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新々 私の週末料理日記 その38

6月△日日曜日

週末の朝の日課の散歩と買い物を済ませて、一風呂浴びて新聞を一通り眺めたら、何やら腹がすいてきたので、早お昼に冷やし中華を食べる。具には既製品のスモークした鶏ささみと茹で卵ときゅうりとキムチ。唐辛子を漬けた酢と市販のごまだれと醤油を適当にかけまわして食べれば、いと美味し。思わずもう一玉麺を茹でる。

腹がくちくなれば横になりたくなるが、ここで昼寝に入ると夜眠れなくなる。テレビでも観ようかと思うが、女房子供が情報提供番組というのだろうか、私にはおよそ興味がわかない番組を延々と観ている。仕方がない。ここで下手に文句をつけると、今後のテレビのチャンネル争い上不利になる。

最近コロナ自粛でほぼ毎日夕食を家でとるものだから、晩のテレビのチャンネルの主導権争いは熾烈である。私はニュースと時代劇しか観ないのだが、家の者たちは愚にもつかないバラエティ番組を見たがる。夕食後に、私がくつろいでノーマルサイズ(画面の横縦比4:3。現在の16:9のワイドサイズのテレビ画面で見ると画面の両側に黒い余白部分がでるサイズ)で収録された昭和の時代劇を観ていると、舌打ちとともに「毎度同じ筋なのに何が面白いんだ」と吐き捨てるような非難が浴びせられる。「以前のように飲み歩いて遅くなってから帰ってほしい」とまで言われるが、かえってそういう厳しい環境下ほど鬼平犯科帳や座頭市の世界により深く没入できるというものだ。

たしかにテレビの時代劇は、基本的に勧善懲悪、一話完結なので、似たような筋で先が見える展開になりやすい。しかし、そういうお決まりがあるから、時代劇は安心感をもって観ていられるのだ。一定の枠の中で、筋書きにどう趣向が凝らされているか、人情の機微がどう織りなされているか、役者の個性・持ち味がどう活かされているかといったあたりが、テレビ時代劇鑑賞の醍醐味なのである。

先日観たのは、堅物の筆頭老中が「ご改革」に邁進して奢侈贅沢禁止令を発し、酒や高級衣料から櫛かんざし、芝居や貸本、見世物興行までご禁制になるという話だった。その裏で、悪知恵たけた町奉行と大商人が、闇で酒やら何やらを売ってあくどく儲けるわけだが、当然のことながら主人公がバッタバッタと退治する。結末は、主人公に諭された老中が「ご改革」を緩和して、庶民のささやかな贅沢は復活されるという結構なストーリーなのであるが、途中の主人公と筆頭老中の会話が面白かった。

真面目な主人公は、「悪法でも法は法」と、闇で酒を買ったり、隠れて見世物興行をする周囲をたしなめる一方で、筆頭老中に「庶民が一日の勤労の疲れを忘れるために茶碗一杯の酒を飲むのが、許されない贅沢とは思えませぬ」と問う。老中は「酒は飲まなくても生きていける」と答える。さらに「わずか20銭の木戸銭の興業がなぜ禁止されねばならぬのですか」と問うと、答えて曰く「不要不急」。劇中では老中が、規制が闇を生むという禁止令の弊害を悟り、演芸の隠れ興業に庶民が喜ぶ様を見て娯楽の意義を知って考えを変えるのだが、この問答は考えてみるとなかなか難しい。

財政であれ個人の家計であれ、赤字であれば収入を増やすか支出を削るしかない。収入が増やせなければ支出を抑えるほかなく、何を切り詰めるか優先順位づけしなければならない。政府の支出なら、政府が優先順位をつけるのが当然だろうが、家計すなわち個人消費の優先順位づけは難しい。政府が一律に決めてよいのだろうか。不要不急の基準は何か。奢侈品と生活必需品を区分する尺度は何なのか。

そもそも経済政策として、庶民の贅沢禁止つまり家計支出の切りつめに意味あるのだろうか。庶民までが贅沢をするので諸色(しょしき)高直(こうじき)(物価高騰)となり、米増産で米価が下落する中で、収入を米に依存する幕府や武士が物価高で困窮するから贅沢を禁止しようという論法なのだろうが、迂遠すぎないか。商人の所得に課税したり、財産課税した方が有効かつ公平ではないか…。情報提供番組とやらの音声を聞きながら、とりとめもないことを考えているうちに結局うつらうつらしてしまった。

目を覚ますともう夕方。今晩は家の者たちが、サラダと茄子の焼びたしと鰯のパン粉焼きを作るという。結構なことであるが、飯の菜にはちと心細いので、私は豚のスライス肉をカリカリに炒めて、人参といんげんと炒り合わせて韓国風に味付けることにする。夕食は、カリカリ炒めで大いに飯が進み、いい年齢をしてどんぶり飯を2杯半も食べてしまった。

食後報道番組を見ながらひとしきり世の中を慨嘆してから、入浴して坊主頭を丁寧に剃り上げたら、もう11時近い。明日の出勤に備えて寝床に入らないといけない時刻なのだが、昼食後不覚にも長々と昼寝をしてしまったので、まったく眠くならない。仕方がないので、ネット配信の映画を見ることにする。月形龍之介主演の「水戸黄門」にするか、ジョン・フォード監督の「肉弾鬼中隊」か、それとも川島雄三監督の「洲崎パラダイス赤信号」か。散々迷った挙句「洲崎パラダイス赤信号」にする。

