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ボラティリティ・スマイルとスキュー―日本国債市場における正規分布から乖離した動きについて―

財務総合政策研究所研究員 服部 孝洋

1.はじめに

服部(2020a,b)では国債先物オプションに関する基礎事項について確認しました。オプションから得られるリスク量はオプションの価格から示唆(インプライ)されるボラティリティであることから、インプライド・ボラティリティ(IV)と呼ばれています。オプション価格からIVを算出するにはモデルが必要になりますが、ブラック76モデルと呼ばれる正規分布に基づくモデルが商慣行として用いられています。

先物価格や金利の変化に正規分布を想定する直感的なイメージは、(1)平均的なことが起こりやすく、(2)価格や金利の上昇・下落がバランスよく発生し、かつ、(3)急騰や暴落はあまり起こらない、というものです。もっとも、実際の先物価格や金利変化は正規分布とは異なるものです。特に問題であることは、オプションの売り手が正規分布に基づいて判断すると、例えば価格の暴落(金利の急騰)*1を過小評価してしまう可能性がある点です。この問題は1987年において米国で経験した株価の暴落、いわゆるブラック・マンデーを契機に意識されるようになりました*2。実際の市場では正規分布では想定されないような頻度で暴落が発生することが広く認識されるようになったわけです。このような問題に対して、市場参加者は、オプションの中でも、暴落を保証するオプションに追加的なプレミアムをのせるかたちでこれに対応しました*3。これがボラティリティ・スマイルと呼ばれる現象です。

本稿では、先物価格や金利の変化が正規分布から外れる世界について、ボラティリティ・スマイルの観点から考えていきます。服部(2020a)では金利急騰リスクを把握するうえでIVの有益性を強調しましたが、ボラティリティ・スマイルを理解することにより、正規分布から外れるような暴落や急騰について市場参加者がどのような予想をしているかを把握することができます。特に金融市場では、資産価格の変化が正規分布から非対称にずれる現象(特に価格の急騰より暴落のほうが起こりやすい現象)を統計学の用語を援用し「スキュー」と表現します。著名な投資家であるナーシム・タレブ氏が正規分布で説明できないような極端な現象を「ブラック・スワン」と呼んだことから、スキュー指数は「ブラック・スワン指数」と呼ばれることもあります。本稿では服部(2020a、b)で記載した内容を前提としますので、そちらの文献も適時参照いただければ幸いです。

2.権利行使価格とIVの関係:スマイル・カーブとスキュー

2.1 正規分布からの乖離:スキューとカートシス

服部(2020a)では正規分布を想定するブラック76モデルに基づき金利リスクについて考えてきましたが、本稿では先物価格や金利の変化が正規分布に従わない可能性について考えていきます。最初に、先物価格や金利の変化が正規分布からどのように外れているかについてデータで確認してみましょう。

金融データがどの程度正規分布から乖離するかを把握する概念として、統計学には、「歪度(Skew, スキュー)」と「尖度(Kurtosis, カートシス)」という概念があります*4。「スキュー」は図1.歪度(スキュー)と尖度(カートシス)のイメージの左図のように金利変化が正規分布から左右にどの程度乖離するかという非対称性をとらえる指標になります。詳細な議論は統計学のテキストに譲りますが、横軸を先物価格の変化率(金利の変化)とするならば、図1の左図のようにスキューが負(正)の場合、平均からみて暴落(急騰)の方が起こりやすい分布を想定します(正規分布のように左右対称であればスキューは0になります)。一方、カートシスは図1.歪度(スキュー)と尖度(カートシス)のイメージの右側のように正規分布からどの程度裾が厚いかを示します。具体的にはカートシスが3を超えた場合、正規分布より裾が厚く(すなわち平均から大きく外れた事象が正規分布より起こりやすく)、3を下回った場合は裾が薄いことを示します(正規分布であればカートシスは3になります)*5。

