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シリーズ日本経済を考える 106

人手不足に直面している企業と賃上げ意欲に関する分析 *1-法人企業景気予測調査・法人企業統計調査を用いた分析-

財務総合政策研究所総務研究部財政経済計量分析室員 升井 翼
財務総合政策研究所総務研究部総括主任研究官 奥 愛

1.はじめに

日本は今後も人口減少が続いていく見込みである。人口減少には即効性のあるワクチンはなく、今後、コロナショックから経済が回復した後には改めて人手不足が課題になる。恒常的な人手不足の状況を考えれば、労働市場の需要と供給の関係からは賃金は上昇すると考えられる。しかし、これまでの人手不足の環境下においては、労働経済学者を中心とする研究者らによって執筆された書籍『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田編(2017))のタイトルにあるように、実質賃金の上昇は鈍い状況が続いてきた。それでは、人手不足に直面した企業は、これまでどのような対応策を取ってきたのだろうか。

まず、人手不足への対応策を聞いたアンケート調査の回答を確認してみよう。『令和元年度 年次経済財政報告*2』(内閣府(2019))に掲載されている結果をみると、最も多かった回答は「新卒、中途・経験者採用の増員」だった。また、『令和元年版 労働経済の分析*3』(厚生労働省(2019))をみると、人材不足緩和対策に取り組んでいる(予定含む)企業では「求人募集時の賃金を引き上げる」であり、このうち人手不足の企業に限定すると「応募条件の緩和を図るなど、採用対象を拡大する」、「新卒採用を強化する」と回答した企業が多かった。

さらに、『令和元年(2019年)7~9月期 法人企業景気予測調査』の調査結果をみると、大企業、中堅企業(資本金ベース)は「人材育成の強化」と回答する企業が最も多く、中小企業は「賃金(初任給を含む)の引上げ」が最も多い結果となっていた。また、同調査で、大企業について産業別にみると、製造業では「人材育成の強化」、「賃金(初任給を含む)の引上げ」の順に多く、非製造業では「人材育成の強化」、「業務プロセスの見直し」の順となっていた。

この法人企業景気予測調査の結果については、橋本(2020)が公表された調査結果をもとに、(1)大企業、中堅企業と比較して、中小企業では「賃金(初任給を含む)の引上げ」と併せて従業員の待遇改善がより重要視されていると考えられる、(2)製造業では熟練した従業員の確保が、非製造業では業務の効率化がより重要視されている傾向が伺える、と解説している。

本稿では、人手不足に直面している企業経営者はどのような対応策をとろうとしているのか、さらに、そのうち賃上げの意欲が高い企業にはどのような財務上の特徴があるのかという問題意識から、法人企業景気予測調査の個票データを用いることで、橋本(2020)の分析をさらに詳細に行うこととしたい。

本稿の構成は以下のとおりである。第2節では分析で用いるデータについて説明する。第3節では分析結果を示す。第4節はまとめである。

2.データについて

本稿で使用するデータは、『令和元年(2019年)法人企業景気予測調査』7~9月期調査(期間:2019年7~9月*4)と『平成30年度(2018年度)法人企業統計調査』(期間:2018年度4月~2019年3月に決算期が到来した会計年度)の個票データである。データ全体の回答法人数は、法人企業景気予測調査が11,667社(回収率:82.4%)、法人企業統計調査が28,107社(回収率:76.2%)である。

2.1 法人企業景気予測調査(以下、「景気予測調査」)について

本稿の特徴は、企業経営者に対するアンケート調査である景気予測調査を用いて分析することにある。景気予測調査は、企業経営者に対して、毎回「従業員数判断」として各期末における企業の人手不足感をたずねている。また、令和元年(2019年)7~9月期調査では「今年度における従業員確保の取組」をたずねている。橋本(2020)と同様に、これらのアンケート項目を活用することで、企業の人手不足感とあわせて、各社の従業員確保への取組みを把握する*5。それぞれの具体的な質問項目は以下のとおりである。

(1)「従業員数判断」について

景気予測調査では、「従業員数判断」を毎回調査しており、各四半期末時点での従業員数の水準について、「不足気味、適正、過剰気味、不明」の4択から回答する形式となっている。ここから、回答企業の人手不足感を把握することができる。

