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コラム 海外経済の潮流 129

コロナ禍での航空業界とその後

大臣官房総合政策課 海外経済調査係 時永 和明

1.新型コロナウイルスの航空業界への影響

2019年11月に中国武漢から感染が広まったとされる、新型コロナウイルス感染症が経済に与えた影響は実に様々である。感染が拡大するにつれ、世界各国で導入された水際対策としての入国制限措置により、多くの航空会社は深刻な打撃を受けている。

IATA(国際航空運送協会)によれば、2020年4月及び5月の世界の航空需要は、有償旅客キロ(RPK:Revenue Passenger-Kilometers(有償旅客数×輸送距離))で見ると、それぞれ前年同月比▲94.3%及び同▲91.3%となり、著しく減少していることが分かる。

世界各国では苦境に立たされる航空会社に関する報道が相次いでおり、人員削減や経営破綻などに追い込まれた企業や、各国政府による資金支援を受け立て直しを図る企業も報道されている。

以下の表は世界各国の航空会社における有償旅客キロの上位10社を表にしたものであるが、米国大手が上位3位を占め、欧州、中国勢が続いている。各国の航空会社の状況を見ていくにあたり、ランキング上位に中国やアラブ首長国連邦の航空会社も見られるが、今回は米国及び欧州の主要な航空会社に焦点を当てて、新型コロナウイルスによる影響と、それに対する政府支援の概要についてみていく。

【図表1】有償旅客キロ(RPK)ランキング(2018年)

2.各国の航空会社の状況

(1)米国

米国では、2月2日から入国制限措置を開始し、過去14日間に中国に滞在歴がある外国人の入国を停止した。3月13日には欧州の大半の国も入国制限措置の対象となり、その後措置の対象となる国の拡大を行った。

米国の主要航空会社3社を見ると、旅客輸送量の減少を受けて2020年第1四半期決算において、アメリカン航空は22億ドルの赤字(前年同期は1.9億ドルの黒字)、ユナイテッド航空は17億ドルの赤字(前年同期は2.9億ドルの黒字)、デルタ航空は5.3億ドルの赤字(前年同期は7.3億ドルの黒字)となり、第2四半期決算においても上記3社それぞれ21億ドルの赤字、16億ドルの赤字、57億ドルの赤字となった。

ユナイテッド航空では7月8日、3万6千人(全従業員の約4割)の人員削減を行う可能性について社内通知を行い、アメリカン航空では7月15日、2万5千人(全従業員の約2割)の削減の可能性について社内通知を行った。また、トランス・ステイツ航空やコンパス・エアラインは新型コロナウイルスを原因として4月にサービスを終了した。以上のように多くの米国の航空会社が甚大な打撃を受けているところ、新型コロナウイルス対策の救済法案(CARES Act)が2020年3月27日米国連邦議会で可決され、この中で航空産業を支える制度として、給与支払支援プログラム及び融資プログラムが措置された。

給与支払支援プログラムは、航空業界の雇用を維持するため、賃金支払に充当することを条件に、政府が資金援助を行う制度であり、4月20日を第一回目の支払日として開始された。対策規模は旅客航空企業向けでは250億ドル、貨物航空企業向けに40億ドル、航空関連企業向けに30億ドルが上限となり、企業ごとの支援金額が一定額を超える場合は、支援金額の30%が返済の必要な融資の形となり、また融資金額の10%相当分の新株予約権等を財務省に対し提供する必要がある。航空大手3社に対する支援状況は以下の通りとなっている。

融資プログラムにおいては、感染拡大の影響を受けた産業への幅広い用途における支援として、政府が融資や融資保証を行う制度である。航空産業向けの対策規模としては、旅客航空企業向けが250億ドル、貨物航空企業向けが40億ドルとなっており、新株予約権等を財務省に対し提供する必要がある。支援状況としては、財務省は7月2日にアメリカン航空を含む計5社、7月7日にはユナイテッド航空やデルタ航空を含む計5社と支援を行うことに合意したと発表された。

