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新・エイゴは、辛いよ。―第三回 世界の中の日本人編―

大矢 俊雄

先日、「ファイナンス」編集部から、読者からお葉書を頂戴したとの連絡があった。差出人が書かれていないが、以下のような嬉しい内容だった。

「ファイナンス令和2年5月号をたまたま目にしました。大矢俊雄さんの「新・エイゴは、辛いよ。」とても面白かったです。(中略)私は英語が苦手で普段使うこともないのですが、勉強になり、楽しく読みました。こんなご時世で、いろいろ大変だと思いますが、お体にお気をつけてください。」

読者からお葉書が来るというのは滅多に無いそうで、真に有難いことである。

また、6月号の拙稿を読んだ某IT系企業に勤める私の友人からメールが来て、「今朝から万引き家族をアマゾンプライムで見始めました。始業まであと24分のところまで見ました。終業後号泣する予定です。」と書いてあった。これも早速のアクションは嬉しいが、業務に支障が出ないことを祈るばかりである。

こうしたお褒めと励ましを頂き、本人の調子も出てきたので(?)、今回が最終回のはずだったが、2回延ばして今号を含めあと3回機会を頂くことになった。もうしばらくお付き合い頂ければ幸いである。

今号は、「世界の中の日本人」について話をさせて頂きたい。いろいろ苦労もあるけど、日本人も世界で頑張れるんだ、という内容である。

1.日本人的なもの(ある一面)

15年前、世界銀行で日本の理事代理という職にあった時、世界銀行の日本人職員のシェアが僅か2%(日本の出資割合は6%)だったため、何故日本人が増えないのか調べていた。その過程で、直近のYoung Professional(若手採用)の最終候補7-8人に日本人が2人残ったのに2人とも不採用となったことが分かり、人事課長に尋ねた。

その答えは、かなり衝撃的なものだった。人事課長曰く、

「日本人候補者の1人は、専門知識、英語表現力とも全く申し分なかったのですが、個人面接で自分が詳しくないことを聞かれた時、余りにも正直に、自分はその分野は詳しくなくて、不正確なことを申し上げるのも宜しくないかと思います、申し訳ありません、と謝られ、話が続かなかったのです。」

「もう1人も、能力的に申し分無く、個人面接での評価はとても高かったのです。しかし、グループ討議のセッションで、あるテーマについて自分の意見を述べ議論に参加することが求められていた際、自分の意見をしっかりまとめてから発言しようと慎重になり過ぎて、最後に手を上げて話を始めたら途中で時間切れになってしまいました。」

もうやめてくれ、と耳をふさぎたくなるほど、痛切な話だった。確かに、日本人でそういうタイプの人はいる。

でも、助け舟を出さず状況を放置した面接者にも問題があるのではないか、基本的な能力の総合評価ではなくそういうプレゼンの技能不足だけで落とすというのはひどいのではないか、と思ったし、その旨その場で言った。逆に、慎重な日本人のほうが組織としては有難い、という人も多いのは事実である。決定的に困るのは、ペラペラと中身の無いことを言い続け建設的な解決法を何も示さない、というタイプで、むしろ多くの日本人のように、思慮深く慎重に考えた上で、他の人の意見にも細やかに配慮しつつ、妥当な解決案を提示する、という方が組織にとっては有用、と言われたことは数多い。

日本人の神経の細やかさは、外国人には時に特別なものとして映るようである。ある私の知り合いの日本人が、英国留学中の試験の日、綺麗に削られた鉛筆を20本揃えて持って行き、電卓の替え電池まで携行したところ、見つけた同僚インド人が驚嘆し大学中に触れ回った。そのインド人に「試験中に電卓の電池が切れたらどうするのだ」と聞いたところ、「そんなことが起こりませんようにと試験日の朝に神に祈る。そのお蔭で俺の電卓の電池は切れたことが無いよ」と軽く微笑みながら言われたらしい。

実のところ、なかなか相互理解への道のりは遠い。

2.日本人が価値を見出すもの(米国人との対比)

ここでは対比が比較的容易な米国人と日本人の違いについて取り上げてみたい。見解には大きな個人差はあるが、私は以下のように思っている。

日本人は、多くの様々な力を作用させ、時間をかけて大きな成果を出すことを好む。1+1+1が10になるような仕事を好む。そこには目に見えない、有機的な力が作用すると信じる。

