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講師 山村 武彦 氏(防災システム研究所 所長)

演題「組織の実践的防災・危機管理~リーダーはどう対応すべきか~」

令和2年9月28日(月)開催

1.はじめに:防災肌付銭

ご紹介いただきました山村です。

本日は「組織の実践的防災・危機管理~リーダーはどう対応すべきか~」と題してお話をさせていただきます。

私は9年半前の東日本大震災のときには、大阪の堺で講演をしておりました。講演を中止し、すぐに東京に向かおうとしたのですが、空港は閉鎖され、新幹線も止まってしまい、仕方がないので、タクシーで11時間半かけて八王子経由でお台場のテレビ局に入りました。タクシー代は16万8千円でした。

いざというとき、現金は必要です。今、キャッシュレス時代と言いますが、発災時に現金があるかないかで随分心持ちが変わります。

昔の侍は、旅に出るときには、万一の場合に備えて、最低限度の金を帯や下着に縫い込んで旅に出たと言われています。それを昔の人は「肌付銭(はだつけぜに)」と呼んだそうです。

私は、個人でも組織でも、最低限の「防災肌付銭」は必要だと思っています。

2.パンデミックとクライシス・マネジメント

(1)新型コロナウイルスの動向

現在、新型コロナウイルスの感染者数や新規感染者数は、徐々に少なくなってきていて第2波がほぼ収束に近いように思われますが、これで終わらず第3波が発生する可能性が高いと思います。

世界の感染者数はというと、全体として減ってきていません。特に欧米では、右肩上がりが続いており、予断を許さない状況だという感じを受けています。展開予想は、いろいろあります。消長を繰り返しながら年内にはほぼ終息するだろうという説、長期化するも医療崩壊しないので季節性インフルエンザ扱いになるだろうという説、いわば、共存していきましょうという感じですね。あるいは、第3波が発生して移動や業務等の自粛が再要請されるという説。あるいは、強毒性に変異して死亡率が急増、長期の緊急事態宣言が発出されるだろうという説。あるいは、第3波発生中に首都直下地震とか南海トラフ巨大地震が起こるという説。なお、スペインかぜの場合には、1波、2波、3波とあり、終息までに約3年かかっています。

新型コロナウイルスで問題になるのは財政です。税収が一気に減りつつあるわけです。そして歳出はぐっと伸びていくという状態ですから、国の一般会計の歳入歳出の見通しはかなり厳しい状況です。国だけでなく共同通信のアンケート調査では、自治体の88%が、財政悪化が見込まれるという回答をしています。ただ、これもまだまだ見込みが甘いように思います。

(2)「現実を受け入れたくない症候群」

リーダーにとって、意外と陥りやすい落とし穴についてお話しします。リーダーのクライシス・マネジメント、日本では一般的にリスク・マネジメントと言われますが、災害発生後の対応はクライシス・マネジメントと言います。リスク・マネジメントは、どちらかというと事前対策であって、リスクを想定して、そのリスクにどう対応するのかということです。災害等が発生しリーダーがクライシス・マネジメントを担うときに問題となるのは、リーダーには「現実を素直に受け入れたくない症候群」があるということです。都合のいい情報だけを積極的に集めて、反証情報は無視したり、過小評価したりする傾向があるのです。

コロナ禍で特に問題となるのは、サンクコスト対策です。サンクコストというのは、埋没費用とも言いますが、事業や行為に投下した資金や労力のうち、中止、撤退したら戻ってこないコストです。これまでの投下した資金や労力を惜しんで継続していけば、さらに損失は拡大してしまうこともあります。このような状況においては、事業の中止や撤退を考えていなければならないのですが、なかなか決断できないのが現状です。このコロナ禍を機に、国も自治体も、必要な場合にはリーダーが事業の撤退、中止の判断をすべきなのです。

