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「人口減少と経済成長に関する研究会」の概要報告

財務総合政策研究所 総括主任研究官 奥 愛/研究企画係長 青山 愛/研究企画係 戸出 紗也香

財務総合政策研究所(財務総研)は、2019年11月から2020年3月にかけて「人口減少と経済成長に関する研究会」を開催した。日本の総人口は、2008年の1億2,808万人をピークにその後減少に転じており、本年4月1日時点では1億2,596万人と推計されている。日本は本格的な人口減少社会に突入している。本研究会では、人口減少が続くことが見込まれる中、経済の生産性を高めつつ豊かな社会を維持していくために、企業・産業、労働市場、グローバル化などの分野で、どのような対応が考えられるかについて研究を行った。*1 *2

本研究会の座長は、土居丈朗教授(慶應義塾大学、財務総研特別研究官)であり、委員として伊藤恵子教授(中央大学)、滝澤美帆教授(学習院大学)、山本勲教授(慶應義塾大学)を迎え、デービッド・アトキンソン氏(株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長)及び吉川洋氏(立正大学学長、財務総研名誉所長)にご講演いただいた。また、財務総研からも関連するテーマについて調査・分析を行うとともに、諸外国の取組から知見を得るべくスウェーデンとスイスについて調査を行い、報告を行った。本稿では、「人口減少と経済成長に関する研究会」で得た知見について、報告書の各章の内容に沿って紹介する。

■序章「人口減少に直面したわが国が克服すべき課題」(土居丈朗 慶應義塾大学経済学部教授)

今般の新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大により、需要側に加え供給側のショックも生じている。感染症の拡大に伴う経済へのショックを克服することは大きな政策課題だが、コロナショックが去った後でも、人口減少に伴う政策課題が一挙に解決される訳ではない。コロナショック以前から克服すべき問題が、コロナショックにより顕在化し、喫緊の課題となった。これらの課題の克服に取り組むことで、パンデミックリスクの低減などコロナショック後の社会経済に適合するとともに、人口減少による弊害をも除去することができると論じている。

図表1.日本の人口の推移、(参考)年平均人口増減率

■第1章(講演録)「人口、生産性、経済成長」(吉川洋 立正大学学長、財務総研名誉所長)

吉川報告は、個々のミクロの最適化行動を分析してもマクロの事象をとらえることはできないと述べたうえで、生産性を上げるために最も重要なのは需要であり、供給は本質的に需要によって規定されると述べている。そして、経済成長は「需要の飽和」を打破する需要創出型イノベーションによって続いていくと指摘している。イノベーションは結局のところ、人間の平均寿命を延ばすことに貢献してきたと論じ、超高齢社会を支えるイノベーションは当然あり得て、そのモデルを日本は構築すべきであり、それを実現するなかで生産性も上昇していくとの道筋を示している。

図表2.新しい需要と経済成長のパターン

■第2章「平成年代における構造変化」(小野稔 財務総研副所長)

小野論文は、人口減少下での経済成長を考えるにあたり、平成の日本経済の動向や構造変化を振り返ることを通じて日本が抱える課題を浮き彫りにした。まず、日本の現状について、総人口は減少しつづけているが、労働力人口でみると高齢者や女性、様々な資格を持つ外国人労働力の流入から就業者数は増加していると指摘している。また、産業別に生産活動を分析し、製造業は就業者数が減少したが一人当たり付加価値生産額(GDP)は上昇した一方、非製造業の中には、就業者が増加したが一人当たりGDPが低下している産業が存在することを明らかにしている。そのうえで、人口減少下の経済成長という観点からすると、低賃金労働力の投入による成長というビジネスモデルは、産業全体としては労働生産性の低下を伴うためサステナブルとは言い難いと指摘している。

図表3.一人当たりGDPと就業者数の変化(1994~2018年)

■第3章「企業レベルデータに基づく日本の労働生産性に関する考察」(滝澤美帆 学習院大学経済学部教授)

滝澤論文は、日本の労働生産性水準を米国との比較を通じて把握した上で、企業の財務データを分析し、労働生産性を向上させるための方策を提言している。日本の労働生産性水準は、米国と比較すると、製造業で7割程度、サービス業で5割程度にとどまっており(2017年時点)、20年前の1997年時点と比べると特にサービス業で格差が拡大していることを明らかにしている。また、企業の財務データを分析したうえで、(1)製造業は非製造業に比して平均的に労働生産性が高い一方、非製造業は労働生産性のばらつきが相対的に大きく、さらに企業規模と労働生産性との間に正の相関が見られたことから、労働生産性が業種や企業規模に関して異質であること、(2)従業員一人当たり賃金は労働生産性と正の相関があるが、労働分配率との相関は弱いため、賃金のドライバは労働分配率の高低ではなく労働生産性の高低であることが示唆されること、(3)労働生産性を従業員一人当たり売上高と売上高付加価値比率に分解し、さらに後者を資本装備率と有形固定資産回転期間に分解したところ、従業員一人当たり売上高を介して労働生産性が資本装備率と正の相関があることが確認できたことから、高い資本蓄積の下で高い労働生産性(および従業員一人当たり売上高)を実現している企業が高賃金であるパターンがあるという結果を得て、生産性向上に向けて資本に焦点を当てた政策の重要性を指摘している。

