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海外ウォッチャー/「ファイナンス」令和3年2月号

ファイナンスの観点からみた気候変動問題

世界銀行 シニア・オペレーションズ・オフィサー 向井 豪

1.はじめに

本年1月、バイデン民主党上院議員が正式に米国大統領に就任した。バイデン大統領は、大統領選期間中より、これまでもっぱら欧州がリードしていた気候変動の分野において、「米国が新たに国際的なリーダーシップを発揮していく」としており、その公約通り、就任一日目で気候変動に係るパリ協定*1に復帰。就任二週間目には気候変動対策に係る大統領令に署名するとともに、本年4月には気候変動に係る首脳級会合を主催することを発表した。

気候変動は、こうした外交的な側面のほか、エネルギー問題や自然環境問題、新興国・途上国における開発問題など様々な側面を持つ政策課題である。また、特にファイナンス(財務・金融)に関わる者の間では、その対策として、カーボンプライシングや開示規制、金融リスク管理など関連する様々な政策ツールが議論されており、課題や取組の全体像を捉えるのが非常に厄介な分野である。

本稿の目的は、こうした多面的な性格を持つ気候変動問題について、地球規模でみたその経緯や実態を明らかにするとともに、気候変動対策の概要、中長期的なトレンドをあらためて紹介し、それらがファイナンスの諸課題にどのように結びついているかを概観することである。すなわち、ここではファイナンスに係る個別の政策ツールを突っ込んで議論するのではなく、あえて気候変動問題に係る基本的な事柄を広く概観することで、個々の検討のための大枠を用意することに議論の主眼を置くこととしたい。

なお、本稿の意見に係る部分は筆者の個人的な見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではない。

2.気候変動の現状

(1)グローバルでみた温室効果ガス(GHG)排出の現状

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書によれば、パリ協定が目標とする温暖化を産業革命対比1.5度に抑えるためには、世界全体の人為起源のCO2の正味排出量を2030年までに2010年比約45%減少させ、2050年前後に正味ゼロにする必要があると推計されている。これは、規模感でいえば2030年までに世界全体の排出量を概ね35GtCO2eq/年(CO2換算で年間35ギガトン(ギガは10億の意)分の排出量)にまで抑えることを意味している。

気候変動は本質的に地球規模の問題であることから、その要因や解決を検討するうえでは国際的な分析や比較の視点が欠かせない。全世界の国々を所得水準別に分けた場合*2、1995年以降の温室効果ガス(GHG)排出量の推移をみると、G7等を含む先進国(高所得国)全体の排出量がおおむね横ばいで推移しているのに対して、新興国・途上国(中所得国及び低所得国)では増加傾向にあるのが分かる(【グラフ1.所得水準別に見たGHG排出量】参照)。なかでも、中国の伸びは突出しており、1995年以降、全世界のGHG排出量の増加分のうち、その6割を中国1か国の増加で説明できる。なお、BRICSの中で比較しても、中国のこの伸びは際立っている。GHG排出量が与える地球や温暖化への影響は、基本的には産業革命など過去からの排出のストック・蓄積(【グラフ1.所得水準別に見たGHG排出量】に落として考えるとその積分)で測る必要があるので、論者によっては先進国の影響の方が依然大きいという見方もあるかもしれないが、いずれにせよこれだけの短期間で速いペースで排出量が増加した国は他に例がないだろう。

次に、それぞれの国が全世界に占めるGHG排出量の割合を多い順にプロットしていくと、合計190か国超のうち、上位10か国の占める割合は合計で約7割、上位20か国の占める割合は約8割となる(【グラフ2.GHG排出量の占める割合(上位20か国)(2016年)】参照)。逆に言えば、排出量の微小な国々が数多く存在するわけであり、自国の排出量の占める割合が0.2%に満たない国は100か国以上に上っており、典型的な「ロングテール」の状況にあるといっていい。なお、こうしたロングテールの形状は、全世界の各国GDPの分布をとっても概ね類似した結果が得られる。