(3)新型コロナウイルスとの共存のために

これから新型コロナウイルスと共存せざるを得ないとしたら、組織が止まらないよう、職場で濃厚接触者をできるだけ出さない対策を必死になってやらなければいけません。リスクゼロはまず無理なので、その許容限界がどこにあるのか、安全の定義をもう一度考え直す時期に来ているのではないかと思います。

先ほど申し上げたコロナ禍における財政悪化に対処するには、ミッションの再構築が必要です。公助には限界があるということを明確にしないと、財政は改善できないだろうと思います。菅総理は「自助・共助・公助」と言っておられますが、私は、自助と共助の間に「近助」、つまり、近くで助け合うという考え方も必要だと思います。公助で何でもやるという時代ではもうない、近くで助け合えるものは近くでやる、事業によっては公助の撤退ということも考えていかなければいけないと思います。

3.複合災害への備え

(1)避難についての啓発

私は、感染症と大規模災害が同時に起きる複合災害がこれからのニューノーマル(新常態)になると考えております。

パンデミックは20年に一度発生していますし、台風は年に3個上陸、100人以上犠牲者を出す大地震は、6年に1度の割合で発生しています。

そしてこの10年間、記録的豪雨は毎年発生していますので、複合災害はいつでも当たり前に起こり得るという認識が必要です。

ですから、安全が確保できた住民は原則在宅避難、というように、感染防止のため避難所に行かないという選択肢を持ってもらうことが必要です。避難する場合でも、指定避難所プラス分散避難で、親せき、知人宅や車中避難を選択してもらうことも必要です。

このために大事なことは、住民の意識啓発にコストとエネルギーを傾注することです。そうしないと混乱するし、あるいは、避難所の収容人員が常に超過という事態が起こります。住民の意識を啓発することで分散避難も可能となるのです。

(2)計画休業の判断はいつ、だれがするのか

最近、鉄道各社は、タイムライン(事前防災行動計画)を定着させたことによって、計画運休を非常に早い段階で発表するようになっています。ほとんど24時間前、もしくは、36時間前には「この路線が止まる可能性高い」とか「何時から計画運休します」という発表をしています。

ところが、一般組織は、計画休業、あるいは計画的な業務縮減の判断をいつ、誰が、どうやって、いつまでに行うかというルールがはっきりしていないところが多くあります。これを早く行わないと、通勤している人は非常に困ってしまいますので、こういうこともリーダーは明確化して、マニュアルの中に規定しておく必要があると思います。

(3)大規模停電時代における備え

最近、異常気象時代と言われますが、これは大規模停電時代でもあります。

平成30年9月に近畿地方を襲った台風21号では、関西国際空港が大変な被害を受け、240万戸が停電しました。その後、9月6日の北海道胆振東部地震では、全道で295万戸が停電しました。さらに9月30日には台風24号が和歌山に上陸し、180万戸が停電しました。そして、令和元年9月の台風15号でも93万戸が停電しました。

停電の際、高圧線関係は電力会社の本部で通電状況が確認できますが、低圧線とか、あるいは引込線の場合には、巡視要員が必ず現場に行って目視で確認する必要があるので、復旧にとても時間がかかるのです。

ア.停電の時に何が困るのか

例えば北海道胆振東部地震のブラックアウトによって何が起きたのでしょうか。

私も現場に行きましたけれども、テレビ、エアコンが使えない、マンションは断水する、タンクレスのトイレも電気を使っているので流せない。

当時の札幌市のすすきのの写真を見ると真っ暗ですけど、不思議なことに、信号機が点灯しているのです。信号機がなぜ点灯しているかというと、重要幹線の信号機だけについている信号機用非常電源が働いているのです。これはすごく役に立ったと言われています。コンセントもあり、ここから救助用の電源を引き出すこともできます。

