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ファイナンスライブラリー:佐藤 幸治 著『日本国憲法論 第2版』

評者 渡部 晶

成文堂 2020年9月 定価 本体4,800円+税

本書は、佐藤幸治京都大学名誉教授が本年秋に刊行された「待望の第2版」(本書の帯より)である。初版(2011年4月)は本文671頁で、第2版は726頁と55頁ほど増えた。構成は、4編に分かれ、第1編憲法の基本観念と日本憲法の展開、第2編国民の基本的人権の保障、第3編国民主権と政治制度、第4編法の支配と司法制度、である。

第2版のはしがきに著者の強い思い入れが窺える以下の文言がある。【・・時代の“変調”が決定的なものになりつつあるかにみえた2015年7月、プライヤー合衆国最高裁判所裁判官は、その著書(2010年)の日本語版『アメリカ最高裁判所』(大久保史郎監訳)に寄せた「序」において、ナチスのフランス占領に基づく寓話であるカミュの『ペスト』に触れながら次のように述べた。「恣意的支配」(不正、違法、不合理、専制、独裁、圧制)の対極にある「法の支配」、これこそ、「カミュが語るような不幸な日〔決して死滅しないペスト菌が再生し、人間社会を襲う日〕の到来を防ぐべく、日々、用いることが求められる武器」、「人間性を持った、民主的で、正義の社会をつくるための私たちの闘いの要」であるのだ、と。】

昨年刊行の話題作「幸福な監視国家・中国」(梶谷懐・高口康太著)は、大胆にまとめれば、中国で進行する「パターナリスティックな功利主義の徹底と監視」をリアルに紹介している。かなり普遍性があるもので、他国の話で終わらせられないものだと思う。

佐藤名誉教授は、「憲法の措定する人間像と『現代』という時代の特徴」(28頁~)で、まさに「積極国家は、・・具体的人間を管理の細密な網の目に搦め捕り、結局は人間を抽象化(モノ扱い)してしまう危険を孕んでいる」と指摘していた。そして、第2版で文章が追加され、「科学技術の奔流」に対し、小林秀雄の「自然の世界と価値の世界の分離が現れた。近代文明は、この分離によって進歩したことは間違いないが、やがて私たちは、この分離に悩まねばならぬ仕儀に立ち到った。現代の苦痛に満ちた文学や哲学は、明らかにそのことを語っている」との言葉を引き、また、ギリシャ哲学の藤沢令夫の考察から、人間本来の生き方と行為の在り方を確保することに様々な主体の努力を求める。

憲法に関連して、アメリカで誕生した司法審査制(違憲審査制)が諸外国で導入されたのは、「科学技術」の凝集物ともいうべき2回にわたる世界大戦の悲劇を経て、時代に見合った法的思慮・賢慮を確保しなければならないという、人類の長い歴史的経験も踏まえた、重要な洞察・決断であったように思われる、とする。そして、「本書が個人の人格的自律の意義を強調し、『法の支配』の意義と司法の役割に大きな関心を寄せるのは、・・『現代』という時代も意識してのことである」という。このような観点から、判例に対する内在的な検討・批判をも踏まえた、日本国憲法について解釈が展開されている。評者が特に注目した点を膨大で豊かな内容から蛮勇をふるっていくつか紹介する。

ご自身もかかわった行政改革会議の帰結について、最終報告における「内閣機能の強化にあたっての留意事項」(権力分立ないし抑制・均衡のシステムに対する適正な配慮)の再確認を促す(21頁~)。

「『国際協和』の追求」との節(90頁~)では、自衛隊が憲法に反するものではないとの理解を前提に、自衛隊の海外派遣について、日本国憲法の「国際協和」の精神は「立憲主義の理念と枠組みに則って可能な限り」の「賢明な寄与」をなすことを求めているのではないか、など提起する。

包括的な憲法第13条の解釈に関連して(202頁~)、ビッグデータ社会において、何故プライバシー(自己情報コントロール権)が憲法上保障されていると解釈しなければならないのか、人間存在のあり方そのものにかかわる根拠(本質)を問い続けなければならないことの重要性を痛感する、とする。

財政についての第3編第5章では、諸外国の「独立財政機関」の創設に触れ、日本でも早急な取り組みの必要性を指摘する(588頁~)。

最後に、評者は、佐藤名誉教授が重視する司法権についての第4編「法の支配と司法制度」を通読し、最高裁判所の動向が、より望ましい方向に向かっていることを知った。司法制度改革や憲法訴訟の研究の深化もこの変化を促した要因ではないかと感じる。

「混沌とした時代の中で、憲法現象の本質を丁寧に読み解き、わが国の立憲主義が血肉となるため心血を注いだ渾身の書」(本書の帯より)をぜひ紐解いていただきたい。