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シリーズ 日本経済を考える109

第6回Tokyo Fiscal Forum―Towards Strong Economic Recovery and Sound Public Finances in Asia―

財務総合政策研究所 主任研究官 曽我 奈津子
財務総合政策研究所 研究員 黒川 ひろ
財務総合政策研究所 研究員 笹間 美桜

2020年12月4日、財務総合政策研究所は、IMF財政局及びADBIとの共催により、「第6 回Tokyo Fiscal Forum ―Towards Strong Economic Recovery and Sound Public Finances in Asia―」と題した国際会議を、Zoomを利用したオンライン形式で開催した。

Tokyo Fiscal Forumでは、アジア諸国の財政制度や財政の透明性改善等を支援するIMFの技術協力を土台としつつ、アジア各国のハイレベルな政策担当者の間で現状や課題を共有するとともに、アジア域外からの有識者とも意見交換できる場を設けることを目的として、2015年以降、アジアが向き合う重要課題についての議論を行うために、毎年、東京で集まる場を提供してきた。

しかしながら、新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大を受けて、第6回目となる今回のフォーラムでは、物理的に集まることを断念し、オンライン形式で開催することとした。フォーラムのテーマについては、COVID-19下で、アジア各国がどのように財政政策を行っていくか、とりわけ経済活動や医療提供体制を支えるための財政活動と、中長期的な財政リスクについてどのように考えるべきかを取り上げることとし、アジア各国の課題と取組事例を中心に議論が行われた。フォーラムは、例年、2日間にわたって行われるところ、オンラインでの開催で、時差も考慮し概ね3時間に短縮されたが、20か国からゲストやパネリストが参加し、在京大使館や国内の研究者等も含め、全体で130名超が参加した。本稿では、本フォーラムの模様をお届けする。

(テーマと全体構成)

COVID-19感染拡大により、各国の経済が大きな影響を受けている状況を踏まえ、本フォーラムでは、COVID-19パンデミック下におけるアジア各国の財政政策運営と財政リスクをテーマとして取り上げた。

セッション1では、各国がとるべき財政政策について、感染の拡大防止から経済活動の本格的な再開に至るまでの段階に応じた財政政策の実施、経済回復に向けた財政支出と債務の持続可能性の適切なバランス等の観点から、各国の取組事例が紹介された。セッション2では、IMFより、財政リスクを把握し、その適切な管理を支援するためのツールキットの紹介が行われた後、フィリピン及びバングラデシュより、財政リスクに対応するための取組が共有された。

また、今回のフォーラムの中で時間を別途設けた「刊行物紹介コーナー」では、IMFより、2020年10月に発行されたFiscal Monitorの第2章、インフラ投資に関するガバナンスについてのIMFの新たな出版物及びウェブサイトについて紹介された。また、ADBIより、気候変動リスクとソブリン債の関係に関する論文が紹介された。

写真:フォトセッションでの集合写真

第6回Tokyo Fiscal Forum 議事次第

・歓迎挨拶 岡村健司 財務官、園部哲史 ADBI所長

・オープニング・プレゼンテーション Odd-Per Brekk IMFアジア太平洋局副局長

・セッション1:Designing Fiscal Strategies for Recovery:Main challenges
議長:Chul Ju Kim ADBI副所長
発表者:Vitor Gaspar IMF財政局長、上田淳二 大臣官房経済財政政策調整官 兼 財務総合政策研究所 総務研究部長、Febrio Nathan Kacaribu インドネシア財務省財政政策局長

・刊行物紹介コーナー
議長:松本千城IMF財政局審議役
発表者:Paolo Mauro IMF財政副局長、松本千城 IMF財政局審議役、John Beirne ADBIリサーチ・フェロー

・セッション2:Managing Fiscal Risks:Main challenges
議長:N.K.Singh インド財政委員会委員長
発表者:Manal Fouad IMF財政局アシスタント・ディレクター、Rosalia V. De Leon フィリピン財務局長官、Abdur Rouf Talukder バングラデシュ財務省財務長官

・閉会挨拶 阪田渉 財務総合政策研究所長

(各セッションの概要)