それではスキューとカートシスを用いて国債先物の価格変化や国債の金利変化がどのように正規分布から乖離しているかについて確認しましょう。表1.国債先物および現物国債のスキューとカートシスは2000年以降の日次ベースでみた国債先物と日本国債(5年、10年、20年)のデータを用いてスキューとカートシスを計算した結果を示しています(国債先物は価格の変化率、日本国債については金利の変化をみています)。まず、国債先物をみると、スキューは負の値をとっていますから、図1.歪度(スキュー)と尖度(カートシス)のイメージを考えると、価格の急騰より暴落が起こりやすいことがわかります。また、表1.国債先物および現物国債のスキューとカートシスには国債現物の金利変化のスキューの記載もされていますが、こちらは逆に正の値をとっており、金利の急騰が起こりやすいことを意味しています。債券では価格と金利が逆方向の動きをすることを考えると、国債先物のデータと一貫性がある結果といえます。一方、国債先物と国債現物のカートシスは3を超えることがわかります。このことは先物価格や金利の変化が正規分布より裾が厚い分布に従っており、正規分布より平均から外れた事象が起こりやすいことを意味しています。

このようにデータの動きをみると、先物価格や金利の変化が正規分布から乖離していることが確認できますが、これは時折市場にクラッシュが起こることで金利が急騰する(先物価格が暴落する)傾向があると解釈できます。なお、先物価格や金利の変化が正規分布に従っているかどうかを直接検証する手法もありますが、その手法を用いても先物価格や金利の変化が正規分布から乖離していることを示すことができます*6。

2.2 スマイル・カーブ

このように実際の先物価格や金利の変化をみると、その動きは正規分布に基づかないことがわかります。しかしながら、服部(2020a,b)でも記載したとおり、国債先物オプションのIVを計算するうえで、正規分布に基づいたブラック76モデルが用いられることがほとんどです。そこで、冒頭で記載したとおり、ブラック76モデルが前提としている金利変化から示唆されるボラティリティにプレミアムを追加することで、この問題に対処することを考えます。

まず、IVと権利行使価格の関係を直感的に考えるために、縦軸をIV、横軸を権利行使価格としてカーブを描きます(これは金利と年限の関係を考えるため、イールドカーブを描くことで直感的な理解を得ることと同じイメージです*7)。ブラック・ショールズ・モデルやブラック76モデルでは、そもそもボラティリティが(権利行使価格に依存せず)一定であることを仮定しています(ブラック76モデルについてはBOX 1を参照ください)。これはハル(2016)などが指摘しているとおり、正規性が生まれるための条件です*8。すなわち、ブラック76モデルではボラティリティが権利行使価格に依存しないわけですから、ボラティリティのカーブは、図2.ボラティリティ・スマイルのイメージの左図にあるようなフラットなカーブとなります。

しかし、既に確認したとおり、現実には暴落が起こる確率は正規分布が想定する確率より高いといえます。このことは、正規分布に基づくオプションのプライスは実際の暴落を過小評価していることを意味します。もし仮に市場にこのプライスでオプションが取引されていたら、このプライスは暴落を過小評価しているため、投資家はそのオプションに対する需要を増やします。オプションへの需要の増加はオプションの価格(IV)を上昇させますが、このことは図2.ボラティリティ・スマイルのイメージの右図のようにATM*9から離れたオプションについては正規分布が示唆する価格より高いプレミアムが付されることを意味します。この図で示しているとおり、権利行使価格とIVの関係は人の笑顔のような形状をしていることから、このカーブをスマイル・カーブといいます。

冒頭で記載したとおり、スマイルの発生は、1987年のブラック・マンデーを契機としているといわれています。ゴールドマン・サックスでクオンツを務めたエマニュエル・ダーマン氏は「世界中で株式市場が暴落したその日(ブラック・マンデー)以降から、投資家は習慣的な株式暴落の可能性について常に注意を払うようになり、それから防衛できるならばためらいなく資金を投入するようになっていた。アウト・オブ・ザ・マネー・プットはそのためには最適かつ最もコストの低い保険だった。(中略)その結果、90年当時には、すべての株式市場で似たようなスマイル(スマーク)が出現するようになっていた」(ダーマン 2005, p.351-p.352)と記載しています。