(2)「今年度における従業員確保の取組」について

令和元年(2019年)7~9月期調査の「今年度における従業員確保の取組」は、表1.質問「今年度における従業員確保の取組」への回答選択肢にある10の選択肢のなかから重要度の高い順に3つを選択して回答する形式となっている*6。この回答から、回答企業はどのような手段で従業員を確保しようとしているのかを分析することができる*7。

2.2 法人企業統計調査について

本稿で用いる上述の景気予測調査で「従業員確保の取組」についての回答を分析するにあたり、企業経営者は前年度の確定決算における企業の財務状況から何らかの影響を受けていると考えられることから、法人企業統計は前年度の2018年度のデータを用いる。

2.3 分析データについて

分析にあたって、景気予測調査と法人企業統計の個票を接合した*8。データの企業分類は表2.分析対象企業の分類のとおりである*9。景気予測調査の対象は、法人企業統計の法人名簿をベースに抽出された法人であり、資本金、出資金又は基金の額が1千万円以上の法人(単体ベース)となる*10。本稿の分析対象に含まれる企業は、日本国内に本店を有する企業である(金融業、保険業を除く)。

3.分析と結果

3.1 人手不足企業グループの従業員確保の取組みについて

まず、景気予測調査の「従業員数判断」(上記2.1(1))を活用して、回答で「不足気味」を選んでいる企業(人手不足企業グループ)と、回答で「適正」を選んでいる企業(適正企業グループ)に分けた。そして「今年度における従業員確保の取組」(上記2.1(2))を用いて、それぞれのグループが従業員を確保するためにどのような取組みを行おうとしているのかを確認する。その狙いは、企業の人手不足感の違いによって、企業経営者が選ぶ選択肢に何らかの傾向があるのかを確認することにある。この点は、景気予測調査の集計結果から直接はわからないが、個票をクロス集計することで明らかにすることができる。その結果が図1.人手不足感の有無別の従業員確保の取組みである。

結果をみると、「従業員確保の取組」の選択肢が10択あるうち最も回答の割合が高い選択肢は、どちらのグループも「人材育成の強化」であり、人手不足企業グループよりも(25.4%)、適正企業グループの方が割合が高い(37.3%)。次に割合が高い選択肢はどちらのグループも「賃金(初任給を含む)の引上げ」となっている。こちらは、人手不足企業グループの方が(24.3%)、適正企業グループよりも賃上げを選択した割合が高くなっている(19.2%)*11。

3.2 人手不足企業グループにおける賃上げ意欲が高い企業の特徴について

次に、人手不足の企業で賃上げ意欲の高い企業はどのような財務上の特徴があるのか、具体的には図1の人手不足企業グループのうち、「賃金(初任給を含む)の引上げ」を最も重要な取組みに選んだ企業(24.3%)の財務上の特徴を確認する。

分析にあたり、人手不足企業グループだけを取り上げ、「賃金(初任給を含む)の引上げ」を最も重要な取組みとして選んだ企業グループと*12、それ以外の企業グループに分けた。そして、業種の特徴や財務指標の平均値に有意差があるかどうかを確認した。

比較するための財務指標として、以下の指標を用いた。それぞれの算出式は表3.本稿で用いる財務指標の定義のとおりである。

・従業員一人当たりの賃金(現状の賃金水準によって賃上げの取組みに差があると考えられるため)

・キャッシュフロー(賃上げするためには企業にある程度の余裕資金が要ることが考えられるため)

・売上高(企業がどの程度人手を必要としているかは、その企業の生産量によっても影響を受けると考えられるため)

・従業員数及び資本金(冒頭で紹介した景気予測調査の集計結果で中小企業ほど賃上げを選ぶ企業の割合が多いことから、企業規模をとらえるため)

・有利子負債比率(企業が過剰債務を抱えている場合は、人手不足への対応策も費用を抑制する方法を検討することが考えられるため)

・労働装備率(人手不足といった労働力不足を資本に投資することで代替していくことが考えられるため)