歓迎挨拶

フォーラムの冒頭で、岡村健司財務官と園部哲史ADBI所長が歓迎挨拶を行った。

岡村財務官からは、COVID-19感染拡大のなかで、アジアにおける経済回復のための財政政策と財政リスク管理という2つのテーマについて、本フォーラムを通じ、アジア諸国にとってのさまざまな課題の解決につながる議論が展開されることへの期待が述べられた。

また、園部ADBI所長からは、アジア諸国にとって、環境に配慮し、包摂的な成長に資する公共投資の役割発揮のための財政政策や、経済回復と債務の持続可能性に対するバランスの取れた支援及びこれらに伴うリスク管理について、本フォーラムで議論を深める重要性が述べられた。

写真 歓迎挨拶をする岡村健司財務官(写真上段中央)

オープニング・プレゼンテーション

続いて、アジア諸国が直面するマクロ的な観点からの財政運営上の課題をテーマに、Odd-Per Brekk IMFアジア太平洋局副局長から基調講演が行われた。COVID-19の感染状況は各国で異なるとした上で、IMFが2020年10月に公表したアジア太平洋地域の経済見通しが紹介され、COVID-19への対応に係る財政政策の規模や具体的方法が各国で異なっていることが示された。また、短期的には回復に向けて焦点を絞った政策が重要である一方、長期的には、所得格差の是正や、気候変動に対応した投資、及び包摂的な社会の実現によって、持続可能な成長を目指すことが重要であるとの説明があった。

セッション1:Designing Fiscal Strategies for Recovery:Main challenges

1.経済回復に向けた財政戦略の構築における主要な課題について
(Vitor Gaspar IMF財政局長)

この発表では、経済状況が異なる国の間でCOVID-19への対応がどのように異なっているかを比較するため、先進国の例として日本、新興国の例としてインドネシア、低所得国の例としてバングラデシュの3か国がとりあげられ、COVID-19感染拡大への対応やマクロ経済への影響が説明された。

COVID-19感染拡大に対応するため財政支出を拡大した結果、政府債務が急増しているが、基礎的財政収支の悪化の規模は大きく異なっており、全世界的傾向として、先進国>新興国>低所得国の順に、財政悪化の規模が大きかったこと等が指摘された。

また、COVID-19の感染拡大は、対面でのコンタクトを必要とするセクターから、他のセクターへの需要の変化をもたらすなど、人々の行動の変容をもたらしており、それに対応した経済構造の変化を促していく必要性が強調された。また、長期的には、気候変動に対応していくために、根本的な転換に向けて主体的にコミットしていく必要があることが述べられた。

2.日本における経済回復に向けた財政戦略と主要な課題について
(上田淳二 大臣官房経済財政政策調整官 兼 財務総合政策研究所 総務研究部長)

この発表では、COVID-19感染拡大下における日本の財政政策及び今後の課題についての説明が行われた。日本では、COVID-19感染拡大が始まってから、早い段階で、令和2年度第一次・第二次補正予算を成立させ、医療体制の強化、事業と雇用継続のためのさまざまな給付措置や金融支援を速やかに実施したことが紹介された。それによって、4月から5月にかけて緊急事態宣言が発出されたが、国内の事業と雇用が維持され、GDPの落ち込み幅は、他の先進国より小幅に留まったことが説明された。特に、企業向けの支援策によって、企業の倒産が回避され、低い失業率が維持されており、経済悪化の悪循環が回避される一方、流動性の供給によって、企業の債務が増加していることにも留意が必要であることが指摘された。また、将来のパンデミックや自然災害によるショックが生じることに備えて財政面での対応力を確保しておくこと、実際に悪影響が生じた場合に支援が必要な対象を迅速に見定めること、適切なコミュニケーションを行うことの重要性も指摘された。

3.インドネシアにおける新型コロナウイルスの影響への対処における財政政策の役割について
(Febrio Nathan Kacaribu インドネシア財務省財政政策局長)