上記の通り、スマイルが発生している理由はブラック76モデルが正規分布に依存しているからですが、この問題を解消するため、様々なモデルが提案されています*10。もっとも、今でも国債先物オプションではブラック76モデルを用いることがほとんどです。服部(2020a)でも強調したように、実務の現場では、各社が異なるモデルを用いると混乱するため、正規分布に基づくブラック76モデルを標準モデルとし、実際の取引に当たっては正規分布から示唆されるプライスにプレミアムを付すという商慣行が生まれたわけです。ちなみに、服部(2020a)で紹介した日本国債VIXは特定のモデルに基づかないモデル・フリー・インプライド・ボラティリティが用いられています(日本国債VIXの詳細はBOX 2を参照してください)。

注意すべきは、スマイル・カーブを描く際は、アウト・オブ・ザ・マネー(Out of The Money, OTM)のオプションのIVを用いる点です。OTMのオプションとは、現在行使しても利益が出ないオプションです。服部(2020b)で記載したとおり、OTMのオプションとは保険としての色彩強く、流動性があります。一方、イン・ザ・マネー(In The Money, ITM)のオプションは今すぐ行使しても利益が出るため、保険としての色彩は弱くなり、流動性はありません。そのため、市場で実際に取引されているオプションの価格を用いてスマイル・カーブを描くには、OTMのオプションの価格を用いる必要があります。プット・コール・パリティを考えれば、同じ権利行使価格のプットとコールは高い類似性を有しますから、スマイル・カーブを描く上で、プットとコールを考慮せず、OTMのオプションを用いてカーブを描写することが可能です。

2.3 スキューとスマイル・カーブの関係

ここまでIVと権利行使価格の関係について考えてきましたが、ここからこの関係をスキューという側面から考えていきます。これまでみたとおり、スマイル・カーブはオプションの価格から計算されたIVに基づき描写されましたが、そのカーブを用いて投資家による(先物価格の変化に関する)予測の分布が正規分布からどの程度乖離しているかを把握することが可能になります。前述のとおり、スキューとは先物価格の変化の非対称性をとらえる指標でしたが、スマイル・カーブからスキューを算出することで、投資家がどの程度正規分布から乖離した予測をしているかを定量的に把握することを試みます。

もう少し具体的にスキューとスマイルの関係について考えてみます。図3.ボラティリティ・スマイルとスキューのイメージはボラティリティ・スマイルとそこから示唆される分布について、正規分布との比較の観点で描写した図になります。正規分布に基づく場合、スマイル・カーブはフラットになっており、図3.ボラティリティ・スマイルとスキューのイメージの上図にはこのことが示されています。これは前述のとおり、ブラック76モデルにおいてボラティリティが一定であることからきている性質ですが、このことは図3.ボラティリティ・スマイルとスキューのイメージの下図のように、先物価格の変化に対して正規分布の想定をしていると解釈することができます。

一方、前述のように、実際のデータをみると、価格の暴落は正規分布より高い頻度で起こります。このことは、正規分布に従う場合のオプションのプライスは実際の暴落を過小評価していることを意味します。もし仮に市場にこのプライスでオプションが取引されていたら、このプライスは暴落を過小評価しているため、このことが暴落の保険に相当するオプションの価格(IV)を上昇させます。図3.ボラティリティ・スマイルとスキューのイメージを確認すると、同図の上図のように、権利行使価格低下に伴いIVが上昇しており、フラットなカーブでなくスマイル・カーブとなっていることが確認できます。図3.ボラティリティ・スマイルとスキューのイメージの下図にスマイル・カーブからインプライされる分布(インプライド分布)と(その分布と平均および標準偏差が一致する)正規分布が示されていますが、(既出の図1で確認できるとおり)このインプライド分布はまさに負のスキューを有している図といえます。

上記に鑑みると、暴落の保険に相当するプットのIVの方がコールのIVより高くなっていれば、投資家は先物価格の急騰に比べ暴落の保険を需要しており、急騰より暴落が起こりやすいことを予測していると解釈できます。このことから、実務的には、投資家がどの程度スキューを想定しているかを把握する際、プットのIVがコールのIVに対して、どの程度高い水準にあるかをみることが少なくありません。例えば、Bloombergによる米国債先物オプションから算出されたスキュー指数は、「プットのIV-コールのIV」という形で定義されています(実際には「25 Delta Put IV-25 Delta Call IV」という形でデルタ(Delta)を使って定義していますが、デルタが意味することについては次節で説明します)。

