国際局調査課長 陣田 直也/調査課課長補佐 山本 雄也
1.はじめに
アジア太平洋地域は世界人口の約4割、貿易量の約5割、GDPの約6割を占める重要な地域である。APECはアジア太平洋地域にまたがる21の国と地域(エコノミー)が参加する経済協力枠組みであり、1989年に創設された。APECは、アジア太平洋地域の持続可能な成長と繁栄に向けて、貿易・投資の自由化・円滑化や地域経済統合の推進、経済・技術協力等の活動を実施している。また、APECビジネス諮問委員会(ABAC)がビジネス界の重視する課題を首脳に直接提言する等、ビジネス界と密接に連携していることがAPECの特徴の1つである。
APEC財務大臣会合に関しては、1994年に第1回会合が開催されて以来、これまで26回にわたって開催され、声明が毎回発出されている。
2.財務大臣会合の概要
2020年のAPEC議長国であるマレーシアのもと、9月25日(金)に第27回APEC財務大臣会合がバーチャル会議形式で開催され、我が国からは中西財務副大臣が出席された。会合には21エコノミーの他、IMF、世界銀行、ADB等の国際機関やABAC等の組織も招かれた。
会合は議長国マレーシアのザフルル・アジズ財務大臣の挨拶から始まり、財務大臣プロセスに関連する取組のアップデートやAPEC地域の経済状況の分析等について報告があり、プレナリーセッションへと進行した。
(1)【プレナリーセッション】新型コロナウイルス感染拡大への対応
当プレナリーセッションにおいては、それぞれのエコノミーにおける新型コロナウイルスの経済への影響や新型コロナウイルス対策に関する率直な意見交換が行われた。いずれのエコノミーも新型コロナウイルスにより経済が一時的に深刻な落ち込みを見せており、直接給付(所得補償)、課税控除の拡大、債務返済猶予や借り換え支援等、前例のない規模で影響軽減策や景気刺激策を実施していることがエコノミー間で共有された。
中西副大臣は、
・新型コロナウイルスの影響を踏まえ、政府は雇用の安定、事業の継続、生活の下支えのため、GDPの約40%にあたる約2.2兆ドル(約234兆円)の大規模な対策を講じたこと
・足元では、感染拡大防止との適切なバランスを取りながら、経済活動を再開していること、また、政策対応の効果もあり、日本経済は持ち直しの動きが見られていること
・早期の経済回復を実現するとともに、将来世代への責任も念頭に置きながら財政の持続可能性を確保していくことも重要な課題となること
・デジタルトランスフォーメーションの推進や人的資本への投資を通して、今回の危機を生産性を高めるチャンスへと変えるべきであること
・災害リスクファイナンス・保険について、日本は作業部会の共同議長として引き続き取組に貢献することや、パンデミックリスクを今後の作業に取り込んでいくべきこと
等を述べられた。
(2)財務大臣声明
会合の後半に「新型コロナウイルスのパンデミックの軽減及び回復に係るAPECバーチャル大臣声明」が全エコノミーによって異論なく承認された。財務大臣声明の要旨は以下の通り。
(世界経済及び地域経済)新型コロナウイルスのパンデミックへの迅速な対応を支援し、強固で、持続可能で、均衡のとれた包摂的な回復へ向かうための全ての利用可能な政策手段を引き続き使用。長期の強靭な発展及び将来の資金需要を支えるため、財政の持続可能性及び透明性を改善することを強調。この点における国際金融機関の取組の重要性を認識。
(財政・金融政策)APECエコノミー間での強固で持続可能な経済回復の確保に向けた、協調された多国間協力を奨励。
(デジタル化)新型コロナウイルスのパンデミックが経済のデジタル化を加速させ、多くのビジネスの存続にとって重要となったことを認識。
(災害リスクファイナンス・保険)災害リスクファイナンス・保険の取組を継続するとともに、パンデミックを災害リスクファイナンス・保険の取組に加える可能性を検討。
3.関連会合
(1)ABACとの対話
ビジネス界とのつながりが強いことがAPECの特徴であると上述したが、例年財務大臣会合中あるいは前にABACと財務大臣の対話が開催されている。今回は財務大臣会合の直前にバーチャル会議形式で開催された。対話の中でABACからは財務大臣宛てに提出された提言に基づき、中小零細企業に対する流動性供給の確保やデジタル金融包摂促進のためのICTインフラ整備のほか、ESG(Environment, Society and Governance)投資に関してAPEC地域に受け入れ可能なタクソノミーの形成等について説明があり、多くのエコノミーが強い関心を示した。
(2)災害リスクファイナンス・保険作業部会会合
災害リスクファイナンス・保険とは、自然災害が起こった際に迅速かつ効果的に復旧・復興するため、事前に財政負担を明確にした上で財政面での備えを強化する仕組みや、万一生じる大規模な被害を補填するために災害リスクに対して保険をかけておく仕組みのことである。アジア太平洋地域は自然災害が多く、域内には既に緊密なグローバルサプライチェーンが構築されていることから、巨大災害に見舞われた場合には、地域全体の経済活動に与える影響が極めて大きい。このため、災害リスクファイナンス・保険のメカニズムを発展させることは重要であり、日本はフィリピンと共に作業部会の共同議長として主導的な役割を果たしてきた。例年、財務大臣会合のマージンにおいて作業部会の会合を開催しており、今回は財務大臣会合と同日にバーチャル会議形式で開催し、災害発生時のインフラオペレーション等に係るレポートの作成、災害リスクファイナンス・保険の分野への最新技術の活用に係るレポートの作成、大災害債券(キャットボンド)に係るワークショップの開催といった今年の取組の総括を行った。会合の最後、岸副財務官は、災害リスクファイナンス・保険の技術をより広いリスクに応用することへの関心は高く、新型コロナウイルスのパンデミックを踏まえ、パンデミックリスク等の新興リスクを取り込むことにより作業領域を拡大することは検討に値する旨を述べた。
4.次回会合について
2021年の議長国であるニュージーランドから、
・来年のAPEC財務大臣プロセスは例年通りのスケジュールに近づけつつ、全ての会合をバーチャル形式で実施すること
・新型コロナウイルスは来年も引き続き鍵を握るテーマとなることが予測され、財政政策及び予算枠組みに焦点をあてること
・セブ行動計画(※)完了のための新戦略を議論すること
等が伝えられた。新型コロナウイルスの影響からの回復を加速させるため、引き続き各分野で活発な取組が進められることが期待される。我が国としても、災害リスクファイナンス・保険をはじめ、幅広いトピックで積極的に取組に貢献していきたい。
(※)セブ行動計画
セブ行動計画は2015年APEC財務大臣会合の成果物。柱(pillar)ごとに定められたいくつかの政策について、2025年までに各エコノミーでの実施を慫慂する計画。2016年に採択された「実施戦略」に基づき、各エコノミーは期間(2016~2018、2018~2020)ごとにそれぞれ政策を1~3個選択し実施している。