中国に係る問題としての側面

これらのファクトが与える政策的含意の一つ目は、まず、グローバルな気候変動問題というのは多分に中国の問題に関わっているということである。昨年9月、中国の習近平国家主席は中国のCO2排出量を実質ゼロに、またそれに引き続き12月、2030年までに中国のGDP当たりのCO2排出量を2005年より65%減らす、と表明したが、これらのコミットメントが地球温暖化に与えるインパクトは実に大きい。中国は、既に太陽光発電モジュールやリチウム・イオン電池、風力タービンの生産が世界でトップの地位にあり、当局側も香港が上場企業に対してESG(環境・社会・ガバナンス)関連の情報開示の強化を進めるなど、積極的に取組を進めているものの、このように全体としてみれば取組は依然として不十分といえる。また、一帯一路政策など中国が海外で行うインフラ支援に伴うGHG排出も無視できない。このように、中国の気候変動問題への取組は今後とも注視していく必要があるが、いずれにしてもグローバルでみた気候変動問題のこの側面は、地政学的、ないし関連分野に係る対中投資など経済政策的なインプリケーションを含んでいると思われる。実際、昨年11月に公表された米有識者からなるClimate 21 Project*3では、新政権下の米国財務省の気候変動問題への取組に関する提言の一つとして、バイラテラルの対中政策の検討の重要性を対EUと並んで掲げているところである。

新興国等を含めた排出大国における取組の重要性

上記ファクトが与える政策的含意の二つ目は、一点目とも関係する点として、実際にGHGの削減効果を上げるには、中国のみならず大国の役割が極めて重要であるということである。上記【グラフ2.GHG排出量の占める割合(上位20か国)(2016年)】でみたように、GHG排出量の分布は全体として非常に偏った形状にあり、少数の国が排出量の多くを占める状況にある。見方を変えれば、これらの国々の政府が、その国の排出主体に対して有する削減レバレッジは非常に大きい。G7やOECDなど先進国は、気候変動に係るファイナンス(財務・金融)の個別分野でもグローバルなスタンダード・セッターとして引き続き重要な役割を果たしていくことが期待されるが、世界全体での削減効果の実効性を高めるには、新興国などそれ以外の国々も適切に関与させていく必要がある。逆に言えば、気候変動に係るどのような「スタンダード」や国際的な「枠組み」、掛け声であっても、これらの国の多くが採用し、参加していなければ、自ずと排出削減の実効性には限界が生じるものと思われる。

新興国・途上国に対する開発支援の役割

上記のファクトが与える政策的含意の三つ目は、中所得国・低所得国(新興国・途上国)の今後の経済開発や成長の伸びしろを考える場合、気候変動の側面を無視してそれらを進めることは、地球温暖化の観点からはリスクが高いということである。開発問題の成功体験を語るとき、我々はしばしば「東アジアの奇跡」を語ってきたが、気候変動の視点から見た場合、東アジアのトラックレコードに対する評価は複雑である。アジアのみならず、ラテンアメリカや東欧、アフリカなど、新興国・途上国における従来の開発・成長モデルをそのまま継続すれば、今後、GHG排出が急増する可能性は高い。例えば、上記【グラフ1.所得水準別に見たGHG排出量】の原データに基づけば、仮に1995年時点のGHG排出量を100とした時、直近の2016年の値は低中所得国・低所得国計は147であり、世界平均の138を上回るペースの伸び幅となっている(ちなみに、高所得国は101。中国を除く高中所得国は119、中国は293)。欧州や日本、中国などとは異なり、これらの国の人口動態が一般的にピラミッド型であることにも留意が必要だ。排出削減を地球規模で実現していくためには、新興国・途上国における開発・支援政策面での役割がクリティカルであり、今後、気候変動と開発を一体的に検討していく局面はますます増えていくことが見込まれる。このことは、後述するように、特に自然災害など気候変動によってもたらされる悪影響に適切に対応していくためにも強くいえることである。事実、世界銀行をはじめとする多国籍開発金融機関(MDBs)全体の気候関連支援の推移をみると、パリ協定が合意された2015年以降、4年間で約7割の増加がみられるほか(EBRD(2020))、ほぼ全てのMDBsの中期的な事業戦略において、気候変動に関わる何らかの事項がプライオリティの一つに盛り込まれているところである。*4

