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コラム 海外経済の潮流131

Fedの長期目標と金融政策戦略

大臣官房総合政策課 海外経済調査係長 金城(きんじょう) 貴裕

1.Intro

硬い経済の話に入る前に、Ice-Breakを1つ。筆者と筆者の息子(小4)は、日ごろ互いのエイゴ*1のスキルアップのため、切磋琢磨している。例えば、息子との何気ない会話の中で、「お・も・て・な・し」はエイゴに直すと「hos・pi・tal・i・ty(hospitality)」だね、と言って盛り上がっている。筆者は2度米国を訪れたことがある(1度目は幼少期にアーカンソー州、2度目は高校時代にミネソタ州)が、息子はまだ米国を訪れたことがない。現代ではTVだけでなくインターネットやスマホを通して国内外の様々な情報を適時、手軽にやり取りできるようになったと思う。ただ、筆者は媒体等を通してではなく、直に、異文化そして多様性に触れて欲しいと思っている。Covid-19等の混乱を乗り越え、いつかチャンスがあれば家族を連れて、米国を旅したいと考えている。

さて、本稿は今年8月27日のFOMC(米国連邦公開市場委員会:federal open market committee)において改訂(例年1月に改訂)されたFed(連邦準備制度:federal reserve system)の「長期目標と金融政策戦略」について、前回からの主な変更点を整理しつつ、足もとの「(1)パウエルFRB議長(以下、パウエル議長)の記者会見等での発言」および「(2)マクロ経済指標の動向」の2点から考察を加える。

2.Fedの2つの使命

日本では、米国の中央銀行を示す用語としてFRS(federal reserve System)やFRB(board of governors of the federal reserve system)、Fed等が特段区別なく使われることがあるが、本稿では中央銀行機能の総称であり、Federal Reserve Systemの頭3文字を略称としたFedを用いることとする。

Fedは、各国の中央銀行と同じく金融政策を担う組織として目的を一にしているが、Fedの金融政策運営のユニークな点として、2つの責務(デュアル・マンデート:dual mandate)が課せられている点があげられる。これは、各国の中央銀行が主に、「物価の安定(stable prices)」を一義的責務として担っているのに対し、Fedにはもう1つ「雇用の最大化(maximum employment)」という責務があることを意味する*2。

3.今般の長期目標と金融政策戦略に係る主な改定ポイント2点

本題に入る。Fedがデュアル・マンデートの達成に向けた道筋として公表する指針が「長期目標と金融政策戦略:longer-run goals and monetary policy strategy」(2020年8月改定)である。また、今般の改定の契機について、パウエル議長は足もとの4つの変化「1.潜在成長率の低下 2.世界的な金利の低下 3.(コロナ禍以前は)記録的な景気拡大から失業率が大きく低下していたこと 4.(雇用が記録的に好調でも)インフレ率が2%に届かなかったこと」を挙げた。

今般の指針改定のうち、Fedのデュアル・マンデートにも掲げられている雇用および物価の2点にポイントを絞り、最近のパウエル議長の発言や足もとの経済指標から考察を加える。

(1)雇用

今回の長期目標と金融政策戦略の改定(以下、改定)では、従来よりも雇用の回復を強調したものとなり、雇用の最大化に関し、従来には無かった「広範囲かつ包括的目標」との記載が加えられ、更に、最大化の水準について、従来の最大水準からの乖離(deviations)ではなく、今後は不足分(shortfalls)を考慮すると政策変更された*3。

足もとの雇用に関してパウエル議長は9月のFOMCにおいて「景気後退は、全ての米国人に平等にではなく、アフリカ系米国人やヒスパニックの人々等に特に深刻な影響を与えた。」との主旨の発言をした。

経済指標を確認すると、コロナ禍に伴うロックダウンの影響で、4月に大幅に減少した非農業雇用者数(NFP:nonfarm payroll employment)は、ロックダウンの段階的解除を受け、足もとで回復に転じている(図表(1)非農業雇用者数(NFP)増減)。ただ、失業率の推移を人種別でみた場合、雇用の回復に差があることが分かる(図表(2)人種別失業率(U3))。また、家計資産においても人種間で差が見られる。この9年間で有色人種の純資産は大きく伸びたものの絶対額で比較すると、白人の純資産は、アフリカ系の約8倍、ヒスパニック系の約5倍であり、格差がなかなか縮まっておらず(図表(3)人種別家計純資産)、雇用喪失等による経済的ダメージの深刻度は人種間で偏っている可能性がある。