・労働生産性(企業の労働生産性が企業行動に影響を及ぼすと考えられるため)
*13*14*15*16

この人手不足企業を対象とした分析の結果は表4.賃上げを重視している企業グループとそれ以外のグループの平均値の比較のとおりである*17。グループ間の差が有意になっている指標をみると「賃金(初任給を含む)の引上げ」を選んだ企業グループの方が、それ以外の企業グループよりも、従業員一人当たり賃金の水準が低く、資本金が少ない、つまり企業規模が比較的小さいという財務上の特徴があることがわかった。一方、キャッシュフロー、売上高、従業員数、有利子負債比率、労働装備率及び労働生産性はグループ間で有意差がみられなかった。

次に、業種によってどの程度違いがあるかを見てみよう。「賃金(初任給を含む)の引上げ」を選んだ企業グループとそれ以外の企業グループ内でそれぞれの業種が含まれている割合に有意差があった業種は、製造業、情報通信業、他サービス業であった(表4.賃上げを重視している企業グループとそれ以外のグループの平均値の比較)。その特徴を確認すると、人手不足に直面していて賃上げを選んでいる企業は、製造業及び情報通信業では少なく、他サービス業では多いということがわかった。ここでいう「他サービス業」は、主に宿泊業、飲食サービス業、その他のサービス業が含まれている。橋本(2020)は集計データを用いているので製造業以外の業種はすべて非製造業に含まれており個別の業種の特徴がどうしても分かりにくい。本稿では、個票を用いて詳細に業種を分けた結果、非製造業に含まれる情報通信業と他サービス業では、人手不足の対応策として、情報通信業は賃上げを最も重要な取組みに選ぶ企業が少ないが、他サービス業は多いというように、業種によって異なることが確認できた。

以上の結果をまとめると、人手不足に直面していて、企業経営者が対策として賃上げを重視している企業の特徴は、企業規模(資本金)が小さい企業であり、また賃金の水準が比較的低い企業で、宿泊業、飲食サービス業、その他のサービス業等の業種が多いことがわかった。

4.まとめ

本稿は、企業経営者に対して行ったアンケート調査である景気予測調査の個票を活用し、さらに企業の特徴を把握するため法人企業統計と接続して分析することで、企業の人手不足の状況と、人手不足対応として特に賃上げ意欲が高い企業の財務上の特徴について分析した。

分析の結果、人手不足企業の方が、従業員数が適正と考えている企業よりも、賃上げを選択する割合が高いことが確認できた。さらに、人手不足企業のうち、企業経営者が従業員確保の取組みとして賃上げを選択している企業の特徴は、企業規模(資本金)が小さい企業であり、賃金の水準が比較的低い企業で、宿泊業、飲食サービス業、その他のサービス業等の業種が多いことがわかった。この結果については、人手不足企業の特徴として認識されている点をデータから裏付けたといえる。さらに、分析では、製造業や情報通信業といった業種では、人手不足であっても、賃上げ以外の対応策を取る企業が多いということがわかった。

<補論> 重要度1~3位の分析について

人手不足企業グループのうち「賃金(初任給を含む)の引上げ」を重要度1~3位のいずれかに回答した企業とそれ以外の企業を本稿と同様の方法により比較した。その結果、「賃金(初任給を含む)の引上げ」を選んだ企業グループの方が、それ以外の企業グループよりも、従業員一人当たり賃金の水準が低く、労働生産性が低いという結果が得られた。また、業種構成については、建設業が多く、情報通信業は少ないという結果が得られた。

*1)本稿は執筆にあたり内閣府経済社会総合研究所景気統計部及び財務省財務総合政策研究所調査統計部から「法人企業景気予測調査」、財務省財務総合政策研究所調査統計部から「法人企業統計調査」の個票データの提供を受けた。また、財務総合政策研究所の八木橋毅司主任研究官、木村遥介前研究官、髙橋済研究官に有益な助言や示唆をいただいた。記して感謝申し上げたい。ありうべき誤りは全て筆者らに帰する。なお、本稿内容は筆者らの個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。

*2)データの出所である『多様化する働き手に関する企業の意識調査』(内閣府(2019))の実施期間は2019年2月4日~22日で、有効回答数は2,147社(回収率は26.8%)である。質問事項の一つとして人手不足を調査している。回答選択肢は、『令和元年度 年次経済財政報告』(同前)第1-3-6図を参照。

