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シリーズ日本経済を考える102

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大後の産業構造の方向性*1―日本企業の労働生産性を踏まえた分析―

財務総合政策研究所 総括主任研究官 奥 愛
前財務総合政策研究所 研究員 井上 俊
財務総合政策研究所 財政経済計量分析室員 升井 翼

1.レジリエントな産業構造とする必要性*1

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の影響を受け、IMFのWorld Economic Outlook(June 2020)による日本経済の2020年実質GDP成長率の見通しは▲5.8%となっている。後退すると見込まれる経済を回復させるために、まずは感染症拡大を早期に収束させる必要がある。これに加え、日本の場合は、人口減少・超高齢化という構造的な課題にも対応していかなければならない。これらの問題に直面する中で、どのように経済を成長させていくのかを検討していくことは、わが国にとって重要な政策課題である。

人口減少下において持続的な経済成長を実現するためには、労働生産性の向上が必須であり、また感染症に対するレジリエンスを高めるという観点からも重要な論点である。目下のところ喫緊の課題となっている感染症の拡大により、労働集約的な産業や低賃金の産業は、特に感染症拡大の影響が大きいと考えられる*2。さらに、人口減少はもとより、感染症拡大の影響も中長期にわたって経済に影響を与えるおそれがあることから、今後は他人との接触を減らす工夫をしつつ、労働生産性を今まで以上に引き上げていく必要がある。そのためには、ICTを活用したビジネスモデルをさらに構築していくことが求められる。

2.先行研究と本稿の位置づけ

日本の生産性について最近の研究をみると、アトキンソン(2019、2020)は、主要国との比較や海外の先行研究を広くレビューしたうえで、日本の生産性が低いのは規模が小さい企業の割合が大きいことが主な原因であるとし、企業規模を大きくしていく必要性を強調している。

企業規模を大きくしていくことと労働生産性の関係については、日本企業の個票データを用いた研究が最近蓄積されている。まず、滝澤(2020)は、『株式会社東京商工リサーチ(TSR)』(2015年1月期~2018年12月期決算)から取得した個票データを用いて、売上高ベースで企業規模を分けて分析した結果、企業規模が大きいほど労働生産性が高いという結果を得ていることに加え、製造業は非製造業に比して平均的に高い労働生産性を示す一方で、非製造業は産業間で労働生産性のばらつきが相対的に大きく、異質性が高いことを指摘している。

次に、奥・井上・升井(2020)は、『平成30年(2018年)度 法人企業統計調査』の年次別調査の個票データを用いて、従業員数をベースに企業規模を分けて分析した結果、企業規模が大きいほど1人当たりの賃金、労働生産性がともに高いが、サービス業は製造業ほど企業規模との相関が強くないことや、製造業、サービス業とも、労働生産性と1人当たりの賃金は正の相関がある、といった結果を得ている。

さらに、2020年版の『中小企業白書』では、『平成28年(2016年) 経済センサス-活動調査』の個票データを用いて、中小企業基本法での中小企業の定義(資本金、常時雇用する従業員)をベースに企業規模を分けて労働生産性について分析をした結果、企業規模が大きくなるにつれて労働生産性が高くなっているが、労働生産性の規模間格差は業種によって大きく異なることを指摘している*3。

これらの日本の企業データを用いた一連の研究の結果は、企業規模と労働生産性に正の相関がみられるが、その相関の強さは業種間で異なることを示している。他方で、これらの先行研究は、企業の「規模」と労働生産性の関係を分析しているが、何を「規模」の基準として用いているかがそれぞれ異なっている。そこで本稿では、アトキンソン(2019、2020)や奥・井上・升井(2020)で用いているように、従業員数をベースにした企業規模を用いる。

3.日本企業の労働生産性に関する分析

3.1 業種別・企業規模別の従業員数

まず、日本の産業構造として、それぞれの業種においてどのくらいの労働者がどの程度の規模の企業で働いているかを把握したものが(図表1.業種別・企業規模別の従業員数)である*4。例えば、「情報通信業」では、500人以上の企業で働いている従業員が全体の約半分を占めている。一方、「建設業」をみると、従業員数1~4人の小規模企業で働く従業員の割合が1割超と比較的高い。このように、従業員が大企業に集中している業種と、多数の中小規模企業が存在する業種があり、業種により企業の規模にばらつきが大きいことが確認できる。

図表1.業種別・企業規模別の従業員数

3.2 業種別・企業規模別の労働生産性

本稿では、労働生産性を分析するために、『平成28年(2016年) 経済センサス-活動調査』(調査期間:2015年1月から12月まで)の個票データを用いた。企業規模(従業員数)ごとに分けて各企業の労働生産性の平均を示した結果が(図表2.業種別・企業規模別の労働生産性の水準比較)である。