昭和31年7月、翌年4月の売春防止法施行間近で公開された映画である。冒頭、愚図で覇気のない義治(三橋達也)と堅気女には見えない蔦枝(新珠三千代)が、勝鬨橋の上で「これからどうする」「どうするって、お金60円しかないのよ」と思案している。結局二人はバスに乗り、蔦枝がかつて籍を置いていたらしい洲崎パラダイスの近くで降り、遊郭の入り口にある居酒屋「千草」に入る。店の女主人お徳(轟夕起子)は、夫が若い娼婦と駆け落ちしてしまい、女手ひとつで幼い息子二人を育てている。蔦枝は千草で働き、義治はお徳の紹介で近くのそば屋「だまされ屋」の住み込み店員となる。人あしらいのうまい蔦枝は、赤線の往来に寄る客たちの人気を集め、いつもスクーターでやってくる神田のラジオ商、落合(河津清三郎)に気に入られアパートに囲われる。

そんな中、女と出奔していたお徳の夫伝七が姿を現すが、お徳は何も言わず家に入れる。蔦枝の件で怒って飛び出した義治が落合を探し疲れて千草に戻ると、お徳から「だまされ屋」の気立てのいい店員玉子(芦川いづみ)と一緒になれと勧められ、義治も真面目になろうと思い始める。

ある日、落合にも飽きた蔦枝が千草に戻る。お徳に「義治と一緒にいたときは、落合のスクーターの音がすると、どんなにクサクサしててもパーッと気分が晴れたの。ところが落合と一緒になってみると、そば屋の出前持ちが通るたび、みんな義治に見えちゃうの」とあっけらかんと話す。

その晩、パトカーがサイレンを鳴らして神社に向かう。現場には野次馬に交じって義治とお徳がいた。伝七が一緒に逃げた女に殺されたのだ。お徳が泣き崩れているところへ蔦枝が現れ、義治とお互いを見つめ合う。その晩、二人は洲崎を出る。

数日後、出張から帰ってきた落合が千草に寄る。「(伝七のことは)大変だったね。まあ、初めから帰って来なかったと思えばいいじゃないか」と無神経な言いぶりながらお徳を慰めた後、「ところで」と蔦枝の消息を訪ねる。「また前の男と一緒になってどっか行っちまいましたよ。…あれも悪い子じゃないんですけど、ひっかかるだけあなたの損でしたよ」と言うお徳に、落合は「アパートの権利…着物と…諸雑費とともにざっと10万円の損か」と笑う。一方義治と蔦枝は勝鬨橋の上で、これからどうしようかと映画冒頭同様の応答を繰り返している。蔦枝が「今度はあんたの方から先言ってよ。あんた行くとこついてくからさあ」と言うと、義治は「それじゃ行こう」と彼女の手を引いて、バスに走っていくのだった。

別れないとだめになるとわかっていながら別れられない男女の腐れ縁がテーマの映画なのだが、後味は悪くない。昭和30年代、すなわち明日は今日よりもよくなる時代の活力を感じた。登場人物中、私はラジオ商の落合が気に入っている。彼の明るい俗物ぶりが好きだ。彼の人物像に、劇中勝鬨橋をひっきりなしに通過するダンプカーの列以上に、高度経済成長を予兆させるものをみたと言えば、少々理屈っぽいか。

監督の川島雄三は、多作と豪遊で知られ、作家の織田作之助と親交があり、日本軽佻派を名乗っていた。井伏鱒二が于武陵の詩中の「人生別離足る」という句を訳した「サヨナラダケガ人生ダ」という一節をこよなく愛したという。45歳で急逝した川島自身は、この映画について、「自作を語る」(「サヨナラだけが人生だ 映画監督川島雄三の生涯/今村昌平編、ノーベル書房」収録)の中で、「自分では好きな作品です。『幕末太陽伝』が僕の代表作ということになってますが、自分としては本来、こういう作品の方が好きです」と語っている。フランキー堺主演の「幕末太陽伝」も、私の好きな映画である。石原裕次郎の高杉晋作はあまりいただけないが。

ところで「洲崎パラダイス赤信号」の「赤信号」は何を意味するのだろうか。売春防止法施行を控えて洲崎遊郭ももう先行きがないということか。それとも蔦枝が、洲崎パラダイスの中には入らず(=娼婦稼業には戻らず)、ぎりぎり遊郭入り口の居酒屋で足を止めたという意味なのか。

川島ワールドに浸っているうちにすっかり深夜になってしまった。明日は一日眠気に耐えるのに苦労しそうだ。

豚肉のカリカリ炒めのレシピ(4人分)

〈材料〉 豚ロース(肩肉でも小間でも可)スライス400g(2cm幅程度に切る)、人参中1本(1cm角ぐらいの粗みじん切り)、いんげん10本(1cm幅程度に切る)、市販の焼き肉のたれ(大匙4)、市販のキムチの素(大匙2)

(1)フライパンにサラダ油、ごま油各大匙1をひき、中火で豚肉をほぐしながら炒める。ベーコンをカリカリに炒めるイメージ。豚肉が濃いきつね色になるまで炒めたら、キッチンペーパーを敷いたバットの上にあける。フライパンをペーパータオルで軽くぬぐって油をある程度取る。

(2)フライパンに人参を入れ、中火で1分炒めたらいんげんを投入し、2分炒める。

(3)豚肉を再度投入し、さらに1分炒め、焼肉のたれとキムチの素を投入し、よく混ぜながら1分炒めたら完成。好みでいりごまを振る。

 *上記では韓国風の味付けにしたが、醤油と砂糖と生姜で和風にしてもおいしい。ナンプラーとかケチャップとか使っても面白そうだ。

**好みで長芋を1センチ角ぐらいの賽の目に切って入れてもおいしい。火が入りすぎないよう(3)で豚肉と同時に加えること。