(2)部門別にみたグローバルなGHG排出の現状

気候変動対策を進めていくには、ファイナンスのみならず、実体経済の役割も重要である。グローバルなGHG排出量を部門別にみると、とりわけエネルギー部門が重要であり、排出量全体の7割をこの部門が占めていることが分かる(【グラフ3.部門別に見たグローバルなGHG排出量の割合】参照)*5。この中には、産業部門、運輸部門等によるエネルギー(化石燃料や電力)使用に伴う排出も含まれている。電力部門についていえば、脱炭素化や低炭素化のためには石油・石炭など従来の化石燃料から太陽光PVや風力など再生可能エネルギーへと転換していくことが基本であり、再生可能エネルギーの発電設備やスマートグリッド、CO2回収・貯蓄設備等の建設及び蓄電池の開発などがオーソドックスな取組である。運輸部門の場合、EV(電気自動車)などの促進によりガソリンなど化石燃料に依存しない手段も出てきているが、大元となる電源そのものが石炭・石油など化石燃料由来であると、削減効果にはどうしても限界が生じることに留意する必要がある。なお、上記において特筆した中国の状況を見ると、エネルギー部門が全排出量の85%を占める結果となっている。

エネルギー部門に係る政策的含意

このようなエネルギー部門、特に電力部門の有するファイナンスに係る政策的含意としては、まず、一般的にこの分野は少なくとも短期的には需要の価格弾力性が低いという特徴があり、カーボンプライシングを導入したとしても政策効果の実現には一定の時間を要することが挙げられる。つまり、炭素価格が高まったとしても、すぐには需要が減少せずそれに伴う排出削減が期待できないということだ。特に新興国・途上国にとっては、電気が使えないならガスで対応しよう、という具合に、代替できるエネルギーインフラが十分整備されているとは限らないことから、この政策ツールだけみれば移行により多くの時間を要することが考えられる。また、この分野では、グリーン・フィールド、つまり新規の発電設備等の建設案件の場合、操業までに相当程度の期間を要すること、また、操業以降も通常耐用年数が数十年という長期の資産となることといった特徴があり、時々の政府の方針によって柔軟にスクラップ・アンド・ビルドできるような実務の世界ではないことに注意を要する。企業や金融機関における投資計画に混乱を来さぬよう、長期的にみて目標と整合的で予見可能な道筋を示すことが重要だ。また、産油国や石炭産出国など資源国では、財政収入や外貨獲得手段の一定程度をエネルギー資源収入に依存している場合がある。上記の【グラフ2.GHG排出量の占める割合(上位20か国)(2016年)】では、資源国であるロシアやインドネシア、イラン、オーストラリアなども排出上位国に位置することが分かるが、こうした国々の内外で本格的な化石燃料からの離脱・再生エネルギーへの転換を追求する場合には、政治経済的、及びマクロ経済的にみたインプリケーションが非常に大きいことに留意する必要があるだろう。*6

3.気候変動対策の概要

(1)「軽減」vs「適応」

気候変動対策は、大きく分けて「軽減(mitigation)」*7と「適応(adaptation)」の二つのアプローチに分けられる。「軽減」とは、CO2など温室効果ガス(GHG)の排出を軽減させることを意味し、再生可能エネルギーへの投資や植林などが典型例である。「脱炭素化」や「低炭素化」という言葉は、基本的に「軽減」のアプローチの概念である。それに対して、「適応」とは、自然災害など地球温暖化によってもたらされる悪影響を抑制することを意味するものであり、例えば、大型台風が来ても容易に機能停止しないような都市計画やインフラ建設などを通じて、当該地域・国における経済社会のレジリエンスを高めていく取組が挙げられる。しばしば「気候変動に配慮した●●」というが、基本的にどのような場合でも、これら「軽減」と「適応」という二つの考え方のいずれか、または双方に帰着すると考えてよいだろう。例えば、「気候変動に配慮した金融リスク管理」についていえば、脱炭素化に向けた取組を念頭に化石燃料の使用を減らしていこうとする流れは、そうした燃料を用いた発電設備の資産価値を減価させていくことにつながると考えられる(このことを移行に伴う「座礁資産(stranded asset)」という)。こうした脱炭素化への動きに伴う「移行リスク」への対応として、そうした資産からのダイベストメントを促すのであれば、それは文字通りファイナンスの面からGHG排出を「軽減」させる取組につながる。一方、海外直接投資の資産(例えば海外の現地工場等)が水害に脆弱な地域に立地しているとすれば、当該資産が倒壊することによる「物理的リスク」を認識・特定したうえで、リスク資本の充足性を確認したり保険を掛けたりすることは、ファイナンスの面から行う「適応」の取組といえるだろう。

このように「軽減」と「適応」は、通常、気候変動対策の二本柱としてパラレルに捉えられることが多いが、それぞれの政策的含意をグローバルでみてみると、両者はおおむね以下のような特徴を有する。

