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ファイナンスライブラリー:山本 義隆 著『小数と対数の発見』

日本評論社 2018年7月 定価 本体2,800円+税

評者 名古屋大学客員教授 佐藤 宣之

「数学界に顕彰された物理教師」

本書巻末の著者紹介を見ると、大手予備校物理教師と並んで「元東大全共闘代表」とある。著者こそが、同時期に東大生だった金融の大家をして「同時代のヒーローだった知の巨人」と描写させるその人だ。

著者は物理教師の傍らで科学史研究に傾倒し、近代科学の成立過程を問うことが科学史の基本問題であると確信したのだという。そこで、多くがラテン語で書かれた原典と英語翻訳とを読み込み、本書を含む一連の著作を通じて以下の通り主張する。

1.近代科学は17世紀の「科学革命」、即ちイタリアのガリレオ等に始まってイングランドのニュートン等に引き継がれる実験・測定・数学を重視する知的営為の中で誕生したとされるが、それに先立つ16世紀前後のポーランドのコペルニクス等を経てドイツのケプラー等に至る「天文学の革新」が「科学革命」への助走期間として決定的な役割を果たした。

2.「天文学の革新」においては、古代ギリシャのアリストテレス等に端を発する地球中心の宇宙像から太陽中心の天文学への変革を実現させると同時に、同じくアリストテレス等に端を発する自然哲学を天文学の格下に位置付ける学問の下剋上を実現させた。

3.「天文学の革新」に伴走・後押ししたのが「小数と対数の発見」となる。フランドルのステヴィン等が考案した10進法・小数表示が、スコットランドのネイピアが約20年を費やして考案した対数・対数表と相まって、天文学に必要な三角関数に関する膨大な桁数の計算を大幅に簡略化した。フランスのラプラスは「骨折りを少なくして天文学者の生命を2倍にした」と評価する。更に小数、対数の考案過程で始まった数の連続的・量的把握は微分、積分の萌芽となり、現代の数学、物理学の基礎を成すこととなった。

本書は本年度、数学の研究・教育・普及に関する顕著な業績を顕彰する「日本数学会出版賞」を受賞した。数学の研究者、翻訳者等でない著者の手になる本書が受賞するのは、かつて「科学革命」を推し進めた数学と物理学とのコラボの再起動の予兆かもしれない。

「昨日の常識は、今日の非常識」

本書は興味深い、時に信じ難いエピソードに溢れる。

1.学問には格付があった

古代ギリシャでは、定義と論証に依拠して事物の本質的な定性を説明しようとする自然哲学は、観測や計算に依拠して事物の周辺的・偶有的な定量を説明しようとする天文学、数学よりも格上とされた。世界は始期も終期もなく自然の論理に従うとするアリストテレスの学説と、天地創造、最後の審判、超越神の世界への介入を語るキリスト教神学とは本来相容れない筈だ。しかし、アリストテレスが世界を変転する卑俗な地上世界と不変で神聖な天上世界とに二分したことが、人の住む世界の上方に神が住むとのキリスト教の教義と親和性を有するとの見立てから中世の知識人の支持を得ることとなり、西欧社会に長く深く根を下ろす。16世紀に彗星の出現が観測と計算によって論証され、不変で神聖な天上世界観は完全に崩れた。文字通り彗星のごとく現れた彗星の衝撃は現代人に想像できないレベルだったに相違ない。

2.数字にも格付があった

プラトンにあっては、数の学問とは純粋数学即ち学者が整数について思考を巡らしその本質を見抜くための学問であって、度量衡学即ち一般多数の人が建築や商取引に用いる計算技術とは区別された。やがて古代国家が成立し強力な王権のもとで大規模建造物の構築が始まると石塊や木材の寸法に端数が生じることは想像に難くないが、古代ギリシャの学者は端数を容認せず、端数の代わりに整数の比で表現しようと企てる。西欧で13世紀以降に発足した大学でも、数学特に計算技術の教育は長らく軽視されたという。

