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IMFテーマ別基金(決定のためのデータ基金)運営委員会議長を終えて

国際局総務課長(前・国際局国際機構課長) 緒方 健太郎

決定のためのデータ基金(D4D:Data for Decisions Fund)は、低所得国や低中所得国等の政策当局に対し、マクロ経済政策の実施能力を高めるため、それらの国における統計の質、量、公表頻度等の向上を目的とした能力開発の提供を目的として、IMFが運営するテーマ別基金の一つであり、日本はG20日本議長国下において本基金への拠出を決め、2019年1月から2020年6月までその運営委員会議長を務めた。

以下、本稿では、IMFが行う統計分野の能力開発、本基金の概要、及び議長としての1年半の経験を紹介したい。

1.IMFによる統計分野の能力開発

途上国の多くで、エビデンスに基づいた政策決定を行うために必要な公的統計データを作成するための当局の能力が不足している中、IMFは、全世界の統計分野の能力開発(2015~2017年)の実施規模において第4位(世界銀行28%、Eurostat/EC20%、米国9%、IMF5%)に位置している*1。具体的には、各国のデータ作成当局に対する経済・金融統計関係の技術支援や、セミナーやワークショップの開催を通じたpeer-to-peer learningによる知識の共有により、加盟国の経済・金融統計の整備・普及を図るほか、定期的に統計データ(例えば、国際収支統計)に関するマニュアルを改訂することにより、世界の統計データギャップを埋めるべく貢献してきている。今般の新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大する状況下において、公的統計作成・公表を中断せざるを得ない状況(例えば、家計・企業に対する標本調査において物理的な訪問調査が出来ない、調査票に回答するためのリソースを持ち合わせていない等)、また、タイムリー(年次ではなく四半期、月次と高頻度)な更新をしていないために、新型コロナウイルス感染症が与える影響を的確に把握できないといった事態に直面する中、2020年3月中旬から4月末にかけて、102か国にのぼる国がIMFから統計に関する助言を受けている。

2.決定のためのデータ基金(D4D:Data for Decisions Fund)の概要

2018年6月、IMFは、上記のようなIMFによる統計分野の能力開発を一層後押しするため、D4Dを設置。主にアフリカ、アジア、中東・中央アジア地域を中心とした低所得国及び低中所得国向けに、エビデンスに基づくマクロ経済政策実施能力を向上させ、ひいては持続的な開発目標(SDGs)の達成を支援することを目的に、より多く、より質の高いデータを作成するための能力開発を提供している。

2019年の日本議長国下でのG20プライオリティの1つとして、「低所得国における債務透明性の向上及び債務持続可能性の確保」が挙げられているが、D4Dは、世銀のマルチドナー基金である債務管理ファシリティ(DMF:Debt Management Facility)と合わせ、そのプライオリティの実施手段であるIMF・世銀のmulti-pronged approachにおける債務の透明性向上の取組の具体的ツールとして位置付けられた(参考図後掲)。具体的には、政府財政統計(GFS:Government Finance Statistics)や公的部門債務統計(PSDS:Public-Sector Debt Statistics)の作成ノウハウの普及を通じた統計データギャップ解消、債務透明性の向上を図るために重要な国営企業や偶発債務のデータ等まで統計のカバレッジを広げるといった取組を重点項目として掲げた。こうした方向性は、債務透明性の向上を通じた債務持続可能性の確保という日本の重視する政策目標の実現にも資することから、日本は、本基金への貢献を決めトップ・ドナーとなり、運営に積極的に関与すべく、2019年1月の運営委員会では、議長に立候補し、選任された。また、同委員会では債務関連の優先度を上げることも合意した。

D4Dでは以下の4つのモジュールにより支援を実施してきている。なお、2020年5月以降の18か月間の事業計画では、オンサイト・オフサイト(リモート)を組み合わせた支援を展開していく予定である。

モジュール1:データの質向上

・本モジュールがD4Dの全体活動の3分の2弱を占める。マクロ経済統計の柱である(実質部門、対外部門及び政府財政部門の)3つの統計について、国内法令の整備等を通じたデータソースの収集強化、公表頻度の改善を支援することで、より質の高いデータ提供を慫慂する。

モジュール2:金融市場アクセスに関するサーベイ(FAS:Financial Access Survey)

・当局及び分析者に189か国をカバーする金融包括データベースを通じて質の高いデータを提供するため、FASを改善し、その対象を、男女別統計や金融アクセスに係るコスト等、新たな分野に拡大するほか、SDGsの金融包括指標を測定するためのモニタリング基盤を提供する。

