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コラム 海外経済の潮流132

デジタル人民元

大臣官房総合政策課 渉外政策調整係長 藤田 豊

中国では、目下デジタル人民元の実証実験を着々と進めている。狙いは人民元の国際化、ひいては国際基軸通貨ドルへの挑戦といった国際的な観点に重点があるとする意見もある。本稿では、デジタル人民元の開発経緯を見ていくとともに、推進するその背景について考察する。

科学技術振興機構(※1)によれば、デジタル人民元の開発経緯は、

・2014年に中国人民銀行内に専門チームを設立し、デジタル通貨の調査を正式に開始

・2017年に「中国人民銀行デジタル通貨研究所」(北京)を設立し、デジタル通貨技術及び応用研究に着手

・2018年には「深圳金融技術有限公司」、「南京フィンテック研究イノベーションセンター」、「中国人民銀行デジタル通貨研究所(南京)応用モデル基地」を設立

となっている。そして、2019年6月、Facebookによるブロックチェーンベースのステーブルコインであるリブラが2020年に発行予定であると発表されると、同年7月には中国人民銀行の研究局・王信研究局長は国内での学術研究会の席上で、デジタル人民元の発行の研究について承認したことを明らかにし、国内向けとは言え、初めてデジタル人民元の発行計画の存在を正式に明らかにすることとなった(※2)。その背景にはFacebookの打ち出したリブラ構想への警戒があったと言われている。2020年4月には実証実験を4都市で実施することが公表され、順次実証実験が進められており、10月には深セン市において、市政府が実施する消費促進政策の一環として、人民銀行と共同でデジタル人民元を抽選で5万人に1人200元(約3,200円)、計1,000万元を配布し、実証実験を行った。また、これまでの4都市での実証実験では400万回の個別取引において20億元(約2億9,900万ドル)以上の新しいデジタル通貨が使用された(易綱中国人民銀行長2020年11月)。さらに、法律面においても、「暗号法」が2020年1月に施行、人民銀行法改正法案が同年10月に公表されるなど、デジタル通貨発行に向けた法整備が進められている。

以上のように、中国が世界に先行してデジタル通貨の開発を進めている背景として次の3つが考えられる。

第一に、中国ではデジタルトランスフォーメーションが急速に進んでおり、日常生活や企業経営にデジタル化の裾野が広がっていることである。実際、中国の決済におけるキャッシュレス比率が70.2%まで増加するなど【図1.各国のキャッシュレス決済比率の状況(2017年)】、他の先進諸国と比較しても高い水準であり、足元では4G契約件数【図2.4G契約件数】、電子決済回数(非金融機関)【図3.電子決済回数(金融機関・非金融機関)】も堅調に増加している。また、技術開発の面でも、2016年頃から中国企業による5G関連の特許出願数は急増しており、足元では世界上位10社のうち中国企業2社が1、3位を占めている【図4.5G関連特許出願数上位10社】。

第二に、資金の流れの把握の強化である。2020年10月に開催された上海外難金融サミットで人民銀行デジタル通貨研究所長は、「デジタル人民元の中央集権的管理によりマネーロンダリングやテロ資金供与などの違法犯罪行為を防止し、取り締まることができる。」と述べたほか、それに先立つ2019年2月に習主席も「最新のテクノロジー技術や支払・決済システムは、オンライン・オフライン問わず、また海外・国外問わずに、資本移動をタイムリーに動的にモニターするために使われるべきである。これにより、すべての資本移動は、金融規制当局の監督下で行われることになる。」と発言しており、そもそも金融当局による規制が強まる方向にあった。その中で、人民元が構成通貨となっていないリブラ開発の動きや「アリペイ」・「ウィーチャットペイ」などの民間キャッシュレスサービスの台頭など、資金の流れの把握や金融政策の有効性を妨げたり、マネーロンダリングや脱税・収賄の増加につながる懸念が金融当局にあったと思われる。実際、中国政府は近年、第三者決済機関への規制を強めている。

第三に、人民元の国際化である。中国のGDPや輸出の対世界シェアは拡大を続けており、世界における中国の経済的プレゼンスは高まっている【図5.実質GDP(対世界シェア)の推移】【図6.輸出(対世界シェア)の推移】。そして、これまでも人民元建てクロスボーダー決済システムCIPS(RMB Cross-Border Interbank Payment System)の稼働(2015年)、IMFの特別引出権(SDR)への人民元の採用(2016年)など、人民元の国際化に向けた動きはみられる。しかしながら、現状をみると、CIPSの取引数は国際銀行間通信協会SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)に遠く及ばず【図7.SWIFT・CIPSの取引回数】、SWIFTの通貨別シェアを見ても人民元のシェアは2%【図8.SWIFTの通貨別シェア】、中央銀行の外貨準備における通貨別シェアを見ても1.9%に過ぎず、いずれも国際通貨の米ドルに大きく水をあけられている【図9.中央銀行の外貨準備における通貨シェア】。ただし、デジタル通貨は迅速な決済を可能とすることから、一帯一路関係国においてデジタル通貨決済を推し進めることで、これまでの人民元国際化の動きを加速させる可能性もある。

法定通貨のデジタル化については各国でも議論が活発になってきており、先行する中国でのデジタル人民元については、今後も動向を注視していきたい。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。

(※1)科学技術振興機構 https://spc.jst.go.jp/experiences/beijing/bj20_034.html
(※2)関根栄一(2020)「中国人民銀行が進める「デジタル人民元」発行計画の概要と展望」