いずれの支援プログラムも、雇用について2020年3月24日時点の水準を、2020年9月末まで維持することが求められている。

【図表2】米主要航空3社の四半期ごとの純損益の推移
【図表3】米主要航空3社に対する給与支払支援プログラムの支援状況

(2)ドイツ

EUでは2020年3月17日、EU及びシェンゲン協定*1域外からの不要不急の渡航制限についてEU加盟各国間で合意され、欧州各国で入国制限措置が講じられた。

ドイツのルフトハンザドイツ航空では、感染拡大対策として、ドイツ発のエコノミークラスクラス等で座席の間隔を空ける措置の導入や、マスク着用の義務化を発表した。3月6日には今後数週間で運航便数を最大50%減らすことを公表し、同月11日には3月29日から4月24日の間において、グループ全体で合計2万3千便の欠航を発表した。また、6月15日には2万2千人の従業員が余剰となっていると発表した。

旅客需要の減少に伴い、保有機体数の削減や、旅客機を貨物機に改修し貨物需要増へ対応を図ったりしながらも、2020年第1四半期決算では21億ユーロの赤字(前年同期は3億ユーロの赤字)となった。

ドイツでは、主な企業支援策として、政策金融機関(復興金融公庫:KfW)を通じた融資や、資本強化等のための経済安定化基金の設置などを行っている。

ルフトハンザは3月中旬に、ドイツ連邦政府等に対し資金支援を要請しており、5月25日にはドイツ連邦政府と以下の支援内容で合意に至った。

EUではEU域内市場での競争が歪められないことを確保するため、加盟国による国内事業者への補助を規制しているところ(国家補助規制)、ドイツ連邦政府と合意した上記の支援パッケージは欧州委員会の承認が必要であった。5月30日には取締役会でフランクフルト及びミュンヘンの空港それぞれにおける発着枠の一部を1年半競合他社に譲るという、欧州委員会による支援承認の条件を受け入れる事を決定し、6月25日には欧州委員会により承認。同日臨時株主総会でも可決され、支援が行われることとなった。

【図表4】ルフトハンザに対する資金支援

(3)フランス

フランスでは、4月9日、エールフランス-KLMが、グループ全体での3月の旅客数は前年同月比で▲56.9%となったと発表するなど旅客輸送量の減少が顕著に表れはじめた。

6月30日には航空機製造の大手であるエアバスが、世界全体で従業員の約11%に当たる1万5千人の人員削減を行うと発表。また7月3日、エールフランス-KLMでは今後3年間で約7千6百人の人員削減を行うと発表した。

エールフランス-KLMの2020年第1四半期決算では、18億ユーロの赤字(前年同月は3億ユーロの赤字)となり、需要減少による深刻な打撃を受けていたところ、4月24日に仏経済・財務相は合計70億ユーロの支援を行うことを発表。内容は複数の銀行による政府保証付きの融資40億ユーロと、政府の直接融資30億ユーロである。エールフランス-KLMは5月4日に欧州委員会の承認を受け、同月6日には正式に署名したと発表し、支援を受ける事が決まった。

(4)英国

英国では、国内線で最大シェアを持っていたフライビーが以前から財政難であったところ、新型コロナウイルスを原因とした旅客輸送量の減少により3月5日に経営破綻した。また、4月28日にIAG(インターナショナル・エアラインズ・グループ)は傘下であるBA(ブリティッシュ・エアウェイズ)において最大1万2千人の人員削減を検討していると発表した。

IAGの2020年第1四半期の純損益は14.5億ポンドの赤字となり、前年同期の0.6億ポンドの黒字を下回った。BAに対する政府支援としては、3月17日に導入が公表された、英中銀によるコマーシャルペーパーの買入れファシリティ(CCFF)を利用した3億ポンドの支援を行っているものの、先述のルフトハンザやエールフランス-KLMに対する支援に比べると、規模の小さいものとなっている。