これに対し、米国人は、世の中の動きの1つ1つをvisualに単純化し、劇的に仕立てた上で瞬時に評価を下すことを好む。

スポーツを見てもその差は歴然としている。例えば、米国人が好きなアメリカンフットボールと、日本人が好きなラグビー。アメリカンフットボールでは、攻守が明確に分かれ、4回の攻撃で10ヤード進めないと攻守が変わる。1回の攻撃の殆どは数秒で終わり、その時々の成功者失敗者が瞬時に明確になる。10ヤード進んだか微妙な場合は、10ヤードのチェーンで計測する。このアナログでビジュアルな世界が重要なのだ。

ラグビーは、全員が攻撃も守備もやる。スクラムやモールになると、ボールは何人もの身体と足の下になり、見えない。見えない所で尋常でない力が作用し合い、力と技術の総和が勝った方がボールを支配する。トライに至っても、ヒーローは定かではない。

次に、米国人、そして多くの外国人にとって恐らく理解できないであろう、駅伝について見てみよう。私は、箱根駅伝の往路、品川界隈の国道1号線脇に応援に行ったことがあるが、何しろスタート直後であり集団で風のように去って行き、それで終わった。

リベンジで、昨年1月2日ついに意を決して往路のゴールを見に箱根に行った。やはり箱根駅伝の醍醐味は湖畔にあると確信した。

「ゴールの3時間前に着けば大丈夫だよ」という誰かの言葉を信じて午前10時半に着いたら、ゴール前の500mは既に人で一杯。熱心なファンが大型バスで既に到着している。

写真.ゴール3時間前にこの人出

ゴールから500m離れた道端で場所を確保した後でぶらぶら歩いていたら、あちこちで各大学が発行する駅伝新聞を渡される。「スポダイ」「早スポ」など。

参加選手のプロフィールや記録などが詳細に書かれ、結構面白い。こういうのを作って観客に応援してもらってみんなで盛り上げようというのは、とても良い。ただ、まだ既製のスポーツ新聞の発想と構成から抜け切れていない気もするが。。。

しかし、この世界的に有名な観光地箱根にして、外国人は皆無である。「スポダイ」の英語版に期待したい。

午後1時を回ると、トップの大学の走者がやってくる。小田原中継所からの長い長い標高差800m以上の上り坂を克服し、芦之湯から湖畔への下りにも悲鳴を上げない脚を持った選手だけが受ける、この歓声。他方で、下位の選手たちは、一観客としてこういうことを言うのは申し訳ないが、本当にアゴが上がっている。小雪舞い寒風吹き上げる中、脚が身体が言うことを聞かない。絶望的な気持ちを克服し母校のためタスキをつなごうと必死に前を向くが、限界が近い。彼らを支えているのは、沿道での絶叫に近い歓声である。観客たちは、むしろこうした下位の選手たちに声援を送るために来ている。殆どの人が、自分が声援を送っている選手の名前も知らない。多分大学名も見ていない。駅伝走者全員がヒーローなのだ。恐らく、申し訳ないが、これが殆どの外国人には理解できない。

3.ビジュアル化するエイゴの言葉と、大和言葉

「ビジュアル化し世の中の動きを単純化する」というのは、エイゴの表現で本当によく見られる。

日本語で雨脚が強まると、「おや、篠つく雨が。。。」と言うが、エイゴだと、「It rains cats and dogs」と言い、唐突に犬と猫が出てくる。マニラのADB(アジア開発銀行)に勤務していた時に、どうして犬と猫が出てくるのか、オーストラリア人と韓国人とインド人との夕食で話題に出したら、皆勝手な憶測でモノを言うので、犬と猫の議論のように収拾がつかなくなった。「まあこういう感じで犬と猫が騒ぐくらい雨がやかましいってことか」ということで何となく落着した。そうだとすると、聴覚にまで劇的に訴えることになる。

まだある。

酒を飲み過ぎた時、「I saw pink elephants」と言うことがある。地球に存在しないピンクの象を、しかも複数揃えるのだ。「宿酔」という婉曲な日本語が誇らしい。

「大酒飲み」は「Drink like a fish」であり、無理やり酒を飲まされる魚も可哀想である。「左党」という粋な日本語を教えてあげたいが、自分のエイゴの力では無理な気がする。

(注)大工さんが、「ノミ」を左手で持って作業をすることに由来する。

生き物と言えば、「早起きは3文の得」は「The early bird catches the worm」になり、途端にリアルになる。しかし、ご褒美がworm(ミミズや芋虫のようなもの)では、早起きをする気にはならないのではないか。