スキュー指数は特に株式市場で注目度が高い指数になっています。最も典型的な指標はシカゴ・オプション取引所(Chicago Board Options Exchange, CBOE)が構築するスキュー指数(Skew index)です。同指標は「100-10×スキュー(歪度)」という形で定義されていますが、(スキューが負になると下落方向に分布が厚くなることを思い出すと)スキュー指数が上昇すると暴落する可能性を投資家が高く見積もっていることが分かるような設計がなされています。冒頭で言及したとおり、このような正規分布から外れた現象をブラックスワンと呼ぶことがあることから、スキュー指数を「ブラックスワン指数」と呼ぶこともあります。スキュー指数の詳細は崎山・眞壁・長野(2017)などをご参照ください。

3.デルタを用いたスマイル・カーブ

3.1 OTM/ITMとデルタの関係

市場参加者のレポートやBloombergの機能などにおいて、OTMやITMを表現する際、デルタという概念を使うことが少なくありません。そもそも、デルタとは原資産の価格(国債先物オプションの場合、国債先物価格)が変化した場合、オプションの価格がどれくらい動くかを示しています(すなわち、国債先物オプションの価格V、国債先物の価格をPとすると、デルタはδ=∂V/∂Pと定義できます)。これはオプションのリスク量を算出するうえで、最も基本的なリスク指標になります。

OTMやITMを表現するうえでデルタを用いる一因は、先物価格の動きによりATMとなる権利行使価格が変化するためです。国債先物オプションでは、権利行使価格が50銭刻みでオプションが設定され、それぞれが上場します。もちろん、先物価格は変化するため、ATMとなる先物オプションの権利行使価格は変化しますし、先物価格と一致した行使価格のオプションが上場しているとは限りません。例えば、時系列データを用いて分析を行いたい場合、特定の権利行使価格(例えば152円)を用いると、その時の先物の価格次第で、152円のオプションはOTMになることもあればITMになることもあります。

一方、後述するようにATMはデルタというリスク量を用いればおおよそ0.5*11と表現できるため、0.5を軸にOTMおよびITMのIVがATMからどの程度乖離しているかを評価することが可能になります(デルタ0.5のオプションを50%デルタ(50デルタ)と書くこともあります)。すなわち、デルタを用いることで、ATMの水準、あるいはATMからOTMやITMにどの程度乖離しているかを把握することが容易になるわけです。

図4.デルタとOTM/ITMオプションの関係は縦軸がデルタ(の水準)で横軸がATMからの乖離を示していますが、デルタがおおよそ0.5の水準にATMが位置します*12。ここでできる限り直感的に、ATMの際、デルタがおおよそ0.5になる理由を考えてみます。例えば、仮に現在の先物価格が152円であるとしましょう。この場合、権利行使価格が147円のコール・オプションは、現在権利行使した場合、(先物を147円で購入して、152円で売ればいいので)5円の利益が出ます。すなわち、このコール・オプションはITMのオプションになり、図4.デルタとOTM/ITMオプションの関係であれば右側に位置します。

先物オプションの満期は長くてもせいぜい1か月程度ですから、満期まで価格が暴落して147円以下になる確率は相当低いことを考えると、このオプションはほぼ権利行使されるオプションと考えられます。ほぼ権利行使されるオプションについては、先物価格の変化とオプションの損益が概ね一対一に対応するので、事実上、国債先物をロングしていることとほぼ同じと解釈できます。原資産(国債先物)をロングしている場合、いうまでもなくその価格が動いた時、その変化が損益に相当しますから、デルタの定義を思い出せば(原資産である先物の価格が変化した際のオプション価格の変化)、ほぼ行使されるオプションのデルタは1に近い値をとることがわかります。