今言ったように、テレビ、エアコンが使えない、エレベーター、セキュリティー、電動シャッターが使えない、携帯のバッテリーが充電できない、あるいは、光回線、CATV、ISDN、ADSL、こういう回線が使えなくなる、電車、地下鉄は全面運休、立体駐車場から車が出せない。深刻だったのは、在宅人工呼吸器を使っている方など約4,200人を緊急搬送せざるを得なかったことです。非常電源がなかったからです。

イ.停電などへの備え

ですから、職場や施設ごとに自家発電設備、小型発電機やモバイルバッテリーの設置、あるいは備蓄というのが非常に重要だと思っています。停電になると、ガソリンスタンドの多くが営業を停止してしまいます。全国の給油所での非常電源設置率は約20%のため、80%が停止してしまいますので、車の燃料は2分の1給油ルールが必要です。

ATMで現金が下ろせない、クレジットカードが使えない。だからやはり現金は必要です。また、コンビニもスーパーも空っぽになりますので、1週間分の水と食料の備蓄や非常用トイレは本当に必要です。我が家で用意しているのは、カセットガス式の発電機です。カセットコンロと両方使えて、結構役に立ちます。

最近では保存期間10年の電池が売られています。あるメーカーでも「電池の本」とか、そういったものでバッテリーの備蓄を勧めています。

停電時に懐中電灯1本では暗いから、ランタンを用意すれば、LEDですから結構長持ちします。こういう物を普段から家庭でも組織でもきちんと用意しておくことが必要です。

組織でも防災資機材の適正備蓄量の目安があります。それは何かといったら、次のA、B、Cを足したものです。Aは職員数×1日分、Bは帰宅困難者数×2日分、Cは防災本部要員数×6日分。これでほぼ7日分の備蓄になります。

農林水産省も最近は備蓄7日分ということを推奨しています。「7日分が基本」と考えて備蓄の確認というものをやってほしいと思います。

4.最近の大規模災害に学ぶ、個人と組織の防災・危機管理

(1)令和2年台風10号

先日、台風10号が来ました。9月3日時点で気象庁は「台風10号は、この先、急激に気圧が低下して、特に6日には最大風速55メートル、最大瞬間風速80メートル、猛烈な台風になります、特別警報を出します」と発表しました。これを受け、新幹線、在来線が計画運休し企業も組織もみんな計画休業したのですが、気象庁は6日になってから「特別警報を見送ります」と発表しました。これは空振りじゃないかという意見もありましたが、私は決して空振りではないと思います。実際に48万戸の停電、そして、建物損壊も一部ありました。ただ、予報が被害の少ない方に外れたのは、よかったと思っています。

今回の場合、停電の復旧が迅速でした。九州電力は頑張った、という感じがします。例えば、令和元年の台風15号の場合には93万戸の停電が99%復旧するまでに12日間、同じ令和元年の台風19号の場合にも4日間かかっています。でも、今回の台風10号の場合には48万件のうち99%が2日で復旧しました。

なぜ早期に復旧できたのかというと、昨年の台風15号、台風19号の教訓を生かしたのです。停電箇所の巡視や復旧対策はマンパワーがなければできないわけですから「台風が来るよ」と言われたときから約1万人の要員を事前に配備して、初動に全力を上げるようにしてありました。こうした事前の準備態勢が大事なのだと思います。

そして、ドローンやヘリの活用が拡大されたこと、情報収集や集約、整理を行うマネジメント要員を適正に配置したことも、今回非常に早く対応できた要因ではないかと言われています。

(2)令和2年7月豪雨

ア.予想の2倍以上の豪雨

台風10号の前にあったのが7月豪雨です。7月豪雨では、86人の死者・行方不明者、建物被害は1万7千件を超えました。実際の雨量が予報を上回ったのです。

予報では、九州北部は24時間で大体200ミリ程度の雨と言われていましたが、実際には予報の倍以上の455ミリを超える雨が降ったため、結果として、人吉市のタイムラインが機能しなかったと言われています。つまり、予測が大幅に外れると、避難勧告を出すタイミングがずれてしまうのです。