「軽減」―排出規模の大きな国におけるグローバルな役割

まず、「軽減」の場合、上述したように、GHG排出削減でカギを握るのは規模の大きな国であり、それらの国で如何に有効な軽減政策が採られるのかが、GHG削減のためには特に重要である。その政策効果は、最終的には地球全体でみて大気に放出されるGHGをどれだけ効果的に削減できるかで評価される。また、「軽減」のための手段としては、再生可能エネルギーへの投資やカーボンプライシングなど対策のラインナップが比較的明確であることも特徴的である。

「適応」―ローカルな対応の重要性と新興国・途上国におけるリスク

それに対して「適応」の場合、災害リスクなど気候変動による影響は、その国特有の地理的な事情や、貧困状況や人口分布など経済・社会的な事情に左右されることが多く、一般的にはローカルに根付いた対応が成功のカギを握る。ひとことで災害リスクと言っても、それが台風・ハリケーンなのか海外浸食なのか、あるいは干ばつなのか等に応じて、リスクの中身やエクスポージャーの度合い・頻度・サイクルが異なり、それに対する方策も必然的に地域ごと・国ごとで異なるものとなる。また、こうした災害へのリスクが、概ね赤道付近に位置する新興国・途上国(島しょ国など小規模国含む)に分布していることも、「適応」が「軽減」と異なる特徴の一つである(図1.地球規模でみた気候関連災害リスクに係る脆弱性(World Bank, 2017/Ebinger and Vandycke, 2015)参照)。

民間資金動員における課題

このような「軽減」と「適応」の違いは、各々の分野における民間資金の動員を検討する際にも反映される。まず、「軽減」について、例えば、再生可能エネルギーに係るプロジェクト・ファイナンスの場合、対象となる国の信用格付やその国の市場環境など個別の事情は当然加味され、中でも新興国・途上国の案件は必ずしも容易ではないものの、プロジェクトの組成における段取りや検討事項はどのような案件でも概ね共通するといっていい。それに対して、「適応」の場合は、上述した通り案件によってその形態が大きく異なり、しかも各々の規模が相対的に小さいことも相まって、民間投資家からみれば案件組成やスケールアップが困難となり、結果として「軽減」の案件に比べて投資対象としづらい傾向がある。この点は、投資家側のみならず発行体側からみても同様であり、全世界のグリーン・ボンド(後述)の発行実績のほとんどが「適応」ではなく「軽減」に係る発行であるといっていい。「適応」の場合、総じてコストやリスクに見合ったリターンが見出しづらい場合が多い、ということであり、逆に言えば国際機関や政府、NGO*8など公的部門の役割が重要となる。また、後述するように、リスクのプーリングなどで対応する場合もある。

このように、ひとことで「軽減」や「適応」といっても、グローバルにみるとそれぞれで優先すべき検討の対象国・地域や政策のベストミックス、資金調達のアプローチに異なる傾向があることに留意が必要である。

なお、気候変動対策の二本柱である「軽減」と「適応」については、長らく「軽減」の方が国際的な議論の主流であり、徐々に「適応」も重要との認識が浸透されてきたという経緯がある。事実、「軽減」と「適応」に対するMDBs全体の支援額をみても、足元で「軽減」が46.6十億ドルであるのに対して「適応」は14.9十億ドルとなっており(EBRD(2020))、まだまだ両者のギャップは大きい。こうした中、パリ協定では、「適応」に係る支援を今後大きく増加していく必要性が謳われた。気候ファンドの一つであるGCF(Green Climate Fund)は、「軽減」と「適応」に関する支援ポートフォリオを同額にしていくとのコミットメントを表明している。

(2)ファイナンスに係る諸課題

このような気候変動対策における「軽減」と「適応」のアプローチを踏まえ、現在、国際的に議論されているファイナンスに係る諸課題を個別に概観してみよう。気候変動とファイナンスという、従来であれば畑違いであった二つの分野が関係して議論されるようになった要因としては、(1)気候変動に係るリスクが高まり、マクロ経済や金融に無視できない影響を与えるようになったと広く「認識」されはじめたこと、(2)気候変動対策の実効性を高める上で、部門横断的に大きな影響力を持つファイナンスの主体(財務・金融当局や中央銀行、金融機関、投資家等)に強い期待が寄せられるに至ったことが挙げられると思われる。