一方、逆に、権利行使価格が157円のコール・オプションの場合、先物価格がやはり152円であれば、これは今すぐ権利行使しても利益がでないためOTMのオプションです。この場合、満期までそれほど時間がないことを考えると、価格が満期まで急騰して157円になる可能性は低いことから、ほぼ権利行使されないコール・オプションと解釈できます。ほぼ行使されないオプションを保有していても、何も持っていないのとほぼ同じですから、デルタは0に近い値をとります。ATMはその両極端の中間に位置するため、ATMのデルタはおおむね0.5になります(ATMだと、権利行使される確率が五分五分であるため、デルタがおおよそ50%という直感で解釈する人もいます)*13。図4.デルタとOTM/ITMオプションの関係に示されている通り、デルタは満期にも依存する点に注意が必要です*14。

3.2 デルタを用いたスマイル・カーブとスキュー

表2.デルタ表示でみた日本国債先物スマイル・カーブのイメージがデルタ表示でみたある時点でのスマイル・カーブになります。前述のとおり、OTMのオプションだけを用いているため、下落方向はプット、上昇方向はコールのIVが用いられています。前述のとおり、デルタがおおむね50%の場合、ATMであり、デルタが0%に近いほどOTMとしての色彩が強くなります。たとえば「25%プット」とは、デルタが0%と50%の中間に位置するOTMであることを意味しています。「10%プット」とは、「25%プット」よりアウト方向のオプションであることを意味するため、価格暴落の保険としての色彩がより強くなるといえます(このようにOTMが非常に深い状態をディープ・アウト・オブ・ザ・マネーということもあります)。このような表示は実務的にはしばしば用いられます。例えば、国債先物のボラティリティ・スマイルに関するBloombergのツールでもデルタを使った表示がなされています*15。

このようにデルタを使えば、ATMからの乖離を表現できるので、デルタを利用してスキューを定義することができます。例えば、前述のBloombergで取得できる米国債先物オプションのスキュー指数は満期が1か月の「25 Delta Put IV-25 Delta Call IV」で定義されています。これはデルタの水準がOTMのオプションの中でも、おおよそ25%だけATMからアウトへ離れたプットとコールのIVの差でスキューを計算しているということです。これを例えば、「10 Delta Put IV-10 Delta Call IV」という形で定義すればよりアウトに外れたオプションでスキューを定義していることになります。

ちなみに、円債市場の実務家は国債の金利リスクを「デルタ」と呼ぶことが少なくありません*16。金利リスクをデルタと呼ぶ理由として、債券価格を金利のデリバティブと解釈すれば、金利が変化した時の債券価格の変化はまさにデルタに相当するため、金利リスクをデルタと呼んでいると解釈できます。

4.おわりに

これまで三回にわたり、日本国債先物オプションを中心にオプションの説明をしてきました。オプションについては多数書籍があるものの、その多くはモデルの説明であったり、株式や為替が主語となっているテキストが少なくありません。そこで、ここでの連載では可能なかぎり債券を中心にオプションの基本事項について解説をしてきました。もっとも、実際の実務において円金利オプションから金利リスクを計算する際、国債先物オプションではなく、スワップションのIVが用いられることもあります。その一因はスワップションの場合、Bloombergなどを使えば簡単にデータが取得できることに加え、様々な満期や年限のIVを算出することが可能であることなどが挙げられます*17。そこで、次回はスワップションについての解説を行うことを予定しています。


BOX1 ブラック76モデル(ブラック・モデル)

服部(2020a)では、ブラック76モデル(ブラック・モデル)とは、フィッシャー・ブラック教授が1976年に発表した論文(Black 1976)で提案されたモデルであり、通常のブラック・ショールズ・モデルにおける株価をフォワード価格へ修正したモデルであると説明しました。ここではもう少し具体的に同モデルについて考えてみます。

ハル(2016)に記載しているとおり、ブラック76モデルではcをコール・オプションのプレミアム、pをプット・オプションのプレミアムとすると、コールとプットのプレミアムは下記の式で算出できます*18。

(1)[数式]

(2)[数式]

