「情報銀行」ビジネスの現状と今後の展望
大臣官房総合政策課 調査員 白井 斗京/髙根 孝次
本稿では、パーソナルデータを活用した新たなビジネスとして注目される「情報銀行」ビジネスの現状を分析し、今後の展望を考察する。
「情報銀行」の概要
・AI、5G等の情報通信技術を活用したSociety5.0の実現に向け、ビッグデータの流通・活用が促進されている。中でもパーソナルデータ(以下PD)の利活用については、諸外国において、GAFAに代表されるプラットフォーマー等の民間企業や各国政府等による様々な取組みが進んでいる。こうした中、日本では官民協調の方式による「情報銀行」ビジネスの構築が進められている(図表1.パーソナルデータ利活用に向けた各国の取組例)。
・「情報銀行」とは、個人との契約等に基づき個人のデータを管理し、個人の指示又は予め指定した条件に基づきデータを第三者に提供する事業である(図表2.「情報銀行」ビジネスのモデル)。PDの利用方法は、プラットフォーマーによるビジネスのように企業が決めるのではなく、消費者自身が決める仕組みとなっている。消費者は、PDを集約・管理するが、第三者に流通はさせないパーソナルデータストア(以下PDS)として活用したり、個人を特定できない匿名加工情報としての流通のみを認めたりする等、柔軟にPDの流通をコントロールすることができる。
・「情報銀行」ビジネスに許認可は必要なく、任意の認定資格が存在するのみであり、認定有無を問わず様々なビジネスを展開する企業がみられる(図表3.「情報銀行」ビジネスに参加する企業と取組例)。
「情報銀行」によるデータ流通の形態
・「情報銀行」により提供されるサービスは、データの流通形態に応じて(1)消費者がPDを「情報銀行」に集約し、第三者提供は行わないPDS型、(2)データ販売型、(3)サービス仲介型の3つに大きく分けられる(図表4.PDの流通形態によるサービス分類)。
・(2)のデータ販売型では、「情報銀行」に集められたPDを消費者の同意の上で情報利用企業に販売し、その収益でクーポン等の画一的な対価を消費者に還元する。情報利用企業はビッグデータをマーケティングや商品開発に活かすことができる。PDは匿名加工されるため、消費者の情報提供へのハードルは低いと考えられる(図表5.データ販売型の「情報銀行」)。
・一方で、Society5.0で想定される新たな情報流通の形が33)のサービス仲介型である。情報利用企業は、個人を識別可能なPDを分析することで、消費者にオーダーメイドのサービスを提供することが可能となる(図表6.サービス仲介型の「情報銀行」)。図表3中の事例のように、医療情報や位置情報等のセンシティブな情報を提供するため、消費者にとっては、情報提供へのハードルが高い一方、個人の特性に合ったサービスを享受できる等のメリットがある。
消費者の課題
・しかし、消費者のメリットが情報提供への不安感を上回らなければ「情報銀行」の利用は進まない。消費者の利用意向をみると、情報の集約のみを行うPDSと比較して、第三者への提供を想定する「情報銀行」の利用意向は低い(図表7.「情報銀行」の利用意向、図表8.「情報銀行」を利用したくない理由)。
・一方で、先述のサービス仲介型が想定しているようなユースケースを例示された後では「情報銀行」の利用意向が高まっており、情報管理に敏感な層の方がその割合も大きい(図表9.PD活用事例説明後の利用意向の変化、図表10.属性別の「情報銀行」の利用意向)。
・消費者の利用意向の低さは、情報管理への不安だけでなく、PDを利活用するメリットが十分に消費者に認知されていないことが課題として考えられる。
「情報銀行」普及の方向性
・サービスごとの消費者の利用意向を見ると、PDS型にみられるパスワード管理サービスよりも、医療や災害時に役立つサービスの利用意向が高い(図表11.サービス別の「情報銀行」の利用意向)。これらのサービスは消費者の医療情報や位置情報等、センシティブなPDの第三者提供が必要だが、同時に消費者の感じるメリットも大きい。
・日本経済研究センターによると、自身の健康診断等の結果を提供し、代わりに健康に関するオーダーメイドなアドバイスを受けられるというビジネスに対して、健康に関心のある消費者は対価を支払って利用する意向があり、サービス次第では消費者の利用料でマネタイズする可能性が示されている(図表12.健康関心層の感じる健康アドバイス事業の便益)。この結果を試算すると日本全体では年間208億円の市場規模になる。
・「情報銀行」ビジネスの成功には消費者、情報利用企業双方の利用拡大が必須である。消費者の利用意向の低さが課題である現段階では、消費者がメリットを感じやすいオーダーメイドサービスを起点に、PDの利用に関心の高い消費者を引き付けていくことが必要ではないだろうか。
(注)文中、意見に関る部分は全て筆者の私見である。
(出典)野村 敦子「個人起点のデータ流通システムの形成に向けてーイギリスのmidataの取組みから得られる示唆」、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室「データ流通・活用ワーキンググループ第二次とりまとめ(概要版)」、総務省「令和2年版 情報通信白書」、総務省「委託先候補提案概要」、(株)JTB/大日本印刷(株)「【観光】情報信託機能を活用した次世代型トラベルエージェント実証について」、(株)マイデータインテリジェンス・HP、(株)DataSign・HP、石垣一司・下野暁生「共助と共創のためのプラットフォーム コミュニティ型PDS/情報銀行の構想」、株式会社インテージ「PDS/情報銀行の受容性と課題」、庄司昌彦「我が国におけるデータ活用に関する意識調査」、日本経済研究センター「健康・医療データの価値を推計する」