予測というのは、先ほどの台風10号のように良い方に外れる場合は問題ありませんが、悪い方に外れることがあることも考えておく必要があると思います。

イ.「逃げる防災計画」から「逃げなくてもいい防災計画」へ

この7月豪雨で一番問題になったのは、熊本県球磨村にある「千寿園」という特別養護老人ホームで犠牲者が14人出たことです。球磨川の水位が上がったために、球磨川に注ぐ小川という支流が逆流しバックウォーター現象でこの施設付近が一気に浸水したのです。「千寿園」では入所者を1階に寝起きさせていました。ここは浸水想定区域です。また、宿直職員は5人しかいない。これでは「逃げる計画」がスムーズにいくはずはないのです。

これからは「逃げなくていい計画」も立てなければいけないと思います。浸水しても逃げなくてもいい、最初から2階に寝かせるとか、そういったことも大事なのではないかと思います。

(3)令和元年台風19号

ア.居住誘導区域が浸水想定区域に

令和元年の台風19号では、千曲川が破堤、決壊し、建物流失・浸水被害や人的被害を出す災害となりました。

地方自治体は、都市再生特別措置法の改正(平成26年)を受けて「立地適正化計画」を作成しています。そのなかで「居住誘導区域」を設けることになりました。人口減少化においても医療とか福祉とか、あるいは、商業等の日常生活サービス、施設や公共交通が持続的に確保されるように一定のエリアに居住を誘導し人口密度を維持する区域、これが「居住誘導区域」です。

ところが、各地の「居住誘導区域」のほとんどが浸水想定区域に入っているのです。

なぜかというと、頻発、激甚化する異常気象災害に対応するため水防法が平成27年に改正され、従来の100年から200年に一度の降雨量を基準にするのではなく、今後は1000年に一度程度の雨を想定したハザードマップを作ることになったのです。そうすると「居住誘導区域」のほとんどが「浸水想定区域」に入ってしまい、逃げなければいけない地域に居住を誘導しているという矛盾が生じてしまったのです。

イ.経験の逆機能

台風19号により、長野市でも住宅街が水没しましたが、ここも一部が「居住誘導区域」になっていました。この台風19号により、北陸新幹線の車両基地も水没して、新幹線10編成、120車両全てが廃棄処分になってしまいました。

このとき、JRはどういう考え方をしたのかというと、気象庁は「60年前の狩野川台風に匹敵する記録的大雨に警戒してください」と発表しました。狩野川台風は1,200人の犠牲者を出した大雨です。だから、気象庁は大雨に警戒してくださいと言っていて、当初JRは、この車両を少し高いところの高架になっている線路に移動させることを検討していました。しかし、その前月の台風15号で、猛烈な強風で鉄塔が倒れ大きな被害が出たこともあって、高架での強風被害を恐れ、結果として、車両基地にそのまま置かれたままになり、水没してしまったのです。

直近の既往災害の経験に捉われ判断を誤ることを「経験の逆機能」といいますが、ここでは、この「経験の逆機能」が働いてしまったのです。こうしたことも組織は考えて、最近の災害だけにとらわれないことも大事だと思います。

5.大規模災害はまだ先と思っていると、形式的対応しかできない

(1)正常性バイアスに注意

皆さんに一つ質問をしたいと思います。自分たちの地域でも近い将来大地震が起きるかもしれないと思っている人は手を挙げてください。全員が手を挙げていただきました。では、今手を挙げていただいた方にもう一つ質問します。その大地震は、もしかしたら今夜か明日起きるかもしれないと思う人は手を挙げてください。手を挙げた人が半分以下になりました。そういう人が多いのです。大地震は起きる、でも今夜は起きない。明日も起きない。ではいつ起きるのでしょうか。