モジュール3:オンライン・ラーニング

・IMFのオンライン・ラーニングは2014年に立ち上げられ、無償で、誰でも、何時でもマクロ経済の研修を受けられる*2。D4Dはその中でも統計分野に焦点を当てたコース開発と運営を支援しており、PSDSのコースを2019年9月に立ち上げ、2020年末までにGFS及び国際収支・国際投資ポジション統計(BOP-IIPs)、また2021年末までに国民経済計算コースの開始を予定している。複数言語で受講でき、政府当局職員を中心に多くの方に活用されている。

モジュール4:統計情報管理

・データソースの収集、加工、解析、公表に至るまでの一連の統計管理プロセスの改善を図るための統計関連のインフラの合理化、標準化及び自動化のための助言等を提供する。

図:低所得国の債務の持続可能性と透明性(G20の取組)

3.運営委員会議長として

運営委員会は、基本的に年1回開催され、ドナー国及びIMFが集い、D4Dを通じて行う政策の優先分野や対象国、あるいは実施方針等の戦略的ガイダンスを策定の上、年間の事業計画及び予算を承認する。その中でも議長は、ドナー国とIMF事務局(統計局)を橋渡しする役割を担い、運営委員会の開催時期、アジェンダや議決事項の調整を行うことになる。また、事業計画に予定されていない個別事案が生じたといった場合、IMF事務局と連絡を取り合い調整することもある。

2020年4月15日、G20財務大臣・中央銀行総裁会議及びパリクラブにおいて、新型コロナウイルス感染症拡大による影響に対し、とりわけ保健・衛生面及び経済面で脆弱な最貧国の感染症対策と経済基盤の維持を図るため、最貧国の公的債務の支払を猶予する債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)が合意されたが、その実施過程では改めて債務の透明性向上の重要性が再認識されるとともに、D4Dがこの分野で更なる貢献を果たすことが期待されている(下記G7声明参照)。

(参考)債務の透明性及び持続可能性に関するG7財務大臣声明(仮訳)(2020年6月3日)(抜粋)

我々はDSSIにおいて債務の透明性に焦点をあてることを歓迎する。なぜなら、債務の透明性は債務持続可能性と経済成長にとって不可欠だからである。我々は、債務の報告を強化するというDSSIの受益国によるコミットメントを強く支持する。これにより、より良い情報に基づく投資判断を促進し、公的な説明責任を高め、長期の持続可能な開発をサポートすることとなる。我々は、国際通貨基金(IMF)と世界銀行グループが、債権者の参加、公的債務の開示、及び追加的な財政余地の利用を監視することを歓迎し、それらの結果の公表を期待する。

DSSIを越えて、国際金融機関は、新たに生じつつある債務脆弱性に対処するためのIMFと世界銀行による「様々な角度からのアプローチ」の枠組みに示されているように、債務国が債務の透明性及び持続可能性を促進するための取組を改善するのを助ける重要な役割を持つ。我々は、外部の債権者の内訳及びより完全な偶発債務、国有企業債務、担保付貸付の捕捉を含め、債務持続可能性分析において利用される債務データの公表の強化に向けて、国際金融機関、債務者、及び債権者が協働することを求める。国際金融機関は、公的債務の開示の強化、必要に応じた非譲許的借入の制限、債務脆弱性の低減に向けた債務国の取組を促し支援することができる。

我々はまた、国際金融機関が公的債務の脆弱性を低減させ、債務管理能力を強化し、債務報告の取組を向上させるための技術支援を提供する努力を強化することを期待する。

この点に関し、我々は、世界銀行とIMFの債務管理ファシリティ第3フェーズ及びIMFの決定のためのデータ基金への新たな支援を歓迎する。

そのような状況下で、2020年6月、新型コロナウイルス感染症の影響によりビデオ会議で開催することになった本年の運営委員会では、事前の資料共有や意見・質問の提出等の工夫により効率化を図りつつ、低所得国の公的債務残高の高まりを受けて、公的統計の債務透明性の重要性を参加者間で確認するとともに、経済活動の正常化への見通しが難しい中、各国のニーズに応じて柔軟に能力開発の提供を可能とするための予算枠の設定や事業計画の変更手続きの簡略化等を、議長として提案、承認された。ビデオ会議の最後では、次期議長であるオランダに無事に襷を渡し、IMFや参加国から謝意を伝えられ、国際場裡での日本のプレゼンスを示す貴重な機会になった。このようなプレゼンスの蓄積を活かし、今後も債務の透明性向上、債務持続可能性の確保に向けた国際的議論のリードに繋げていくこととしたい。また、D4Dを通じて統計に関する途上国支援を始めた経験として、経済・金融統計の整備と普及には、被支援国の強力なオーナーシップとシステミックな改革努力が必要であり、また、一朝一夕で解決するものではなく、腰を据えた取り組みが必要である点を今後の教訓として強調したい。

*1)Paris21 2019 Partner Report on Support to Statistics

*2)利用にあたっては、こちらのURLを参照されたい(https://www.edx.org/school/imfx)