この発表では、COVID-19感染拡大下におけるインドネシア政府の財政政策についての説明が行われた。インドネシア経済は、新型コロナウイルスにより大きな影響を受けたが、政府は財政赤字を対GDP比3パーセント以内に抑えるルールを一時的に緩和し、GDPの4.2パーセントの包括プログラム(National Economic Recovery Program)を策定し、貧困層への現金給付等の社会保障、補助金やファンド設立等による零細企業の持続支援、企業の資金調達援助、影響を受けたビジネスの税負担軽減等による緩和策等を講じていること、これらにより、2020年のGDP成長率の減少と財政赤字拡大が、G20各国及びASEAN各国と比較して比較的緩やかであることが紹介された。

2021年の予算方針については、国民の生活の質の向上のため、教育の質向上、国民の健康維持、社会保障改革、インフラの整備等を優先項目として掲げており、また、構造改革として、人的資本育成、インフラ開発の継続、雇用創出を目的とした規制緩和、官僚的形式主義の断絶、経済変革を掲げているとの説明があった。

刊行物紹介コーナー

1.Fiscal Monitor 第2章 -経済回復のための公共投資-
(Paolo Mauro IMF財政副局長)

本発表では、IMFが2020年10月に公表した「Fiscal Monitor」の Chapter 2 の「 Public Investment for the Recovery」の紹介が行われた。COVID-19の感染拡大が進む段階では、医療の提供や事業・雇用の継続などの緊急的な支援が必要とされるが、感染の拡大が抑制され、経済活動を再開する局面では、失業者が多く、財政余力があり、インフラが不足している国においては、段階的に雇用を拡大していくために公共投資が重要な役割を担うことが期待されること、その際には効率的な公共投資の実施が必要とされるため、ガバナンスのあり方が重要であることが指摘されている。

2.IMFとインフラ投資のガバナンスについて
(松本千城 IMF財政局審議役)

続いて、インフラ投資のガバナンスに関するIMFの出版物「Well Spent:How Strong Infrastructure Governance Can End Waste in Public Investment」及びインフラ投資のガバナンスに関する新たなウェブサイトについて紹介が行われた。

IMFでは、非効率な事業実施により、インフラ投資による潜在的な便益の3分の1以上が失われているとの推計が行われており、この特徴は、低所得国を中心に顕著であるとされている。そのため、公共投資の効率性向上にはインフラ投資のガバナンスの強化が不可欠であることから、IMFでは、公共投資マネジメント評価(Public Investment Management Assessment:PIMA)を推進しており、2015年以降、60か国以上に対して、PIMAを通じた支援を行っているとの説明が行われた。また、IMFのインフラガバナンスに関する評価ツールや刊行物、セミナー等の情報を掲載した新たなウェブサイトが紹介された。

3.気候変動リスクとソブリン債のコストについて
(John Beirne ADBIリサーチ・フェロー)

本発表では、ADBIとロンドン大学(SOAS)の研究者による共同論文「Feeling the Heat:Climate Risks and the Cost of Sovereign Borrowing」の紹介が行われた。論文では、気候変動リスクとソブリン債の関係について分析が行われており、40か国(先進国と新興国の各20か国)から収集したデータを用いて、各国のソブリン債の利回りと気候変動リスクには正の相関がみられる一方、ソブリン債の利回りと気候変動リスクに対する弾力性には負の相関があること、また、この気候変動リスクショックは、ソブリン債の利回りに長期間で影響を与えること等が示されているとの説明が行われた。

セッション2:Managing Fiscal Risks:Main challenges

1.財政リスクの管理–IMFのツールキットと国際経験からの教訓
(Manal Fouad IMF財政局アシスタント・ディレクター)

この発表では、COVID-19感染拡大を踏まえつつ、各国政府が財政リスクをどのように認識し、管理すべきかについての説明が行われた。財政リスクの要因はさまざまであり、マクロ経済だけでなく、国有企業、政府保証、地方自治体など広範囲に及ぶこと、それらは互いに相関しており、大きなリスクとして顕在化する傾向があることが説明された。また、新型コロナウイルスの感染拡大が、政府債務と財政赤字に与える影響は2009年の金融危機よりも大きなものとなることが想定され、アジア太平洋地域においても、債務の増加、特に先進国における債務の増加が大きなものになることが見込まれる旨が指摘された。