3.1は数ではなかった

この小題は誤植ではない。プラトンからアリストテレス、古代エジプトのユークリッドに至る古代の学者は「1は整数の単位であって整数自体は2から始まる。」と主張した。そもそも、数として整数しか観念しないので、例えば2と3との間の数は存在しないこととなる。因みに、「数」「量」は別物で一緒に議論してはならないとまで説いたと言う。0や1も数として認め、整数以外の様々な数の存在も認め、数を連続的な存在と捉え、「数」「量」を区別なく考える現代的理解の普及は、16世紀のステヴィンから漸く始まった。

4.フランス革命は数学革命でもあった

イスラム・アジア世界で発明されたアラビア数字、10進法、小数表示等々現在の数の道具は、12世紀以降に西欧に伝来したと見られる。しかしながら、それらの有用性を西欧内で説いたのは西欧に伝来して400年後のステヴィン、更に実際に採用されたのはステヴィンが説いて200年後のフランス革命後であった。著者は、貨幣・度量衡の有する社会的慣性が10進法、小数表示等の発明・普及を阻んだのではないか、フランス革命政府の強大な権力によってのみ10進法に基づくメートル、キログラムを導入できたのではないか、との見方を示す。日本、中国では古来貨幣・度量衡のみならず数詞の表記法・発音も10進法に則している。西欧ではいまだに貨幣・度量衡は複雑で、数詞の表記法・発音にも12進法、20進法等の名残が認められ、日本の西欧語学習者を悩ませてきた。

「物理で答えよ。」

評者は数学好きな反面、数学に類似すると言われる物理は嫌い且つ苦手である。高校の物理の定期試験で1問だけ数学の問題に「見えた」ので「見えた」通りに解いたら、大きな赤丸の隣に更に大きな赤字で「物理で答えよ。」との教育的指導が添えられていた。

数学好きゆえに手に取った本書ではあるが、数学や物理学が一握りの天才の机上の閃きで短時日に発展したものではなく、「算術オタク」のネイピア等の先人の不撓不屈の努力・執念で実社会の問題を解決する中で時間をかけて発展したことを知ることができた。これも著者の精力的な科学史研究の賜物である。数式を全て読み飛ばしても本書の意義は減じるものではなく、実際のところ評者も多くの数式は歯が立たない。

支えるヤツがいるから、輝けるヤツがいる。

指数、対数、対数関数

a^pは底aをp回かけ合わせる操作を表し、底aの右肩に書かれた数字pを指数と言う。b=a^pが成立する場合に、指数pは底aに対する真数bの対数と言う。底を固定して様々な真数に対応する対数を書き並べた表を対数表と言う。2^6=64=8×8=2^3×2^3=16×4=2^4×2^2から推測されるように、a^p×a^q=a^{p+q}が一般的に成り立つ。桁数の多い数字の掛け算は手間の多い計算となるが、対数表を用いて掛け算を足し算に置き換えると手間が大幅に減る。

xからyに対応させる関数においてx=a^yが成り立つ時、yは底aに対するxの対数関数と言う。xとyを入れ替えるとy=a^xで、yは底aに対するxの指数関数に他ならない。学校教育では指数関数を教えた後に指数関数の逆関数として対数関数を教えるが、対数は指数よりも先に考案されていたので、歴史に照らせば説明の順序が逆であるし、ネイピア等が指数なしに対数を考案したのは驚異的と評価されている。

三角比、三角関数

三角形は相似形の性質や3つの内角の和が180度となる性質を利用して測量等にも利用し易く、特に直角三角形は斜辺の2乗が他の2辺の2乗の和に等しい(三平方の定理)。これらの性質を利用して三角形の内角に関わる様々な線分の比を表すのが三角比で、三角比を拡張して180度以上を含む様々な角度に関わる様々な線分の比を表すのが三角関数である。

微分、積分

講学上、局所的な変化を捉えるのが微分で、局所的な量の大域的な集積を扱うのが積分と説明される。不正確との誹りを覚悟して徒競走に例に説明すると、走行速度の変化を分析するのが微分で、走行距離の合計を分析するのが積分となろう。この例を見ると微分と積分とが関係ありそうだが、17世紀の「科学革命」以前は微分と積分とは無関係と考えられていた由。評者の学生当時は大手コンビニのテレビCMに乗せて「微分、積分、いい気分」と強がる鼻歌も聞かれた。