【図表5】ルフトハンザ、エールフランス-KLM、IAGの純損益の推移

3.足元における見通し

以上のように主要航空会社へ様々な支援が行われる中、足元の入国制限状況を見ると、米国では、本稿を執筆している7月31日時点で中国や欧州等からの入国制限が続いている一方、欧州では2020年7月1日からEUおよびシェンゲン協定域外からの渡航制限の段階的な解除を加盟国に求め、加盟各国で段階的な入国制限の撤廃が始まり、航空需要が回復しつつあると報道されている。

しかしながら、IATAは7月28日に新たな今後の見通しを発表し、航空需要が新型コロナウイルスの感染拡大以前の水準に戻るのは2024年頃になるとしており、急激な回復は望めないとみられている。

4.コロナを契機とした新たな成長へ向けた取組み

EUでは、2050年までにEU域内の温室効果ガスの排出が実質ゼロとする気候中立の達成を目指し、カーボン・プライシング、欧州の自然環境保護や、環境面での持続可能な投資計画などを軸とした、「欧州グリーンディール」と呼ばれる新たな成長戦略に取り組んでいる。

仏政府は、これに沿った取組みとして、エールフランス-KLMに対する支援においていくつかの条件を示しており、温室効果ガス削減を目的とした、国内市場で鉄道と競合する近距離フライトの削減、環境負荷の低い機体への移行、2025年までに燃料の2%を持続可能エネルギーへ移行することなどを求めた。

こういった危機によるダメージからの復興と脱炭素社会等の環境への配慮の両立を目指す動きは他でも見られ、オランダ政府によるKLMオランダ航空に対する支援に際しては、CO2排出量の削減等を求めており、オーストリア政府によるオーストリア航空に対する支援においても、CO2排出量の削減のため、鉄道に代替する短距離路線の削減、機体の燃料効率の向上などを求めた。

仏政府は2020年6月9日、危機に陥った企業を支援及び雇用を維持すること、中小・中堅企業の近代化、脱炭素化へ向けた航空機の研究開発などを軸とした、エールフランス-KLMに対する支援を含めた総額150億ユーロ規模の航空業界向けの支援策を発表し、航空業界の復興だけでなく、グリーン化やデジタル化などの取組みを掛け合わせた政策を打ち出した。

ル・メール仏経済・財務省はラジオ番組で「私はこの危機を、我々が経済に対し求めるものを再定義し、環境に配慮したものに置き換える契機になると考えている。」と述べるなど、仏政府としてポストコロナを見据えた姿勢を示ている。

5.終わりに

新型コロナウイルスは航空業界に対し大きな打撃を与え、各国政府は航空会社を支えるため様々な支援を行い、それらの中には今般の危機をきっかけとした新たな成長へ向けた取組みを結び付ける動きもある。

またポストコロナの航空業界のあり方については、新型コロナウイルス発生以前と大きく変わることになるだろう。コロナ禍のビジネスにおいてはオンライン会議が増え、国外への出張頻度は減少し、これが常態化すれば今後ビジネス需要がさらに減少すると思われる。観光需要の割合が増加し、特に国内旅行が増えると想定でき、家族利用などに重点を置いたサービスが求められるかもしれない。

新型コロナウイルスの影響は未だ先が見通せない状況であるが、復興へ向けた取組みの中で各国政府による支援を活用しつつ、持続可能な経済と社会への移行を目指し、新たな未来へ向けた航空業界の成長戦略が求められている。

感染拡大が収束し、航空業界が新たな成長軌道に乗り、以前のように気兼ねなく海外旅行ができる日を筆者は楽しみにしている。

(注)文中、意見に係る部分は全て筆者の私見である。

*1)EU加盟国及びEFTA加盟国間において原則出入国検査なしに自由に往来できるもの。