ファイナンスについて、現在、議論されている主要なトピックには以下のようなものが挙げられる。

(i)カーボンプライシング

まず、「軽減」の取組の代表例としても挙げたカーボンプライシングとは、通常、外部化されているGHG排出によってもたらされる社会的な費用(例えば、気温上昇や海面上昇等)に価格をつけることであり、それによって当該費用を内部化させることで、排出を抑制するよう投資・消費行動の意思決定に影響を与えようとするものである。こうしたプライシングは単位CO2当たりで表され、パリ協定に整合する炭素価格は2020年までに最低40-80ドル/tCO2、2030年までに最低50-100ドル/tCO2とされている(Stiglitz&Stern,2017)。しかしながら、現状では足元の炭素価格はグローバルで加重平均すると20ドル/tCO2程度である。カーボンプライシングの取組の代表例としては、炭素税と排出権取引があるが、広義のそれとしては負の炭素税としての化石燃料補助金の撤廃や炭素価格の国境間調整なども現在議論されている。

(ii)気候変動に配慮したマクロ経済モデリング/サーベイランス

気候変動がマクロの経済に与える影響を論じた古典としては、2006年に公表された英国の「スターン・レビュー」が挙げられるが、そこでは、「気候変動について何らかの対策を取らなかった場合、気候変動における全体的なコスト及びリスクは、毎年々のGDP5%分の損失と同程度となる」と推計されている。気候変動に配慮したマクロ経済モデリングは、2018年10月に設立された「気候アクションのための財務大臣コアリション」においても、多くの国々の財務省より高い関心の示されている分野であり、今後、IMFやOECD等を中心にモデルの開発や精緻化が進んでいくと思われる。IMFなどによるマクロ・サーベイランスに如何に気候変動に係る検討を反映させていくのかも議論が行われている。

(iii)グリーン・バジェット、災害リスク・ファイナンス

グリーン・バジェットとは、予算や公的資金管理(PFM:public financial management)のプロセスで気候変動の要素を反映させるというものであり、気候関連支出のタグ付け(climate tagging)や気候変動に配慮した調達(green procurement)などがOECDやEU等において議論されている。災害リスク・ファイナンスは、気候変動等による自然災害が起こった際に、迅速で効果的に復旧・復興するため、財政面での備えを強化する仕組みであり(例:予備費の計上等)、ファイナンスの観点からレジリエンスを向上させていく「適応」の取組の一つである。災害リスク・ファイナンスの類型の一つである「災害リスク・プール」とは、同地域内の複数国が災害リスクをプールしたうえで再保険の形で民間の国際保険市場にアクセスするという仕組みであり、現在、災害に脆弱な東南アジア・大洋州、カリブ海等で地域的な枠組みが存在している。

(iv)金融システムのグリーン化

金融システムのグリーン化には、主に、(1)金融規制監督の観点から、上述した移行リスク、物理的リスクなど気候変動に係るリスクに対するマクロ/ミクロのプルーデンスを高めていくという議論、(2)気候変動に係る対応を投資の機会として前向きに捉えて、市場環境の整備を通じてその取組の促進を図るという議論、(3)グリーン・ボンドやキャット・ボンド*9など、資金使途や発行条件に気候変動の要素を反映した資金調達を促していこうとする議論などがある。一つ目は、現在、各国中央銀行等からなるNGFSなどで検討が進んでおり、当該リスクに係るストレス・テストの実施や生物多様性リスクといった新しい類型のリスクへの対応等が議論されている。二つ目と三つ目は、ESG投資やインパクト投資、責任投資の促進といった文脈で、PRI(Principles for Responsible Investment)やEU等で関連する投資ガイドラインやタクソノミー等の検討が行われている。TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)やSASB(Sustainability Accounting Standards Board)等が扱っている企業開示や、金融機関と事業者間で促される「エンゲージメント」は、こうした気候変動に係るリスクと機会の双方を概ね対象としているといっていいだろう。

(v)ブレンドファイナンス

気候変動対策において民間資金動員をいかに効果的に動員するか、というのは現在に至るまでの中期的な課題であり、今後もその重要性は高まっていくことが見込まれる。この分野における民間資金規模は、グローバルで2013/2014年(2か年移動平均値)の220十億ドルから2017/2018年(同)の326十億ドルへ4年間で約5割と急増しているが(Climate Policy Initiative(2020))、特に新興国・途上国での取組は相対的にリスクが大きく、譲許性のある公的な資金との組み合わせで民間資金を促進していくというブレンドファイナンスの取組が進んでいる。ブレンドファイナンスの例としては、MDBsや気候関連ファンドなど公的な機関が民間投資家に対して、一次ロスのカバレッジや信用補完、保証などを行うスキームが挙げられる。

