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ファイナンスライブラリー:塩野 七生 著『小説イタリア・ルネサンス』(全4巻)

新潮文庫 2020年9月~12月 定価 本体1,100円+税ほか

評者 財務総合政策研究所副所長 上羅 豪

本書は、作家塩野さんの全ての魅力が凝縮された作品である。

塩野さんは、後世に正確で客観的な記録を残すため多くの史料や絵画、美術品をご自身で確認され、「歴史とは人類であり、古代ローマ人たちは、人間をリアリズムでとらえた人々である。」との想いで、歴史上のリーダーや統治体制、危機管理そして国家の興亡に焦点をあて、「ローマ人の物語」をはじめとして数多くの著作を世に送り出してきた。時に、日本のリーダー・官僚に対して強烈なメッセージを送ってきた。そして、塩野さんは、「作家は作品を通じて読者に会うことができる」とのお考えをお持ちで、2017年の大作のあとがきでは読者への謝辞が丁寧に述べられ、半世紀にわたる作家活動に大きな区切りをつけられたように思えた。

そこで、年1回は帰国されるという話を聞き、塩野さんに財務省での講演依頼のお手紙を出したところ、ご快諾をいただき、職員トップセミナー(2019年11月)の運びとなった。講演の最後で塩野さんは、「読者のためにもう一度ヴェネツィアを書きたい」と笑顔で話された。今回の4部作が正にその作品である。

塩野さんは、この4部作の主人公に、自身がその時代であればこのような生き方をしたいという思いで、世間的には目立たないが、それでいて生き方や佇まいの美しい男(マルコ・ダンドロ)と、時代に相応しい自立する女(オリンピア)を設定した(新潮社「波」2020年10月号)。

舞台は、イタリア・ルネサンス16世紀のヴェネツィア、フィレンツェ、ローマの三都で、君主国の台頭により独立維持に緊張感が高まる海洋国家ヴェネツィア共和国の外交官マルコとこの男を魅了する高級遊女に扮した神聖ローマ皇帝の女スパイ(オリンピア)の物語を通じて、権力者の駆け引きや国家存亡の危機があぶり出される歴史小説となっている。

マルコが、外交活動を通じて、欧州制覇を目論むスペインとイスラム盟主トルコに挟撃された小国ヴェネツィアの存立を守るため東奔西走する生きざま、オリンピアとの恋愛・悲劇、フィレンツェ・メディチ家の内紛抗争、ミケランジェロとの邂逅、キリスト教同盟軍とトルコ軍とのレパントの海戦、そして最後にヴェネツィアは今後どうやって存立していくべきかの老人マルコの元老院での演説など、小気味よいテンポでスリリングな展開となっている。

「衰退期(終わりのはじまり)に入る国の危機管理」、「危機対応は危機の性質や時代によって変わるもの」、「歴史(史料)に学ぶ」視点など、塩野さんが長年訴え続けてきた「日本はヴェネツィアの叡智に学べ」などのメッセージが、作品の随所に見え隠れしており、まだ作品を読んだことがない方でも、塩野さんの史観や地中海文明から何を学ぶかの入門書となるのは間違いなく、また作品に描かれた国政への民の信頼、多様性の尊重等はいつの時代でも警鐘を鳴らす。

執筆活動は、コロナ禍でも500年前に自身がタイムスリップでき大変愉快であったとのこと。挿入カラー口絵は読者がその時代を感じられるよう塩野さんが特にこだわったそうだ。

塩野さんは、講演会では塩野ファンや若手職員に対し「(現状認識に)鷹の眼と虫の眼の複眼的視点を持つこと、(情勢変化に対し)免疫力や想像力を高めること、組織として改革を進めつつ次世代に引き継ぐこと」など、仕事や生きる上での珠玉のお言葉をいただいた(ファイナンス2020年3月号)。

昨秋は、コロナ禍のため、楽しみにされている日本への一時帰国を断念されたそうだ。海外旅行が困難な今日、塩野さん自らナビゲート役の地中海文明や芸術品への魅惑の豪華ツアーとも言え、至福の時間を過ごさせていただいた。

読者をいつも念頭において活動される塩野さんに敬意を表するとともに、これからもお元気で作家活動を続けられることを願ってやまない。