向こう30年以内に南海トラフ巨大地震は70%から80%の確率で発生する。首都直下地震は70%の確率で30年以内に発生する。この70%といっているのは、30年後ではないのです。今現在なのです。いつ起きても不思議ではありません。

でも、何となくまだ先だろうと、都合の悪い情報を無視したり、自分に都合よく解釈したりする、それが人間なのです。だから生きていられるのです。ただ、それが行き過ぎるとリスクを無視したり、過小評価したり、正常な状態はずっと続くだろう、起きるとしてもずっと先だろうと、考え方にバイアスがかかる「正常性バイアス」となるのです。

(2)形式的な対策ではダメ

災害はまだ先だと思っている人や組織は、形式的な対策しかできません。

例えば、ある企業はサーバーラックをコンクリートの床にボルトで留めていましたが、熊本地震のとき、全部ひっくり返ってしまいました。コンクリートの床にボルトで留めているから何となく安心するのだけれども、震度6強に耐えるようにするとしたら、床だけでは駄目です。少なくとも天井とか壁とか、複数箇所で固定しないと役に立ちません。こういったことも、もう一度見直す必要があると思います。

(3)命を守る訓練を

各地域や組織で実施している訓練も形式的です。どんな訓練をやっていますか、と聞くと「うちでは避難訓練をやっています」「消火訓練をやっています」「救助訓練をやっています」と大体同じパターンの答えが返ってきます。これらは大事な訓練だからやらなければいけないのですが、よくよく考えてみると、全て災害後の対処訓練であって、命を守る訓練ではないのです。

日本の防災というのは一般的に消防署が主導してきました。防災訓練もそうです。その結果、消防署がやっていることの下請け的なことをするようになってしまった。これはこれで重要な訓練ですが、私が提唱するスマート防災は、逃げる訓練とともに、状況別に「命を守る訓練」をしましょう、というものです。

火を消す訓練と共に、火を出さない準備と訓練をしましょう、閉じ込められた人を助ける訓練の共に、みんなが閉じ込められない訓練しましょう。つまり、災害予防訓練をしっかりやりましょう、ということです。これは防災・危機管理だけではなく、人生そのものでもあって、何か起きてからのことばかり考えるのではなくて、起きないように対応、行動することなのです。そういう考え方が定着していかないと、日本はいつまでもたっても、災害後に莫大なお金、災害復興資金がかかる事後対策型国家から脱却できません。予防にお金をかけたほうが10分の1のコストで済みます。こういうことをもっとやっていかなければいけないのではないかと私は思います。

各組織でやってほしいのは、電気・ガス・水道・電話を止めてBCP訓練をすることです。従来の訓練を見ると、電気をつけっ放しで、電話も使えることになっています。本当の地震のときには、防火ドアがみんな閉まりますし、停電になります。真っ暗で、防火ドアが閉まった中で、どうやって逃げるのか、そういう訓練をしていません。実践的に訓練をしていただきたいと思います。

そして家庭でも在宅避難生活訓練をしっかりやっていただきたい。電気・ガス・水道・電話を止めて二泊三日程度、暮らしてもらうのです。

半日たつと冷蔵庫から水がだらだら出てきます。換気扇が止まると家中、汚物の臭いが充満しますので、消臭剤、凝固剤が必要になります。停電になると懐中電灯1本では暗くて暮らせないから、ランタンが必要になります。経験してはじめて、いろいろなことが分かってくるのです。

6.正常性バイアスと凍り付き症候群

イギリスの心理学者のジョン・リーチ博士の研究によりますと、人間は突発災害発生直後、三つの行動パターンに分かれる、ということです。

落ち着いて行動できる人は約10%、取り乱す人が約15%、ショック状態、茫然自失状態になる人が約75%。このショックからしばらくたって覚める人もいるのですが、覚めない人もいる、それが「凍りつき症候群」と呼ばれます。心と体が凍りついて、適切に行動判断ができなくなるのです。