(3)気候変動対策に関する国際的な議論のトレンド

さて、ここで再び総論としての気候変動の問題に議論の軸足を戻すことにしよう。国際的な気候変動に係る議論においては、以下のような中長期的なトレンドがみられる。

多様なステークホルダーの役割

一点目として、特にパリ協定が成立した2015年以降、気候変動の議論において、民間の金融機関・投資家や企業、NGO、サブ・ナショナルと称される州や市といった地方公共団体など、多様なステークホルダーの役割が重視されてきたことが挙げられる。昨年1月に行われたダボス会議では、世界における官民のリーダーが注目すべきリスクとして、気候変動をはじめとする環境リスクが最も重要なリスクと紹介され(「グローバル・リスク報告書」(2020))、これらの問題に対して関係者が部門横断的に連携し取り組んでいくことが重要とされた。同会議に際しては、ブラックロックやマイクロソフトなど複数の民間企業も脱炭素化に向けた自社のコミットメントを表明した。また、昨年12月には、パリ協定の成立から5周年を記念した気候アンビション・サミットが英国やフランスの主導で開催された。脱炭素化に向けた“Race to Zero”というグローバル・キャンペーンの下、2,500以上の企業、都市、投資家やNGO等が排出量のネットゼロを宣言している。

ニーズの多様化・複雑化

中長期的なトレンドの二点目としては、一点目とも関連して、公的部門による気候変動対策に求められる内容が、通常の「軽減」や「適応」を超えて、より多面的で複雑になっているという傾向である。例えば、公的支援に裏付けられた再生可能エネルギーへの投資であれば、従来は発電所等の建設(及びその安定的な維持管理)が文字通り唯一の目的として着目されてきたが、昨今では、特にコロナ禍への対応なども背景に、投資に伴う雇用創出効果がどの程度となる、といった対策のマクロ経済的な側面が意識され、強調されるようになっている。また、脱炭素に向けた経済社会の移行が、弱者保護やジェンダーバランスの確保など社会的により包摂的(インクルーシブ)なものとなることが明示的に求められるようになった。この点は、特に脆弱な貧困層を抱える新興国・途上国における開発という文脈において顕著といっていいが、このほかにも、例えば、カーボンプライシングの議論において、炭素税による収入をしばしば想定される環境目的とは別に、脱炭素化への移行に伴いしわ寄せを受ける弱者への社会政策の財源にできないか、といった議論が行われるようになっている。こうした傾向は、脱炭素に向けた動きがグローバルでより切実かつ大規模になっていく中で、それに伴う負の影響を同時に解決していく必要性が現実的に高まっていることを示唆していると思われる。

「軽減」と「適応」の統合

中長期的なトレンドの三点目としては、上述してきた「軽減」と「適応」という気候変動における二つの柱について、それぞれを統合して進めていくアプローチが着目されているという点である。典型的なものとして、“Nature based Solution(NBS)”というアプローチがある。例えば、洪水など水害に対して、従来であれば、コンクリートや鉄筋を用いた堤防やダムなど「グレー・インフラ」を建設して対応していたものを、すでに現地に存在するマングローブ林や湿地などを「グリーン・インフラ」として保全・整備することを通じて、そうした問題に対応しようとするものである。これにより、「グレー・インフラ」の建設に伴うGHGの排出を「軽減」しつつ、より安価で広範に「適応」の効果を展開していくことが期待されている。NBSは新興国・途上国のみならず、欧州を中心として先進国でも数多くみられている。*10コロナ禍からのグリーン・リカバリーの文脈においても、例えば、ニュージーランドやインド、エチオピアといった国々が、NBSに関連する項目を各々の景気刺激策に採り入れたという経緯もある。あまり知られていないが、2019年に日本議長下のG20において公表された「質の高いインフラ原則」においても、NBSの概念は原則3(環境配慮)において“Ecosystem-based adaptation”という名称で既に盛り込まれているところである。なお、NBSのほかにも、特に新興国・途上国における開発の文脈では、“Landscape approach”と称して、農村部における開発を「軽減」と「適応」の双方から一体的に検討していく手法がトレンドとなっている。