まず、業種別の労働生産性の水準をみると、労働生産性が高い業種がある一方、「小売業」、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」、「宿泊業」は労働生産性の水準が比較的低い。

次に、企業規模に着目すると、企業規模が大きくなると、労働生産性の水準が総じて高くなる傾向がある。その中でも、「製造業」、「情報通信業」、「卸売業」、「建設業」は、企業規模と労働生産性との正の相関が強く、企業規模が大きくなればなるほど労働生産性が高くなっている。そのほか、「宿泊業」は、労働生産性の水準は低いものの、企業規模と労働生産性との正の相関が確認できる。

一方、「小売業」、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」は、企業規模と労働生産性との相関が弱い。具体的には、「小売業」は従業員数250~499人がピーク、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」は従業員数50~99人がピークで、一定の規模までは労働生産性が高くなっているが、それ以上の規模になると低下している。

これらの結果から、労働生産性は企業規模と関係している傾向が総じてみられるものの、業種によっては一定以上の規模になると当てはまらないことがわかった。では、なぜ「小売業」、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」は、企業規模と労働生産性の関係がそれほど強くないのか。その背景について以下で検討する。

図表2.業種別・企業規模別の労働生産性の水準比較

3.3 業種別・企業規模別の正社員比率

雇用形態の違いに着目し、業種別・規模別に各企業の正社員比率の平均を確認したものが(図表3.業種別・企業規模別の正社員比率の比較)である*5。

まず、業種別で確認すると、正社員比率が比較的高い業種がある一方、「小売業」、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」、「宿泊業」は正社員比率が比較的低く、上記3.2で分析した労働生産性が比較的低い業種とほぼ同様である。

次に、同じ業種のなかで企業規模ごとの正社員比率を確認したところ、「製造業」は総じて企業規模が大きくなるほど正社員比率が高まっている。また、「情報通信業」や「建設業」は企業規模が大きくなるほど正社員比率が緩やかに高まりほぼ横ばいとなっている。他方、正社員比率が低い「小売業」は企業規模ごとにばらつきが生じており、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」は企業規模が大きくなると正社員比率が総じて下がっている。これらの結果から、正社員比率の違いによる正社員と非正規社員の賃金等の待遇格差が、労働生産性の違いの背景にあるのではないかと考えられる。

ここで小括すると、企業規模と労働生産性には多くの業種で正の相関がみられたが、全ての業種で一律に当てはまるわけではないことも明らかとなった。他の業種と比較して労働生産性が低い「小売業」、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」のように、企業規模が一定以上に大きくなると労働生産性が下がる業種があり、正社員比率の違いが背景の一つとして考えられることが分析結果から示唆された。

図表3.業種別・企業規模別の正社員比率の比較

4.日本企業のICT投資に関する分析

感染症拡大の影響が長期化することを想定したうえで労働生産性の向上に取り組むためには、できるだけ人と接触しないビジネスモデルを構築することが重要である。そして、その実現にはリモートで仕事ができる環境の整備のためのICT投資を推し進める必要がある。

ICT投資の拡充は労働生産性の向上にも効果があることが指摘されている(財務総合政策研究所(2017))。日本のICT投資と労働生産性の関係を確認するために、本稿では『平成30年(2018年)度 法人企業統計調査』の個票データを用いて、製造業とサービス業に分けたうえで、各企業の1人当たりのソフトウェア投資額をICT装備率とし、ICT装備率の低い企業から高い企業に順に並べた上で5つのグループに区分して、それぞれの労働生産性を計算した(図表4.業種別のICT装備率に応じた労働生産性(平均値))*6。これをみると、ICT装備率が高ければ高いほど、製造業とサービス業ともに、労働生産性が高くなっていることが確認できる*7。

業種別にICT装備率を確認してみると(図表5)、「情報通信業」が最も大きい。一方、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」、「運輸業、郵便業」が比較的小さい。このように業種間でばらつきが見られるが、これは業務の特性によるところが大きいと考えられる。

なお、ICTを利用した業務として在宅勤務(テレワーク)があるが、新型コロナウイルス感染拡大後の産業別の適用状況を見ると、「情報サービス」が高い一方で、「運輸」、「飲食業・宿泊業」は低くなるという、(図表5.業種別のICT装備率(平均値))と同様の傾向が慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室/公益財団法人NIRA 総合研究開発機構によるアンケート調査で明らかとなっている*8。これも上記と同様に業務の特性によるところが大きいと考えられるが、感染症の拡大抑制の観点から、例えば業種が同じでも職務によってテレワーク導入の可能性を模索するなど、個々の事情に応じて可能な限り活用していくことができれば、エッセンシャルワーカーも含めた業務の負担軽減にもつながると考えられる。