(2)物価

今回の改定で物価に関しては、新しい指針として柔軟な平均インフレ目標(FAIT:flexible form of average inflation targeting)が示された*4。FAITに関し、パウエル議長は「委員会は長期にわたって平均2%のインフレ率を達成することを目指す。したがって、インフレ率が継続的に2%を下回り続けた後は、しばらくの間、2%を緩やかに超えるインフレ率の達成を目指す。」との主旨の発言をしている。経済指標を確認すると、足もとのインフレ動向を示すPCEデフレーターは総合・コアともに2%を下回り、低迷が続いている(図表(4)PCEデフレーター推移)。また、2000年代から足元のフィリプスカーブを分析すると、失業率が低下(ニアイコール改善)している状況でも、インフレ率が上昇し難くなっている傾向(フィリプスカーブのフラット化)が確認できる(図表(5)フィリプスカーブのフラット化)。

9月のFOMCの見通しからも、物価目標の達成には、今後、数年を要するとの見方が示されている(図表(6)FOMCの物価見通し)。

4.おわりに

最後にもう1つIce-Break。先日、筆者の息子は、エイゴの某検定試験を受験し、ギリギリの点数で合格していながら、「俺、目標を達成した。俺、天才。」と筆者や周囲に自慢していた。時が戻せるなら当時の息子に、パウエル議長の「平均インフレ目標」や「最大水準からの不足分」の話を聞かせてやりたいと、執筆中ふと思った。パウエル議長は9月のFOMCで、今後の見通しについて「パンデミックにより経済の見通しは非常に不確実である。」との主旨の発言をした。その言葉の通り、我々は、今後、不確実な新型コロナウイルスの感染動向と向き合い、日々、暮らしてゆかなければならないのかも知れない。しかし、長い冬の夜明けにも、眩しく射す太陽があるように、人類がいつの日かこの暗い混乱期を乗り越える時がくると信じ、引き続き、米国の感染症の動向や経済動向を注視してゆきたい。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見であり、ありうべき誤りは全て筆者に帰する。

(出典・参考文献等)*5

*1)英語の意。筆者の尊敬する元上司(大矢 俊雄 氏)の執筆に倣った表現である。また本稿の執筆にあたって、同氏から貴重なご意見を頂いたことへの感謝を、ここに記したい。

*2)1977年の法改正によって連邦準備法の第2条のA項(Federal Reserve ActSection 2-A)に…the goals of maximum employment,stable prices and moderate long-term interest rates.と定められた(適度な長期金利:moderate long-term interest ratesは、物価目標の達成に伴い実現されるとされ、一般にはデュアル・マンデートと解される。)。なお、Fedの設立を規定している連邦準備法(1913年~)には、当初、雇用の最大化や物価の安定というマクロ経済を安定化させる目的などは明記されていなかった。それぞれのマンデートが定められた経緯について本稿では深く分析しないが、歴史的背景を振り返ると、20世紀の半ばから後半にかけ米国が経験した2つの戦争とその後の不況((1)第2次世界大戦後の世界的不況による雇用の悪化(2)ベトナム戦争の泥沼化と戦費膨張による長期の高インフレ)が関わったものと推察する。

*3)雇用目標を上下の変動を含む「乖離」から「不足分」に変更した理由について、パウエル議長からは「フィリプスカーブのフラット化に着目した」との発言があった。当該発言については、雇用の回復がインフレ上昇に繋がりにくいことを背景に、仮に今後雇用が回復しても、インフレが望ましい水準まで上昇しない限りは、引き締めを行わないことを示唆しているものとの見方もある。但し、それらの解釈には幅を持たせることが肝要であろう。

*4)今回の改定で物価に関し、パウエル議長はジャクソン・ホール(8月27日にオンライン開催)の経済ンポジウムにおいて、我々は「平均を定義する特定の数式に縛られない」と述べた上で、新たなFedの物価指針を柔軟な平均インフレ目標(FAIT:flexible form of average inflation targeting)と定義した。

*5)(出典・参考文献等)Fed、米・労働省、米・商務省、SMBC日興証券、国際通貨研究所、BNP PARIBAS、アメリカ連邦準備制度(FRS)の金融政策(田中隆之)、各種レポート