ここで、d1とd2は下記の通りです。

気を付けるべき点はボラティリティはσとなっており、権利行使価格や時間に依存せず、一定の値になっている点です。本稿ではブラック・ショールズ・モデルやブラック76モデルの場合、ボラティリティ・スマイルがフラットになることを指摘しましたが、これはボラティリティに対してこのような想定を置くことからきています。

この式を用いてオプションの国債先物オプションのプレミアムを計算する場合、先物の価格F0、権利行使価格K、満期T、金利r、ボラティリティσを代入すればコール及びプット・オプションのプレミアムを計算することができます。ここでは、実際の数値例を用いて計算方法を確認しておきます。先物価格は152.49円(F0=152.49)、権利行使価格は151.5円(K=151.5)、安全利子率は0.023%(r=0.0023)*19、現時点は2020/5/2、満期は2020/6/15(Tは年表示であるため、T=0.12)である日本国債先物オプションを考えます。ここでσ=0.0275とすると、プット・オプションのプレミアム(p)は式(2)により算出することができます。具体的には、d1=-0.687, d2=-0.677となることから、

p=0.214が得られます*20。

このケースはσを決めた上で式(2)を用いてpを算出しましたが、実際には国債先物オプションが市場で取引されてpが決定されます。そのため、実際の計算では市場で得られるpを下に、σを逆算します。この時算出されたσがブラック76モデルからインプライされるボラティリティ(IV)になります。もっとも、pに対応するσを計算するには、例えば、様々なσを式(2)に代入してpを算出し、ちょうど市場価格のpに等しくなるσを見つけてくるなど、数値計算が必要になります。

なお、服部(2020a)で記載したとおり、日本国債先物オプションはアメリカン・オプションですが、ブラック76モデルはヨーロピアン・タイプのオプション・モデルです。そのため、日本国債先物オプションのIVを算出する際、ブラック76モデルを用いることは、日本国債先物オプションが事実上、ヨーロピアン・タイプのオプションとして取引されていると想定している点に注意してください。服部(2020a)でも記載しましたが、日本国債先物オプションが満期前に行使されることはほとんどありません。

上記では(1)と(2)式を前提に考えました。この導出には測度変換などの知識が必要になりますが、同モデルの導出を説明した書籍は大量にありますので、この導出は他の書籍に譲ります。例えば、ブラック・ショールズによるオプション公式の導出についてはハル(2016)、バクスター・レニー(2001)、村上(2015)などを参照してください。


BOX2 日本国債VIXとモデル・フリー・インプライド・ボラティリティ

ブラック76モデルではボラティリティが一定であることを想定しましたが、日本国債VIXではブラック76モデルを用いてインプライド・ボラティリティが算出されているわけではない点に注意が必要です。近年では、ボラティリティが時間を通じて変動することを許容し、ブラック・ショールズ・モデルやブラック76モデルという特定のモデルを使わずにインプライド・ボラティリティを算出する方法も用いられています。これを特定のモデルに基づかないことから、モデル・フリー・インプライド・ボラティリティといいます。

日本国債VIXでは、日本国債先物のプットとコールの価格を用いて下記の式に基づきインプライド・ボラティリティ(σ)を算出します*21。

まず、この式においてコールとプットの価格はQ(Ki)に相当します。Kiはi番目のOTMの権利行使価格ですが、権利行使価格ごとのOTMの価格をQ(Ki)としたうえで*22、一定のウェイトを用いて足し上げ、一定の調整を加えることでボラティリティを計算しています。KiはOTMで定義されていますが、OTMを用いている理由は、OTMのオプションの方がITMより流動性が高いからです(その理由は服部(2020b)を参照ください)。

上記の式は非常に複雑に見えますが、これは理論的にモデル・フリー・インプライド・ボラティリティがとなることを利用し(P(T,K)とC(T,K)はそれぞれ満期T、権利行使価格Kのプットとコール・オプションのプライス)、これを近似的に計算したものです。この式の導出は非常にテクニカルであるため、この式の背景を知りたい人は大屋(2019)や杉原(2010)などを参照してください。

