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新々 私の週末料理日記 その43

1月△日正月休み

正月休み。朝食が焼いた餅だけではちと寂しいので、おかず代わりに納豆に卵を落としてよくかき混ぜる。そういえば、若いころよく行った職場の近くの飲み屋の品書きに「納豆」と「黄金納豆」というのがあった。違いは生卵が落としてあるかどうかだけだったのだが、卵入りの黄金納豆にはゴージャス感があったなあ。楽しきわれらが日々を想い出して、思わずコップに日本酒を注いでしまった。黄金納豆を流し込み、かまぼこの残りをつまんで、朝酒とは朝から幸せである。磯辺餅を3つ食べて、黒豆をデザートにすれば大いに満足。なかなか素敵な朝食であった。食後はやることもないので、ほろ酔い気分で、散歩に出かける。

例年と同じく穏やかで静かな正月だが、道行く人がみなマスク姿なのが昨年までと違う。そういえば、昨春新型コロナウィルスが流行し始めたころ、パンデミックの先例として、スペイン風邪のことがしばしばメディアで解説されていた。1918~1919年に流行したスペイン風邪の推定感染者数は、一説には世界全体で数億人、当時の世界人口の3割に上るとされ、推定死者数は数千万人と言われている。折から第一次世界大戦の末期から直後の時期であった。第一次大戦では千数百万人が死亡したとされているが、スペイン風邪の被害はこれをはるかに上回る悲惨なものであった。

人類史上最悪のパンデミックは14世紀のペストの大流行である。一説には当時の世界人口約4億5千万人のうち、約1億人が死亡したとされ、特にヨーロッパでは総人口約8千万人のうち約2500万人が死亡したと言われる。何ともすさまじいものだが、人類史を超えて地球史レベルで言えば、直近5億年間に、地球上の生物が全滅しかかった大量絶滅が5回あったとか。以前読んだ或る会報中の理学博士の講演録に書いてあった。

あてもなくふらふら歩いていると、とりとめもなくいろいろなことを考える。ずいぶん高尚なことを考えていたような気もするのだが、家に帰りついたころには何を考えていたのか大方忘れてしまうのが、何とも情けないところである。とはいえ、今日の散歩の目標8千歩の半分ぐらいこなしたことに満足して家に入る。

一休みすると、昼飯時である。久しぶりにパンを食べたくなって、賞味期限切れの食パンの残り3枚が冷凍庫にコチコチになっていたのを思い出す。ベーコンエッグを焼き、コーヒーを淹れ、パンをトースターに並べる。家の者たちが不精にもカップ麺を食べているのを尻目に、こんがり焼けたトーストに、パンの厚さと同じぐらいたっぷりとバターをのせ、ジャムも同様にたっぷりとのせて食べる。うまい。ジャムのせバタートーストはかくも美味なるものであったか。糖とでんぷんと脂の組み合わせほど美味いものはない。塩漬け肉と卵と油脂の組み合わせもまた美味。たちまちにしてベーコンエッグとパン3枚を胃に収める。

食後は年賀状に目を通して住所録を整理しなくてはならないのだが、すぐ飽きてしまって寝室に行く。枕元に積み上げた本やら冊子やらかき回していたら、例の会報が出てきた。講演録を読み返す。(注)学士會会報No933 海保邦夫氏講演

地球誕生は46億年前であり、地球上に生命が発生したのは38億年前らしい。講演録によると、現在の動物の原型になる脊椎動物が現れたのは、5億4000万年前、古生代のカンブリア紀だという。この時期、生物は海の中で進化し、爆発的に生命の多様化が進んだ。いわゆる「カンブリア爆発」である。その後の5億年間に、大量絶滅が5回生じたという。大量絶滅後は、生き残った生物が大進化を遂げた。例えば、初回の大量絶滅後に繁栄した古代魚は、2回目の大量絶滅でほぼ絶滅したが、生き残った魚類の一部は両生類に進化して陸上に進出したとのことだ。3回目の大量絶滅後には爬虫類である恐竜が登場し、4回目の大量絶滅後には恐竜が巨大化して大いに栄えたという。5回目の大量絶滅で恐竜が絶滅すると、哺乳類が進化した。現在人間が繁栄を謳歌しているのは、その延長線上ということのようだ。

さてその5回の大量絶滅の原因であるが、4回目までは、地球規模の火山活動による環境の大変化によるとするのが通説らしい。他方、6,600万年前の5回目の大量絶滅については、講演録によると、小惑星の衝突が原因である。火星と木星の間に存在する数多くの小惑星の中の一つが、長楕円軌道で公転するうちに地球に接近するようになり、やがて激突したのだという。その衝突跡がメキシコのユカタン半島北部にある直径170kmにも及ぶチクシュルーブ・クレーターである。直径10数kmの小惑星が、ユカタン半島のあたりに突っ込んだ時の衝突のエネルギーは、広島に投下された原爆の約10億倍以上、生じた津波は高さ約300メートルであったと、以前何かで読んだ記憶がある。