4.今後の見通し・結語

今後の見通しに関連して、以下の3点が挙げられると思われる。

ハイレベルな政治的コミットメント

一点目は、2021年はG7議長国を英国、G20議長国をイタリアが務め、その両国が主催するCOP26*11が予定されている。一般的に、国際的な気候変動分野においては欧州が議論や取組の牽引役を果たしてきた経緯があるが、昨年予定されていたものがコロナ禍のため延期されて行われることが決まったCOP26は、パリ協定が目標を置く2030年まで10年という節目の会議でもある。G20に関してみれば、現在決まっている来年以降の議長国が必ずしもこれまで気候変動に積極的ではなかった国が続く予定ということもあり、今年は気候変動分野においては特に重要な年といえるだろう。また、冒頭述べた通り、米国においてもバイデン新政権が当分野で何らかの国際的なリーダーシップを発揮していくことが見込まれる。国際的にみてハイレベルな政治的コミットメントには事欠かないとみられるが、同時にこれを今後如何にして各方面で実質化・実務化していくかが注目されるところである。

コロナ禍への対応との関係

二点目は、コロナ禍への対応という文脈である。現在、コロナ禍に対しては多くの国で景気刺激策が打ち出されたり、途上国に対する支援策が合意されてきたりしているが、コロナ禍の現状(本年1月末時点)を考慮すると、これらのファクターは少なくとも当面は引き続き気候変動分野の検討にも影響を与えるだろう。「グリーン・リカバリー」や“Build Back Better”というように、気候変動に配慮した回復政策が模索されるが、保健や景気など短期的なプライオリティに対応しつつ、財政面での制約を如何に克服できるか否かが課題となるだろう。*12

サイロ(専門毎の縦割り)の克服

三点目は、中長期的に検討すべきややテクニカルなポイントとして、ファイナンスの諸課題については、各々のサイロ(専門毎の縦割り)を克服していく視点が重要になると思われる。例えば、グリーン投資の分野では、しばしば「グリーン・ウォッシュ」の問題が挙げられる。この問題は、実際には気候変動に配慮した投資や事業ではないにもかかわらず、表面上そのように装うことで資金調達等を不当に容易にしようとする問題であるが、この問題は「何を以て気候変動対策に資するとみなすか」を実務レベルで明確に定義していくことで対応しうる。このことは、特にグリーン・ボンドの発行体が政府部門である場合などにおいて、気候関連支出のタグ付けを扱うグリーン・バジェットの議論においても通じる面があるだろう。また、気候変動に関連するリスクの影響について検討する場合でも、金融規制監督とマクロ・モデリングでは、各々の前提の間に一定の整合性が求められると思われる。

以上の通り、本稿では、気候変動という多面的な性格を持つ政策分野に関して、グローバルにみて総論的な事柄に軸足を置きつつ、ファイナンスとの関連性を意識しながら議論を行った。上述した通り、近年、気候変動問題は、様々な関係者の関わる部門横断的な政策課題となり、それに伴い課題としての性格も複雑化しているが、同時にこのことは、取組の賛否や方法論について、全体像を念頭に置いた議論を行うことを難しくしているという側面もある。本稿が、特にファイナンスに関わる方々にとって、この分野で検討を行う上での共通の大枠を設ける一助となれば幸いである。

*1)2015年にCOP21にて合意。パリ協定は、長期的な目標として、温暖化による破滅的な影響を免れるために必要とされる「2度目標」を定めている。すなわち、19世紀の産業革命による工業化以前と比較して、平均気温の上昇を「2度を十分に下回る」水準に抑え、さらに、1.5度まで制限する努力を継続することとしている。また、同協定では、各国が削減目標や対策を含むNDC(Nationally Determined Contribution:自国が決定する貢献)や2050年までの戦略を示すLTS(Long Term Strategy:長期戦略)の策定等を求めている。

*2)高所得国:一人当たりGNIが2,536以上の国。いわゆる先進国等が含まれる。高中所得国:一人当たりGNIが,046以上2,536未満の国。ブラジル、ロシア、中国等が含まれる。低中所得国:一人当たりGNIが,036以上,046未満の国。インド、ベトナム、ナイジェリア等。低所得国:一人当たりGNIが,036未満の国。アフガニスタンやルワンダ、南スーダン等。