次に、各国政府の新型コロナウイルスへの対応について、当面、感染拡大防止に全力を挙げ、適切な措置を実施する必要があるが、事後において、財政の持続可能性の確保や財政リスクの管理のための措置を取る必要があることが指摘された。財政リスクに対する理解を深め、管理を改善するために、IMFでは「Fiscal Transparency Code」を定めるとともに、さまざまな分析ツールを準備している旨の説明があり、また、インド、バングラデシュ、インドネシア及びフィリピンにおける財政リスク管理のための取組が紹介された。

2.フィリピンの新型コロナウイルス下における財政リスクの管理
(Rosalia V. De Leon フィリピン財務局長官)

この発表では、新型コロナウイルス下におけるフィリピン政府の財政リスク管理についての説明が行われた。フィリピンでは、COVID-19感染が拡大する前は、高いGDP成長率、安定したインフレ率、公共インフラの近代化加速、債務比率の低下が続いていたが、感染拡大によって先行きに不透明感が広がり、経済見通しが悪化したとの説明があった。感染対策としては、コミュニティ隔離措置や大規模なロックダウンが実施され、人の移動や事業運営の制限等の措置が取られたが、それによって経済活動の停滞と国際的な商品の価格下落が生じ、政府収入が急激に減少した旨の説明が行われた。

この危機に対応するため、フィリピン政府は、(1)これまでのやり方にとらわれない資金管理(政府機関の余剰現金の活用、国有企業からの配当の前倒しの受取り等)、(2)金融政策当局や立法府との調整、(3)長期的な財政の持続可能性の担保、(4)信頼性のある回復計画の策定、(5)効果的なコミュニケーション戦略等の施策を講じた旨の説明があった。

3.新型コロナウイルスからのバングラデシュの回復 財政リスクの管理:主な課題
(Abdur Rouf Talukder バングラデシュ財務省財務長官)

この発表では、COVID-19感染拡大下におけるバングラデシュ政府の財政リスク管理についての説明が行われた。バングラデシュ経済は、新型コロナウイルスの世界的拡大感染による貿易の縮小によって大きな打撃を受けたが、内需を中心に5%程度の成長を維持しており、政府は、医療面での対応とともに、経済への打撃を緩和するため、GDPの4.34パーセント相当の1.21兆バングラデシュタカ(142.8億米ドル)の規模にのぼる21の経済刺激策を発表したと説明があった。

当面の財政運営の課題として、輸入の減少や輸出増加の鈍化、想定を下回る歳入、医療サービスと経済刺激策の実施のための追加的資金の確保、財政赤字の拡大や早いペースでの債務の増大、偶発財務の増加や想定を下回る経済成長等が挙げられており、財政リスクを軽減するため、公的支出の優先順位の見直し、優先度の低いプロジェクトの一時停止、付加価値の低い活動のための支出の削減、財務省単一口座(TSA)の強化、国有企業の剰余金の活用、政府の支払利息削減に向けた国民貯蓄証書(NSC)の改革、スクーク(イスラム債)の導入、不採算国有企業の閉鎖等の対応が必要であるとの説明があった。

閉会挨拶

阪田渉財務総合政策研究所長より、本フォーラムの発表者、参加者及び共催者への感謝の意が述べられた後、各セッションを振り返り、本フォーラムが出席者にとって自国の強固な景気回復と健全な財政運営に向けた財政政策の策定に資することを期待する旨の本フォーラム閉会の辞が述べられ、3時間あまりのフォーラムが締めくくられた。

写真:閉会挨拶をする阪田渉財務総合政策研究所長

(おわりに)

今回は、短時間ながら、現在アジア各国がCOVID-19感染拡大に伴い直面している財政的な課題について、各国の取組状況の紹介がなされるとともに、質疑応答の時間においても活発な議論が行われ、各国財政担当者及びその他の参加者にとって意義のあるフォーラムとなった。

最後に、今回のフォーラムに多大なるご貢献をいただいた、発表者、参加者、共催者であるIMF及びADBIその他関係者の皆様に厚く御礼を申し上げたい。

なお、フォーラムのアジェンダおよび発表資料は、財務総合政策研究所のウェブサイト(https://www.mof.go.jp/pri/research/seminar/tff2020.htm)に掲載されている。