衝突に伴う熱波は、周囲広範囲の生物を死滅させるが、それだけでは大量絶滅には至らない。講演録によれば、6600万年前の衝突は、衝突した場所が偶々海岸近くの海中で、有機物がたくさん堆積している地域だった。そのため、衝突のエネルギーで堆積岩中の有機物が高温で燃焼した結果大量の煤が生じた。その煤が成層圏まで舞い上がって地球を覆い、数年間太陽光を遮ったために陸上の気温が十数度低下したらしい。恐竜は、中・高緯度地域では気温低下で絶滅し、赤道付近では気候急変に伴う干ばつで植物が枯れ果てた結果、食物連鎖的に絶滅したという。もし小惑星が海岸近くでないところに衝突したのであれば、有機物の堆積がないので大量の煤の発生はなかっただろうから、地球は寒冷化せず恐竜も絶滅しなかったということになる。大量の煤が生じるような衝突適地?は地球表面の十数%に過ぎないそうだから、恐竜にとっては当たり所が悪かったということになるし、我々哺乳類にとっては幸運だったということであろう。幸運なる哺乳類にしても、今後のことはわからない。突然もう一度大隕石が衝突するかもしれないし、火山活動が急に地球規模で増進して地球環境が激変するかもしれない。何らかの原因で酸素濃度が急減するかもしれないし、オゾン層が大きく破壊されて、地表に到達する有害な紫外線が激増するかもしれない。

地球史レベルで言えば、絶滅するのも運、繫栄するのも運ということか。何事も運という考え方は、中高年のおじさんには妙にしっくりくるが、やはり少々切なくもあるし、何やら物悲しくもある。地球史レベルの運には抗えないとしても、少しは夢も見たいし、夢を追いかけていささかの努力もしてみたい。とはいえ、夢見る頃はとうに過ぎて、努力を続ける気力もすでに尽きつつある。せめて、小惑星衝突のおかげで繫栄した我々人間の所為で地球環境が壊れないよう気をつけたいものだ。暖房を控えるため体が温まる料理を食べ、食材ロスを避けるために冷蔵庫の残り物から食べよう…。

地球史だ大量絶滅だと身の丈に合わないレベルの話に思いを巡らすうちに、そろそろ夕方近い。さて、晩飯をどうするか。冷蔵庫には、年末に買った安牛肉のスライスがある。すき焼きにするか。それともプルコギか。何となくそういう気分じゃないし、生憎と冷蔵庫に、豆腐はないし、野菜も玉ねぎとセロリしかない。買い物に行けばいいのだが、出かけるのが面倒になってきた。散歩の残り半分のことは、都合よく忘れてしまった。まあ、今晩のところは安直にカレーにするか。カレーが食べたくなるのも正月らしいと言えば正月らしいかもしれない。

安牛肉と玉ねぎとセロリだけのカレーは予想外に美味。たっぷり入れたカレー粉の香りにセロリの風味も溶け合って食欲をそそる。隠し味のコーラがよかったのかもしれない。

カレー粉中の芳香と苦みの成分クミンは消化促進と整腸の薬効があり、黄色成分ターメリックはウコンの一種で胃の機能を高め肝臓にもいい。その他コリアンダー、チリ、フェヌグリークなどにも色々な薬効があるという。加えて生姜もたっぷりすりおろして入れたから、寝正月の食い過ぎで疲れた内臓によろしかろうと、大汗をかきながらついついお代わりを重ねてしまった。いくら薬効がある香辛料が豊富に入っているからといっても、こんなに食べては我が体重の持続可能性を損なう。と、わかっちゃいるけどやめられない。これはカレーの食欲増進効果によるものだろうか。つい口に出してしまった。当然、家の者から単なる責任転嫁であるとの指摘を受けた。ごもっとも。

恐竜は十分なエサがあれば生きている限り成長を続けると、聞いたことがある。中高年男子も食べ続けると体重が増加し、腹囲が伸長する。しかし、それはメタボリックシンドロームとか肥満症と呼ばれる。誰も成長とは言わないようだ。

玉ねぎとセロリの安直カレーのレシピ(4人分)

〈材料〉安い牛肉のスライス(豚肉でもいいし、挽肉でもいい)5~600g、玉ねぎ中2個、セロリ1本、カレー粉大匙6、おろししょうが大匙2、薄力粉大匙3、一味唐辛子、固形ブイヨン2個、ワイン(赤白どちらでもよい)200cc、コーラ200cc

(1)肉を一口大に切り、軽く塩胡椒する。もしあれば、オールスパイスを振る。フライパンにサラダ油大匙2~3をひき、肉を中火できつね色になるまで炒める。

(2)鍋に湯500ccを沸かし、肉を投入する。ワインを加え、蓋をして30~40分煮る。

(3)灰汁を取り、ブイヨンとコーラを加え、20分ほど煮る。

(4)この間に、まず玉ねぎとセロリの茎の部分を粗みじんに刻む。セロリの葉は細かくみじん切りにする。

(5)玉ねぎを、先ほどのフライパンにサラダ油大匙1を追加してから、弱火で20分ほど炒め、きつね色になったらセロリを加え、5分ほど炒める。

(6)弱火のまま薄力粉を加え、焦がさないように木べらでよく混ぜながら5分ほど炒める。火を止めてからカレー粉と一味唐辛子小匙1(辛いのが嫌いな向きは省略)を加え、よく混ぜる。

(7)(6)を(3)の鍋に投入し、弱火で混ぜながら5分ほど煮る。とろみがついてきたら、おろししょうが、セロリの葉を入れ、塩、醬油で味を調えたら完成。

*カレー粉を増やすほど風味は増すが、苦くなる。苦いのが苦手な人は、カレー粉を控えめにしてローレルや粉末のカルダモンを加えると、苦みを抑えて風味を増すことができる。

**セロリが手元にない時は、セロリの風味は得られないが、玉ねぎを多めに使う手もある。人参でもよい。