図表4.業種別のICT装備率に応じた労働生産性(平均値)

図表5.業種別のICT装備率(平均値)

5.まとめ

本稿では、企業を規模別・業種別に分けて分析を行った結果、(1)企業規模が大きくなると労働生産性が高まる傾向があること、(2)企業規模が大きくなっても労働生産性が必ずしも高くならない業種がある背景の一つとして正社員比率の違いが考えられること、(3)ICT装備率が高まるほど労働生産性が高まっていることを確認した。

これらの結果を踏まえると、今後の日本経済のあり方について検討する場合、企業規模が一つの重要な要素であると考えられ、とりわけ小規模企業が多い業種ほどその取組みの余地が大きい。また、正社員比率の差が労働生産性の差の一つの背景にある可能性も考えられ、例えば、正社員と非正規社員の待遇等の差について望ましい形に向けて議論していくことも有用であろう。さらに、新型コロナウイルス感染症が拡大した影響に加え、人口減少に直面する日本にとって、労働生産性を高めることにつながるICT化をさらに推し進めていくことも重要である。

*1)本稿内容は筆者らの個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。

*2)ILO(2020)p.5.

*3)中小企業庁(2020)98-100頁。

*4)本稿で用いたサービス業には、「情報通信業」、「卸売業」、「小売業」、「飲食店、持ち帰り・配達飲食サービス業」、「宿泊業」、「運輸業、郵便業」、「物品賃貸業」、「生活関連サービス業」、「学術研究、専門・技術サービス業」、「職業紹介・労働者派遣業」、「その他のサービス業」が含まれる。また、「医療・福祉」は、公定価格が定められているなど業種特有の事情があることや、医療から福祉まで幅広い業種が1つのカテゴリーに含まれていることから振れが大きいため、本稿では分析対象とはせずに参考数値として掲載する。

*5)本稿では、『平成28年(2016年)経済センサス-活動調査』における常用雇用者のうち正社員・正職員として処遇している人の割合を正社員比率とした。

*6)ICT投資の代理指標として、法人企業統計調査のソフトウェア投資額を使用した。また、ICT装備率の算出には以下の式を用いている。ICT装備率=(前期末のソフトウェア+当期末のソフトウェア)÷2/従業員数 なお、データはソフトウェア投資額に記載がある8,866社の集計であるが、企業によってはソフトウェアを有形固定資産と一体のものとしておりソフトウェア投資額の記載がない場合があるため、実際のICT投資額より少ない可能性が考えられる。

*7)宮川・滝澤・宮川(2020)でも、労働生産性とIT投資比率との間にプラスの相関がみられたとの結果を得ている。

*8)慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室・公益財団法人NIRA 総合研究開発機構(2020)。

参考文献

アトキンソン, デービッド(2019)『国運の分岐点』講談社+α新書。

アトキンソン, デービッド(2020)『日本企業の勝算』東洋経済新報社。

奥愛・井上俊・升井翼(2020)「企業規模と賃金、労働生産性の関係に関する分析」,『ファイナンス』Vol.55 No.12, 2020年3月号, 62~69頁。

慶應義塾大学経済学部大久保敏弘研究室・公益財団法人NIRA 総合研究開発機構(2020)「『新型コロナウイルスの感染拡大がテレワークを活用した働き方、生活・意識などに及ぼす影響に関するアンケート調査』に関する報告書」。

財務総合政策研究所(2017)『企業の投資戦略に関する研究会―イノベーションに向けて―報告書』。

滝澤美帆(2020)「企業レベルデータに基づく日本の労働生産性に関する考察」『人口減少と経済成長に関する研究会報告書』財務総合政策研究所。

中小企業庁(2020)『中小企業白書』2020年版。

広木隆(2020)「コロナ禍で評価を高める企業 IT投資に注目」(日本経済新聞電子版 2020年5月15日付)。

宮川努・滝澤美帆・宮川大介(2020)「日本のIT投資は生産性向上に寄与しているのか?~『生産性向上につながるITと人材に関する調査』から見えてくるもの~」生産性レポートVol.14, 2020年6月。

ILO (2020) “ILO Monitor:COVID-19 and the world of work. 2nd edition, updated estimates and analysis,”(7 April 2020).