採用を金融リスク管理における「VaR革命」と表現しています。

*16)金利と正規分布の関係については服部(2020b)やそれ以降のオプションに係る筆者の論文で詳細に言及しているため、そちらをご一読いただければ幸いです。

*17)バーゼル2における「アウトライヤー規制」では99%タイル値の計算が求められていましたが、2018年3月期から国際統一基準行に適用が開始された銀行勘定の金利リスクに対する規制(いわゆるIRRBB, Interest Rate Risk in the Banking Book)では金利リスクを把握するうえで99%タイル値は用いられておらず、「パラレル上・下、スティープ、フラット、短期上・下」という6つのシナリオが用いられています。

*18)この部分を記載するにあたり、藤原哉氏、毛利浩明氏のサポートを得ました。記して感謝申し上げます。

*19)エクセルのNORM.S.INV関数(標準正規分布の累積分布関数の逆関数)を使えば簡易的に計算できます。例えば、信頼区間99%についてはNORM.S.INV(0.99)ニアイコール2.33という形で算出できます。

*20)例えば読者が一定量の国債を保有していたとします。その際、99%の信頼区間でみたVaRが100万円の場合、その国債の保有に係る損益は99%の確率で100万円の範囲に収まることを意味しています。

*21)例えば、三菱東京UFJ銀行(2012)ではϕについて「各リスクファクターのセンシティビティのベクトル(国債の場合はグリッドポイントセンシティビティ)」(p.390)と記載しています。他の書籍でも同様の表現が使われています。

*22)この式はさらにΣ=[数式]と記載することもできます。

*23)√ϕ'∑ϕはいわば(1変数の場合)分散をGPS(ϕ)で挟み込んでおり、これは二乗を意味していますが、ルートがとられているため、GPS×標準偏差になります(ここでは10年国債だけ考えているので10年のGPSをBPVと解釈しています)。

*24)ここでの解釈は金利変化が正規分布に従うと想定しています。

*25)ここでは1変数の事例を上げましたが、2変数の事例に関心がある方はFFR+(2010)や青沼・村内(2009)などを参照してください。

*26)デルタとはもともとオプションに関する概念ですが、債券を金利に関するデリバティブとみなせば、金利の微小の変化に関する価格変化はデルタそのものです。服部(2020c)ではDV01やBPVをデルタと呼ぶこともあり、デュレーションなどと同様に線形の金利リスクを捉える概念として説明しました。

*27)三菱東京UFJ銀行(2012)ではヒストリカル法に基づいた場合も、GPSを用いてVaRを計算する計算方法が紹介されており、分散共分散法以外の方法でVaRを算出する際にもGPSの知識が必要であることが確認できます。

*28)どのような手法を用いているかは金融機関のディスクロージャー誌等で開示されています。

参考文献

[1].青沼君明・村内佳子(2009)「Excel & VBAで学ぶVaR」金融財政事情研究会

[2].鎌田康一郎・倉知善行(2012)「国債金利の変動が金融・経済に及ぼす影響―金融マクロ計量モデルによる分析―」RIETI Discussion Paper Series 12-J-021

[3].日本銀行金融機構局、金融庁総合政策局・監督局(2020)「共通シナリオに基づく一斉ストレステスト」『日銀レビュー』2020-J-13

[4].服部孝洋(2020a)「日本国債先物入門:基礎編」ファイナンス1月号、60–74.

[5].服部孝洋(2020b)「国債先物オプション入門―オプション市場からみた金利リスクについて―」ファイナンス4月号、38–42.

[6].服部孝洋(2020c)「金利リスク入門―デュレーション・DV01(デルタ、BPV)を中心に―」ファイナンス10月号、54–65.

[7].服部孝洋(2020d)「コンベクシティ入門―日本国債における価格と金利の非線形性―」ファイナンス12月号、66–75.

[8].服部孝洋(2021)「コスト・アット・リスク(Cost at Risk, CaR)分析入門」財務総研スタッフ・レポート

[9].藤井健司(2016)「増補版 金融リスク管理を変えた10大事件+X」きんざい

[10].三菱東京UFJ銀行(2012)「国債のすべて―その実像と最新ALMによるリスクマネジメント」きんざい

[11].ブルース・タックマン(2012)「債券分析の理論と実践(改訂版)」東洋経済新報社

[12].ハル(2008)「フィナンシャルリスクマネジメント」ピアソンエデュケーション

[13].FFR+(2010)「リスク計量化入門―VaRの理解と検証」金融財政事情研究会