では「凍りつき症候群」になりやすい人はどんな人か、それは「正常性バイアス」に陥っている人です。「地震はいずれあると思うけれども、今夜はないと思います」という人が危ないのです。いつでも災害があると思っている人は、緊急スイッチが入りやすい、そうでない人は緊急スイッチが入りにくいのです。そういう「凍りつき症候群」にならないための訓練も必要だと思います。

津波の場合には、私が提唱する津波防災3か条、「津波洪水逃げるが勝ち」「遠くの避難所より近くのビル4階」「警報解除まで戻らない」、こういうことを家族やあるいは職員にきちんと認識してもらうことが大事だと思います。

7.大規模地震に備える

(1)初動の重要性

もし、南海トラフ巨大地震が発生すれば、23万1千人が死ぬだろうと言われています。東日本大震災と何が違うのか。一つ目は、震源域に陸が多く含まれているため直下地震と同じような激しい揺れになる可能性が高いこと、二つ目は、津波が短時間で押し寄せることです。

首都直下地震では阪神・淡路大震災に似た揺れになるかもしれない。それはどんな揺れ方なのか。阪神・淡路大震災、今から25年前の神戸三宮の潰れたコンビニから掘り起こされた防犯カメラの映像を皆さんに見ていただきます。震度6強とはどんな揺れ方か、直下地震とはどんな揺れ方なのか。もしかしたら今夜あたり、この揺れが来るかもしれません。映像では、店員さんがお客さんにおつり渡そうとしています。お釣りを渡すときは、普通は渡す方も渡される方もお金を見るのですが、二人ともお金を見ないで入り口を見ている。ガラス戸がカタカタカタカタ、音を立てて揺れているからです。初期微動のP波が、カタカタとガラス戸を揺すっているのです。

まだこの時点では動けるのです。ところが、二人ともこのままの状態でずっと固まっている。これが「凍りつき症候群」です。実践的な生き残り訓練をしていないと、いざというときに体が動かないのです。この数秒の行動が生死を分ける可能性もあります。

(2)職場や家庭に「安全ゾーン」を

一番大事なことは「安全ゾーン」を職場や家庭に作ることです。

「安全ゾーン」というのは、ガラスや転倒・落下物の少ない、閉じ込められない場所のことです。

小さな揺れや緊急地震速報のときに、直ちに「安全ゾーン」に移動する訓練をしておくのです。訓練しておかないと、いざというときに体が動きません。命さえ助かれば、後は何とかなります。

今、あちこちで「安全ゾーン」を作っています。これをやっておかないと、組織の責任者は安全配慮義務違反に問われる可能性があります。閉じ込められた人を助ける訓練とともに、みんなが閉じ込められない訓練が大切です。古い木造家屋の1階にいたら脱出したほうがいいし、2階にいたら慌てて1階に下りないほうがいいのです。潰れても2階にいたほうが助かる率が高い、いる場所によって行動は違うのです。

(3)キーパーソンとの迅速連絡

いざというときに必要なのは、キーパーソンとの迅速連絡です。私がアドバイスしていた企業では、その訓練をしていました。発災直後、30分以内だったら携帯電話でもほぼ連絡がつくのです。ところが、30分過ぎると、メールでもパケット通信でもつながらなくなります。