なお、日本国債VIXではちょうど満期が1か月に相当するボラティリティを算出していますが、市場には必ずしもちょうど満期が1か月に相当するオプションが取引されているとは限りません。そのため、日本国債VIXでは、満期が1か月未満である第一限月と、満期が1か月以上2か月未満の第二限月のコールとプットの価格を用いて、上記の式に基づきσ2を算出し、これらの線形補間をすることでちょうど1か月のボラティリティを計算していることに注意が必要です。


*1)価格と金利は逆の動きをします。債券(固定利付債)の場合、クーポン(キャッシュフロー)が固定されていますから、価格が上昇すると、その債券 のリターン(金利)は低下します。(他の条件を一定にすれば)購入する価格が上がればリターンが低下することは、株式や不動産などすべての資産に ついて共通して言えることです。

*2)この記述はダーマン(2005)や櫻井(2016)などを参照しています。

*3)例えば、ダーマン(2005)では、「87年の株式暴落を経験した投資家は、かつて苦しんだリスクに対する将来の保険として、率先してコストを支払うようになっていた。その結果、90年当時には、すべての株式市場で似たようなスマイル(スマーク)が出現するようになっていた。」(p.352)と記載しています。

*4)スキューは[数式]、カートシスは[数式]で定義されます(ここでのy ̅は標本平均を示しています)。

*5)株式などのリターンのカートシスは3を超えることがほとんどです。ちなみに、統計パッケージソフトなどを用いて計算した場合、カートシスから3を引いた超過カートシス(excess kurtosis)が計算されることがある点に注意してください。この場合、0を上回った場合、正規分布より裾が厚いことを示します。

*6)先物価格の変化や金利変化の分布が正規分布に従うかどうかについてはジャック・ベラ検定でテストすることができます。ジャック・ベラ検定の統計量はJB=Tsk ^^2/6+T(ku ^-3)^2/24であり、skおよびkuを用いて定義されます。先物価格の変化や金利変化を用いてジャック・ベラ検定を行うと、先物価格の変化や金利変化が正規分布に従うという帰無仮説を棄却することができます。

*7)イールドカーブについては服部(2019)をご参照ください。

*8)ハル(2016)に記載しているとおり、資産価格が対数正規分布に従うためには<img style="vertical-align: text-top" src="../../../../common/images/no01.gif" alt="マル1" height="13" width="13">資産のボラティリティは一定である、<img style="vertical-align: text-top" src="../../../../common/images/no02.gif" alt="マル2" height="13" width="13">資産価格はジャンプがなく連続的に変化する(同書、p.682)、という仮定が必要になります。

*9)先物価格と行使価格が一致する場合、このオプションをAt The Money (ATM)といいます。詳細は服部(2020b)を参照してください。

*10)三菱東京UFJ銀行(2014)では、ブラック・モデルにおける原資産価格のモデルのおけるボラティリティ項の関数をσtのような形で時間に依存するようにしたうえで、<img style="vertical-align: text-top" src="../../../../common/images/no01.gif" alt="マル1" height="13" width="13">σtを時間以外の要素(原資産価格自身など)に依存した関数とする、<img style="vertical-align: text-top" src="../../../../common/images/no02.gif" alt="マル2" height="13" width="13">σtに確率構造を入れる、<img style="vertical-align: text-top" src="../../../../common/images/no03.gif" alt="マル3" height="13" width="13">ジャンプ項など追加的な項を加える、といった拡張がボラティリティ・スマイルを表現するうえで必要であるとしています。詳細は三菱東京UFJ銀行(2014)を参照してください。

*11)ここで「おおよそ」という表現を使っている理由は、例えばATMコールのデルタは0.5より少し大きくなるからです。

*12)コールをロングした場合、デルタの領域が0から1になりますが、逆にコールをショートした場合、デルタの領域が-1から0になります(逆に、プットのロングの場合、デルタの領域は-1から0になる一方、プットのショートの場合、0から1になります)。ここでの目的はATMからどの程度乖離しているかをみることであるため、デルタの大きさ(水準)に焦点をあてています。なお、プットとコールのデルタの詳細はハル(2016)の第19章などをご参照ください。