*3)データの出所である『人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査』(労働政策研究・研修機構(2019))の実施期間は2019年3月1日~20日で、全国の従業員20人以上の企業及びそこで雇用されている正社員に対して調査している。企業調査の有効回収数は4,599社(有効回収率23.0%)である。回答選択肢は、『令和元年版 労働経済の分析』(厚生労働省(2019))図表2-(1)-13を参照。

*4)調査時点は、2019年8月15日となっている。

*5)景気予測調査は、毎期同じ質問項目について継続的に調査を行っているほか、7~9月期調査で時勢に合わせた経済実態を把握するため新規に質問項目を設定するトピック項目を用意している。「今年度における従業員確保の取組」の質問項目は、令和元年(2019年)7~9月期だけ実施されたトピック項目であり、貴重な調査となっている。

*6)アンケートでは、「3つ記入することが困難な場合には、2つ又は1つ記入してください」と記載されており、3つ以内を選択する複数回答となっている。

*7)ここでいう従業員には正規・非正規の別は考慮されていない。

*8)法人企業統計と景気予測調査の接合の際には、同一年度の場合は両調査で共通に使用している法人番号をキーとして用いたが、本分析で使用するデータは両調査の実施年度が異なるため、前年度の法人番号が別の法人に付される場合がある。そのため、資本金が一定未満の法人については、法人番号に加えて法人の調査地域、資本金及び業種がすべて一致している法人のみを接合の対象とした。また、従業員数が0人の企業を除き、「今年度における従業員確保の取組」に回答があった企業を本稿における分析対象とした。

*9)業種については、企業数の少ない業種を集約している。「他サービス業」には、主に宿泊業、飲食サービス業、物品賃貸業、娯楽業、学術研究、専門・技術サービス業、その他のサービス業を含め、「他非製造業」には、主に農林水産業、鉱業、採石業、砂利採取業、電気・ガス・水道業を含めている。

*10)法人企業統計の年次別調査は、すべての営利法人等が対象となっている。

*11)企業経営者が選んだ選択肢は重要度の高い順に1~3位までわかるが、ここでは企業経営者がどの選択肢を最も重視しているかという点を分析するため、重要度1位で選択した場合のみをカウントしている。

*12)ここでは「賃金(初任給を含む)の引上げ」を重要度1位で選んだ企業に限定し、第2位、第3位として回答した企業は、それ以外の企業グループに含めている。

*13)中村(2017)を参考にした。

*14)嶋(2017)を参考にした。

*15)特に小規模企業では従業員と役員の職務に区別を付けていない可能性が考えられることから、労働装備率及び労働生産性の分母には役員を含めて算出している。

*16)法人企業統計による定義を踏まえ、営業純益(営業利益-支払利息等)に人件費(役員給与、役員賞与、従業員給与、従業員賞与、福利厚生費)、支払利息等、動産・不動産賃借料及び租税公課を加えて算出した。

*17)変数間の相関をみると、売上高と従業員数(相関係数0.825)、売上高と資本金(相関係数0.607)、従業員数と資本金(相関係数0.518)及び一人当たり賃金と労働生産性(相関係数0.505)に正の相関が確認された。つまり、企業ごとにこれらの変数は同様の動きとなっていることから、それぞれどちらの変数と関係があるのか区別が困難となっている。

参考文献

玄田有史編(2017)『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』慶應義塾大学出版会。

厚生労働省(2019)『令和元年版 労働経済の分析』。

嶋恵一(2017)「内部資金と投資―法人企業統計による企業規模別分析―」『フィナンシャル・レビュー』第130号、財務省財務総合政策研究所、28~48頁。

内閣府(2019)『令和元年度 年次経済財政報告』。

中村純一(2017)「日本企業の資金余剰とキャッシュフロー使途―法人企業統計調査票データに基づく規模別分析―」『フィナンシャル・レビュー』第132号、財務省財務総合政策研究所、27~55頁。

橋本由理子(2020)「法人企業景気予測調査におけるトピック項目の調査結果について」Economic & Social Research(ESR)No.28(2020年春号)、25~26頁。

労働政策研究・研修機構(2019)「『人手不足等をめぐる現状と働き方に関する調査(企業調査・労働者調査)』調査結果のポイント」、プレスリリース2019年9月18日。