図表4.米国との産業別労働生産性水準の比較(2017年)

■第4章(講演録)「国運の分岐点」(デービッド・アトキンソン 株式会社小西美術工藝社代表取締役社長)

アトキンソン報告は、日本は人口が減少していくため、現在のGDP550兆円を2060年にも維持するためには労働生産性を1.7倍まで引き上げる必要があると指摘している。そして、日本は潜在能力が高いにもかかわらず、給料水準が比較的低く、生産性が高くない理由を突き詰めた結果、従業員数が20人未満の小規模事業者が多く、中小企業が中堅企業に成長しておらず、企業規模が小さい企業で働いている人が多過ぎることが生産性向上を妨げていると論じている。日本の低い生産性水準を踏まえ、日本がいかに非効率な産業構造になっているのかは自明であると断じている。日本の経済再生に向けた取組みとして、企業規模を大きくしようとしないインセンティブをなくす政策や、規模の経済を追求する企業への支援策(合併優遇策等)、研究開発や設備投資、最先端技術の活用、輸出促進等の行為そのものを優遇する政策を進め、企業規模の観点だけで優遇するのではなく、国益に大きく貢献する企業を支えていく政策へと変えていくべきと主張している。さらに、経営者に何らかの対応を取ることを促す手段が、最低賃金の引上げであると論じている。

図表5.最低賃金および生産性 各国比較

■第5章「企業規模と賃金、労働生産性について」(奥愛 財務総研総括主任研究官、井上俊 同研究員、升井翼 同財政経済計量分析室員)

奥・井上・升井論文は、従業員数でみた企業規模と賃金、労働生産性の関係について、法人企業統計の個票データを用いて分析を行い、労働生産性を高めるための政策を考察している。その結果、企業規模が大きくなればなるほど、賃金及び労働生産性が高く、資本収益率も高いという結果を得ている。また、賃金に対しては労働生産性が関係しており、労働生産性に対しては一人当たり売上高が関係しており、更に一人当たり売上高は、製造業の場合は、労働装備率が関係していることを明らかにしている。これらの結果を踏まえ、人口が減少していく日本において、賃金及び労働生産性を高めていくためには、企業が雇用形態に留意しながら、現状よりも企業規模を大きくしていく政策が有効であることを指摘している。

図表6.企業規模別の労働生産性の変化

■第6章「国際収支構造の変化とそのミクロ的要因」(伊藤恵子 中央大学商学部教授)

伊藤論文は、日本の国際収支構造を分析し、対外収支の中心が貿易から投資に移行しつつあるが、国内投資の収益率向上や継続的な輸出促進への努力が必要であることを論じている。日本の対外・対内直接投資を比較すると、対内直接投資の収益率の方が上昇傾向にあることから、日本の国内企業も収益率の高い投資機会を国内で見つける余地があること、また、外国企業の参入を促すことで外資系企業の技術やノウハウを経済全体に波及させる環境整備をさらに進めていく必要があることを指摘している。日本の輸出は、2010年代に入ると比較的伸びが鈍化しており、長期的な輸出増加に重要となる新規輸出開始企業数はあまり増えておらず、企業内貿易の割合も上昇しており、日本企業の取引関係の多様性はあまり拡大していないと述べている。そのうえで、企業が輸出を開始したり海外で取引関係を構築したりするには、海外市場に関する情報収集に費用がかかるが、近年は、公的機関の輸出支援策の有効性が日本のデータでも確認されていることから、そのような施策によって企業の国際化を推進し続けていくべきであると論じている。このように、輸出支援策と対内直接投資の推進を強力に進めて国内投資の収益率を高め、日本の国際的なプレゼンスの維持を図ることの重要性を指摘している。

図表7.輸出事業所の割合(従業者数30人以上の事業所のみを対象)

■第7章「人口減少下の日本の労働市場の方向性」(山本勲 慶應義塾大学商学部教授)