「絵に描いた餅」は、「Pie in the sky」であり、どうしてもパイを青空と対比させたいようだ。

エイゴでは、善悪もビジュアライズさせないといけない。だからDevilというのがすぐに出てくる。仕事の会話で、「細かい部分も注意して書いてね」とさらっと言えば良いところを、「The devil is in the detail !!!」と叫んで、非生態系のペーパーに悪魔を宿らせる。噂話をしている間に本人が顔を出すと、「Talk of the Devil !」と言って、可哀想にその人は悪魔にされてしまう。(他方、いつまで経っても会話にAngelは出てこない。)

エイゴは、むずかしいね。

(注)日本語でも「悪魔は細部に宿る」と言うじゃないかと突っ込む人もいるだろう。しかし、これが古来の大和言葉のわけは無いし、そもそも頻度が全然違う。「悪魔は細部に宿る」という言葉、年に何回会話で耳にするだろうか?The devil is in the detailは、ADBにいた時、1日最低2回は聞いていた。まあ若干の人的要因もあったが。。。

4.ナマハゲと母像

Devilで思い出したが、10年ほど前に、あるフランス人の友人を都内某所のナマハゲ居酒屋に連れて行った。普通に飲んでいると、地響きと共に「悪いゴはいねがぁ~」と叫ぶナマハゲが客の前に現れるのである。ここで酒を浴びるように飲んでいる客たちに良い子がいる訳は無く、皆ひたすら動揺するのである。

そのフランス人はこのサプライズを大いに喜び、ナマハゲとの密なコミュニケーションを求め、私に通訳を命じた。ナタを手にしたナマハゲが目の前に現れると、「まあ、俺の酒を飲め」と言ってナマハゲに酒を勧める。このフランス人も鬼瓦のような顔をしていて迫力がある。ニワカ通訳の私は、更に「俺の酒が飲めないのか」と、言ってもいないことを付け加える。勢いに押されたナマハゲは、意外に守りに弱く、若干引いた後、「本当は、いげねえんだけどな。支配人は見てねえな」と周囲を見渡した後、お面の下からぐいっと秋田の冷酒を空けた。

ご機嫌になったこの友人に後刻感想を聞くと、このvisualで劇的なナマハゲは、devilではないそうだ。「良い子になることを願うdevilはいないだろ」と。仰せの通り。

最後に1つ、善悪を劇的にビジュアライズさせると言えば、これ。

3年ほど前、ジョージア(旧国名グルジア)に出張に行った時に、丘の上に立つ「ジョージアの母の像」を見て驚いた。右手に剣、左手にワインの盃を持っている。敵には剣で戦い、友はワインで迎える、ということだそうで、メッセージは極めて明快である。ジョージアはワイン発祥の地と言われ、その歴史は8000年前に遡れると言う。確かに中央アジアからトルコに至る地域では美味しいジョージアワインが飲める。

いずれにしても、この凛とした母の像には、微塵の曖昧さも無い。出来れば左手のほうで遇してもらいたいものだ。

写真.ジョージアの母の像

もう1つだけ蛇足である。ジョージアの文字は極めて特殊である。これを見て欲しい。

これは、在京ジョージア大使館のHPから取ったもので、「GEORGIAN AS A FOREIGN LANGUAGE」の翻訳である。決して絵文字ではない。現地で確認したが、ロシアやトルコを含め近隣のいかなる言語の文字とも根本的に異なるらしい。不思議である。申し訳ないが、これには何のオチも無い。

ところがジョージアの話はこれでは終わらなかった。ここまで書いたところで日曜日の気晴らしに恵比寿のワインショップに行ったら、かなり本国でも有名な質高ジョージアワインを1本2300円で販売開始していた。こういう偶然は大事にしないといけないので、3本も買ってしまった。今月は良いことがあるかもしれない。

5.Visualな世界と対極にあるもの−−−3000人の組織の人事

最後にまた人事系の話をさせて頂きたい。2年前まで、マニラに本部を置く国際機関のADBで人事担当局長の仕事をしていた。職員の採用、異動、退職、どれも一生を左右する仕事である。Visualに劇的に仕事を出来る筈は無い。和を尊びチームの総合力を使って配慮を欠かさないように仕事をする、日本人的なものが適合する仕事かもしれない。しかし、今、思いは複雑である。それは本当に孤独な仕事であり、むしろ割り切りが出来る人の方が向いているかもしれない、と思うことがある。