*13)デルタの水準は満期でITMとなるおおよその確率として解釈することができます。

*14)図4.デルタとOTM/ITMオプションの関係に示されている通り、満期までの時間によってデルタの形状が変わることに注意する必要があります。例えば、満期が明日であれば、OTMのオプションの場合、権利行使できる可能性が低いので、原資産が多少動いてもオプションの価値は動かず、デルタは低い値になります。一方、満期が長ければ、仮にATMから離れたOTMオプションであっても原資産の価格変動によっては利益を生む可能性があるため、原資産の価格が動くことによりオプションの価格が一定程度変化し、デルタが相対的に高い値になります。

*15)例えばBloombergのJBA Comdty OVDVを用いると、ボラティリティ・スマイルを表示するうえで、権利行使価格として10DPや10DCなどの表示がなされています。10DPは10%デルタのプット、10DCは10%デルタのコールを示しています。BloombergのJBA Comdty OVDVでは、デフォルトの設定として、10DP、15DP、25DP、35DP、50D、35DC、25DC、15DC、10DCが表示されています。

*16)金利リスクは、デュレーション、DV01、ベーシス・ポイント・バリューなどと呼ばれることもあります。

*17)国債先物オプションに関する運用戦略の分析が少ない一因は、国債先物オプションは制度的に満期が1か月程度であることから、満期が短く、ベガリスクが少ないことなどがあります。しばしばオプションの満期が長いセクターをベガ・セクター、1年以下など満期が短いセクターをガンマ・セクターといいますが、その意味では先物オプションはガンマ・セクターに含められます。

*18)具体的にはハル(2016)の第18章をご参照ください。

*19)ここではrとして6か月円LIBORを用いています。

*20)N(x)は正規分布の累積分布関数ですが、ハル(2016)に記載しているとおり、NORMDSITというエクセルの関数を用いれば簡単に計算できます。

*21)Tは満期までの期間、Fは対象となる日本国債先物の価格、∆Ki=(Ki+1-Ki-1)/2、K0はFに最も近い権利行使価格、Rは満期までのリスク・フリー金利です。

*22)ただし、ATMと判定されるK0の部分のみプットとコールの平均値を使います。

参考文献

[1]大屋幸輔(2019)「インプライド・モーメントがもたらす情報:VIXは何を伝えているのか」『現代経済学の潮流 2019』, 99–125.

[2]崎山登志之・眞壁祥史・長野哲平(2017)「オプションから抽出した不確実性指標の拡充-テールリスク指標とボラティリティの期間構造-」日銀レビュー

[3]櫻井豊(2016)「数理ファイナンスの歴史」きんざい

[4]杉原慶彦(2010)「我が国株式市場のモデル・フリー・インプライド・ボラティリティ」『金融研究』29(2), 73–120.

[5]エマニュエル・ダーマン(2005)「物理学者、ウォール街を往く。―クオンツへの転進」東洋経済新報社

[6]マーティン・バクスター、アンドリュー・レニー(2001)「デリバティブ価格理論入門―金融工学への確率解析」シグマベイスキャピタル

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[8]服部孝洋(2020a)「国債先物オプション入門 ―オプション市場からみた 金利リスクについて―」p.38–42.

[9]服部孝洋(2020b)「国債先物オプション入門 ―プット・コール・パリティを中心に―」p.40–48.

[10]ジョン・ハル(2016)「フィナンシャルエンジニアリング〔第9版〕 ―デリバティブ取引とリスク管理の総体系」きんざい

[11]三菱東京UFJ銀行(2014)「デリバティブ取引のすべて~変貌する市場への対応~」きんざい

[12]村上秀記(2015)「金融実務講座 マルチンゲールアプローチ入門:デリバティブ価格理論の基礎とその実際」近代科学社

[13]Black, F. 1976. The Pricing of Commodity Contracts. Journal of Financial Economics 3(1-2), 167–179.

[14]Huggins, D. and Schaller, C. 2013. Fixed Income Relative Value Analysis:A Practitioners Guide to the Theory, Tools, and Trades. Bloomberg Financial.

※本文中記載のできない数式については、掲載を割愛させていただいております。