分厚いマニュアルより、いざというときにキーパーソンと迅速連絡が取れることの方が重要です。防災対策もそういう実践的なものに変えておく必要があるのです。

(4)職場風土と危機管理原則

リーダーは、マニュアルとかルールではなく、職場風土と危機管理原則を作ることが求められます。

ア.「凶報優先の法則」

 悪い情報は夜中でもトップを叩き起こしてでも知らせよ。いい情報は明日の朝でもいい。

イ.「情報共有の原則」

 一人だけが情報を独占しない。

ウ.「呑舟之魚の原則」

 枝葉末節にとらわれず、基本原則に照らす。

エ.「現物活用の原則」

 電気だめ、水道だめ、道路だめ。だめなものを数えず先に使えるものを数える。

こういう考え方を職場に風土としてつくるということは、非常に大事です。

(5)近くで助ける

阪神・淡路大震災のとき、兵庫県の監察医の集計では、亡くなった人の92%が地震発生後14分以内に亡くなっていたそうです。助けることができるのは近くにいる人だけです。これからの高齢化社会は見守りも、そしていざというときの助け合いも、向こう三軒両隣の「近助」で行うのです。そして、防災隣組で声を掛け合って助け合うことが大事なのではないかと、私は思っています。

組織でもそうです。例えば、東京駅周辺の企業では防災隣組を結成しています。いろいろな企業が、国と都と区と地域と連携しているのです。

今までの防災というのは、自分たちの組織だけで事業継続を考えてきました。でも、これから大事なのは、地域と連携することです。私はBCP(Business Continuity Plan)からCCP(Community Continuity Plan)へということを提唱しておりまして、今、日本の上場企業の約半数がBCPからCCPに切り替えています。官公庁も各地域、出先、地域といかに連携するかということがこれから重要なのではないかと思っています。

阪神・淡路大震災の日、私は大阪にいて、2時間後に神戸に入りました。驚いたことに、コンビニが店を開けているのです。神戸市役所の職員が、発災直後あちこちに連絡して「安全が確認できたら店を開けてくれませんか」と依頼したのです。それに応えて、ダイエー、イトーヨーカドー、イオン、コンビニ、みんなが必死で店を開けました。もし、すべての店が閉め切ってしまい、不埒な人がガラスを割って水や食料を持ちだしたら、普通の人まで「こういう時は持ち出していいのか」とつられてやってしまいます。皆が必死で店を開けたから、略奪も暴動もなかったと言われています。組織の事業継続責任、これが災害時に問われていると思います。

8.災害現場のちょっといい話

最後にちょっとだけいい話をして終わりたいと思います。

東日本大震災の後、イギリスの新聞に日本の写真が掲載されました。警察に届けられたたくさんの金庫の写真です。イギリスの新聞のタイトルには「届けられた金庫5,700個、23億円が持ち主に返された」と書いてありました。イギリスが略奪に頭を抱えている最中、日本人の誠実さが証明されたのです。

岩手県大槌町にある高等学校の避難所では、私が行ったとき、夜の気温が零下2度でした。これほど寒いのに、毛布を譲り合う人がたくさんいました。また、5人家族なのに「分け合って食べますから」と3つしかおにぎりをもらわない人も見ました。わずかな物資でも、きちんと並んで丁寧に礼を述べてから受け取る姿に、日本人の誇りを感じました。

日本人でも平時はいろいろな人がいます。変な人も、悪い人も。でも「いざというときは助け合う」ということができるのが日本人ではないでしょうか。これからも近くで近くの人同士が助け合う、「近助」という概念が浸透していけば、日本はこれからもずっと住み続けたい国になるだろうと思っています。

講師略歴

山村 武彦(やまむら たけひこ)

防災システム研究所 所長

1964年、新潟地震でのボランティア活動を契機に、防災・危機管理のシンクタンク「防災システム研究所」を設立。以来50年以上にわたり、世界中で発生する災害の現地調査を実施。報道番組での解説や日本各地での講演、執筆活動などを通じ、防災意識の啓発に取り組む。また、多くの企業や自治体の防災アドバイザーを歴任し、BCP(事業継続計画)マニュアルや防災マニュアルの策定など、災害に強い企業、社会、街づくりに携わる。座右の銘は「真実と教訓は、現場にあり」。著書は「感染症×大規模災害 実践的 分散避難と避難所運営」(ぎょうせい)、「台風防災の新常識」(戎光祥出版)、「災害に強いまちづくりは互近助の力~隣人と仲良くする勇気~」(ぎょうせい)など多数。