(1)離職を推進する仕事

全く巡りあわせとして、ADBの様々な人事制度改革の時期にこの職に就いた。改革の1つとして、個々の職員の専門技能の必要性が減じたこと等を理由として離職を通告する「早期離職プログラム」の企画と実施を行うことになった。例えば、ダムの専門家が多すぎる場合、数を減らして太陽光や風力発電の専門家を採用するといったものである。

この対象者人選の基準は職務能力では無い。その人の技能分野が組織にとって引き続き有用かどうかである。そうした事情のため、人選はADBが行い通告する(通告された場合は離職を拒否できない)が、離職の際の手当等で適切に遇する必要がある。こうした措置はADB創設後初めてのものであった。

もちろん対象者の選定は直接の上司も含め慎重に合議で行う。しかし人事担当として私は決裁者の1人である。このプログラム以外の懲戒処分等による解雇も含め、私が人事担当局長として在職3年の間に承認した(非自発的な)離職の決定は、ちょうど100人になった。

諸事情により、そのうちの何人かには、私が直接対面で通告した。衝撃で声を失い涙を堪えられない人たちと、長い時間、先方が納得するまで、話をした。

その後も、もう少し話を聞いてくれと言ってくる人がオフィスに来ると、1対1で話を聞いた。様々な国籍の職員が、様々なことを言いに来た。家族の事情、再就職先。自国の政治情勢。

他方、中には危険な行動をしかねない職員もいるということで、朝8時から午後6時まで、私のオフィスの入り口には2人の警備員が張り付いた。

時には、特別手当の計算の確認をするため、深夜自宅で電卓に向かった。対象者リストは極秘であり部下に下ろせない事情のある人もいたからである。孤独な仕事が続いた。誰がこのプログラムで離職したかは永久に秘密であり、個々のスタッフの離職のアナウンスは自発的に退職した人たちと何の区別も無いようにした。

そして、離職した人の定員を活用し、今求められる新分野の技能を持つ人たちを大量に採用した。アジアの貧困削減において迅速に成果を出すために、新分野の人材が必要。離職者を出すことはあくまでその手段である。

理念と目指すものは、極めてクリアである。そして、対象者の決定も、リストに載るか載らないかの二者択一である。しかし、純粋日本人としては、どうしても割り切れない。なかなか決めきれない。1人1人の人事資料を最後まで読んでは、また気になるところを読み返す。そんな毎日。自分が署名しなければ、この職員はADBを去らなくても良い。その責任が肩に来る。欧米人なら、割り切れるのだろうか。

(2)検察庁に召喚された日

こうした日々と相前後して、別件で、マニラ検察庁から召喚を受けた。勤務成績不良により解雇処分した元職員から、名誉棄損(defamation)で刑事告訴されたのである。解雇処分決定の過程で本人の名誉を棄損する不当な議論が内部であったのではないかとの主張である。万一何かの間違いで起訴になったら、被告人は出国禁止命令が出てフィリピンから出られなくなる。一緒に告訴された同僚数人と共に検察に出頭の上、宣誓を行った後、優秀な同僚の内部法律家に全てを託した。

国際機関職員は通常の業務上の行為において訴追されない特権(「immunity」)が協定上認められており、我が同僚の尽力のお蔭で数か月後に不起訴処分を得られた。安堵はしたが、いろいろな思いは去来した。早期離職プログラムで、「あなたの技能は、もはや求められていない」と言われた時、彼ら彼女らも出来ることなら人事局長を告訴したいと思ったのではないか。

(3)そして今思うこと

今でも時折、ADBを去った100人のうちの何人かの顔を思い出す。映画「君の名は。」は最高だった、と言っていた人。いつかは日本に住みたい、あの美しい国で家族と暮らしたいと言っていた人。去る人がいれば、来る人もいて、組織も人と共に変わっていく。自分のやったことは、どれ程意味があったのか、大げさな話だが、歴史の評価に待つしかない。

これから5年後、10年後。ADBを去った人たち、ADBに来た人たち。今も10年後もADBにいる人たち。みんな幸せになっていれば、笑顔で暮らしていれば、それで良い。それが、この孤独な仕事への最高のご褒美だ。

(パラオとペリリュー島を特集する次号に続く)