*3)Climate 21 Projectとは、米国の政府高官含む政府経験者・有識者150人超の知見をとりまとめ、新政権が気候変動分野でとるべき政策を提言したもの。財務省向けの提言のほかに、国務省やOMB、環境保護庁など他省庁・機関にも提言を行っている。

*4)このほか、2019年9月に行われた気候アクションサミットでは、2025年までに、MDBsが全体として気候変動分野に最低年間65十億ドル分の支援を行うコミットメントが表明された。

*5)【グラフ3.部門別に見たグローバルなGHG排出量の割合】中、左円グラフ「工業プロセス」とは、例えば石油化学産業におけるように、副産物としてGHGが排出される場合が含まれる。例えばプラスチック等を製造する際にはアンモニアが必要になるが、アンモニアを作り出す際には同時にCO2が排出される。逆に、こうした産業であってもエネルギーを使用することに起因する排出は、エネルギー部門(の製造・建設(右円グラフ))に含まれる。

*6)なお、このほかにも、ファイナンス面では原油や石炭などコモディティ市場・コモディティ価格と気候変動対策の関係が想起されるが、既存の文献でこの点を扱ったものは限られている。興味深いのは、米国FRBに先立ち、昨年9月に米国CFTC(Commodity Futures Trading Commission)において気候変動と金融安定に係る報告書が公表された経緯があったことだが、その内容はカーボンプライシングや気候関連リスクの監督などに関するオーソドックスなものであり、必ずしもコモディティについて突っ込んだ考察がなされているわけではなかった。

*7)気候変動の文脈において、通常、日本では“mitigation”を「緩和」と訳して議論することが多いが、語感の観点から、ここではあえて「軽減」と訳して用いることとしたい。

*8)例えば、保健分野での支援で有名なゲイツ財団(総資産規模:51十億ドル(2019年現在))は、気候変動問題についてはこれまで特に農業分野での「適応」に力を入れている。ビル・ゲイツ氏は、GCA(Global Commission on Adaptation:グローバルで「適応」の取組の促進を目指す公的・民間部門連携のプラットフォーム)の共同代表の一人でもある。

*9)グリーン・ボンドとは、気候変動など環境に資するプロジェクト等の資金を調達するために発行する債券のこと。海洋保全に関するものにはブルー・ボンドと称されるものもある。キャット・ボンドとは、カタストロフィ・ボンド(Catastrophe Bonds)の略。洪水など大規模な自然災害が生じた場合に、元本返済等が免除される旨等を予め盛り込んだ債券のこと。災害保険と類似した経済的機能を有する。

*10)例えば、海抜の低いオランダでは、洪水被害を軽減するために海外沿いの塩性湿地を活用することで波高を低くとどめる、といった取組が行われている。

*11)COPとは、Conference of the Partiesの略であり、気候変動枠組条約締約国会議のこと。同会議は、気候変動に関する国連枠組条約に係る交渉会議の最高意思決定機関であり、気候変動に関する政府間の会議では中核的な役割を果たしている。同会議は毎年開催されており、会議期間中は、国際機関や民間企業、NGO等による数多くのサイドイベントや展示会が開かれている。

*12)コロナ禍を踏まえた途上国の債務救済の議論の文脈で、Debt for Climate Swapに係る議論がある。これは、債務国に対する債務再建/救済の条件として、当該国に気候変動関連投資の実施を求める枠組みであり、前身としてDebt for Nature Swapがある。Debt for Nature Swapは、1980年代の中南米における債務危機に端を発して開発されたものであり、債務再建/救済の条件として、当該国に自然保護のプログラムの実施を課す枠組みである。この枠組みには、NGOが債権者と債務国の間を取り持つスキームと、債権国と債務国が直接交渉するスキームの二つの類型があるが、一般的にはadditionalityの問題(元々予定していた自然保護活動の実施の財源に当該スキームを付け替えること)などが指摘されている。

(参考文献)

Climate 21 Project“Transition Memo Department of Treasury,”2020

Climate Policy Initiative“Global Landscape of Climate Finance 2019,”2020

EBRD“MDB Climate Finance Report 2019,”2020

Joseph Stiglitz,Nicholas Stern“Report of the High-Level Commission on Carbon Prices,”2017

Nicholas Stern“The Economics of Climate Change,”2006

World Economic Forum“The Global Risks Report 2020,”2020