山本論文は、人口減少下の日本の労働市場で、長期雇用といった日本的雇用慣行はどのように改められるべきかを議論している。日本的雇用慣行については、企業による企業特殊的人的投資を通じた労働生産性の向上など一定の経済合理性があるものの、人口減少やグローバル化などの環境変化によって、その合理性は低下しつつあると指摘している。他方で、長時間労働の是正をイノベーションの推進等と同時に進めている企業や雇用の流動性を一定程度高めている企業、女性活躍推進といったダイバーシティ経営を進めている企業、健康経営を進めている企業は、利益率でみた企業パフォーマンスが高くなっているというエビデンスを示している。そのうえで、人口減少下の日本の労働市場においては、過度に非効率な長時間労働や男性中心で画一的な働き方といった日本的雇用慣行の問題点を改善しながら、企業の労働者に対する人的投資を通じた生産性向上や、長期安定雇用などといった長所を活かしていくことが求められていると論じている。

図表8.長時間労働是正と他の施策の相乗効果

■第8章「人口減少が及ぼす社会保障財源への影響」(土居丈朗 慶應義塾大学経済学部教授)

土居論文は、人口減少に直面する日本においては経済成長が低下する中での財源確保を意識することが不可欠であるとし、具体的には、人口減少に伴う世帯数の変動が社会保障財源に与える影響について、将来推計を交えながら分析している。分析の結果、2040年には、人口減少に伴う世帯数の変動によって、直近と比べて1割ほど税収(消費税、所得税、個人住民税)や社会保険料収入が減少するが、このうち消費税はその他の収入と比較して人口減少の影響を比較的受けにくいとの結果が得られている。これは、消費税と比較して所得税、個人住民税、社会保険料の負担が現役世代に集中していることが要因として挙げられる。このことから、世代間負担が公平である消費税による財源調達や、高齢者への所得比例的な負担をはじめとした課税ベース・賦課ベースの拡大といった、人口減少の影響を受けにくい財源確保の方策を検討していくことの必要性を指摘している。

図表9.世帯主年齢階層別1世帯当たり租税負担から推計した税収(2018年=100)

■第9章「スウェーデンの経済成長と労働生産性」(上田大介 財務総研主任研究官、三角俊介 同研究員)

上田・三角論文は、スウェーデンが約1,000万人の人口規模でありながらも、労働生産性の向上を明確な目標に据え、それを経済成長に結びつけてきた国であることに着目し、経済成長の源泉を探っている。スウェーデンの政策や制度を分析し、(1)産業横断的に生産性上昇率等を勘案した賃上げ率を実現することで(同一労働・同一賃金)、生産性が低い企業は市場から退出する仕組みになっていること、(2)その中で発生した失業者に対して職業訓練や給付を積極的に行うことで人的資本の質を高め、労働力を生産性の高い産業・企業にシフトさせることが可能なこと、(3)1980年代以降の積極的な外資導入政策が生産性の高い外資企業の参入の増加に繋がり、多数のグローバル企業やスタートアップ企業を輩出する土壌となったこと、という3つの要素を挙げ、それぞれが効果的に相互補完することを通じて、高い労働生産性を維持し、強い国際競争力を得てきたと論じている。

図表10.労働生産性と賃金上昇率の推移

■第10章「スイスの経済構造と主要産業の現状と課題」(佐藤栄一郎 財務総研総務課長、佐野春樹 同前研究員)

佐藤・佐野論文は、スイスが人口・面積ともに九州と同規模であるものの、2018年のOECD統計によれば、一人当たりGDP(6.6万ドル)は日本(4.2万ドル)と比較して1.5倍程度高いことから、その豊かさの背景について産業構造に着目し、分析している。スイスは、輸出主導型経済を進めつつ、教育システムにも職業教育訓練を体系的に組み込んで労働市場へのアクセスを容易にし、研究開発を充実させることで、優れた人材や商品・サービスを生み出しているのが特徴となっている。スイスは輸出大国であるが、この輸出のうち9割が多国籍企業によるものとなっており、激化している国際競争において、スイスの主要産業である製薬業や金融業では、規模の拡大や事業の選択と集中を行うことで、競争力を確保する動きを強めていると論じている。

図表11.スイスの輸出品目(2018年)

以上が本研究会の概要である。

現在、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、人命や健康、経済活動に甚大な被害が及んでいる。各国政府は、感染症の拡大を抑制するため経済・社会のあらゆる面で様々な対策を実施しているところであるが、同時に、企業、個人のレベルにおいても、ICT技術を十二分に活用しつつこれまでの行動様式を変えて対応していこうとする大きな社会変革が起きている。

本報告書は、人口減少について、企業・産業、労働市場、グローバル化など各分野の専門家が現状を分析し、課題を克服するための提言が数多く盛り込まれたものであるが、それらの内容が、今述べたような政府の対策や社会変革の対応に少しでも貢献することができれば、執筆者にとっては望外の喜びである。

■研究会報告書は、財務総研HPでご覧いただけます。

■URL:https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2019/jinkou.htm

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*1)本報告書に示された意見はすべて執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではありません。

*2)本原稿及び報告書の各章の執筆者の肩書は、2020年6月末現在。